灰色の都会と塔(脚本)
〇超高層ビル
東京は、もっとキラキラしてるもんだと思ってた。
実際は、灰色が多い。
ビル、道路、高架、駅の天井。
全部がでかくて、近くて、でも、心はちょっとだけ置いてけぼり。
母「人、多すぎ・・・・・・」
母ちゃんが小声でつぶやく。
父ちゃんは車椅子に座りながら、目線だけ忙しく動かしている。
俺は二人の後ろで、切符と案内板を握りしめる。
「えーと、東口・・・・・・でいいんだよな」
不安になったところで、聞き覚えのある声がした。
???「志乃原くん、こちらですよ」
振り向くと、銀縁メガネ。
黒瀬仁。スーツじゃなくてジャケット姿でも、やっぱり“都会の人”って感じがする
黒瀬「遠いところ、ようこそ。移動は大丈夫でしたか?」
母「何とか、です。ね?」
母ちゃんが愛想笑いして、父ちゃんが「電車多すぎ」とぼやく。
黒瀬は自然な動きでエレベーターの位置を指し示した。
黒瀬「段差とルートは事前に確認しています。では、ご案内します」
(なんでそんな当たり前みたいに言えるんだ、この人は)
心のどこかで、ちょっとだけ安心する。
〇ハイテクな学校
駅から少し歩いて、曲がり角を一つ。
視界に、それは突然現れた。
「・・・・・・デカ」
思わず口から出る。
ガラス張りの校舎。その横に隣接する、金属とコンクリで組まれた巨大な塔。
黒瀬「こちらが、東都工学高等学院のE-TRACEタワーです」
黒瀬が続けて言う。
黒瀬「公式大会仕様のコースを常設しています。一部は、実際のレスキュー訓練コースの要素も取り入れています」
父ちゃんが思わず息を呑んだのが分かるし、母ちゃんも、「高校・・・・・・?」と素で聞いていた。
高校。
俺と同じ歳のやつらが、あそこで走ってる。
現実感が、ちょっと遅れてくる。
〇学校の廊下
門をくぐると、空気が違った。
静かなんだけど、重い。
油と鉄と、汗の匂いが混ざってる。
黒瀬「こちらが教室棟。あちらが工学ラボ棟です」
ガラス越しに見える部屋では、白衣や作業着の生徒たちが、スーツのフレームを分解していた。
細い腕でレンチを回し、配線を繋ぎ、モニターとにらめっこ。
母「生徒が・・・・・・作ってるんですか?」
母ちゃんが聞くと、黒瀬が頷く。
黒瀬「はい。設計補助や整備はカリキュラムの一部です。競技用も、救助用も。もちろん、プロのエンジニアが監督しますが」
ガラスの向こうのスーツは、俺のボロと同じ“道具”のはずなのに、まるで別物に見えた。
無駄のないフレーム。
関節がコンパクトで、動きが想像できる。
「かっけぇ」
思わず声に出てしまった。
母ちゃんが不安そうに俺を見たから、「なんでもない」とごまかす。
でも、ここは、俺がスマホ画面越しに見てた“向こう側”だ。
〇トレーニングルーム
トレーニング棟に入ると、音が変わった。
モーターの駆動音。
マットを蹴る足音。
誰かの掛け声。
「すげ・・・・・・」
思わず漏れる。
そこには、実際にタワーを駆ける生徒たちがいた。
全身スーツで壁を登るやつ。
リングを渡るやつ。
斜め壁を走り抜けるやつ。
さっきまで画面の向こうにいた存在が、生きて目の前にいる。
黒瀬「彼が、うちのエースの一人です」
黒瀬が視線で示した先に、一人の細身の男がいた。
軽量型スーツで、信じられないスピードで中腹まで駆け上がる。
ムダがない。
怖さを感じさせない、研ぎ澄まされた動き。
ゴールのベルを軽く叩いて、彼はヘルメットを外した。
汗で額に貼りついた髪。
クールな目つき。
黒瀬「御影レイ。現役トップクラスの高校生選手ですよ」
(名前は知ってた。動画サイトのタイトルで何度も見たことがある)
同じ“高校生”。
でも、積み重ねてきたものが違いすぎる。
御影はこっちを一瞬だけ見て、興味なさそうに視線を流した。
それが逆に、痛い。
俺なんか、今のところ“見学者”だ。
黒瀬「どうですか?」
黒瀬が聞いてくる。
「・・・・・・やべえっすね」
正直な感想しか出なかった。
黒瀬「やべえからこそ、ここで鍛えられる。君が来るかどうかは別として、“レベルの違う場所”があることは分かってもらえたと思うよ」
うるさい。分かるよ。
父「本当に、高校なんだな」
黒瀬「はい。ここから、多くが実戦の現場に行きます」
黒瀬の声には、変な飾りがなかった。
〇応接室
簡単な説明室に通されて、書類を見せられる。
・競技推薦での学費減免
・ラボアシスタントとしての手当
・成績や態度によっては減額の可能性
・寮生活の規則
黒瀬「君は、競技でも学業でも結果を出す。サボったら、支援はあっさり切れる。それでも“ここでやりたい”と思えるかどうかです」
現実的な言葉が、逆に信頼できた。
母ちゃんは真剣にメモを取っている。
父ちゃんは、書類ではなく俺の顔を見ている。
黒瀬「志乃原くん」
黒瀬がまっすぐ目を見て言う
黒瀬「見たうえで、どう感じましたか?」
簡単な言葉を、嘘なく探す。
塔。
ラボ。
御影の走り。
あの音。あの空気。
「・・・・・・悔しいっす」
「ここにいるやつら、俺よりずっと先に行ってて。当たり前みたいな顔して走ってて。正直、めっちゃ悔しい」
父ちゃんが、ほんの少し口元を緩める。
黒瀬は満足そうに頷いた。
黒瀬「いいですね。その感想なら、スタートラインに立てます」
「まだ立ってないっす」
黒瀬「そのスタートラインに立つかどうかは、君とご家族が決めることです」
視線が、母ちゃんと父ちゃんに向く。
母ちゃんはペンを握ったまま、小さく息を吸った。
母「・・・・・・でも、簡単じゃないですよね。お金も、不安も」
黒瀬「はい」
黒瀬は即答する。
黒瀬「ただ、“本気でやる場所”を用意するのが、僕たちの役目です。入るかどうかは、彼自身と、ご家族次第」
母ちゃんは俺を見る。
父ちゃんも俺を見る。
視線の重さに、逃げ場はない。
父「駿」
父「お前は、どうしたい」
時間をかけて、ちゃんと出す。
「・・・・・・ここで、走りたい」
声が震えた。
「怖いし、置いてくことも増えるし、失敗するかもしれねえけど・・・・・・ここで走れたら、本当に“あっち側”に行ける気がする」
沈黙。
エアコンの音だけが聞こえる。
母ちゃんが、やっと小さく笑った。
母「言うと思った」
父ちゃんがふん、と笑う。
父「見に来てよかったな。顔見りゃ分かる」
母ちゃんは黒瀬に向き直る。
母「・・・・・・少し時間をください。家計、全部計算して、それでもギリギリ頑張れそうなら、こちらから連絡します」
黒瀬「もちろんです」
黒瀬は深く頭を下げた。
黒瀬「彼の席は、簡単には埋めません。二年の春までに、決めてくれればいい」
〇ハイテクな学校
帰り際。
タワーの前で、もう一度だけ上を見上げる。
さっきより、少しだけ、距離が現実になっていた。
(届かないって決めつけるには、近くで見すぎたな)
ポケットにはまだ、名刺の感触。
今度はそれが、前に進むための「証拠」みたいに思えた。


