スーツランナー物語

悠々とマイペース

幕間:01「動画の中の人」(脚本)

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〇白い校舎
  最初にその動画を見たとき、正直「事故るな」と思った。
  小さな地方高校の、簡素なE-TRACEコース。
  吊り輪もロープも、うちの学校から見たら「体育の延長」みたいな設備。
  その中で、一人だけ場違いなスーツがいた。
  くすんだ金属フレーム。
  膝のジョイントが古くて、動くたびにガクガクしてるのが分かる。
  ──なのに、速かった。
「え、ちょっと待って」
  思わず再生を巻き戻した。
  吊り輪からロープへの移行。
  ロープから壁への持ち替え。
  足場の揺れの“戻り”を読んで、一歩で抜けるタイミング。
「ぜんぶ、計算されてる」
  いや、多分本人は「こうしたら行ける」って体で覚えてるだけなんだろう。
  それでも、あのガタガタの補助で、ここまで綺麗に走るのは反則だ。
???「澪、誰、この子?」
  隣の部員が言う。
「分からない・・・」
  『坂の街のスーツ配達の子らしいよ〜』
  
  『スーツ野郎って呼ばれてるとか』
  動画のチャット欄がざわざわしてる。
  画面では、例のその“スーツ野郎”が最後の斜め壁に向かって走っていた。
(あ、踏む)
  その瞬間、分かった。
  
  この人だけの世界に入る人特有の、目。
  ベルに向かって跳んで──膝が、壊れた。
  画面が乱れて、実況がざわつく。
  拍手と悲鳴が混ざった音。
???「・・・・・・うわ」
???「もったいな」
???「いやでも、途中までやばくない?」
  周りの部員が好き勝手言ってる中で、私は黙っていた。
  指先が、タブレットの画面を強く握っていた。
  失敗したのに。
  
  落ちたのに。
  
  最後まで届かなかったのに。
  なんで、こんなに胸がザワつくんだろう。
???「春日井、気になる?」
  黒瀬先生の声がして振り向くと、顧問兼スカウトのその人は、腕を組んで画面を見ていた。

〇おしゃれな教室
  モニター画面から映像が切れた後に黒瀬に答える。
「・・・・・・こういう走り、結構好きです」
  自分でも驚くくらい即答していた。
黒瀬「最後まで行って成功した人より?」
「成功“だけ”見たら他にもいます。でも、この子、途中で何回かやめられたのに、やめなかったですよね」
  吊り輪で、ロープで、揺れる足場で。
  
  「ここで抑えれば安全圏」って瞬間を、全部踏み越えてた。
  その結果が、壊れた膝と、届かないベルだとしても。
「本気で行ってコケる人、結構面白いです」
  口に出してから、ちょっと恥ずかしくなる。
  黒瀬先生は、少し笑った。
黒瀬「もしかしたら、そのうち会うことになるかもしれないから、彼の名前、覚えておくといい」
「え?」
黒瀬「彼の名は志乃原 駿(しのはら しゅん) そういう走り方をするやつは、僕はほっとかない主義なんで」
  冗談みたいに言うけど、黒瀬先生は本気だ。
  私はもう一度、タブレットの動画を再生した。
  踏み込む瞬間の顔。
  怖そうで、でも笑ってるみたいな、変な顔。
(こういう人が、ちゃんとしたスーツ着て走ったら、どんな景色になるんだろ)
  単純な興味。
  少しの憧れ。
  
  それに、自分でも気づかないくらい小さな「特別」。
  でも、名前を覚えた瞬間から、私の中で彼はモブじゃなくなった。
  
  志乃原駿。
  私がレンズを向けたいのは、きっと、こういう人だ。

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