夢の値段(脚本)
〇教室
夢はタダだって、よく言うけどさ。
「そこに辿り着くまで」が鬼みたいに有料なんだよな。
教室中がガサガサ音を立ててる中、俺だけ進路希望調査の紙をじっと見つめてた。
第一希望:_____________
???「おーい志乃原、書かねーと帰れねぇぞ」
担任が冗談半分で言う。
「はーい」
とりあえず、ペンは持つ。
(パワードスーツ救助部隊、自衛隊、レスキュー・・・)
頭に浮かぶ単語はいくつもあるけど、そのどれもがすぐ、数字に変わる。
入隊条件。試験。訓練校。
身体能力、学力、年数。
そして、金。
(「新聞配達がんばる部」とか書いたら、たぶん怒られるだろうな)
結局、その場は「進学・未定」に丸を付けてごまかした。
担当「お前ら、家でもちゃんと話してこいよ」
話せたら苦労しねえ。
〇アパートのダイニング
母ちゃんがパートに行く前、珍しく少しだけソファに座ってた。
俺は進路調査票をテーブルに置く。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
母「ん? なに、急に真面目な顔して?」
母ちゃんは笑ってたけど、目の下のクマは深い。
「もし、将来さ。パワードスーツのさ、救助の人とか、そういうのになろうとしたら、どうすりゃいいかなぁ〜って」
言葉にしてしまってから、心臓がドクンと跳ねる。
母ちゃんは一瞬だけ固まって、それから真面目な顔になった。
母「調べてみようか」
「いや、やっぱいい」
母「いいから」
母ちゃんはスマホを取り出して、よく分かってなさそうに検索を始めた。
俺も隣から覗き込む。
母「えっとね・・・・・・ここ、パワードスーツ専門の工学高校? みたいなの。ここ出てる子が救助部隊とか行ってるって」
画面には、どっかの都会のデカい校舎と、タワーみたいな設備の写真。
母「それで、学費が・・・・・・」
母ちゃんの指がスクロールして止まる。
一瞬にして、空気が止まった。
「へぇ・・・」
笑えるくらい桁が違った。
年間の授業料、設備費、寮費。
そこに小さく「奨学金制度あり」の文字。
「ムリだな」
思わず口から出た。
母ちゃんは「そうね」とは言わなかった。
代わりに、「ふーん、いいとこだね」と、曖昧に笑った。
「ごめん、変なこと聞いた。忘れてほしい」
母「忘れないよ」
「いやいや、忘れてよ」
母「忘れない。 あんた、ちっちゃい頃から“あの人たちみたいになりたい”って言ってたじゃない」
そう言いながら、母ちゃんの目は、進路票じゃなくて俺の顔を見てた。
母「口に出すって、勇気いるでしょ。 それしたあんたを、「はい忘れましたー」とはならないよ」
やめてくれ。そんなこと言われたら、本気で考えたくなる。
母ちゃんは立ち上がって、支度を始める。
母「でもね、現実の話もちゃんとするよ。今のうちの収入で、その学校は正直きつい」
「わかってるよ」
母「あと、お父さんのこともあるしね」
そう言って、一瞬だけ居間の方を見た。
父ちゃんはテレビのニュースをぼんやり見ている。
パワードスーツの新型試験運用の映像。
それを見ている足は動かない。
母「だから、“無理だから諦めなさい”って言いたいわけじゃないのよ」
母ちゃんは靴を履きながら、こちらを振り返る。
母「”どこまで本気で目指したい”のか、あんた自身がちゃんと決めなさい。お金のことはその次」
「その次って言ったって・・・」
母「どうせ私たちは“なんとかする側”だから。ね?」
軽く笑って、夜勤に出ていった。
(なんとかする側、ね)
その“なんとか”を、これ以上増やしたくないから口に出さなかったんだよ。
〇SNSの画面
布団に入って、スマホで同じサイトを見返す。
(学費、寮費、初年度・・・・・・)
数字が並ぶたびに、胸が冷えていく。
奨学金。特待生。競技推薦。
「パワードスーツ競技成績優秀者は〜」の文字に、笑いが漏れた。
「ちょっと走れるくらいで届くわけないだろ」
思い出すのは、泥の中のヒーロー。
「今は生きろ」と言った人。
あの人たちの背中。
あそこに追いつくために必要な金額を見て、比べて
(ああ、あそこは俺の場所じゃないな)
そう理解した。
Tシャツ売り場で、カッコいいやつ見つけたけど、値札見てそっと戻すみたいな、あの感じ。
「分不相応だな」
天井に向かって小さく言う。
夢に値段がつく瞬間。
そこから先は「現実的」とか「堅実」とか言いながら、少しずつ諦めていく作業だ。
(俺はこの街で働いて、父ちゃんと母ちゃん支えて、“たまにスーツ着てる人”くらいで終わるのが似合ってる)
そう思い込むことで、心を守ろうとした。
本当は、あのタワーを登ってみたいくせに
本当は、「救う側」って単語を検索した指が震えてるくせに
「バカじゃねぇの、俺・・・」
自分に吐き捨ててスマホの電源を落とした。


