スーツランナー物語

悠々とマイペース

坂の街のボロスーツ(脚本)

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〇海辺の街
  この街は、少し意地悪だ。
  駅前だけ平らで、そこから先は全部、坂。
  緩いのもあれば、心臓にケンカ売ってる角度のもある。
  朝になると、その坂を俺はひとつずつ踏み潰す。
「うぉっ! おい、今日も元気だな、膝のポンコツ」
  膝のフレームへ自分で自分に悪態つきながら、新聞の束を抱え直す。
  足には、中古屋の隅で眠ってた作業用パワードスーツのレッグフレーム一式。
  古い型番で、メーカー保証なんてとっくに切れてる。
  腰には簡易の固定ハーネス。
  電源は、背中のバッテリー。持久力は、俺の根性とあんまり変わらない。
  でも、これがあるから、この坂の街で一番早く朝刊を全部配れる。
???「志乃原、今日も早いねー!」
  一軒目の角を曲がると、店のシャッターを開けてるパン屋の奥さんが手を振ってくる。
「おはようございます!」
  スーツの補助で一段飛ばし。
  階段も坂も、リズムに乗れば怖くない。
  二軒目、三軒目。ポストに差し込む音が、だんだん一定になっていく。
(あの時、”生きろ”と言われてからもう10年くらいか・・・)
  たまに、意味もなく思い出す。
  生きてみた結果、俺はこうして新聞を配ってる。
  救う側には少し遠くて、でも、誰かの朝をちょっとだけ支えてる仕事。
  ・・・・・・まぁ、悪くない

〇シックな玄関
  配達を終えて家に戻ると、狭い玄関に車椅子が一台。
「ただいまー」
???「おう」
  父ちゃんが居間から返事をする。
  以前は労働の仕事してたが、今はもう、腰から下は動かない。
  災害のとき、父ちゃんの足の人生は終わった。
「足は?」
父「新しく生えてないぞ?」
「いや、調子はどうって意味」
  父ちゃんは、視線を足に落として
父「生える気配はない」
「・・・・・・」

〇アパートのダイニング
  俺はすぐにはいはい、と鞄を置いて、冷蔵庫から麦茶を掴む。
  テレビでは朝のニュース。
  どこかの都市で行われてる最新型パワードスーツの展示会。
  軽量、高出力、安全性向上。芸能人が笑顔でデモンストレーションしてる。
「いいよなぁ〜・・・」
  俺がつい零すと、父ちゃんがチラッと画面を見て、すぐ目をそらした。
父「お前の奴よりかマシそうだな」
「比べるなよ。 こいつすぐ拗ねるから」
  足元のレッグフレームをつま先でコン、と叩く。
  父ちゃんは何も言わないけど、その視線の先に罪悪感が滲んでるのは分かる。
  ”俺のせいで”ってやつ
  だから俺も、それ以上は触れない。
「相変わらず、メモだけかいな」
  夜勤明けで少し寝てからパート行くね。朝ごはん冷蔵庫に入ってます 母
  焼いておいてくれたトースト。
  冷たいままのスクランブルエッグ。
  俺はそれを口に放り込みながら小さくため息を付く。
「・・・・・・はぁ」
  母ちゃんは昼はスーパー、夜は仕分け場で、夜はほんとんど家に居ない。
  たまに、テーブルの上に突っ伏して寝落ちしてる姿を見ると、心臓がきゅっとなる。
(俺がもっと稼げればなぁ)
  けど、高校生の新聞配達にできることなんて、たかが知れてる。
  テレビから、また別のニュースが流れてくる。
  『パワードスーツ救助部隊の活躍により――』
  画面の中、あの日と似たシルエットが、瓦礫の中から人を抱き上げている。
「・・・・・・いいなぁ」
父「なれば良いじゃないか?」
  父ちゃんの声に横目で見ていた俺の視線が固まる。
「はい?」
父「なりてぇんだろ、ああいうの。 昔から」
「いやいや、無理だろ。 訓練校とか専門校とか、金かかるし」
  自分で言った瞬間、空気が少し冷たくなるのを感じた。
  父ちゃんの足。母ちゃんの仕事。
  その全部を並べて、「だから無理」と自分で結論出すのは、卑怯だとも思う。
  父ちゃんはしばらく黙って、テレビの音だけが流れる。
父「・・・・・・そうだな」
  俺は話を変えるみたいに、わざとらしく明るい声を出す。
「ま、俺にはこの街の配達があるし? パワードスーツ一応着てるし? ちょっとだけ“それっぽい”じゃん?」
父「新聞配達するレスキュー部隊だな」
「なにそれダサい」
  くだらない会話でごまかす。

〇学校の廊下
  学校でも、俺は“スーツ野郎”だ。
???「おーい志乃原、今日も足のスーツついてんの?」
「ついてますー。今日は膝も鳴りませーん」
???「よぉー志乃原、こんどそれ貸してくんね?」
「貸しませーん、仕事に必須なんで」
  くだらない会話をしながら教室へと向かう。

〇教室
  昼休み、教室の隅で弁当を広げると、勇斗がポテトを突き出してくる。
勇斗「朝見たぞ。あの鬼坂、チャリ抜かしてたろ」
「そりゃ、こっちは電動だからな」
勇斗「それズルくね?」
「働いてんだからいいだろ」
  こんな感じで笑っていられる。
  いつもの坂、いつもの街、いつものボロスーツ。
  それなりにこの先もやっていくんだろう。
  本気で何かを目指すには、うちの冷蔵庫と通帳の中身は軽すぎる。

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