第54回『超えてはならない領域』(脚本)
〇城壁
──第54回『超えてはならない領域』
シリン・スィ(寝れないわ・・・)
レクトロに向ける負の感情は、シリンの体調に大きな悪影響を及ぼしていた。
『不眠』というあまり良くない形で、表に現れてしまった。
「──眠れない子には、お伽と薬」
シャーヴ「誰かと思えば、貴方ですか」
シャーヴ「身体の劣化を考えれば、早く寝た方がいいのでは?」
シリン・スィ「何よシャーヴ・・・・・・ あんたは呼んでないわよ」
シャーヴ「私は、私の心が赴くままに動くのみ」
シャーヴ「そこに他人の感情と世界の規則は必要無いんです」
シャーヴ「・・・要は、『ただの気まぐれ』でございます」
シリン・スィ「そういう時はね、『気まぐれ』とだけ言えばいいのよ」
お節介なシリンは、シャーヴに『人間味』を教えようと本を開きページをいくつか捲る。
『人間味』とは、この世界で生きるために必要な『知識』だ。
そして、ある意味では最も不要なものだ。
〇城壁
シャーヴ「眠れぬ理由、考えたことはありますか?」
シャーヴ「上手く正しく言語化できないのはあまりに辛いですよね、お嬢さん?」
シャーヴ「『事態を変えたい』という本心があるのならば、後は行動に移すだけ」
シャーヴ「選択は、生者だけの特権ですよ」
シャーヴには、シリンが何かに困惑して尻込みしているように見えている。
そして、彼女の小さな体の中で燃え上がる『感情』は、シャーヴの食欲を刺激していた。
シャーヴ(・・・今の彼女は、どんな味なのだろう)
シャーヴ(火で炙るか、塩ゆでにするか、それとも・・・)
シリン・スィ「・・・私が出来るのは、レクトロ様の手伝いだけよ」
シャーヴ「自分の限界を自分で決める程、愚かしいものは無いでしょう」
シリン・スィ「・・・あんたから見た私は馬鹿ってこと?」
シャーヴ「・・・おっと、貴女はそう認識するのですね」
シャーヴ(そこまで言ったつもりは無いのですが)
シリンの反応は、どうやらシャーヴの予想とは違ったものらしい。
シャーヴ「可能性の芽を自ら潰し、現状が変わらぬ原因を他人のせいにするのは、人間と同じ」
シャーヴ「この世界には、型を破った考えが必要なのですよ」
シリン・スィ「型破りか・・・ 『常識外れになれ』ってわけだ」
シャーヴ「そうそう。 能力を手に入れた分、出来ることは増えますからね」
シャーヴ「限界を自力で超えるのです」
もちろん『代償』というものがあるが、ここでは言わないことにした。
シャーヴ「貴女は『ごく普通の人間』みたいな性格をしてますね。 レクトロが最も避けそうな──」
シャーヴ「(咳払い)」
シャーヴ「ヒトの『意識』に浸食されてしまったなら、私があるべき姿に戻してあげましょう」
シャーヴはシリンの顔に、指の長い手を伸ばす。
シャーヴ「──そう、世界が勝手に望んだ顔に、声に、自我に!」
〇城壁
シャーヴ「・・・おやおや、お気に召しませんですか」
シリン・スィ「・・・嫌な予感がしただけよ」
シャーヴの手を払った彼女は、距離を取るようにして二歩下がった。
シリン・スィ「私は、あんたが思うより弱いわけじゃないのよ」
シャーヴ(・・・私は『弱い』なんて一言も言ってませんですけどね)
笑顔で内心悪態を吐きながらも、両手を背中に隠した。
『何もしない』という意思表示をするために。
シャーヴ「意思は尊重すべきもの」
シャーヴ「だから、今の私がこれ以上の事をするつもりはありません」
シリン・スィ「・・・・・・」
シャーヴ「そんな疑いの目で見なくても。 こういう時に嘘を吐く必要など無いのです」
シャーヴ「・・・ですが、貴女は私を拒んだ。 それだけ分かれば今日は結構」
シリン・スィ「待ちなさい」
シリン・スィ「どこ行くのよ」
城の壁に溶け込んでどこかに行こうとするシャーヴを、シリンは言葉で止めた。
振り返ったシャーヴの顔が一瞬、目だけになっていたが、シリンには分からない。
シャーヴ「貴方の主人、レクトロ・ログゼの元に」
シリン・スィ「あっ、そう・・・」
何か裏がありそうだ、と持ち前の勘で察したが無視をすることにした。
シリン・スィ「ちょっと言うのは遅くなったけど、」
シリン・スィ「あんたも早く寝なさいね」
〇城の廊下
従者と同じく眠れないレクトロは、気づかない。
レクトロ(・・・・・・・・・・・・)
シャーヴ「・・・・・・・・・・・・」
黒く顔が染まった、とても怖い『人』が後ろにいることに。
レクトロ「!」
レクトロの左手に真っ赤な亀裂を入れたシャーヴは、顔はそのままに目線を合わす。
シャーヴ「・・・少し、付き合ってもらっても?」
レクトロ「珍しくご立腹だねぇ」
レクトロ「久しぶりに、君の中の激情を覗いた気分だよ」
レクトロ「・・・・・・うん、君の中でドロドロとした負の感情が渦を巻いているのが見える」
レクトロは、シャーヴの殺気を向けられても全く動じない。
それどころか、凝視しているではないか。
彼はいつも通りの笑みを浮かべ、相手の『次』の行動を待っている。
レクトロ「・・・僕と戦うつもりかい? そんなことをしたら、この国は亡ぶだろうね」
レクトロ「・・・・・・まぁ、僕はいいんだけど」
ゆっくり瞬きをしたからか元の『顔』に戻ったシャーヴは大笑いした。
シャーヴ「まさか! ただの喧嘩で国を亡ぼすなんて大人げない!」
シャーヴ「そんな下らないことをするわけないじゃないですか」
シャーヴ「貴方の従者のクレームを言いに来ただけなんです」
シャーヴ「『超えてはならない領域がある』、とシリンに伝えておいてください」
シャーヴ「大変不快になったのです。 私に人間味は不要ですからね」
シャーヴ「現時点でそれが必要なのはネイだけですよ」
レクトロ「断言しちゃうの?」
レクトロ「『現時点』・・・ってことは、今後は必要になるわけだけど」
シャーヴ「・・・・・・・・・」
ウインクをしたシャーヴは何も言わず、ただ微笑むだけだった。



復活おめでとうございます。
今後の展開が愉しみです。