プロローグ(脚本)
〇廃ビル
モヒカン男「へっへっへ、来ましたね?」
医者「私は暇じゃないのでな」
医者「それより、例のブツは?」
モヒカン男「えぇ、こちらに」
医者「確認した。ではまた後日」
モヒカン男「例の口座でね? わかっておりやすよ」
モヒカン男「へっへっへ、毎度どうも?」
医者「なにをそんなに笑っている?」
モヒカン男「あぁ、旦那。これはこれは」
モヒカン男「だ、旦那? どうしてここに!?」
医者「どうしたもこうしたもない」
医者「早く例のものを寄越せ」
モヒカン男「そんなはずはない。確かに旦那は先ほど・・・っ!」
モヒカン男「まさか!?」
〇廃工場
ビリッ! ベリッ!!
小春「ふぅ。危ないところだった」
小春「さて、みんなに連絡を──」
モヒカン男の声「そこの女、ちょっと待てー!」
小春「!」
モヒカン男「女、よくも謀ってくれたな!」
小春「五月蠅い人、強引な男子は嫌われるわよ」
モヒカン男「五月蝿いのは手前だぁぁっ!」
歌夏(かな)「おっと、足が滑った?」
モヒカン男「うげぁっ!」
歌夏(かな)「大丈夫か? 小春姉」
小春「えぇ、一先ず助かったわ。 一刻も早くここを出ましょう」
歌夏(かな)「サーッ!」
小春と歌夏は複数の黒服たちを踏みつけながら駐車場を走り去って行く。
その様子を医者らしき男性が遠巻きに見ていた。
医者「あれがこの町に巣くう噂のエージェント姉妹か」
モヒカン男「う、うぅ・・・?」
医者「兎も角、君との交渉は見送らせてもらうよ」
モヒカン男「そそ、そんなぁ!?」
モヒカンの男は姉妹の出ていった方を怨嗟の詰まった目で睨みつける。
モヒカン男(おのれ、こうなればタダでは済まさんぞ!)
〇タクシーの後部座席
数分後。
歌夏(かな)「小春姉、例の品は?」
小春「此処よ」
歌夏(かな)「やれやれ。 これでこの町の女達のプライバシーは保たれたってわけか」
歌夏(かな)「一件落着だな」
小春「そんなこと言わないの。ここまで足取りを掴むのにどれだけ苦労した事か」
小春「エージェントたるもの、どんな手を使ってでもマトの足取りを掴むべし」
小春「もう忘れたの?」
歌夏(かな)「へーへー、それは承知してますよぉだ」
謎の女性の声「二人共、ご苦労さまでした」
歌夏(かな)「げっ、その声は」
小春「冬樹、あなた何時から居たの?」
冬樹「残念だが冬樹はそこには居ない。 遠隔で話しかけている」
歌夏(かな)「なんだよ、何時ものパターンか」
歌夏(かな)「で、今度はなにに話しかけりゃいい?」
冬樹「歌夏から見て足元に人形がある」
冬樹「それが今の冬樹」
歌夏は冬樹の声に反応して、足元をくまなく見渡す。
するとそこにソフトビジュアルな人形が転がっているのが見えた。
歌夏(かな)「まさかのソフビ!?」
冬樹「因みにそこから歌夏のパンツはもろ見えである」
歌夏(かな)「この野郎!」
歌夏は怒りに任せて人形を窓に叩き付ける。
しかし窓はおろか、人形にもヒビが入ることは無かった。
小春は激昂する歌夏を他所に人形へ問いかける。
小春「それで冬樹、マスターからの通達は?」
冬樹「ない。恐らくこちらの連絡を待っていると見える」
小春「秋羅の方は?」
冬樹「今晩はかつ丼の予定だそうだ」
小春「・・・そう」
歌夏(かな)「小春姉ってば本当に解りやすい性格してるよな?」
小春「それはどういう意味かしら?」
歌夏(かな)「いや・・・なんでもねぇよ」
本当はもっと掘り下げたい歌夏だったが、小春の背中から漏れ出た覇気に圧されて敢え無く引っ込む。
冬樹もカメラ越しにそれを察したのか、これ以降口を開くことは無かった。
〇島の家
御伽早市斜め坂町(おとぎはやし ななめざかちょう)
海に面したこの町には陰に身を伏せ暗躍する組織が多数存在する。
中でも一際異彩を放つのが、実行班が姉妹で構成されたユグドラシルというエージェントだ。
長姉にしてチーフを担う小春。
男勝りの近接格闘家(インファイタ)歌夏。
滅多に表に出ない割に並はずれたハッキング技術を持つ冬樹。
一見するとこれと言った接点のない三人だが、心は同じ楔で結ばれている。
その楔というのが──
秋羅「お帰りなさい! 姉さん!!」
「ただいまーー!」
歌夏(かな)「秋羅、今晩のメシはかつ丼って聞いたけど?」
秋羅「うん。今日はなるべく活力がつくものを作っておいたんだ」
秋羅「何時も外で働く姉さんたちの為に、たっぷりと精つくものを食べてもらわないと」
歌夏(かな)「はっはっは、相変わらず気が利くじゃないか?」
小春「歌夏、口が悪いわよ?」
歌夏(かな)「良いじゃないか小春姉? 折角帰って来たんだからよぉ」
小春「良くない。 レディたるもの言葉遣いは何処でも慎重になさい」
歌夏(かな)「・・・ちぇっ?」
秋羅「取り敢えず僕、食卓に丼(どんぶり)並べておくから」
小春「えぇ、お願いね」
秋羅は小春に頭を下げた後、来た道を引き返すように奥の方へ去って行った。
歌夏(かな)「本当にできた弟だよな? 今日何があったのかくらい聞きゃいいのに」
小春「そうね」
小春「すぅーっ、はぁー・・・」
歌夏(かな)「なにしてんだ?」
小春「何って秋羅の残り香を吸引しているのよ」
歌夏(かな)「さも当然のように言うなよ。気持ち悪いな」
くわっ!
小春「だってしょうがないじゃない! 一度依頼が入ったら次、何時秋羅に会えるのか分かんないんだもの!!」
小春「今日だって、あのへんなモヒカン頭とセッションを取る為に私がどれだけ苦労したか解ってる!?」
歌夏(かな)「お、落ち着けって・・・誰もそこまで責めてねぇよ」
秋羅の声「姉さんどうかした?」
小春「何でもないわ秋羅。うふふ」
歌夏(かな)(切り替え早いな!?)
小春「・・・兎に角、私にとって秋羅という存在は生にも代えられない逸品なの。その事実は誰にも曲げられないわ」
歌夏(かな)「なんならよ。秋羅をエージェントにすりゃいいじゃねぇか?」
小春「あ”!?」
歌夏(かな)「要するに小春姉は任務や遠征に馳せている間、秋羅(あいつ)のことを気にかけて苦しいんだろ?」
歌夏(かな)「だったらいっそのこと、オレか小春姉が親父に──」
小春「・・・歌夏?」
歌夏(かな)「なんでもございません」
小春「よろしい。取り敢えず今の発言は聞かなかった事にするわ」
小春「お互いに・・・ね?」
歌夏(かな)「承知いたしました」
歌夏(かな)(まったく、冗談が通じないんだから・・・)
歌夏は小春に一礼した後、何も言わず扉を閉め、姉について行く形で食堂に向かった。
この時の歌夏は知らない。
その浅はかな計画(プラン)が思わぬ形で実ることを。
次回へ続く。