LAST TRIP

タオ吉

読切(脚本)

LAST TRIP

タオ吉

今すぐ読む

LAST TRIP
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇渋谷のスクランブル交差点
  私が小学生の頃、商店街の福引で、母が1万円を当てたことがあった。
  シングルマザーの我が家にとって1万円は大金で、母は久しぶりにはしゃいでいた。

〇古いアパートの部屋
母「1万円どうしようか? ミサキの服、買いに行こうか」
ミサキ「ホント!?」
母「どこ行く? 大宮? 東京?」
ミサキ「渋谷は? 行ったことない」
母「じゃ、今度の日曜日、渋谷行こっか」
ミサキ「仕事は?」
母「お休み貰うから。いつもお母さんばっかり出てるんだもん。一度くらい平気平気」

〇電車の座席
  次の日曜日、私はよそ行きを着て、母とJR宇都宮線に乗った。
  母と電車に乗ったのは何年ぶりだろう。私は旅行気分でウキウキしていた。
ミサキ「まずハチ公見て、横断歩道渡って、道玄坂上がって、109行って・・・」
母「なにか美味しいものも食べようね」
ミサキ「この前テレビに出てたハンバーグのお店、渋谷だったよね」
母「そうだっけ?」
ミサキ「あー、店の名前忘れた! なんだっけー」

〇SHIBUYA109
  電車はあっという間に渋谷に着いた。
  スクランブル交差点に立つと、正面に109が見えた。
店員「いらっしゃいませ」
ミサキ「どれも超かわいい!」
母「このワンピースは? ちょっと地味かな」
ミサキ「こっちもいい。あー悩むー」
店員「ご試着できますよ」
ミサキ「どう」
母「いいじゃない、似合う似合う」
ミサキ「こっちも着てみる」
ミサキ(え、7,800円... こっちは11,000円!)
店員「これもお似合いですね」
ミサキ「でもちょっとキツいし、なんか地味」
  私は一着目を店員に返し、彼女がその場を離れた隙に、
ミサキ「お母さん、携帯で撮って」
母「え?」
ミサキ「早く早く!」
  写真だけ撮って、私は逃げるように店を出た。
母「どうしたの」
ミサキ「どれもイマイチ」
母「可愛かったのに」
ミサキ「ダメダメ」

〇店の入口
  109を出ると時刻は11時半を回っていた。
母「ちょっと早いけど、混まないうちにお昼食べようか。朝早かったし」
ミサキ「うん!」
母「何にする?」
ミサキ「あのハンバーグのお店、なんだっけー」
母「ハンバーグなら、ほら、この店にもある」
ミサキ「あそこの食べたいって言ってたでしょ」
母「別にどこだっていいじゃない」
ミサキ「ダメダメ・・・ あ、あの看板!」
ミサキ「ここ、ここ!  ほら、テレビに出ましたって書いてある」
母「ホントだ。よく見つけたね」
ミサキ「これだよ、テレビで食べてたの」
母(季節のハンバーグコース3,200円)
ミサキ「お母さん、これにする?」
母「こんなにいっぱい食べられないし・・・」
ミサキ「じゃあ半分分けしようよ」
母「半分じゃ足りないでしょ」
ミサキ「ミサキは半分でもいいよ」
母「でも、まだおなかすいてないし」
ミサキ「えー、せっかく見つけたのに・・・ じゃあお母さん、そこに立って」
  私は携帯で母の写真を撮った。
ミサキ「これでここに来た証拠になる」
母「ね、あそこ、カフェかな? 並んでる」
ミサキ「ちょっと見てくる!」
母「あ、走ると転ぶから」

〇ケーキ屋
  ショーケースには宝石のようなパフェがいくつも並んでいた。
母「ミサキの好きなパフェじゃない。フルーツサンドもおいしそう」
ミサキ(1,100円、1,350円、1,500円! コンビニなら400円しないのに)
母「とりあえず並ぼうか。注文はあとでゆっくり」
ミサキ「こんなに並んでたら、NHK行く時間なくなっちゃうよ」
母「でも何か食べないと」
ミサキ「先にNHK行こう!」
母「ミサキ、待ってよ」

〇公園通り
ミサキ「こっちこっち」
母「せっかく来たのに、洋服も買わない、お昼も食べない。ナニが気に食わないの⁈」
ミサキ「・・・」
母「そんなにイヤなら、もう帰る?」
ミサキ「お母さんだってハンバーグ、食べなかったじゃない!」
母「・・・」
  私たちは険悪な雰囲気のまま公園通りを上ったが、スタジオパークを出た頃には、母の機嫌も直っていた。

〇公園通り
  その後タワーレコードでCDを聴きまくり、外へ出るともう夕日があたりを染めていた。
母「何か食べて帰ろ。おなかすいたでしょ、朝ごはんから何も食べてないから」
ミサキ「食べてたら帰るの遅くなって電車座れないよ」
母「でもおなかすいてない?」
ミサキ「全然」
母「じゃあ、お弁当でも買って帰ろうか」
ミサキ「うん!」

〇デパ地下
  私たちは東横のれん街に入ったが、店頭のお弁当はどれも1,000円前後だった。
ミサキ(ビビンバ丼が950円なんてありえない。スーパーだと350円)
  こんなことで1万円札をくずすことはできなかった。
母「どれにする?」
ミサキ「あっちのお惣菜とかも見てみようよ」
母「あ、お惣菜もいいね。家にご飯あるし」
ミサキ「お母さんの食べたいの買って」
母「このサラダもきれいだし・・・ ローストビーフなんて豪華すぎるね」
  母は惣菜売り場を回ったが、足を止めることはなかった。
ミサキ「買わないの? コロッケとか唐揚げとか」
母「ウチで作れるもの買うのもなんだかね」
ミサキ「じゃ、帰ろう」
母「帰ろっか」
ミサキ「うん!」

〇電車の座席
  私たちは帰りの電車に乗った。
  母は水筒を取り出し、昼食後に飲むはずだった薬を飲みこんだ。
  私は1万円札を守り抜いた安堵感に浸っていたが、
  前日からの興奮と今日の疲れが一気にきて、知らぬ間に母の肩に頭を預けて寝てしまった。

〇渋谷のスクランブル交差点
  今でもこの街に来ると、あの日のことを思い出す。もう一度、母と来たかった。渋谷。

コメント

  • お母さんを思いやる少女の気持ちが温かいですね。
    たしかにせっかくきたのに何も買わない…って思う気持ちもわかるんですが、娘さんにとってはお母さんと一緒なら、コンビニのお弁当でもおいしいんだと思います。

  • 自分もなんだか気持ちがわかってしみじみしてしまいました。お金を使わなくても渋谷でウインドーショッピングもできたし、思い出になったのかもしれませんね。お母さんと娘さんがお互いのことを考えていて、しんみりしました。

  • 子供なのにめちゃくちゃ気を遣ってるのか、節約家なのか…。
    どんな美味しいもの食べたり、どんないい服を買うより、お母さんと出かけた思い出がプライスレスですね!

コメントをもっと見る(6件)

ページTOPへ