カフェと銃と期末テスト『カフェと銃とラテアート』(脚本)
〇駅前ロータリー
翌日、午後1時ちょうど。
代々木駅・東口。
夏の気配がじわりと差し込む日差しのなか、俺は明らかに挙動不審だった。
西村京太郎「・・・・・・スパイ活動って、もっと地下室とかじゃないの?」
「平和な顔して地獄を歩く。それが、スパイってもんだよ」
そう言いながら登場したのは、制服ではなく見慣れない私服に肩から小さなショルダーバッグをかけた涼音だった。
西村京太郎(・・・・・・普通に可愛いじゃん)
って思った俺の脳みそを、誰かすぐに黙らせてほしい。
山川涼音「じゃあ行こう。任務兼デート(仮)だからね」
西村京太郎「(仮)はいらんし、むしろデートって言うな」
〇レトロ喫茶
店に入ると、見事なまでに“普通のカフェ”だった。
観葉植物、ラテの香り、MacBookとイヤホン装備の意識高そうな客。
そのど真ん中で、俺と涼音は窓際の席に腰を下ろす。
山川涼音「じゃあ京太郎くん、まずこのタブレットを使って、ネットワークの痕跡を調べて」
西村京太郎「え、俺がやんの!?」
山川涼音「補佐官でしょ? できるよね?」
西村京太郎「補佐官って肩書き、そろそろ法的に訴えたい」
とは言いつつ、タブレットに接続された特殊アプリを開く。
怪しい通信のログ・・・・・・ポート番号・・・・・・アクセス時刻・・・・・・
西村京太郎「・・・・・・おい、これ。明らかに店の客じゃない通信履歴が混じってるぞ。しかも昨日の夜10時台」
山川涼音「その時間、店は閉まってる」
山川涼音「つまり、外部から強制的に接続されたってこと」
涼音はすぐさま、ハンドバッグから小さなUSB型のデバイスを取り出し
店内Wi-Fiルーターへ近づく。
「今から、このルーターに“逆トレース用の偽通信”を流すわ」
「それに食いついた端末を追跡できる」
事前に装着していたインカム越しで指示を出す涼音
西村京太郎「つまり、罠ってことだな?」
「さすが。吸収が早いね、京太郎くん」
俺がほのかにドヤったそのとき──
入口のドアが、カラン、と音を立てて開いた。
入ってきたのは、黒スーツにサングラスの二人組の男たちだった。
山川涼音「・・・・・・・・・来たわね」
涼音がボソリとつぶやく
彼女の目が、瞬間的に変わった。
男たちはカウンター付近に座ったが、その手の動きが不自然だった。
山川涼音「銃、持ってる。・・・・・・小型の、消音付き」
西村京太郎「・・・・・・カフェで銃って、もはやバカじゃん・・・・・・」
山川涼音「でも本物だよ、撃たれたら終わる」
西村京太郎「うん、知ってるけどね!? 冷静に言うな!」
山川涼音「彼らは“ディープ・クロス”の末端。コード狙い。先に撃たせたらダメ。離脱準備して」
西村京太郎「ディープ・クロスって・・・・・・敵対組織?」
山川涼音「うん」
山川涼音「裏社会で情報密売をしてる連中。スパイや暗号技術者の情報を買い取って“消す”仕事もしてる」
西村京太郎「やべぇの来てんじゃねぇか!!」
そのとき──
組織A「山川涼音さん、でしょうか」
突然、カウンターから男が立ち上がり、涼音の方へ歩いてくる。
組織B「当機関に、少しだけお時間いただけますか?」
山川涼音「ごめんなさい、私デート中なんで」
組織A「ああ、それは結構。では――こちらで静かに」
男がポケットに手を入れた、その瞬間だった。
乾いた音が、ラテアートの香りを引き裂いた。
組織A「グッ・・・・・・」
男の手元から、金属製の小型銃が滑り落ちる。
撃ったのは――涼音だった。
彼女のバッグから飛び出した銀色の小型銃が、正確に男の手だけを撃ち抜いていた。
山川涼音「これ以上近づいたら、次は頭を撃つわよ?」
組織A「・・・・・・チッ」
男は舌打ちをして退いた。
その隙に、涼音は俺の手を強引に掴んで走り出す。
山川涼音「非常口から逃げるよ!」
西村京太郎「ま、待てっ、俺まだラテ飲んでな――!!」
〇入り組んだ路地裏
裏口まで走り抜けて、ようやく足を止める。
西村京太郎「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
山川涼音「ごめんね、巻き込んじゃった」
西村京太郎「いやもう完全に“巻き込んだ”どころか“発砲事件の参考人”なんだけど!?」
山川涼音「でも、情報は抜かれてない。コードも守られた。成功だよ」
西村京太郎「・・・・・・成功ねぇ・・・・・・」
そのとき、俺の頭にふと、過去の映像がよみがえった。
〇レトロ喫茶
――数年前。小さな喫茶店。
窓際で、見知らぬ中年の男が、小声で誰かと話していた。
中年「身元が漏れた」
中年「コードを変更する」
中年「山川の件も、再チェックだ・・・・・・」
〇入り組んだ路地裏
西村京太郎(・・・・・・まさか、あれも──)
山川涼音「どうしたの?」
西村京太郎「・・・・・・いや、なんでも」
そう、確かめなきゃいけないことが増えた。
あのとき俺が聞いてた“言葉”。