九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第42回『こーしょん あむねしあ』(脚本)

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〇城壁
フリートウェイ「・・・到着っと」
  ひんやり冷えた風が、ポータルから出てきた身体を冷やす。
フリートウェイ「漸く、いつも通りの時間を過ごすことが出来る」
フリートウェイ「風呂に入って、さっさと寝ようか。 疲れただろ?」
チルクラシアドール「まだ、一つだけやりたいことがある」
フリートウェイ「・・・まだ動くのか?」
  黄色のリボンが絡んだ左手首をじっと見つめながら、口を開く。
  半透明のリボンは強くきつく絡まってはいない。が、チルクラシアの右手首から出ているため、無理やり切ることは出来ない。
フリートウェイ「止めておいた方が良いような気がするが・・・・・・」
チルクラシアドール「夜なら動けるよ! 眩しいのもうるさいのも無いし、快適だよ」
フリートウェイ「・・・それは知ってる。 確かに、夜の方が情報の処理が楽ではあるな」
  人(特に子供)の声も、人工の光もほとんど無くなり、温度と湿度が昼より低くなる夜は、チルクラシアにとってかなり快適なのだ。
  どうやら、ストレス(による不調)の原因が無くなることで、ほぼ自動的に機嫌が良くなるらしい。
  だが、眠気が飛び、予測の出来ない行動をすることがあるため注意と監視が必要である。
フリートウェイ「・・・今日は君のリクエストを聞こう」
フリートウェイ「だが、なるべく昼間に動くようにしよう、な」

〇公園のベンチ
  ──午後10時30分ごろ
チルクラシアドール「見せたいものがあったの」
  珍しく、チルクラシアがフリートウェイのリボンが絡む手を引いて走っていた。
  鮮やかな赤色に近いオレンジ色の花を咲かす木の前で、彼女は走ることを止めて見つめている。
フリートウェイ「・・・柘榴だな。 実がなるのはもう少し後だよ」
フリートウェイ(・・・・・・・・・)
  チルクラシアの『好み』が分からない。
  彼女の心を揺さぶるモノの一つも分からない。
  なので、自身に僅かに残された『経験』と『成功体験』、本の知識などから最適解なモノを与えるに過ぎない。
  失敗やそれに伴う怪我はしてもいいが、後悔だけはしたくないフリートウェイだった。
フリートウェイ「柘榴について、何か気になったことや・・・ 思い出したことでもあるのかい?」
チルクラシアドール「詳しくは覚えてないけど、ナタク兄ちゃんが嫌がってたなぁって」
フリートウェイ「・・・あのナタクが嫌がるなんて、珍しい」
  ナタクは『大体は受け入れる』気質を持つため、困惑はするが露骨に拒絶反応を見せることは稀である。
チルクラシアドール「思い出せた箇所が増えたから、上手く話せるかも。 ・・・言ってもいい?」
フリートウェイ「勿論」

〇後宮の廊下
  ──とても涼しくて、光が暖かく思えた時のことだったような気がする。
  勉強も終え、食事の後の薬も飲み、昼寝をするか少し迷う。
  とてもとても退屈だったから、遊び相手を探していた・・・はず。
  家以外の『景色』をほとんど見たことのない私に、『外』に関する興味はほとんど無かった。
  ・・・あ、誰かが近くにいる。
  ・・・ナタク兄ちゃんとレクトロかな?

〇後宮の庭
ナタク「・・・レクトロ殿」
ナタク「何故、柘榴の木を植えたんだ?」
  遊佐邸の庭園の端に植えられた柘榴の木。
  ナタクは、レクトロを呼んで直接、勝手に柘榴の木を植えた理由を聞くことにした。
レクトロ「柘榴が僕の好物だからだよ! それに、植えてはいけない、なんて一度も言われていないしね」
レクトロ「ナタ君は柘榴が嫌いなの? 出来れば、その理由も教えて欲しいな」
ナタク「・・・・・・理由らしい理由では無いし、君が納得するとはとても思えないが」
  躊躇う理由は、自分のためだ。
ナタク「・・・柘榴は『不浄の果物』だ。 食べると何が起きるか分からない」
ナタク「・・・そう、天界で教えられてきたんだ」
  ナタクは、諸事情で何度か天界に行ったことがある。
  その時、教えられた事やモノはちゃんと覚えている。
レクトロ「へぇ、天界でそんなこと教えられたんだ?」
レクトロ「それはただの偏見ってやつだよ。 食べてから改めて感想を言ったらどうだい?」
ナタク「・・・そうだな、まずは食べてみるよ」
  レクトロの言っていることは正しい。
  天界側が間違ったことを言っているかもしれない。
  賢いナタクは、思考の切り替えがとても早かった。
レクトロ「9月くらいまで、君がその気になっていることを祈るよ」
レクトロ「秋になったら、僕と柘榴のコンポートを作ろう。きっと美味しく出来るはずさ」

〇公園のベンチ
フリートウェイ「ナタクって拒否反応を見せることがあったんだな・・・」
フリートウェイ「それを思い出したから、柘榴を使った料理が食べたくなったのか?」
  レクトロとナタクが食べるのなら、興味は出てくるはずだ、と思っていた。
チルクラシアドール「違う違う。 フリートウェイが好きそうな果物だなって思っただけ」
フリートウェイ「オレの事を考えていたら、ふと思い出したのか。 そんなこともあるんだな」
フリートウェイ「味に期待をして、秋が来ることを待とう」
  内心、『チルクラシアが自分のことを考えてくれて嬉しい』と思っていた。
  だが、誰かが見ている可能性もあるので部屋以外の『外』でそれは出さない。
フリートウェイ「!」
  こんな時間に、人間が外にいる。
フリートウェイ「オレの後ろに隠れてくれ」
  フリートウェイの後ろに隠れたチルクラシアは、水色の両目を前に向けていた。
フリートウェイ「・・・こちらへ来る人間が何をするか分からないからな」

〇公園のベンチ
姫野晃大「久しぶりだね!元気そうで安心したよ」
  晃大の声を聞いた瞬間、フリートウェイは真顔でチルクラシアを転送で先に帰した。
フリートウェイ「・・・久しぶりだな、人間」
フリートウェイ「学校帰りか? お疲れ様、なるべく早く寝た方が良いぞ」
  晃大は、フリートウェイが無表情で遠回しに『早く帰れ』と言っていることを察した。
姫野晃大「えっ、何か冷たくない?」
フリートウェイ「そうか?君への対応は全く変えていないつもりだが」
姫野晃大「し、辛辣・・・」
姫野晃大(・・・あれ? このヒトってフリートウェイじゃない?)
姫野晃大「何も変わっていないようで安心したよ」
  目の前にいる人物に違和感を感じながらも、とりあえず話を進めた。
フリートウェイ「・・・そうか」
フリートウェイ「まぁ、こっちは変わらないからな。 安心し続けてもいいぞ」
フリートウェイ(お前なら、まぁ大丈夫だろう。 死ぬビジョンが見えねぇし)
  大規模な自然災害でも、全てを滅ぼす『悪意』の前でも、彼だけは普通に生きていそうな感じがする。
フリートウェイ(それとも、まだ死なすわけにはいかない、とか?)
  『生きている』というより、『まだまだ死ねない』のだろうか?
フリートウェイ(・・・少なくとも、そう簡単に扱っていい男ではない)
  チルクラシアを晃大に隠すように転送に使うポータルに隠したため、頭の中はかなり冷めている。
  眠気や『痛み』を感じることも無ければ、
  『虚無』以外の感情も無かった。
フリートウェイ「・・・君に1つだけ、言いたいことがある」
姫野晃大「・・・言いたいこと?それは何?」
  ふぅーーーっと長く息を吐く。
  深呼吸のように見えた一動作は、フリートウェイにとっては重苦しいものだ。
  言うべきか、彼らが墓に入るまで言わないようにするか迷ったが前置きを言った以上話すことにした。
フリートウェイ「『アムネシア』に気を付けて。 貴方にとって、記憶はとても大切なものだ」
  ──アムネシア(AMNESIA)とは、記憶喪失や健忘症を意味する単語である。
フリートウェイ「貴方はこのままでいてもらう。 人間のあるべき姿のままで」
姫野晃大「・・・何のことを言ってるの?」
  いきなり意味深なことを言われた晃大は混乱した。
姫野晃大「僕は、普通の人間だよ」
  『善良な人間』として生きることを第一の目標と決め、1日を無駄なく過ごすことにしている。
  学校は休むことなく行き、成績も中の上をキープし、何かあったら率先して協力する。
姫野晃大「人間として、生きてるよ」
  ──自分の『理想』に生きている。
姫野晃大「どんなことだって、きっと上手く行くんだ」
姫野晃大「・・・僕はそう思って、平穏に暮らしていきたいな」
  そう信じて疑わない晃大の眼は、
フリートウェイ(・・・何か無性に腹が立つな)
  思わず影の中で露骨に表情を歪めるほど、光り輝いていた。

〇公園のベンチ
フリートウェイ「・・・・・・あの人間の一族が、彼らの『天敵』」
  晃大の後ろ姿をぼんやりと見つめるフリートウェイだが、
フリートウェイ「姫野晃大と、その妹『果世』か」
  声が、切り替わるように、上手く変わっていく。
フリートウェイ(・・・ひとつを除けば、普通の人間のようだ)
シャーヴ「・・・まぁ、いいでしょう」
  ──仮面の下はまだ、赤い目が浮かび上がった黒塗りの顔。
  シャーヴは姫野晃大に会うためだけに、フリートウェイの姿に『化け』ていた。
チルクラシアドール「(=`ェ´=)」
  隣の人物がフリートウェイではなくシャーヴである事実に、チルクラシアは、不服そうに頬を膨らませていた。
シャーヴ「・・・機嫌を損ねてしまいましたか」
シャーヴ(『俺』では不満か)
  ご立腹な理由は頭で何となく分かっているが、内心納得はしていない。
  だが、チルクラシアを『怒らせたまま』にすることは危険でしかないのですぐに対処する必要がある。
  ──彼女のために、自分のために。
  ・・・あの人間達のために。
シャーヴ「紅茶と甘いものをいくつか買って、一度城へ戻りましょう」
チルクラシアドール「!」
  少し値段の高いケーキと希少な茶葉を使った温かい紅茶と共に、
  二人きりで、素敵で優雅な『夜』を過ごすようだ。
シャーヴ「機嫌がよくなって、何よりです」
シャーヴ「貴方が寝るまでは、私が話し相手になりましょう・・・」

〇シックな玄関
姫野晃大「えっ」
  ドアを開けた姫野晃大と妹は驚く。
  『后神』こと、レクトロ・ログゼが訪れたのだ。
姫野晃大「えーっと・・・もしかして、后神様?」
  晃大は、授業でレクトロの顔を何度か見ているために間違えずに言い当てた。
レクトロ「・・・いきなり訪れてごめんね。 僕は、『后神』レクトロ・ログゼ本人だ」
  身体を『保つ』ことに、ついに限界を覚えたレクトロは、緊急時のためにシリンに姫野家の住所を聞いていた。
レクトロ「シリンが君たちの居場所を教えてくれたんだ。 彼女も君たちのことは高く『評価』していたよ・・・」
姫野果世(捧げ物に不満でもあったのかしら・・・?)
  妹は、今月の捧げ物に関する不安にかられてしまったため、レクトロの話に全く集中出来なかった。
姫野果世「あの・・・」
姫野果世「リビングで続きを聞きます・・・・・・」
レクトロ「おや、いいのかい?」
  弱体化しているとはいえ、レクトロは妹の精神状態を心配していた。
  初対面でここまで怯えられると、出来ることは少なくなる。
  ・・・・・・とはいえ、ショックや悲しみの感情を抱くことは無かった。
姫野果世「はい、食事と部屋も用意します! 気が済むまでいてくださいね」
姫野晃大(・・・怯えてる?)
  妹の過剰な反応を、優しい兄は見逃さない。
姫野晃大(・・・・・・まぁ、いきなり神様が来たら驚きはするけど)
姫野晃大(昔から、后神様の話をするとこう怯えて震えて)
  妹の異様な反応は、生活に支障が出るほどであり
姫野晃大(僕の見ていない間に、何かされてたり?)
  つい勘繰ってしまうほど深刻だ。
姫野晃大(だ、大丈夫かなぁ・・・・・・)

〇おしゃれなリビングダイニング
姫野晃大「メンタルは大丈夫かい!?」
姫野果世「もう大丈夫よ」
  先程の不安感が、最初から無かったように消え失せていた。
姫野晃大「・・・その服はどうしたの?」
  妹の精神状態が安定していたことは安心したが、服装が華やかなものになっていたことに首をかしげる。
  彼女の私服は、良く言えば平凡なものが大半だ。
  こんな高そうなものは一着も無いはずである。
姫野果世「これは后神様が、『お詫びと感謝の気持ち』として作ってくれたの」
姫野果世「似合ってるかな?」
姫野晃大「うん、よく似合ってるよ」
姫野果世「貴方の分の衣装も預かっているわ」
姫野晃大「僕の分の服もあるの? 着てみようかな」
  妹からレクトロが作った服を渡された晃大は、走って自室に向かった。
姫野果世「后神様のために、フルコースを作って、お風呂を沸かして・・・・・・それから・・・・・・」
姫野果世「学校は休んで良いことになってるし、数日頑張ろう!」
  『后神』・レクトロが家を訪れた場合、最長で二か月は学校を休むことが出来る。
  これは国が最初に決めたことであり、今後一切変えられないとされている。
姫野果世「料理の自信は無いけど、あの人に手伝ってもらえばいいか」
姫野果世「これからが楽しみだなぁ!」

次のエピソード:Another Act1『一時のしあわせ』

コメント

  • まさかのアレにビックリです。
    一体どうなることやら。
    次回も楽しみにしています!

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