第41回『あの子のため!』(脚本)
〇水族館・トンネル型水槽(魚なし)
──フリートウェイが亜空間のごく一部を変えてから、約30分後。
シャーヴ「全く、ネイってヒトは・・・」
秘密主義者の住人が、遊びに来ていた。
シャーヴ「独り占めするつもりなんて、私が許さないでしょう?」
シャーヴ「・・・まぁ、そんなことを言っても聞かないでしょうけど」
──第41回『あの子のため!』
ポケットに手を入れたシャーヴは水以外に何も入っていない水槽を見つめる。
シャーヴ(・・・器が悪意に満ちるのも、時間の問題でしょうか)
右ポケットの中には、『重要アイテム』があった。
シャーヴ(あの忌まわしい城からの持ち出しは、間違っていないようです)
──九つの器が一つ、『ミットシュルディガー』
──懐中時計の形をとるこの器は、他人の寿命を『時間』として見せ、その操作が出来る危険な代物である。
シャーヴ(『物珍しい』と、人間共が手を伸ばすものですから処理に手間取った)
そんなものとは知らず、貴族たちは金にしようと次々と手を伸ばす。
それを本気で煩わしく感じたシャーヴは、言葉で追い払うのではなく、処理することにした。
『処理』の後片付けに追われた後は痕跡を消すために長めの風呂に入り、ナタクが作った亜空間の正面玄関から入ってきた。
シャーヴ(器は、人間共ではなく我々の物。 気軽に知り触るべきでは、ございません)
シャーヴ(レクトロ・ログゼが弱っている今なら、マスターとネイの『お手伝い』が出来ますからね)
シャーヴ「・・・楽しみです」
〇アクアリウム
──お騒がせな”彼ら”の行方は、意外にもすぐ近くだった。
フリートウェイ「此処まですれば、邪魔はされないはずだ」
チルクラシアドール「何か面白いことをするの?」
フリートウェイ「・・・面白いかと聞かれてもな。 君から見れば、大したことではないのかもしれない」
絶対に安全な空間のごく一部を変えてまで、やりたかったこと。
それは。
フリートウェイ「前に、『生の感覚が知りたい』って言ったよな?」
チルクラシアドール「うん、言った。 それは覚えている」
フリートウェイ「あれから、オレなりに『感覚』について考えたんだ」
どう考えても一人では明らかに荷が重すぎる質問だった。
それでも、何とか答えを出してあげたかった。
フリートウェイ「オレが色々言うより、体感した方が理解が早い」
生物なら当たり前に持つ『五感』を鋭くさせることが出来れば、きっと『自分は生きている』と思えるはずだ。
──そう、フリートウェイは考えた。
フリートウェイ「君がしたいことや欲しいものは何だ?」
本調子に近い状態の今なら、きっと何でも『生み出す』ことが出来るだろう。
チルクラシアドール「・・・今は寝たいと思ってる」
フリートウェイ「・・・昼寝はしていなかったのか?」
チルクラシアドール「寝ずにゴロゴロしてた」
フリートウェイ「・・・『きっとすぐに帰ってくるだろうから』ってことか」
強い眠気を我慢しながら、和室で多分シリンと二人で大人しく待っていたのか。
チルクラシアドール「そう、それだ」
チルクラシアドール「これを『待っていた』って、言うんだね」
チルクラシアが言葉をあまり知らないのも相まって、会話が成り立つことすら危なくなっていた。
フリートウェイ(とりあえず今日は、『視覚』に対するアプローチをするつもりだったのに)
フリートウェイ(まだまだ課題は山積みだ)
・・・・・・それどころでは無さそうだ。
早急に解決するべき問題が二つか三つ浮かび上がってしまった。
フリートウェイ(・・・困ったな)
チルクラシアはテレパシーによる会話(?)を好んでいるため、語彙力の無さに気づいていない。
フリートウェイ(テレパシーは楽に自分の気持ちを伝えることが出来るから)
フリートウェイ(会話の利点を言わなければならないな。 だが、それが浮かばないから困るんだ)
口下手であることは、自分が一番分かっている。
フリートウェイ「まず言うべきことがあるんだ。聞いてくれる?」
チルクラシアドール「?」
フリートウェイ「人間は、テレパシーを使わないんだ。 それが通用するのはオレ達だけなんだよ」
チルクラシアドール「( ╹‐╹ )」
不服そうに頬を無言で膨らませるチルクラシアを宥めるように、フリートウェイは頭を撫でる。
フリートウェイ「声の話題に触れた時に言うべきだと思ったんだが、躊躇ってしまったんだ」
フリートウェイ「この機会に、辞書をのんびり見ることを勧めるよ」
〇大水槽の前
シャーヴ「・・・甲斐甲斐しいですね」
大水槽の前で、シャーヴは一言だけ呟いた。
アルシノエー「誰かと思えば・・・お前か」
黒色の巨大な人魚は、水槽越しのシャーヴを見つめている。
ガラスより硬いであろう『水槽』から、シャーヴが何かすることは無いだろう。
だが、それはただの予測でしかない。
確信では無いから、念のため警戒心を表に出す。
アルシノエー「・・・何しに来た?」
シャーヴ「遊びに・・・いえ、レクトロをどかしてまでここまで出来る貴方が見たくて」
『器』に何よりも誰よりも近い位置にいるフリートウェイの動向。
本人は『こちらから素性を言う必要はない』と思っているため、他人に対してはやや冷たく接している。
──自分には、チルクラシアしかいない。
──彼女が望むものを与えたい。
そのためなら、自分の手を汚しても構わない。
そう思えているうちは、まだ危険ではないかもしれない。
・・・ある意味、通常運転である。
シャーヴ「少なくとも──」
シャーヴ「チルクラシア・ドールの目に映る貴方は、いつも通りですよ」
シャーヴ「それは変わりようのない事実ですから、安心してくださいな」
シャーヴ(・・・最も、これからはそうでは無くなるかもしれませんがね)
シャーヴは、ナタク以上にフリートウェイの取り扱いが上手く、詳しかった。
シャーヴ「貴方には、まだたくさんのやるべきことがある」
シャーヴ「”その時間”はそろそろお終いにして、外に出ましょう」
まずはやる気を引き出して、
シャーヴ「・・・惜しい気持ちはよく分かります。 ですが、チルクラシアもそれを望んでいますよ」
”チルクラシア”の名前を出すことで、彼が自分から動こうと思う確率を上げる。
アルシノエー「・・・・・・へぇ、そうなのか?」
笑みを浮かべるフリートウェイはシャーヴの提案に、非常に満足しているようだ。
アルシノエー「チルクラシア・ドールが、目を覚ましたら外に出ようと思っていたんだ」
アルシノエー「おやつに余りがあってな。 オレは食べないから、お前にやるよ」
シンプルな白色のタルトだ。
きっとそれは、ホワイトチョコレートか、レアチーズの味がするだろう。
シャーヴ「美味しそうですね。 せっかくなので、頂きましょうか」
仮面を外さずに、一口分だけ口に入れる。
──だが。
シャーヴ(・・・腹を満たすために作られたわけでは無さそうですね)
味の再現は完璧だが、どれだけ食べても満腹には永遠にならなそうだ。
空気を食べた感覚と似ているだろうか、何とも言えない一種の虚無感がシャーヴを襲う。
シャーヴ(『再現』にしてはやけに中途半端だ。 ・・・記憶を元にしてモノを作ることは苦手なのか?)
『思い出す』行動そのものが苦手なのか、ただ嫌いなのか。
それとも、『記憶』に関する機能に異常や欠陥でもあるのだろうか。
背を向け、徐々に遠くなっていく黒色の巨大な人魚の尾ひれを、ぼんやりと見つめる。
シャーヴ(・・・自分に関する記憶が失われていることは確かなのですが)
シャーヴ「・・・もう少し後で考えてもいいか!」
〇病院の待合室
ナタク「・・・・・・・・・」
ナタク(ここから向こう側の空気が違う)
違和感に気づいた亜空間の主は、首を傾げていた。
遊佐景綱の声「ごく僅かだが・・・あっさりと変えられてしまったな、ナタク・ログゼ」
遊佐景綱「──お前にとって、彼は『想定外の事ばかりする蜘蛛』なのではないか?」
現れた主君の瞳は彼の固有能力『催眠』を使っている時のものになっている。
ナタクは思わず、一歩後ろに下がった。
ナタク「・・・俺に、暗示でもかけるつもりか」
つい身構えるのは、ナタクが『内部調整』をする者だからか、遊佐景綱がフリートウェイ達に妙なことをする可能性があるからか。
遊佐景綱「かけたところで意味など無い」
遊佐景綱「私が固有能力をいきなり使うような男ではないことは、お前も分かっているはずだ」
『何年主従関係を続けているんだ?』、と小声で付け足すように呟いていた。
遊佐景綱「君が捜している者は、君が思っている以上に近くにいるぞ」
本題は、フリートウェイについてのようだ。
遊佐景綱「・・・『内部調整』後に、何か異状は無かっただろうか」
ナタク「・・・驚くくらい、何も変わっていないぞ」
ナタク「調整の必要など無いかもしれないくらいに、変わっていなかった」
数値の異様な上がり方を除けば、全くと言っていいほど変わっていない。
その後の言動も、外見も、声色も。
千年以上に渡り、『内部調整』をしている彼が冷静に考えても正しい処置を思い浮かべなかったのは、これが初めてである。
遊佐景綱「それは、本人が『変化を拒絶した』からこうなっているに過ぎないと思う」
遊佐景綱「呪いか、愛ゆえか・・・・・・ 流石にそこまでは分からぬが、あの男はチルクラシアのことしか目に入っていない」
遊佐景綱「自分のことはそこまで気にしていないようだ。 誰かではなく、チルクラシアにハッキリ言われなければ治らないだろう」
ナタク「・・・そうか」
主君の言葉を聞き、自分が納得しそうな結論にたどり着いたナタクは深々とため息をつく。
ナタク「俺の『内部調節』は時期早々だったということか・・・」
遊佐景綱(・・・・・・・・・)
がっくりと肩を落とした彼に、遊佐景綱は助言をしてみることにした。
上手いことは言えないが、気持ちを楽にすることが出来るかもしれない。
遊佐景綱「ミスとは言い切れないのでは無いか?」
遊佐景綱「ネイにも、何か考えがあるだろう。 彼が外に出たらそれを聞いてみるのはどうだろうか」
遊佐景綱「ただ話を聞くだけだ。 雷を落とされることは無い」
〇病院の待合室
遊佐景綱「・・・久しぶりだな。 私に何の用事だ?」
シャーヴ「ネイの様子を見てきたんです。 後、器が正常に作動しているか見に来たのもありますね」
フリートウェイと別れたシャーヴは、ナタクがいなくなったタイミングを見計らって遊佐景綱と話をしていた。
シャーヴ「・・・貴方が先ほど言ったように、彼は本気でチルクラシアの隣を独占するつもりです」
シャーヴ「この”事実”を踏まえて、貴方達はどう動くおつもりで?」
笑みを浮かべたシャーヴは、遊佐景綱の返答を楽しみに待っている。
遊佐景綱「器の起動により、もう間違えることは許されない。 我々が狙う相手は人間だろう?」
遊佐景綱「人間には、逆らうことのできないモノがある。 それは、『寿命』だ」
遊佐景綱「ネイもいつか、チルクラシアから離れざるを得ない時が来る」
遊佐景綱「・・・今は、何もせず見ないことにする。 ひたすら、傍観に徹するよ」
瞳を元に戻した遊佐景綱は、無表情より少しマシな顔になった。
『間違えることが出来ない』からという理由で、今回は大人しくしているらしい。
今のフリートウェイに余計なことをすれば、不機嫌を意味する雷は100%落ちることは分かっている。
基本的に大人しいチルクラシアとは違い、彼はかなり感情的だ。
それは、ナタクの調整によるものでは無く元からだ。
──元からある『気質』だから、情報が足りないのもあるだろう。
シャーヴ「情報が足りぬうちは動けませんか」
遊佐景綱「観測できていれば、今はそれでいい。 まだ時間はたくさんあるんだ、データはゆっくり集めるのが一番良い」
未来に怖じ気付いているわけでは無い。
遊佐景綱「効率より、もっと求めるべきものがある。 それはお前も同意見だろ?」
シャーヴ「そうですね。 こういうものは、ゆっくり時間をかけるべきですから」
〇病院の待合室
シャーヴ「・・・ところで、レクトロ・ログゼがどこに行ったのか、知っていますか?」
遊佐景綱「・・・知らないな」
遊佐景綱「少なくとも三日間はこの亜空間から出てはいけないはずだが、居ないようだ」
自分の妻・偃と体の言うことは、レクトロも従うはずだと、遊佐景綱は思っている。
だからこそ、レクトロの反応が突然消えたこととナタクが急に落ち込んだことが気になっている。
遊佐景綱「・・・お前が何かしたわけでは無いよな?」
シャーヴ「はい。彼には何もしていませんよ」
遊佐景綱「・・・?」
シャーヴの妙な言い回しが引っかかる。
怪しい雰囲気を漂わせる彼を、すぐに信じるわけにはいかなくなった。
遊佐景綱「ネイとの会話の内容・・・私に言えるか?」
せめて、数分前の会話の内容を少しでも聞くことが出来ればいいのだが、と淡い期待をしていたが、
シャーヴ「ただの会話ですよ? その内容に、重要な意味は無い」
・・・シャーヴに、言うつもりは無いらしい。
シャーヴ「レクトロの姿は見ていないので、答えようがありませんよ」
シャーヴ「再生能力を持つ彼なら、無事でしょうね。多少の無茶は出来てしまう」
〇時計台の中
──まぁ、彼が今どんな状態になっているかは分かりませんけどね。
レクトロ「・・・どこにもいないじゃん!!!」
フリートウェイに『チルクラシアがいなくなった』と言われたのに。
どこを探しても彼女は、居なかった。
レクトロ「それに、器が無くなってる! 持って行ったの誰なのさ!」
シャーヴが持っていることなど知らないレクトロは、更に混乱する。
レクトロ「帰らなきゃいけないけど、」
口から血が数滴落ちる。
喉から出血したのだろうか。
痛みは感じないが、閉まるような不快感はある。
息は出来ているが、深呼吸は出来ずに途中でむせてしまう。
レクトロ「いや、これは帰っちゃダメかもしれない・・・ 今は休まなきゃ」
本当は、今すぐナタクたちの元へ帰るべきだ。
だが、もう体力がない。
近いうちに気絶に近い形で倒れてしまうだろう。
レクトロ「姿だけでも上手く隠す努力をしないと・・・」
また倒れるかもしれないことについては、仕方がないと割り切った。
彼にとって一番嫌なことは、これではない。
レクトロ「──こんな姿、誰にも見せられないよ!」
今回も楽しく読ませていただきました。
次回も楽しみにしてます。