影山さんは普通に暮らしたい。

シグー

影山さんは普通に暮らしたい。(脚本)

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〇黒背景
  ──私は、影山葵(かげやまあおい)。
  世間の何処にでもいる、一般人だ。
  社会人になってもうn年目。
  どちらかというとホワイト寄りの某企業で地道に就業している。
  他人より秀でた容姿も出仕も能力も持ち合わせてはいない。
  前に出ようとか、みんなを引っ張っていこうとかそんな事は出来ないし、精々迷惑を掛けないように着いていくくらい。
  ゲームで言えば、村人Fぐらいのいわゆる”モブ”的な立ち位置で過ごしている。
  (・・・自分で言ってて、正直悲しい所だけど。)
  そんなモブ体質の私だけれど、私には他の人にはない、少し厄介な”体質”がある。
  効果が出るのはあくまで私だけ。
  
  他の人への影響はないからそれだけは幸いなのだけれど。
  ・・・とりあえず、私の身に起きた不思議な出来事をお話していこうと思う。
  『・・・良かったら聞いてもらえますか?』

〇開けた交差点
  ──今日の勤務も通常通りに終わり、私は帰路に着いていた。
  季節は秋も終わり、冬の初め頃。
  日もすっかり落ちて、辺りはそこそこに冷えこんでいた。
  ふっと吹いた冷たい風に、思わず体を震わす。
  出勤時には汗ばむぐらいだった厚着の格好も、この時間なら丁度いいぐらいだ。
  勤務先までは自宅から歩いて約30分ほど。
  自転車で行く事もあるけれど、基本的には健康の為に歩いて通勤している。
  歩きながら鞄からスマホを取り出して時間を確認すると、そろそろ夜の7時になろうとしている所だった。
影山葵((あーあ、もうこんな時間か。最近はあっという間に暗くなっちゃうから、もう少し早く帰りたかったかも・・・。))
  今日は少し残業になってしまい、会社を出るのが普段より遅くなってしまった。
  帰りすがら途中のスーパーで買い物をして行こうと思っていたが、このペースだとギリギリ間に合うかどうかの微妙な時間だ。
  ・・・自宅にある食材等々を思い返しつつ、少し考える。
影山葵((うーん・・・、明日はお休みだからそんなには買わなくてもいいけど・・・。でも今晩食べる分が少ないかなぁ・・・。))
  歩くペースを落としつつ、少しの思案の後、やはり買い物が必要だという結論に。
  持っていた鞄を持ち直し、少し気合を入れると、帰路を急ぐ為、私は少しの間走ることにしたのだった。
  タッ、タッ、タッ・・・。
  人通りも少ない夜道に、リズム良く私の足音が響いていく。
  正直、今の格好は走るのに向いていないし、運動は苦手なので、もう早々に息が上がってきてしまっている。
影山葵「はぁ、はぁ、はぁ・・・。 あ、あ、あと少しだけ・・・・・・!」
  恐らくものの5分も走れていないが、ほんの少しは時間の短縮になったはず・・・!
  内心、自身の体力の無さを嘆きつつ、走るペースを少しずつ落としていく私。
影山葵「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・。 もう、もう少し体力、付けないと、だわ・・・・・・」
  ちょっとのランニングに息も絶え絶えになりながら呟く私。
  息を整えつつ、歩く体制に戻ろうとしていたその時・・・・・・。
影山葵「・・・・・・あっ!!!!」
  急な運動に耐えられなかったのか、私の足はほんの僅かな段差に躓いてしまった。
  一瞬スローに見える視界。
  焦りからか上手く受け身も取れそうにない・・・!
  勢いはゆるやかながら、私はそのまま顔面から地面へダイブしてしまう・・・・・・
  ・・・・・・はずだった。

〇黒背景
  転んだ瞬間に視界が暗転して、感じるのは軽い目眩。
  それとふわりと体の浮くような感じ。
  この感覚はこれまでに何度も感じている馴染みのあるもの。
  ──そう、私の持っている”厄介な体質”が関係しているからで──
  ・・・。
  
  ・・・・・・。
  ──ドサッ!!

〇菜の花畑
  ──遅れてきた衝撃に、私の視界は一気に晴れた。
影山葵「・・・痛っっ・・・!!」
  少し高い所から落ちたように、私は尻もちをつく体制で地面にいた。
  恐らく尻もちをついた時に腰を打ったみたいだけれど、動けないほどではないのは良かった。
  少し痛む腰を擦りながら、私はゆっくりと立ち上がった。
  立ち上がりつつ自分の身の回りを確認するが・・・特に目立った怪我も、無くしたものもなさそうだ。
  とりあえず五体満足、無事という事に、私は内心安堵していた。
  (・・・まあ、こんな事は今回に始まったことではないのだけれど。)
  ・・・・・・。
  ──身の回りの確認が終わった所で、私は改めて辺りを見回した。
  ・・・目の前に広がっていたのは、夕焼け空と見渡す限り一面の花畑だった。
  どうやら私はその花畑の真ん中辺りにいるようで、目を凝らして遠くを見るが、建物のようなものは一切見つからなかった。
  周りに咲く花を見るが、何の種類かは分からなかった。
  見た事のあるものだと・・・スズランに近いような感じがする。
  ただ、スズランと違うのは、花の色が黄色い事と、私の身長ほどの高さがある事と・・・凄く甘い香りがしている事。
  バニラに近いような柔らかいまったりとした甘い、甘い香り。
影山葵((・・・何だかお腹が空く香りだなぁ・・・))
  ・・・そう言えば、帰り途中でこうなってしまって、夕食もまだだった事を思い出した。
  ここから帰れたら、コンビニに寄って甘い物の一つでも買おう・・・。
  ・・・さて、そんな冗談は置いておいて、改めて自分の状況を確認しよう・・・、そう思った私。
  ・・・私が先程までいたのは、住宅街とオフィス街の中間ぐらいの辺りで、しかも夜・・・。
  念の為、頬を軽くつねってみるが、しっかりと痛みを感じる。
  少なくとも夢の中にいる、という訳ではない。
  私は全く見に覚えのない場所にどうやら”移動”してしまったようだった。
  ・・・通常の感覚を持つ人なら、ここで混乱して取り乱したり、泣いたり、怯えたりするのだろうが・・・。
影山葵「ふむ・・・今回は花畑なんだ・・・。 とりあえず誰か話できるようなヒトいるかなぁ・・・?」
  ──私は全く動じていなかった。
  
  ──なぜならこんな事は”よくある”から。
  ・・・まぁ、立ち止まっているのも何だし、歩きながらその理由をお話していこうかなと思う。

〇黒背景
  ──私、影山葵は何処にでもいる一般人。
  
  ──それは自他共に認める事実だ。
  ──けれど、他の人と違う”体質”がある。
  
  ──これは実の両親や親族、友人たちも知らない秘密。
  ──この25年の人生の中で、私は理解した。
  ──それは・・・自分の身に何か”危機”が起きた時、そこではない何処かへ”転移”してしまう、という事。
  ──名付けるなら”転移体質”、とでも言えばいいのだろうか。
  ──先程のように軽く躓いた程度から、幼少時にジャングルジムの一番上から誤って落ちてしまった時まで。
  ──大なり小なり危ないと感じた瞬間、こうやってそこではない何処かへ飛ばされてしまうのだ。
  ──昔、好きな子に勇気を出して告白して見事に玉砕した瞬間に転移した時は流石に慌てたけれど・・・。
  ──もう数百回近い回数を転移していれば次第に慣れも出てくるもので、今となってはある意味日常的な光景だ。
  ──今までの事を振り返ると、無意識レベルでピンチだと感じた瞬間がトリガーなんじゃないかと思っている、多分。
  ──転移先は少なくとも自分が住んでいる世界ではないのは確かで、似通っている世界はあれど基本的には違う世界のようだ。
  ──転移する時間はその都度違って、数秒で帰る時もあれば、数日滞在してからの時もあったりする。
  ──戻る時はまた一瞬で、元いた時間の同じ場所なので、周りの人からはただ転んだだけ、落ちたけれど無事、と映るらしい。
  ──幸いな事に、この現象は私にだけ適応されるらしく、他者を巻き込んだ事はない。
  ──ある意味不死身的な能力なのかもしれないが、自分の意思に反してこうなってしまう為、私としては厄介だと感じている。

〇菜の花畑
  ・・・暫く花畑をかき分けつつ歩いていたが、一向に出口や助けを求められそうなヒトにも出会えていなかった。
影山葵((・・・うーん、今回は誰もいないような所なのかな?))
  とりあえず一方向に向かって歩いているはずなのだが、背の丈程ある花たちのせいで、先の見通しが立たない。
  花が散ってしまってはいけないと、なるべく慎重に花を避けているので、如何せん進行が遅くなってしまっていた。
  そして、辺りに漂う甘い花の香りのせいか、酷くお腹が空いてきていて、どことなく目眩まで感じるようになっていた。
影山葵「おかしいな・・・いくらなんでも、香りだけでこんなにお腹が空いてくるなんて・・・うぅ・・・・・・」
  急速な空腹感に耐えながら何とか歩みを進めていく。
  
  ・・・すると、私の耳に何か小さな音が聞こえてきた。
  あまりに小さいので初めは葉擦れの音かと思ったが、よくよく耳を澄ますとどうやら違うようだ。
影山葵((・・・・・・。もしかして誰かが喋ってる・・・・・・?))
  足を止めてしっかり耳をそばだてると、物凄く甲高い、それでいて小さな声だと分かった。
  その声は一つの所からではなくて、どうやら周り全体から聞こえてきている・・・。
影山葵「・・・もしかして・・・囲まれてる!?」
  そう気づいてからは小さな声が段々と大きく聞こえてくるようになり、それに伴って甘い香りがより強いものになる感覚があった。
影山葵「うぅ・・・・・・これは・・・まずい・・・かも・・・!?」
  強すぎる香りに私は思わず口を抑えて、その場に蹲ってしまった。
  そうして伏せた視界の端に映る影が風もないのにゆっくりと動いているのを見た。
  私の周囲にはあの黄色い花々しかない。
  つまり・・・花が動いている・・・!?
  先程の声もはっきりと聞き取れる程になっていて・・・、その内容に私は大いに恐怖した。
  ゴチソウ・・・ゴチソウ・・・。
  ミンナデ・・・ワケヨウ・・・。
  モウスコシ・・・モウスコシ・・・。
影山葵「・・・っ!!!!?」
  急激な恐怖から私の体は固く動きそうにない。
  先程の空腹も相まって、叫ぶ声も上げられない。
影山葵「あはは・・・今回は・・・運が良くなかった・・・みたいだね・・・」
  もうどうしようもない・・・。
  いずれこんな事も起こるだろうと覚悟はしていたけれど・・・。
  こんな最期になるなんて・・・正直情けない・・・。
  そうこうしている内に蹲ったままの私の側に、一つだけではなく、前後左右からとても沢山の気配を感じた・・・。
  恐る恐る顔を上げると・・・、目の前には沢山の花たちが視界を埋め尽くしていた。
  しかし、先程までの可憐さはなく、花の一つ一つが肉食獣の口のように、獰猛な鋭い牙がギラついているのが見えた。
  ・・・その光景を見て、今度こそ終わりを覚悟した。
  ──食べられるなら一思いに・・・。
  ・・・なんて、追い詰められ過ぎて妙な考えが浮かんでしまった私がいた・・・。
  ・・・。
  
  ・・・・・・。
  
  ・・・・・・・・・。

〇黒背景
  食べられる・・・!!
  
  ・・・そう最期を覚悟した瞬間、またも視界が暗転した。
  そして感じる僅かな目眩と、体の浮く感覚。
  この感覚は・・・つまり・・・!!

〇開けた交差点
  暗転した視界がまた開けると、そこは──
影山葵「・・・・・・あわわっっっ!!!」
  ──転移した元の場所だった。
  助かった・・・!と思う間もなく、ぐらりと揺れる視界。
  それもそのはずで、私は躓きかけていたのだから・・・。
  慌てて体勢を整えたけれど、思わず大きな声が出てしまい、恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じた。
  ・・・周囲をそっと見回すと、他に人通りはなかった。
  先程のを見られていなかった事に、私はほっと胸を撫で下ろした。
影山葵((はぁぁぁぁ・・・、た、助かった・・・!))
  そう思いながら、大きなため息を一つつく私。
  そしてふと思い出した事が一つ・・・。
影山葵「・・・あっ!買い出しするんだった!!」
  私は改めて帰路を急ぐ事にした。
  
  ・・・今度は足元に十分気を付けて、だけど。
  急ぐ私の体からふっと香ったのはあの花の甘い香り。
  ・・・今日は少し甘いものも買って帰ろう。
  
  そう思いながら私は再び駆け出したのだった。

〇黒背景
  ──という訳で、私は今回も何とか無事に帰る事が出来たのだった。
  ──私の転移のトリガーは自身の”危機”によるもの。
  ──つまり、先程の食べられそうになった事が戻る起因になった訳なのだけれど・・・。
  ──恐らく戻れるという自信はあった。けれど、今回はかなり肝を冷やしたのも事実だったりする。
影山葵「はぁ・・・、普通に暮らしたいなぁ・・・」
  ──私は影山葵。
  
  ──何処にでもいる一般人。
  ──だけど、他の人にはない少し”厄介な体質”があって・・・・・・。
  ──私の”厄介な体質”はこれからも色々とやらかしそうだ・・・・・・。

次のエピソード:影山さんは休日も慌ただしい(前)

コメント

  • 読んでてゾクッとしました。
    自分への危機っていつ起きるかわからない。そしてどこに飛ばされるのかもわからない。
    すごく怖いですよ!
    彼女が無事過ごせますように。

  • 長い年月をかけて自分の体質が理解できたとはいえ、危険や危機なんて生きてる間にいくらでもあるわけで…。
    トリガーが分かっても解決策が見当たらないと…、頼れる人がいればいいのですが汗

  • 囲まれているところでリアルに鳥肌が立ちました。気づいたら間近に“いる”って怖いですね…。面白かったです!影山さん、落ち着いていて機転がきいて素敵なキャラクターですね。境遇でそうなったという裏付けがあるのがよりかっこいいです。

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