影山さんは休日も慌ただしい(前)(脚本)
〇黒背景
・・・私は影山葵。
何処にでもいる一般人だ。
特に秀でた容姿も能力も特技もない。
いわゆる”モブ”と言われる立場だ。
・・・けれど、私には他の人にはない、”厄介な体質”があったりする。
誰にも言えない。
誰も理解してくれそうにない。
そんな体質が・・・。
・・・今回も、そんな私の身に起きた”少し奇妙な体験”をお話してみようかと思う。
『・・・良かったら今回も聞いてもらえますか?』
〇女性の部屋
──それは、とある朝の事だった。
・・・。
・・・・・・。
ジリリリリリリッッッ!!!!!
朝の静寂を裂くような爆音のアラームが狭い部屋に鳴り響く。
影山葵((・・・はっ、も、もう朝・・・!?))
けたたましいアラーム音で目を覚ました私。
寝ぼける頭でアラームを止めながら、その時間を見ると・・・朝の8時を指していた。
影山葵「え・・・8時って・・・」
影山葵「・・・ち、遅刻してるっ!!!!」
普段ならもう家を出ている時間だ・・・!
私は慌ててベッドから飛び起きると、準備をするべくともかく動こうとした。
・・・と泡食いながらも同時に一つ、あることを思い出した私。
影山葵「あ・・・今日って・・・休日・・・?」
・・・そうだ、今日は代休をもらっていた日だった、と気づいた途端に気が抜けてしまい、その場に座りこんだ。
影山葵「はぁぁぁ・・・朝から”ピンチ”だと思っちゃったよ・・・ふぅ・・・」
そう、今日は久々の休日を貰えた日。
昨日までは訳あって連勤しており、それの代休の日だったのだ。
私の職場は固定休なのだけれど、ここ数日急な欠勤者が続いてしまい、その穴埋めで出勤する羽目になってしまったのだった。
念の為、鞄の中の手帳を確認してみたけれど・・・今日の日付に”休み”と赤字で記入されているのを確認できた。
それを見て、改めて安堵する私。
そう言えば・・・と、予定をよくよく見てみると、明日にも赤字で”休み”の記入がある。
影山葵「あ・・・そっか。 連休貰えたんだっけ・・・」
記入したのは自分のはずなのに、連勤続きですっかり頭から抜けてしまっていたみたいだ。
自分のうっかりさを内心恥じつつ、手帳を鞄に戻しながら、ふと考える。
影山葵「連休かぁ・・・いつぶりになるかなぁ・・・」
・・・思い返せば、繁忙期だったのもあって、ここ数ヶ月は連休を取れていなかった気がしている。
影山葵((・・・今日は何しようかな・・・))
休みになったら・・・と、やりたい事が色々あったような気がしていたけれど、いまいち考えが纏まらない。
意図せず早く起きてしまったし、とりあえず朝食でも食べよう・・・。
そう思い、側にあったテーブルを支えに立ち上がろうと思ったその時──
・・・バキッッ!!!
影山葵「・・・えっ!?なっ!?」
力の掛かり具合が良くなかったのか、テーブルの足が折れてしまったようだった。
影山葵((・・・そう言えば、最近テーブルがガタついてると思ってたんだった・・・!!))
突然の事で、変にバランスを崩してしまった私は──
・・・結構な勢いで床へダイブしてしまう──
──はずだった。
〇黒背景
──突如として暗転する視界。
──そして軽い目眩と身体の浮く感覚・・・
影山葵((・・・うん。これは・・・”また”やっちゃったみたい・・・だね・・・))
──この感覚は私にとって”馴染みのある”もの。
──本当は馴染みたくなんてなかったけれど・・・
〇電車の中
──少しの間の後に視界が開けると・・・
影山葵((・・・えっと、ここは・・・?))
私は自宅のリビングから見知らぬ場所へ”移動”してしまっていた。
”移動”・・・いや”転移”した、という方が正解だと思うけれど。
影山葵((はぁ・・・また今度は何処に来ちゃったのかなぁ・・・))
──私の”厄介な”体質。
──無意識に”危機”を感じると、何処かの異世界に”転移”してしまうという、それ。
──必ず元の場所や時間軸に戻れるけれど、転移先は選べないし、戻るにはまた何かしらの”きっかけ”がないと戻れない。
──幸いな事に対象は私だけなので、他人を巻き込むような事はない。
──誰にも言えない、私だけの”秘密”なのだ。
・・・ちなみに、今回は先程のテーブル絡みのアクシデントがきっかけだったみたい。
影山葵((・・・まぁ、来てしまったのは仕方ないよね・・・))
私にとってはある意味馴染みの展開なので、今更驚きもしない。
・・・本当は馴染みたくなんてなかったけれど・・・。
・・・もう仕方のないことだって諦めている。
影山葵「さてと・・・ここはどこなんだろう・・・?」
半ば強引に気持ちを切り替えて、辺りを見回して確認すると・・・
影山葵「・・・電車の中、かな?」
転移したそこは、よくある電車の車内のようだった。
私はその中の座席の一角に腰掛けていた。
横には大きな車窓があったが、その向こうは真っ暗闇で何も見えそうにない。
そこには、連勤疲れでくたびれた私の姿が映るだけだった。
・・・若干だけど目の下にくまが見える気がする・・・。
内心落ち込みつつ、車内に視線を戻すと、見える範囲には他にヒトは居ないようで、ただ列車の駆動音が静かに響いている。
真っ暗な外に対して、車内は明るく、それに照らされた中吊り広告とつり革が静かに揺れていた。
色々な中吊り広告があるようだけれど、そこに書かれている文字らしきものは読む事ができなかった。
一緒に載せられているイラストや画像も見たことの無いものばかりで、不気味さが増していく。
影山葵((・・・電車の中、かぁ・・・))
そう言えば、電車に乗ったのなんて何時ぶりだろうか。
学生時代は頻繁に使っていたけれど、社会人になってからはめっきりだったように思える。
影山葵((とりあえず・・・何処かで止まったら、降りて様子見・・・かなぁ・・・))
最終手段として、飛び降りようにも窓は嵌め殺しになっていて開きそうもない。
ましてや、動いている列車の外へ飛び出す気合いも度胸もない。
私は暫しこの列車に揺られる事にしたのだった・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
〇電車の中
──見知らぬ電車に揺られる事、およそ30分は経っただろうか。
影山葵((・・・まだ、着かないのかなぁ・・・))
窓の外は変わらず真っ暗で、どこを走っているのか、未だに定かではない。
このまま揺られているのは正直退屈になってきたし、下手したら眠ってしまいそうだ。
影山葵「・・・いい加減、誰か探してみようかな・・・」
そう思い、おもむろに立ち上がろうとしたその時だった。
・・・キィー・・・バタリ・・・
少し遠くから、扉の開け閉めするような音が響いてきた・・・気がした。
影山葵「!!! ・・・誰か、いる・・・!?」
突如聞こえてきた物音に眠気が吹っ飛ぶ私。
今まで誰かいる気配なんて感じていなかった。
・・・一体どこから・・・?
・・・キィーッ、バタリ・・・
また、先程の音が聞こえてきた。
今度はもう少し近くなったように思える。
影山葵「こっちに・・・向かってきてる・・・の?」
確かに、誰かを探しに行こうとは思ったけれど、急な何者かの気配に体が強ばる。
何処かに隠れようか・・・とも思ったけれど、開けすぎた車内には生憎と身を隠せそうな所はない。
・・・キィーッ・・・
そうこうしている内に、何者かは私のいる車両のドアに手を掛けているようだった。
影山葵「・・・っ!!!!」
慌ててドアの方に目を向ければ、静かに開いていく様子が見える。
見てはいけない。
そう思いつつも、私の視線はドアのその先から離れそうになかった・・・