九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第40回『己がいつかの映し絵』(脚本)

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〇集中治療室
  ──第40回『己がいつかの映し絵』
フリートウェイ(・・・・・・・・・)
  『睡眠障害の疑いを晴らすため』
  ──とナタクに言われるがまま、フリートウェイは処置室のベッドに横になっていた。
  二十分前に目を覚まし、処置室の固く閉まったドアを凝視している。
ナタク「具合はどうかな?」
フリートウェイ「・・・一つを除けば、いつもと変わらない」
  体温・心拍数・脈拍、どれも異常は無い。
  だが、
  彼は非常に不機嫌だった。
フリートウェイ「──チルクラシアはどこにいる?」
  フリートウェイが一番最初に聞いたのは、自分の身体のことではなく、チルクラシアの居場所についてだった。
ナタク(どうやら本気で、自分よりチルクラシアが大事らしい)
ナタク(特定の数値だけが、何故か異様に高い原因もコレか・・・)
  疑念が確信に変わった瞬間、ナタクは数分前の出来事を思い出す。

〇化学研究室
  ──1時間前
  ナタクは、検査結果が書かれた紙とにらめっこをし、『今までの内部調査の成果』と照らし合わせていた。
ナタク「チルクラシア・ドールの要素を追加しただけで、全ての数値が異常に上がる理由は何故だ?」
  精神状態を表す項目の一種・『起伏』の異常値。
  それはすぐに治せるものではない。
  一度上がってしまえば、最短でも数か月はかかることは確定してしまう。
ナタク「二桁から五桁まで一気に跳ね上がるわけが・・・」
  それに、数値の上がり方がどう考えてもおかしい。
  ・・・身体が『感情』の重さに耐えきれずに破壊され、それなりの苦痛を感じながら異形体になるはずなのだが。
ナタク「・・・よく死なないな」
ナタク「・・・・・・何故、平気でいられる?」
  ──内部調整の『術』を本格的に使い始めて、約1200年。
  様々な状態に冷静に対処して適切な処置をしているが、このような『事例』は初めてである。
ナタク「チルクラシア・ドールの存在が、ここまで多大な影響を与えるとは思わなかった」
ナタク「無理に引き離せば、関係者の命が危ないな」
  フリートウェイにとって、チルクラシアは『危険な精神安定剤』のようなものかもしれない。
  出来れば、チルクラシアにだけ向ける情を内部調整で『軽減』や『採取』をしたいのだがそれは本人が許さないだろう。
  チルクラシアが話に関連すると、必ず頭のネジが吹っ飛ぶフリートウェイのことだ。
  事情を説明すれば、聞いてくれるだろうが
  全てを許容することは『それは別問題』とみなし攻撃をしてくる可能性もある。
ナタク「・・・彼『ら』の内部調整は、拒絶反応があまりにも強すぎて手際よく出来ない」
  ナタクの右手首に巻かれた包帯には、赤が滲んでいる。
  普通の人間ならばあっさりと右手首を切断される大怪我を負ってしまったが、病と傷の治りが常人の何百倍も早いことで助かった。
  ──少し深めの切り傷と、それに伴う出血だけで済んだ。
ナタク「・・・遊佐殿がかつて言っていたように、『命の危険を承知で、ネイから学ぶ方が手っ取り早い』のだろうか・・・」
  チルクラシア・ドールの内部調整とは正反対の結果が出たことに、ただ困惑している。
  ──自分は、遊佐殿のように振る舞えない。
  ──一線を越えることなど決して無いと思っているからこそ、先を進むことに躊躇してしまうのだ。
ナタク「・・・仕方ない、弟にも協力してもらおう・・・」

〇集中治療室
ナタク「チルクラシアは和室で昼寝をしているはずだ。 多分、君を待っているぞ」
  怒れるフリートウェイを宥める言葉。
  ──検査結果を踏まえて色々考えて漸く出てきた言葉は、チルクラシアについてだった。
フリートウェイ「・・・それなら、もう少しだけでも早く言ってくれよ」
フリートウェイ「じゃあな」
  『一分でも一秒でも、チルクラシアの近くに、隣に居たいんだ』と言いたげだ。
  今回は礼を言わずにさっさと出て行ってしまったフリートウェイを、ナタクは懸念の目で見る。
ナタク(・・・他者とのコミュニケーションを避けようとする姿勢は感心しないな)
ナタク(まぁ、そんなことを今言っても意味は無いと思うが・・・)
ナタク「せめて『起伏』だけでも、何とかしたい」
  『異常値』が出ている項目全てを、基準の数値まで下げることは諦めた。
  それでも、数値の異様な上昇は見逃せない。
ナタク「色々な面で不安だ・・・・・・」

〇古めかしい和室
ブレア「・・・兄さんが、私を頼るとは意外だ」
ナタク「・・・俺は完璧じゃない。 誰かに頼ることもあるぞ」
ブレア「兄さんは、このブレア・ログゼに何の頼み事かな?」
  ナタクの弟、ブレア・ログゼ。
  ロアとは別の国で、(少し怪しい)衣料品店をしている。
ナタク「俺が気にかけている者の服を作って欲しいんだ」
ブレア「久々のリクエストだ、何かと思ったら・・・ 結婚でもしたのか?」
  兄からの直々のリクエストを喜ぶ一方、からかうことも忘れない。
ナタク「していないし、今後もするつもりは無いぞ」
  ナタクは、生涯独身を貫くつもりでいる。
  結婚願望など皆無だ。
ブレア「それなら、誰のことを言っているんだい?」
ナタク「俺の姪だ」
ブレア(・・・姪か)
  ブレアは、ナタクの弟であるにも関わらず彼についてほとんど知らなかった。
  年の差がありすぎるのか、住む家が違っていたからか、気になることすら無かった。
ブレア「早速採寸をしたいから、彼女に会わせてくれないか?」
ナタク「日を改めることを推奨するよ。 この時間帯だと、寝ているはずだ」
  遊佐邸の時間と、下界の時間は大いに異なる。
  下界では午前2時頃だが、遊佐邸では別日の午後3時丁度だ。
ナタク「あと、付き人がなかなかの曲者だから、いきなり顔を合わせると君の命が危ない」
  ブレアに、フリートウェイは見えないかもしれない。
  それを考慮したナタクは、彼を『付き人』と言うことにした。
ブレア「私の命の危機か。 ・・・分かった、その付き人のためにもまた日を改めるよ」
ブレア「開いている日を、可能なら早めに教えてくれ。 こちらは、水曜日と土曜日が店の定休日だから行けるぞ」
  小さな手荷物を持ち立ち上がったブレアは、近いうちにナタクにまた会えることを楽しみにしている。
ナタク「二日間は、待ってくれ。 出来る限り早くに教えよう」
ブレア「『すぐに決めろ』、とは言っていないぞ」
ブレア「──だが、また会おうぜ兄さん」
  笑みを浮かべて去った弟の後ろ姿を、兄はあえて追わなかった。
ナタク(・・・上手くやれているようだな)

〇星座
  己の半異形の一部を見た、『見てしまった』レクトロの様子は、明らかにおかしくなっていた。
シャーヴ「・・・レクトロ・ログゼ?」
  シャーヴはこれを、一種の『拒絶反応』と見た。
レクトロ「・・・僕の想像より、綺麗だったな。 何故か安心した」
レクトロ「だけど、戒めにすることは多分出来ないな」
シャーヴ「・・・何故です?」
  期待が半分外れたシャーヴの表情は、つまらなそうになり、声も男性のものに変わっていた。
レクトロ「何故って言われてもなぁ・・・」
レクトロ「『一瞬だけ、見たことがある』からかな?」
レクトロ「・・・本当に一瞬だったから、ただの見間違いの可能性もあるけど」
  レクトロ本人から語られた過去の断片に、シャーヴは強烈な違和感を抱く。
シャーヴ(・・・ただの見間違いですって?)
シャーヴ(そんなはずが無い)
  考えすぎて仮面の『目元』をドロドロにしたシャーヴは、レクトロの半異形体が書かれた絵を見つめる。
レクトロ「その絵、コピーでもいいから僕に頂戴」
シャーヴ「・・・構いませんが、貴方も物好きですね」
レクトロ「物好き、というより・・・自分の事だから知りたいだけさ」
レクトロ「その事象に『感情』は必要ない。 ただ機械的に、自分の内部データに取り込むだけ」
シャーヴ「・・・さっきから何を言っているんです?」
シャーヴ「『内部データ』なんてそんなもの、初めて聞きましたよ」
  『急にレクトロが妙なことを言い出した』と思い始めたシャーヴは首を傾げる。
シャーヴ「何やら怪しそうですが・・・それは、私も見れるものなのですか?」
レクトロの声「あれは、『見る』というより『感じ取らなきゃ』分からないよ」
  目を半分だけ閉じたレクトロは目線を、空間左側の隅に、画面の向こう側にいる貴方達に向ける。
レクトロ「・・・・・・君達は、どう思ってるの?」
レクトロ「・・・今僕と無理に話さなくてもいいか」
レクトロ「『貴方』との時間を無駄遣いしないために、もっと有益なことを話すべきだからね」
シャーヴ(空間の隅で、私が見えない誰かと話している・・・)
  自分の存在など気にせずに、空間の隅で”ナニカ”と話しているようにしか見えないシャーヴは、遠い目をしてレクトロを見守る。
シャーヴ(・・・誰と話しているんだろうか。 少し気になりますね。ですが)
シャーヴ「レクトロ・ログゼ」
レクトロ「どうしたの?」
  最早不気味さまで感じ始めたシャーヴは、レクトロを解放するつもりになった。
シャーヴ「・・・もう帰ってもいいですか?」

〇病院の廊下
  急に神妙な表情をしたシャーヴが去ってから、レクトロは首に右手を添えて、親指と人差し指を大きく広げる。
  シャーヴの前では上手い事を言えたが、これは『后神』としての意識故かもしれない。
レクトロ「『局所麻酔にして欲しい』って確かに言ったのに・・・」
レクトロ「ナタクめ・・・僕の喉にしょうもない小細工をしたな・・・・・・」
レクトロ「あー、もう・・・また溶けてる・・・」
  喉にある制御装置が、発熱し半分溶けかかっていた。
  『后神』としての捧げものを見てから消えない違和感はこれだった。
  ・・・自らを象徴する『二つの声』をいつでも万全な状態で出すため、喉は大事にしてきたつもりだ。
  チルクラシアを落ち着かせる声色を出せなくなるのは、危険である。
  この状況を悪化させることだけになる。
レクトロ「少し先の事なんて、考えない方がいいのかなぁ・・・」
レクトロ「どこまで切り捨てられるかは、分からない」
レクトロ「いつまで、僕は『僕のまま』でいられるのかな・・・?」
  ──世の中には知らなくていいこともあるように、自分の『半異形体』を見ることは、ある意味間違っていたかもしれない。
レクトロ「──『ロア』は王のモノじゃない。 僕のモノだ」
レクトロ「だけど、ここに住まう者の意思まで切り捨てるつもりは無い」
レクトロ「・・・そうだな、まずは『彼女』からだ」
  やりたいことが何となく決まったレクトロは、声色と表情をこのままに設定する。
  画面という名前の、『貴方達が好きなタイミングでこの話を見れる次元』をじっと見つめ、
  言葉が返ってくることなど無いのに、『画面をきっと見つめているであろう貴方』に話しかける。
  ちゃんと声が届くように、出来るだけ近付いて。
レクトロ「・・・それに『いつかの僕』も、近いうちにスクリーン越しから君達に見られることになるだろうから」
レクトロ「僕だけは、自分のことだからという特例で、ファイルを開けて先に見ちゃったけどね」
レクトロ「・・・どうか、もう少し待っててくれ。 これを僕と共に再度見るのは、いくつかの準備が必要だ」

〇病院の廊下
レクトロ「・・・ん?」
  ロア(・・・といっても一部分だけだが)を切り捨てようと思ってしまったレクトロ。
  部屋を出て、何となく辺りを見渡していると、見慣れた金の髪の男が、猛スピードでこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
フリートウェイ「チルクラシアがいないんだ! どこに行ったか知らねぇか!?」
  自転車よりも確実に早く走っていたのに関わらず、息が切れていないことよりも
  人間に悪意を躊躇いなく向ける危険性のあるチルクラシアが行方不明になったことの方が衝撃的だった。
レクトロ「いない、だって・・・!?」
レクトロ「そんなはずは無い! ナタ君がチルクラシアちゃんを逃がす理由が無いんだから!!」
  チルクラシアは、自らの意思で同行したはずだ。
  偃が作った栗の甘露煮を食べ、和室でシリンと一緒にいるか、お昼寝をしているはずなのに。
レクトロ「今すぐに、捜しに行かなきゃ!」
レクトロ「先に行ってるね!」
フリートウェイ(・・・身体はもう大丈夫なのか?)
  術後からまだ1日すら経っていないのに、この活動量は異常である。
  傷が開いて出血する可能性を考慮していないようだ。
  ──フリートウェイは、初めてチルクラシア以外の誰かを心配した。
フリートウェイ「・・・まぁ、これで少しの時間稼ぎは出来ただろうな」

〇病院の待合室
  ナタクが作った『亜空間』において、自分が最初にいた場所に戻ってきた。
  人を感知しなかったため電気は付かず、モニターも無言で仕事を放棄していた。
  ──だが、それはフリートウェイにとってはこの上なく最良だ。
  自分が戻った痕跡を消す作業が無くなるからだ。
  誰の気配も無いことを、少しだけ時間をかけて確かめると──
フリートウェイ「──────」
  ──金を紺に変えて、
  ──瞳の中央を、自力だけで黒く濁らせた。

〇水族館・トンネル型水槽(魚なし)
  髪色を変えたフリートウェイが、『おまじない』を呟いた途端、亜空間のごく一部は書き換えられた。
  僅かに墨の匂いがする『水』で書き換えが出来た箇所だけを満たし、誰もこないようにと、境界線にロックをかけておいた。
アルシノエー「──よし、これで準備は出来たぞ」
  フリートウェイの姿は、かつて鏡越しで見た、悪夢に現れた『個体』とほぼ同じ黒色の人魚のものになっていた。
アルシノエー「漸く君に会える」
  姿を大きく変えた目的は、ただ1つ。
アルシノエー(待ってろよ、チルクラシア・ドール・・・!)
  巨大な尾ひれで水をかき、水族館の形相をしている『空間』の最深部へと向かう。
  少し疲労した顔に、確実に浮かぶ笑みは、やはり狂喜を孕んでいた。

次のエピソード:Another Act1『一時のしあわせ』

コメント

  • レクトロさん、あんた⋯
    今回も楽しく読ませて頂きました。
    毎回展開が楽しみです。
    次回も楽しみにしてます。

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