九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第39回『懐かしい甘味の前では誤魔化せない』(脚本)

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〇御殿の廊下
  ──遊佐邸・廊下
フリートウェイ「・・・雰囲気がかなり変わったな」
ナタク「そうなるように設定しているからな」
ナタク(その分、体力の消費も激しいが)
  ナタクは、大病院の形相をしていた『空間』を作る際何が起きてもいいようにこっそり遊佐邸に繋いでいた。
  『大病院』と『遊佐邸』の境界を越えたため、いきなり雰囲気が変わったのだ。
フリートウェイ「眩しくないから身体が楽だ」
フリートウェイ「同行して正解だったかもしれない」
  フリートウェイには、日光が入る城で悠々自適に過ごすよりも暗い遊佐邸で過ごす方が身体に合うらしい。
ナタク「光が苦手なのか?」
フリートウェイ「目の奥やこめかみが痛くなるんだ。 一度と痛くなるとしばらく動けなくなるから困る」
ナタク(・・・多分、片頭痛だな)
  遊佐景綱とその妻・遊佐偃は片頭痛を持っているため、それがフリートウェイにも影響してしまったのだろう、とナタクは考えた。
  ──第39回『懐かしい甘味の前では誤魔化せない』
フリートウェイ「今は光を全力で避けながら、ロアの城で生活をしている」
フリートウェイ「太陽がいる間は動きが鈍ってしまうから、活動は夜に限られる」
フリートウェイ「それと、熟睡した記憶があまりないせいかもしれないな」
  フリートウェイは片頭痛らしき頭痛の誘発を避けるために、部屋のカーテンは全て閉め主に夜に活動するようにしている。
  眠気は一応あるが、寝たとしても睡眠の質が悪すぎてすぐに目を覚ましてしまうのだ。
ナタク「それが理由で実質的な昼夜逆転の生活を送っているのか・・・」
  不調の原因が揃ってきたところで、
ナタク「チルクラシアは元気にしているか?」
  ナタクは話の話題を変えた。
フリートウェイ「オレが見ている時の具合は安定しているさ、大丈夫だ」
フリートウェイ「何も問題は無い、何も変わらなくていいんだ、出来る事ならそのままでいて欲しい」
  立ち止まったフリートウェイは、自分に暗示をかけるような、やけに低い声だった。
ナタク「君がチルクラシアを大事にしていることはよく分かっているよ」
ナタク「だから、話の話題の中心をチルクラシアにしたんだ」
  ナタクから見て、フリートウェイが喜びそうな話題が、チルクラシアに関することしかないのだ。
  フリートウェイの根底にあるものは実にシンプルだ。
  だが、それが逆に
フリートウェイ「チルクラシアは、レクトロが急に弱ったから心配しているらしい」
フリートウェイ「オレの腕をリボンで絡めて引っ張るものだから、何かと思ったぜ」
  そう言うフリートウェイの右腕には、まだ半透明のピンク色のリボンが絡まっていた。
ナタク「・・・珍しく、君が呼ばれたんだな」
ナタク「チルクラシアは基本的に受け身だろう?」
フリートウェイ「そうだな。 普段は、ただ流されるがままが良いらしい」
フリートウェイ「こういう時は、いつもとは違う何かを感じるんだろう」
  自分の睡眠の話題にはあまり表情や声色が変わらなかったのに、チルクラシアの話題にはすぐに食いついた。
ナタク(ネイは自分よりもチルクラシアが大切なのか?)
  ナタクは、フリートウェイの反応から彼の『本心』を探ろうとしたが、もう意味をなさないようだ。
フリートウェイ「・・・で、今オレ達はどこへ行っているんだ?」
ナタク「和室だ」
  フリートウェイは、チルクラシアが近くにいればそれでいいらしい。
  向かっている場所を教えても、表情は変わらなかった。
フリートウェイ「・・・カードゲームでもするのか?」
ナタク「いいや、遊ぶわけでは無いんだ」

〇御殿の廊下
  ──一方、チルクラシア・ドールは・・・
チルクラシアドール「(ノ*°▽°)ノ」
  ──物凄く機嫌がよかった。
  栗の甘露煮が入った大鍋を持って和室に向かう偃と、本日分の仕事を急ピッチで仕上げた遊佐景綱は、無言で微笑んでいた。
遊佐 偃「すこぶる元気そうね」
遊佐 偃「久しぶりに、笑顔で走っているのを見たわ」
遊佐景綱「そうだな。私も、久々に見たよ。 だが、走らせすぎると・・・」
  チルクラシアは遊佐夫妻の目の前で、物や段差も何もない廊下で、盛大に転んでしまう。
遊佐 偃「それは変わらないのね・・・」
遊佐景綱「・・・自分の足に躓いたのか」
  冷静な遊佐景綱は頭から転倒したチルクラシアの手を引き立たせていた。
遊佐景綱の声「前から勢いよく転んだな。 大丈夫か」
遊佐景綱の声「前みたいに左手の粉砕骨折をしていなければいいが・・・」
遊佐 偃(・・・否定しきれないのが怖いわ)
  かつてのチルクラシアにとって、ありとあらゆる種類の怪我をして人を驚かせることはいつものことだった。
  両足の青アザと擦り傷はいつものことで、前方不注意が理由で捻挫や骨折をしたこともある。
  ──そして今も、残念ながらとても転びやすいことに変わりは無かった。
遊佐 偃(『自分の足に躓いて転ぶ』なんて、普通聞かないのよ・・・・・・)

〇広い和室
レクトロ「呼ばれたから来たけど、早かったかな?」
シリン・スィ「遅刻するよりマシじゃない?」
  あれ(前回のお話)から、もう少し話をしたレクトロは術後に関わらず、一睡もしていない。
レクトロ「何するんだろう。 みんなが揃うのは久しぶりだなぁ・・・」
  数世紀ぶりの全員集合。
レクトロ(僕のせいだったらいいな)
  レクトロは理由を問わず知り合いが集まって『宴』をすることを心待ちにしていた。
  仕事用の長テーブルが和室の隅に畳まれていることと筆記用具がクリップ付き鉛筆以外に無かったことから、
レクトロ「今日は仕事しないんだね! 宴だよ、シリン」
  今は仕事のことなど忘れていいと思うようになった。
シリン・スィ「え、それって本当?」
シリン・スィ「好きなように食べていいのね! タダ飯は異様に美味しいから最高なの!!」
レクトロ「・・・それ絶対、景綱君の前で言わないでよ。 しばかれるの僕なんだから・・・」
  遊佐景綱に、『従者の教育がなっていない』と怒られるのはレクトロである。
レクトロ「調子に乗らない方が、僕と君の命のためだと思う」
シリン・スィ「え」

〇広い和室
レクトロ「ナタ君とフリートウェイだ! おーい!!!」
シリン・スィ(あいつ、来てたんだ...)
  ウインクをしながら、レクトロは廊下の向こう側に手を振る。
  ──黒い装甲からでも分かる細い指先が、襖を開けた。
ナタク「体調は良くなったか?」
レクトロ「うん、かなり楽になったよ ありがとう」
レクトロ「後で、お礼をするから予定を教えてね」
ナタク「・・・お礼は気持ちだけで結構だよ」
  調子を半分取り戻したレクトロは、すごく楽しそうだ。
  それを横目に、フリートウェイはシリンに話しかける。
フリートウェイ「チルクラシアはどこに行ったか知らないか?」
シリン・スィ「ごめん、見ていないわ!」
フリートウェイ「・・・何だと」
  一瞬、雷が見えた。
  さっきまで穏やかな会話をしていたが、フリートウェイの精神状態が急に不安定になったことを察し、中断した。
ナタク「あーやっぱり・・・・・・」
ナタク「・・・これ、どうにかならないのか?」
レクトロ「君のお得意・内部調整が上手くいけば、ここまで怒ることは無くなるんじゃないかな?」
  数時間前に瀕死になっていたレクトロに施したものも、『内部調整』の一つである。
  精神に直接関与して対象を内側から破壊する、禁術の一つであるが、使い手次第では病と老化の進行を半永久的に止まる代物だ。
レクトロ「・・・彼のことだ、それなりの抵抗はするだろうね。 君の腕は軽々と吹っ飛ぶかもしれない」
レクトロ「それでも、内部調整をするかい?」
ナタク「・・・後でじっくり考えるよ」
  レクトロ主導の不穏な会話を適当に聞き流した遊佐景綱は、目を合わさずに妻に聞く。
遊佐景綱「・・・テネ家の娘はどうした?」

〇山中の川
  あの子も来るかしら、と思って声はかけたのよ。
遊佐 偃「ナビスはいるかしら?」
遊佐 偃「レクさんが、こっちに来るみたいなの。 貴女はどうする?」
ナビス・テネ「まだ、自分で足を魚のひれから人間のモノに変えられないので、行きません」
  彼女は、人魚の一族の末娘。
  人間の年齢に換算すると、まだ7歳くらいだろうか。
  下半身は白色の魚になっており、今は海や湖でしか生きることが出来ない。
ナビス・テネ「その代わり、遊佐邸にレクトロ様の好物を送ります」
遊佐 偃「分かったわ。 いつでも、遊佐邸においで。 お菓子を用意して待っているから」
  闇が無い純粋な彼女に、私たちがやっていることを知られるわけにはいかない。
  ──客人としてなら、いつでも歓迎するわ。
ナビス・テネ「頑張って、自力で人間みたいに動けるようになるね!」
ナビス・テネ「だって、お姉ちゃんみたいになりたいから」

〇広い和室
遊佐 偃「・・・というわけで、彼女がこちらに住まうのはもう少し後になりそう」
遊佐景綱「・・・そうか。 気長に待つとしよう」
  主人は隅の席に座ると、妻に目配せをした。
遊佐 偃「──おやつが出来たから食べましょう」
  彼女の一声で、空気は静まった。
  フリートウェイから発する『雷』は消えた。
レクトロ「そうなの?遠慮なく頂こうかな」
ナタク「遊佐殿の提案とはいえ、俺の好物を作ってくれてありがとう」
  ほとんどが好意的な反応を示すなか、一人だけは違った。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ「どうした?」
  ほぼ常に隣にいるフリートウェイが、小さく声をかける。
チルクラシアドール「何かを思い出しかけただけ」
  小皿に乗せられた栗の甘露煮をスプーンで掬って食べるチルクラシアに、大きな異変は見られない。
  だが、態度が僅かに変わったような。
フリートウェイ「・・・?」

〇病室(椅子無し)
  レクトロは、三日間の安静を遊佐偃に命じられた。
  『ナタクはフリートウェイの睡眠障害(疑惑)について詳しく知るため、しばらくこの部屋に来ることは無いだろう』
  ──遊佐景綱から言われた時、何故か安心してしまっていた。
レクトロ(偃ちゃんの料理は、いつ食べても感動するなぁ・・・)
レクトロ(『美味しかった』だけの言葉じゃ足りないくらいだよ)
  久々に食べた遊佐偃の料理は、レクトロの心の傷を少し癒した。
レクトロ(・・・毎日がこんな風ならいいのに、なんて)
  このまま、しばらく物思いに耽ることも出来るが止めた。
レクトロ「・・・早く復帰しないと! 皆、僕を待っているんだから!」
  ゆっくりはしていられない。
  自分にそこまで時間はかけることは出来ない。
レクトロ「寝ているわけにはいかないんだよ。 まずは、僕達の未来のことを考えてみよう」
  久しぶりに星座表を出し、遠隔で異形体を捜索しようとするが、赤色のピンを二本刺した所で動きが止まる。
レクトロ(・・・・・・だけど)
レクトロ(・・・僕は何を迷ってるんだろう。 何に怖気づいているんだろう)
レクトロ「・・・考えたところで意味など無いのにね」

〇病室(椅子無し)
レクトロ「・・・あれ?」
  一瞬、視界にノイズが入る。
レクトロ「あぁ、そういうことね・・・」
  ノイズが徐々に悪化していくが、レクトロは取り乱さない。

〇星座
レクトロ「・・・・・・・・・」
  一瞬の空間の歪み。
  空気が嫌に冷えていく感覚。
  ゆっくりと目を開けたレクトロは、この2つの感覚に心当たりがあった。
シャーヴ「少し時間を頂いても、よろしいですか?」
レクトロ「・・・まぁ、君だよね」
  自分だけを的確に別空間に転送したシャーヴに、レクトロが驚くことは無かった。
シャーヴ「はい、私はシャーヴでございます」
レクトロ「今日は何の要件かな? ・・・具合が悪くてね、大したことはすぐには出来ないよ」
  ナタクに声帯を浅く切り、溜まったブロットを排出してもらったが、傷が完全に治ったわけでは無い。
  この状態で走ろうものなら、大量に血を吐くことになるだろう。
シャーヴ「・・・イメージを元にして”絶望の具現化”が出来るようになったんです」
シャーヴ「半異形となった己の姿を見る、という戯れはどうですか?」
  シャーヴは独自の技術を使っていつの間に進化を遂げていた。
レクトロ「君は他人の情も、簡単に見れるようになったの?」
レクトロ「君の”それ”こそ、神の能力だよ。 すごいの開発したじゃん・・・」
  とりあえずシャーヴの進化を褒めるレクトロだが、
レクトロ「面白そうだけど、ちょっと恐ろしいなぁ・・・」
レクトロ「『自分の成れの果て』を見るのって、勇気が必要だと思うんだけど」
レクトロ「・・・・・・怖くはないのかい?」
  本音は、恐怖と好奇心が入り混じった、何とも複雑なものだった。
シャーヴ「私も、例外なく異形の一つになると思えば──」
シャーヴ「恐怖心は、最早ありませんね」
シャーヴ「『分けられたその日をただ生きること』も、異形になるまでの工程でしか無いのかもしれません」
  不平等に分けられる1日を、ただ虚しく過ごすのは良くない。
  だが、詰め込み過ぎも良くない。
  一時は『人の心』を失ったレクトロは、いつでも全てが消せる準備と覚悟はしているがそれが現実にならないことを祈っている。
レクトロ「・・・必然、か」
レクトロ「君の戯れに、興に乗るよ。 たまには、僕自身の問題に向き合わないと」
  面と向かってこうもはっきり言われてしまうと、どんな表情を、声色を、思考を設定すればいいか分からなくなる。
  だが、自分がどうなるかは既に決まっているようなものだ。
  ならば、先に見てしまえ。
  それを見て自分が延命出来れば、万々歳だ。
シャーヴ「・・・貴方のそういう所が、私は大好きですよ、レクトロ・ログゼ」
レクトロ「・・・あらら、そうなの?」
  そんな反応をされるとは思わなかったレクトロは一瞬真顔になりかけた。
レクトロ「君が食うのも、こういうのだったりするのかな」
レクトロ「・・・人間が命の糧にしているものより、 『感情』の方が美味しいと感じるのは、僕と一緒だね」

次のエピソード:第40回『己がいつかの映し絵』

コメント

  • 新キャラが出てきましたね。
    全体的にまったりした感じの中で動き始める何か。
    次回も楽しみです。

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