エピソード10(脚本)
〇黒
ファーレン一行は、届ける予定だった荷物がなくなってしまったため、一度メルザムに戻るらしい。
ニルとアイリがファーレンにお願いされたのは、怪我(けが)をしたコレクターたちに代わる帰り道の護衛業務であった。
もちろん快く引き受け、ふたりはメルザムに向かうキャラバンに同行していた。
〇草原
その日の夜———。
アイリ「・・・・・・」
ニル「・・・どうしたの?」
一番端に止めてある幌馬車(ほろばしゃ)の縁(ふち)に、ニルとアイリは並んで座っていた。
眠っている最中にアイリに呼び出されたニルは、眠そうな目をこすりながら問いかけた。
ずっと黙っているアイリを不思議に思いながら、ニルはアイリが話し出すのを待つ。
アイリ「・・・アンタに言っときたいことがあるんだけど」
やっと話し出したかと思うと、アイリは再び口をつぐむ。
眉間にしわを寄せて、ああでもない、こうでもない、と言葉を選んでいるようだった。
急にアイリがバッとニルの方を向く。
そして次の瞬間、勢いよく頭を下げた。
アイリ「今まで、試すようなことしてごめんなさい」
ニル「え!? ・・・どういうこと?」
突然謝られたことに理解が追いつかず、ニルは困惑してさらなる説明を求めた。
すると、アイリの視線が自身の右腕に向いていることに気づいた。
アイリが話を始める。
アイリ「その腕の力をもう一度見るために、私はアンタとパーティを組んだの」
アイリ「その力に・・・私がこの世で一番憎んでいる相手の力と、よく似たものを感じたから」
アイリ「だからアンタもアイツの仲間なんじゃないかって、そう思ってニルに近づいたのよ」
一呼吸置いて、息を吸う。
アイリ「もし本当にそうなら、この手で殺すために」
アイリの両手は、腰の双剣の柄をきつく握っていた。
「でも」とアイリは付け足す。
アイリ「アンタを見てて分かったわ」
アイリ「ニルはアイツの仲間なんかじゃない」
アイリ「全部私の勘違いだった。 本当にごめんなさい」
ニル「・・・・・・」
しばしの沈黙が流れる。
ニルは一度空を見上げると、語りかけるように言葉を紡いだ。
ニル「・・・俺も悪いよ」
ニル「こんな力を隠し持ってるなんて、怪しいに決まってるし」
ニルは自身の右腕をそっと撫でる。
ニル「でも、前にも言ったと思うけど、この力については俺もよく分かっていないんだ」
ニル「俺には両親がいないし、小さいころの記憶がない。気づいたらもうこの腕だった」
ニル「今までにあの力が使えたのは、アイリが言うネームドを相手にしたときだけなんだ」
ニル「たぶん、莫大(ばくだい)なエネルギーに対してしか反応しないんだと思う」
ニル「だから・・・うん、俺の記憶の範囲ではアイリが憎んでいる人とは、関係、ないんじゃないかな」
アイリ「・・・そう、よね。 ごめんなさい」
ニル「謝らなくったっていいって。 全然気にしてないし」
ニル「なんならムザル麺も奢ってもらえてラッキー、みたいな・・・」
ニル「それにしてもムザル麺、初めて食べたけど本当に美味しかったな。ハマっちゃったよ」
アイリ「・・・ふふ、ムザル麺屋だったらオススメの店があるから、今度連れていってあげるわよ」
アイリ「あ、でも・・・」
一瞬和らいだアイリの表情が、再び曇(くも)る。
アイリ「私と一緒にいるのが、イヤじゃなければ・・・なんだけど・・・」
暗い表情のまま呟(つぶや)いて、アイリは気まずそうにうつむいた。
また沈黙が訪れる。
しかしすぐに、ニルがそれを破った。
ニル「・・・俺、本当はずっとひとりでいるつもりだったんだ」
ニル「この得体のしれない力が、周りの人に災いをもたらすことになっちゃうから」
ニル「でも、アイリとなら、その災いも乗り越えられると思うんだ」
ニル「アイリが強引にでもパーティを組んでくれて・・・ここ数日、すごく楽しかった」
ニル「俺を育ててくれた人が、なんでコレクターになれって言ったのか、少しだけ分かった気がする」
ニル「だから・・・よかったら、これからも一緒にやっていかない?」
ニルのその言葉に、アイリは目を見開く。
そして噛(か)みしめるように、ぎゅっと唇を噛んだ。
アイリ「し・・・、しかたないわね!」
アイリ「そこまで言うんだったら、一緒にいてあげるわよ」
腕を組んで顔を逸(そ)らして、つっけんどんな態度をとるアイリだが、その表情は柔らかい。
ふとふたりの目が合う。
どちらからともなく、ふふ、と笑い合った。
ニル「じゃあそろそろ。 見張りは2時間交代でいい?」
アイリ「あっ・・・あともうひとつだけ」
ニル「ん?」
幌馬車の縁から飛び降りたニルを、慌ててアイリが呼び止めた。
しばらく「あー」とか「うー」とか呟(つぶや)いたあと、消え入りそうな声で言う。
アイリ「・・・何度も助けてくれてありがと」
ニル「・・・・・・」
きょとんとするニルを、ジロリと睨(にら)みつけるアイリ。
だが、その顔は真っ赤に染まっていた。
アイリ「・・・なによ、なんか言いなさいよ」
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