九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第38回『后神ノ声』(脚本)

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〇城壁
  ──第38回『后神ノ声』
シリン・スィ「ナタク!やっと来てくれたわね!」
ナタク「手紙の内容があまりに不穏過ぎたから、念のために来たに過ぎないが・・・」
  ナタクは、身一つで来た。
  何も持っていない。
  『シリンが自分を頼るなんて、珍しい』と思いながら彼女の次の発言を待つ。
シリン・スィ「レクトロ様を助けて! このままじゃ死んじゃうかもしれないの!」
ナタク「・・・死ぬ?」
  ・・・胸元にすとんと落ちずに、引っかかった。
ナタク(君は知らないだろうが、レクトロ殿は死の概念が異様に薄いんだ)
ナタク「・・・そう簡単に死ぬことは無いはずだが」
シリン・スィ「え、でも・・・! 声がおかしかったし、黒い霧みたいのが出てたわよ!」
ナタク「・・・黒い霧?」
  常人では絶対に怒らないはずの現象に、ナタクは一瞬驚くがすぐに顔を困惑の色に染める。
ナタク「・・・レクトロ殿?」
  静かすぎるレクトロの喉から、故障中のロボットの様な煙が出ている。
ナタク「・・・・・・おーい?」
  声をかけても、身体を揺さぶっても、黒い煙が出る喉元を軽く押さえても、反応は無い。
  『苦痛か高熱で意識を飛ばしている』だけであってほしいが、念のために脈を測ってみる。
ナタク「・・・!」

〇城壁
ナタク「・・・結論から話そうか、シリン」
  レクトロの脈がかなり不安定になっていたため、ナタクは詳細をすっ飛ばして話すことにした。
ナタク「レクトロ殿は、死にかけている。 死より苦しい道へ進みかけている」
シリン・スィ「・・・それって、もしかして」
  身構えるシリンの目に、涙が浮かんでいる。
ナタク「異形体になりかける寸前だ。 このままでは、下界の人間にも被害が出るはずだ」
  半泣きのシリンに事実を伝えることに、罪悪感を抱きながらも、ナタクには話を進めるしかなかった。
ナタク「おそらく遊佐邸に到着する前に、レクトロ殿は手遅れになる」
ナタク「────だから、私が『創ろう』」
シリン・スィ(何をするの・・・?)
  ナタクは両手で四角形のフレームを作る。
ナタク「ただ見ているだけで、この場にいるだけで構わない」
ナタク「──たまには、格好いいところを見せなければ」

〇城壁
フリートウェイ「・・・?」
  チルクラシア・ドールと共にレクトロに会うことになったフリートウェイは、その場で棒立ちする。
  シリンは座り込んで半泣きで、
  ナタクは夜空に両手で四角形のフレームを作ったまま動かず、
  レクトロはぐったりしている。
フリートウェイ「?????」
フリートウェイ「・・・・・・何が起きている?」
  脳が処理落ちする程の視覚的な情報量ではないが、聞きたいことが山のようにある。
  レクトロは言わずもがな、シリンもまともに話せるか怪しい。
フリートウェイ「・・・ナタク。 何かヤバいことがあったんだよな?」
  流石のフリートウェイでも、何か深刻なことが起きていることはすぐに分かった。
  だが、まだ全ては飲み込めていない。
フリートウェイ「チルクラシアが『レクトロに会いたい』って言ったから、そのように行動したんだが」
フリートウェイ「大人しく、部屋に帰った方がいいか・・・?」
  そう言って踵を返した瞬間──
ナタク「せっかく会えたんだ、君たちも同行すればいいだろう?」
  鶴の一声だが、フリートウェイには悪く聞こえた。
ナタク「・・・もうこちらの準備は出来ているんだ、出来れば早く決めて欲しい」
フリートウェイ(・・・仕方ねぇか)
  本当は、五分でも考える時間が欲しかった。
  だが、ナタクが急いでいる理由はレクトロ絡みだろうと考え直す。
フリートウェイ「同行しよう。 ・・・何も出来ないと思うがな」

〇城壁
ナタク「・・・・・・君はどうする?」
  レクトロの身体を弱い力でゆするチルクラシアは、ナタクの両目をじっと見つめる。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「──レクトロに何するの?」
  珍しくフリートウェイから離れている彼女に、レクトロから離れるつもりは微塵も無さそうだ。
ナタク「変なことはしないよ。 この状態から、治すだけ いつも通りの表情と声を取り戻す手伝いをするだけ」
  今のナタクに、邪な情は無い。
チルクラシアドール「それならいいか」
チルクラシアドール「で、どこに行くの?」
ナタク「それは行ってからのお楽しみさ!」

〇病院の廊下
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
  ゆっくりと目を開けたシリンは、周囲を見渡す。
シリン・スィ「・・・病院?」
  先ほどいた場所は、『ロアの城の屋上』のはずだ。
  大病院の形相をする『空間』は、妙な浮遊感とバグのような不自然なデザインがある。
シリン・スィ「・・・もしかして、ナタクがこの空間を1から作ったの?」
シリン・スィ「あれ? タブー扱いされていなかったっけ?」
  いつも穏やかで、最も人間的な面を覗かせるナタクだが、その私生活のほとんどが謎に包まれている。
  レクトロの命の緊急事態とはいえ、タブー扱いされている能力も躊躇なく使ってしまうとは。
シリン・スィ「・・・丁度いいわ。 あいつの謎を暴いてやるとしよう」
  今のところは愉快犯のシリンは、ナタクを捕まえて本人から真意を言わせることにした。

〇集中治療室
シリン・スィ「すごい・・・」
  当然のように空中にクオリティの非常に高い亜空間を作り上げたナタクに、シリンは驚嘆する。
  先程練ったばかりの企みの事なんて、忘れてしまった。
シリン・スィ「あんたって何者なの・・・?」
ナタク「・・・ここで全てを言うつもりは無いぞ」
  今のナタクに、シリンの疑問を解消するつもりは無いようだ。
ナタク「処置をするから、君は出て行ってくれないか?」
シリン・スィ「私を差し置いて二人きりになって、一体ナニをするの?」
ナタク「良い度胸だな、後悔しても知らないぞ」
  ノリに乗ってくれるかと思っていたのに、ナタクはあっさり却下した。
シリン・スィ「・・・・・・結構グロかったりする?」
ナタク「君にはまだ早い。 ただ、それだけだよ」
ナタク「ここからは大人の時間だ」
  ──シリンは地雷を踏まれた気になりイラつきを感じる。
シリン・スィ「子供扱いはしないでよ!」
ナタク「そういう所だぞ、シリン。 ここから先を知ってしまえば、君の腹は黒くなるだろう」
シリン・スィ「腹黒くなんか、ならないわよ!」
  よりにもよって、『確証』ではなく『確信』であることに余計に腹が立つ。
シリン・スィ「あーもう・・・分かったわよ。 私はあの二人を捜せばいいのね?」
  納得はいっていないがナタクの言うことは大体が正しいため、シリンは彼の言うことを聞くことにした。
ナタク「そうしておくれ。 君が大人しくしていればこちらも楽になる」

〇病院の廊下
  ・・・シリンは、ナタクの言うことは半分だけ聞いた。
シリン・スィ「ドア越しから会話を聞くだけなら、いいよね・・・?」
  ナタクは、会話の盗み聞きについては何も言っていなかった。
  だから良いだろうとシリンは悪い笑顔を見せる。
レクトロの声「ねぇナタ君、お願いがあるの」
シリン・スィ(来た来た・・・!!!)
レクトロの声「全身じゃなくて、局所麻酔にしてくれない?」
  レクトロの声が扉越しからでもよく分かる。
  ナタクは大きなため息を吐いたようだ。
ナタクの声「・・・何か気に食わないことでもあったのか?」
レクトロの声「相も変わらず、何もないよ・・・」
シリン・スィ「・・・?」
  レクトロに痛みの耐性はあまり無い。
  苦痛を感じることはなるべく避けるはずだ。
レクトロの声「喉がおかしくなっているから、一度しか今は言えないけどさ・・・」
レクトロの声「──無抵抗に心臓を差し出すようなことは、君相手でもしたくないの」
  レクトロがこんなことを言うとは思わなかったシリンは驚愕する。
レクトロの声「君のことは信じたいさ。 だけど、僕は・・・」
  姫野兄妹からの捧げ物を見てから、早急にどうにかしたい何かが喉に引っかかっているレクトロ。
  自分にもフリートウェイと同格の再生能力を持っている。
  痛覚だけを無理やり遮断することも出来る。
  なのに、それを一切使わずに躊躇いながらもナタクに身を委ねる一歩前にいる理由は、彼を精神的な支えにしているからだろう。
ナタクの声「・・・これ以上は言うな。 声帯が壊れるぞ」
ナタクの声「君が何を言おうが、今回は時間が無いから全身麻酔だ」
レクトロの声「そうだよね・・・ 迷惑かけて、本当にごめん・・・・・・」
  ついに始まった手術の音を聞きながら、シリンは扉に両手を添え、僅かに体重を乗せる。
シリン・スィ(知らない方が良い、とナタクは言ったけど)
シリン・スィ(マジでその通りだったかもしれないわ・・・)
  シリンは、自分の行動を後悔した。
  だが、もう時間は戻らない。
  戻ることは、決して無い。
シリン・スィ「少しでも、何か楽になってもらう方法は無いかしら・・・」
シリン・スィ「・・・・・・・・・」

〇集中治療室
レクトロ「・・・自分がここで休むことになるとは、驚いたよ」
  意識を取り戻したレクトロの第一声は、これだった。
レクトロ「・・・助けを呼んでくれて、ありがとう」
  漸く落ち着けたレクトロは、シリンの手を軽く握る。
  温もりを感じて、安堵しようとしている。
  他人の体温は、こういう時が一番人を楽にしてくれるのだ。
レクトロ「・・・あのさ、聞いていい?」
  レクトロは少しの勇気をもって、従者に聞く。
レクトロ「──ナタ君が、この空間を『創った』の?」
シリン・スィ「さも当然のように作ってたわよ」
レクトロ「そっか。 申し訳ないことをさせちゃったなぁ・・・」
レクトロ「亜空間の創造は、身体に悪い意味で負担をかけることになるの」
レクトロ「・・・やってしまった。 借りを作ってしまったなぁ」
  レクトロは、柄にもなく落ち込んでしまう。
  他人の体のために負の感情を抱くことが、こんなに痛く辛く感じたのは、久しぶりだ。
シリン・スィ「・・・他人に頼ることも、一種の強さよ」
シリン・スィ「悲嘆に暮れること無いじゃない」
シリン・スィ「体調が落ち着いたら、恩返しをしよう。 借りはどこかで返せばいいわ」
  ・・・自分を気遣う言葉が、胸に染みて痛いのはどうしてだろうか。
レクトロ「・・・そうだね」
レクトロ「君のおかげで、ちょっと心が楽になったよ」
レクトロ「快復したら、何をしようか。 ──本来の役割を放棄して、いっそ全てを壊してしまおうか」
シリン・スィ「・・・マジですか?」
  どちらか片方でも、やろうと思えばやれてしまう。
  シリンは、レクトロの『闇』を至近距離で見たからか背中に嫌に冷たいものを感じた。
レクトロ「・・・・・・冗談だよ。 流石に、それはしないさ」

〇屋敷の門
  レクトロのために遊佐邸の全ての部屋の掃除を一人でした遊佐景綱は、妻に一つ頼み事をする。
遊佐景綱「レクトロの事はナタクが対応するようだ」
遊佐景綱「栗の甘露煮を、6人分作ってほしい。 私の分は不要だ」
遊佐 偃「分かったわ。 でも、貴方の分は本当にいいの?」
遊佐景綱「レクトロの燃費が悪いせいで、私が食う分は無くなってしまうだろう」
  ──妻は、長年寄り添ってきたが故に既に伴侶の本音を知っている。
遊佐 偃「・・・本当は、どうしたいの?」
遊佐景綱「食いたいに決まってるだろう。 ・・・君は既に分かっているはずだ、わざわざ言わせなくてもいいだろ?」
遊佐 偃「言わせたかったのよ」
遊佐景綱「・・・・・・・・・・・・」
  妻に何を言うべきか、一瞬迷う。
  悪気は無いのは分かっているが、気の利いたことは言えなそうだ。
遊佐景綱「物好きだな・・・ そんなに私が面白いか」
遊佐景綱「まぁいいわ・・・ それでは、レクトロの保護に行く」
遊佐 偃「了解。行ってらっしゃい」
遊佐 偃「素直じゃないんだから・・・」

〇病院の待合室
遊佐景綱「・・・お前にここまで懐くとはな」
  遊佐景綱は、睡眠状態に入ったチルクラシアとフリートウェイの間に挟まるナタクを見て扇子越しに微笑む。
ナタク「・・・笑んでいないで、協力してくれ」
ナタク「早めに行動をしなければ、取り返しのつかないミスをすることになる」
遊佐景綱「・・・それはあまり良くないな。 器の起動により、もうミスは出来ないか」
遊佐景綱「だが、お前も一度休憩を挟むことを推奨する。 偃が栗の甘露煮を作って待っているぞ」
  ・・・レクトロにした『手術』による疲れでミスをされては堪らない。
  1つミスをすれば、大きな歪みを生むことになる。
ナタク「・・・偃ちゃんが、俺のために?」
遊佐景綱「リクエストしたのは私だ、お前のためじゃない」
ナタク「そんなことを言っても、その行動は俺のためにしか思えないぞ」
遊佐景綱「・・・・・・好きに解釈すればいい。 私からは何も言わんよ」
ナタク「先に行ってしまった・・・」
  言いたいことを言って満足してしまったのか、遊佐景綱は協力せずに去ってしまう。
  チルクラシアとフリートウェイが、自分の膝を枕にして寝ているせいで動けない。
  この状況を打破するためには、どちらかを起こす必要がある。
ナタク「ネイ、起きてくれ」
  何が理由で攻撃するか分からないチルクラシアではなく、フリートウェイを起こすことにした。
  深く寝ていたのか、軽く揺さぶるだけでは起きない。
  気付け薬でも使おうか、と思ったが
フリートウェイ「・・・まだ寝ていたいんだが」
  薬を使う前に起きた。
ナタク「他人の膝で寝ておいて、何を言うか・・・」
フリートウェイ「膝枕ってことか・・・?」
フリートウェイ「悪かったな!つ、つい眠くなってそのまま・・・」
  目覚めたフリートウェイは、慌てて起き上がった。
ナタク「悪意が無いからいいが・・・ 随分と寝入っていたな。睡眠障害でもあるのか?」
フリートウェイ「・・・病気かは分からないが、深夜でも問題なく動くことは出来るぞ」
フリートウェイ「時間がずれているだけで、一応眠れてはいる、と思う・・・」
  ・・・何らかの睡眠障害があることが、確定した。
ナタク(・・・・・・レクトロ殿の件が一段落したら、次は君たちだな)

次のエピソード:第39回『懐かしい甘味の前では誤魔化せない』

コメント

  • 大変なことが一段落したらまた一つ問題が発生した、といった感じでしょうか。
    殿の奥さんが出ましたねえ。
    次回も楽しみです。

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