第36回『どうあっても』(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
姫野晃大「・・・君のことを教えてくれる? よかったら、友達になろう」
──シリンが、人間に興味を持ったきっかけは、この何気ない一言だった。
シリン・スィ「・・・友達?」
シリンは、レクトロから聞いている。
『人間は儚く、こちらと比べれば長くは生きられない存在』だと。
『故に、あまり人間と深く接触してはならない』と、レクトロにしては珍しく口煩く言われている。
姫野晃大「そう、友達」
姫野晃大「自分の心の支えになれる人たちのことだよ!」
姫野晃大「友達は多ければ多いほどいいんだよ」
シリン・スィ(・・・そう思っているのは、多分あんただけよ)
──第36回『どうあっても』
シリンは中途半端に乾かした髪を雑に手で梳かす。
これは、彼女が『不機嫌』であることを意味する仕草である。
シリン・スィ「私なんかと友人になりたいのですか?」
シリン・スィ「・・・もう会わないかもしれないのに?」
姫野晃大「フリートウェイと同じこと言って・・・」
姫野晃大「この世界は広いんだ、きっとまたどこかで会えるよ」
シリン・スィ(『世界は広い』・・・)
シリン・スィ(十代にしてはやけに達観してない? 私の気のせい?)
シリンは、晃大の性格に違和感を抱く。
十代の人間にしては、どこか幼く見えるのだ。
シリン・スィ(元からこうなの? 誰かの行為でこうなったりしてる?)
シリン・スィ「この世界は呆れるほど広いのです」
シリン・スィ「私は、貴方を待ちましょう」
姫野晃大「・・・・・・待つ?」
晃大は、シリンの発言が意味深すぎて困惑した。
彼女から『人間』として生きている感覚が、しないのだ。
シリン・スィ「『時間は、皆を平等に置いていく』・・・って后神様が言っていましたから」
姫野晃大「『后神』様が!?」
ロア神話に登場する破壊と慈悲の神、所謂『后神』とは、レクトロのことである。
本人が城に住んでいることや『レクトロ』という名前があることは晃大は知らない。
が、学校の授業でその存在は教えられていた。
姫野晃大「君は神話に登場したりするの?」
シリン・スィ「・・・どうでしょうね」
シリンは上手くはぐらかす。
自分が神話に登場していようが、どうでもいいからだ。
シリン・スィ「后神様は、『神様扱い』を嫌います。 これだけは言っておかきゃいけなかった」
姫野晃大「・・・その理由はある?」
シリン・スィ「解釈違いです」
姫野晃大「現代的・・・」
シリン・スィ「後、『全知全能じゃないし、そもそもこういう扱いはすこぶる嫌だ』とも言っていました」
姫野晃大「そうなんだ・・・」
〇貴族の部屋
──空腹で眠れないフリートウェイは、よく考えてみた。
自分が感じる不安の元──最も恐れていることが何かを。
フリートウェイ(チルクラシアを、もっと知るべきだな)
最初に思ったのは、『情報が足りなすぎる』ことだった。
冷静になった頭に考えていくと、分かっていた”つもり”だった。
フリートウェイ(・・・内面を知るためには、何をしたらいい?)
今の自分はチルクラシアの求めている事を察して、彼女が考える前に提案をしているだけだろう。
フリートウェイ(もう改造は嫌なんだが・・・)
一度はノリノリで改造したのに、これは間違った行動だった。
・・・とはいえ、2つの声を手放すつもりは無いが。
チルクラシアが『声』を『音』と認識し、「低い音ならば平気かもしれない」と言っていたのを思い出す。
フリートウェイ「もっと良さげな手段がありそうだ。 時間が出来たら、色々考えてみよう」
〇貴族の部屋
レクトロ「落ち着いたみたいで、何よりだよ」
シリンのためにイカ焼きを作っていたレクトロが訪問してきた。
フリートウェイ「・・・思考の切り替えはとても大変だな」
額の汗を雑に手で拭いながら、フリートウェイは疲れを隠しきれない声色で呟いた。
レクトロ「数分間はちゃんと苦しんだみたいだね」
レクトロ「そういうものだよ。 そう簡単に、態度や認識は変えられない」
レクトロ「これ以上の苦痛を味わうのが嫌なら、君の脳を少しだけ弄ることも出来るけど。 どうする?」
レクトロはまず褒めてから次の提案をする男である。
フリートウェイ「それだけは止めておく」
フリートウェイ「・・・オレ、ちょっとは痛いことに耐えられるようになったんだぜ」
フリートウェイ「別の問題も出てきてしまったがな・・・」
身体の痛みだけは短時間で消えるようになったが、『不安』という名の爆弾を心に常に抱えるようになってしまった。
フリートウェイ「それ(改造)は最終手段にしたい」
レクトロ「分かったよ。 君の意思を尊重しよう」
レクトロ「また何かあったら、頼ってね」
レクトロが部屋から出ていってすぐに、
無表情になり、ふかふかのベッドに倒れ込む。
フリートウェイ「・・・チルクラシアのためにしか、オレは力を使えないんだぞ」
──君に向ける情だけを食って、オレは少し遠くで微笑みながら見つめることにするよ。
チルクラシアも、きっとオレの1つきりのワガママは聞いてくれるはずだ。
〇おしゃれなリビングダイニング
シリン・スィ「私、貴方に会いたかったんです」
姫野晃大「本当かい?そりゃ良かったよ」
シリン・スィ(・・・溢れている)
シリン・スィ(感情エネルギーが溢れて、光になっている)
シリンは、冷静に晃大の内面を分析する。
シリン・スィ(これは・・・・・・)
シリン・スィ(眩しすぎるわ! これは、危険因子ね)
崙崋(ロンカ)の天敵になり得る彼を危険視はするが、敵意は向けることは無い。
『まずは相手を知ることが重要だ』と考えたシリンは、友好的な姿勢を取った。
シリン・スィ「貴方は、普段何をしているんですか?」
姫野晃大「俺はただの高校生だよ。 この家で、妹と二人で生活している」
姫野晃大「バイトはしてない。 理由は、定期的に俺の口座に大量のお金が送られてくるからだ」
姫野晃大「今は、妹と二人で母を探していてね」
姫野晃大「放課後は情報収集しているんだ」
晃大は一枚のビラを見せる。
それには、和装の美しい女性の姿が描かれていた。
〇村の眺望
──この女性を捜しています。
氏名 姫野キリカ
年齢 40代後半
4年前から行方不明
何か些細なことでも知っている場合は、下記の電話番号にお電話ください。
***ー***ー**** 姫野晃大
〇おしゃれなリビングダイニング
シリン・スィ「貴方のお母様は美人ですね」
シリン・スィ「いつか、貴方は彼女を見つけることが出来るでしょう」
雑に詳細が書いてあるビラを見ながら、シリンは本心とは違うことを言った。
──彼女は、晃大の母親に会ったことがある。
だが、詮索されることを察してこれ以上は言わないことにした。
シリン・スィ(協力くらいはするか)
シリン・スィ(この人間の『希望』を消さないように、でも強まることがないように、調整しなきゃ)
晃大は平凡な人間であるが、自身の能力の知識を知らないためにまともな制御が出来ないのだろう。
シリンは自分の性格故に、感情の調整が出来ず観測する役目を担っている。
そのため、調整は誰かに頼む必要がある。
シリン・スィ(調整は・・・ナタクに頼もう)
シリン・スィ(手先が器用なあの男なら、出来るでしょう)
シリン・スィ「お母様捜し、協力してもいいですか?」
内心は色々と企むシリンだが、晃大の純粋な『母を見つけたい』という感情に惹かれた。
人間と協力するにあたり、シリンは軽い自己紹介をしようと決めた。
シリン・スィ「私、『スィ家の娘』でございます」
姫野晃大「・・・『后神』様の従者様じゃん!」
遊佐一族が言う『スィ家の娘』を名前の代わりに言った途端、晃大は食いついた。
シリン・スィ「・・・あら、知っていたのですか?」
姫野晃大「もちろん! 小学校の時から、『后神様』について教えられてきたからね!」
シリン・スィ「・・・・・・」
シリンは、複雑な面持ちをするしか無かった。
自分のことが知られているのは、まだ良かった。
シリン・スィ(刷り込まれている... これはレクトロ様の怒りに触れるわね)
レクトロが嫌うことは神様扱い。
──つまり、『特別扱い』である。
フリートウェイのように、解釈違いで怒ることは無いかもしれないが、不機嫌にはなるだろう。
シリン・スィ「コーヒーをもう一杯頂いてもいいですか?」
眠気覚ましと思考をリセットしたい時に飲むブラックコーヒーは、シリンの心を休ませる数少ないものだ。
レクトロは苦いものが嫌いなため、好みの共有が出来ないのは残念だった。
姫野晃大「もちろん」
シリン・スィ「・・・・・・・・・・・・」
姫野晃大「ブラックコーヒーがお好みかい?」
シリン・スィ「今日は砂糖不要の気分なんです」
〇おしゃれなリビングダイニング
シリン・スィ「雨が弱まったから、もう帰ります」
窓から外を見ていたシリンは、立ち上がる。
シリン・スィ「色々と、ありがとうございました」
姫野晃大「ちょっと待っ──」
雨が止んだことを確認したシリンは、出ていってしまった。
姫野晃大「行ってしまった・・・ 足が速いなぁ」
晃大は彼女が城に向かって走り去ったのを見た。
姫野果世「あら、もう行ってしまったの?」
姫野果世「最後まで、不思議な子だったわね」
姫野晃大「うん・・・」
姫野晃大(フリートウェイより速かった・・・)
晃大は、名前を聞けなかったことを残念がる。
フリートウェイは最初こそ嫌がったが名乗ってくれたのに、彼女は違った。
自分のことを、ほとんど話すことはなかった。
姫野晃大「あの子から、『后神』様について少しだけ聞けた」
姫野果世「・・・それって大丈夫なの?」
妹の反応は、晃大とは正反対であった。
姫野果世「『后神』様は、地震と慈悲の神よ。 何をするか分からないじゃない」
姫野果世「祟られたりしたらどうなるか・・・」
妹は、レクトロを極度に恐れているようだ。
姫野晃大「・・・后神様は、僕たちを祟ったりしないと思うけどね。 普段の行いは気を付けているつもりだけど」
姫野晃大「『慈悲の神』としての一面もあるらしいし、 きっと大丈夫さ!」
姫野果世(・・・本当かなぁ)
ポジティブ思考の晃大の隣で、妹は考え込む。
姫野果世(最近の雨も、『后神』様のせいだったりするの・・・?)
姫野果世(捧げ物の数を多くしなければ・・・)
〇城門の下
シリン・スィ「到着ぅ・・・」
帰ってきたシリンは、出迎えたレクトロに抱きついた。
シリン・スィ「あー、疲れたぁ・・・」
シリン・スィ「レクトロ様ぁ、イカ焼き出来てるよねぇ・・・」
レクトロ「・・・うん、イカ焼きは出来てる」
レクトロ(でも、君がこんなことするのは、初めてだ)
レクトロ(・・・どんな表情と仕草をすればいいの?)
上の空のレクトロだが、シリンを無理やり引き離すことはしなかった。
その代わり、華奢な彼女の肩に両手を置く。
レクトロ「おつかれさま。 姫野兄妹はどうだった?」
シリン・スィ「『どうだった』、と言われましても・・・」
シリン・スィ「人間離れは一応している兄妹だな、としか思えませんでした」
シリン・スィ「まだ『種族・人間』の域からは出ていません」
〇城門の下
レクトロ「──人間離れ、か」
レクトロ「合ってるよ。 君は間違ったことなど言っていない」
一瞬不気味なオーラを纏ったレクトロだが、
すぐにいつも通りになる。
レクトロ「イカ焼きの準備は出来てるよ! 早速食べようか」
シリン・スィ「やったぁ!」
〇男の子の一人部屋
姫野晃大「・・・確か、このノートに・・・・・・」
シリンが去ってから、晃大は授業で使うノートを探していた。
姫野晃大「あったあった」
姫野晃大(・・・?)
姫野晃大「・・・・・・あれ? もしかして、授業の内容って間違っていたりする?」
授業では、『后神はロアの王を決める神であり冷淡と慈悲の二面性がある』と教えられている。
そして、『后神への捧げ物は、子兎3匹と大麦のパン、蟹とホタテ貝』と実に具体的に聞かされており、
ノートにも、上手いとは胸を張って言えないイラストで図と共にまとめられている。
姫野晃大「・・・・・・・・・」
しかし、先程去った少女は『后神は神様扱いを心底嫌っている』と言っていた。
姫野晃大「・・・授業そのものが、嘘だったりする?」
姫野晃大「そんなこと無いよな・・・」
こちらの姫野くんはピュアですねえ。
后神様の捧げ物って、要はアレですよね?
次回も楽しみです。