そうして、夢は紡がれる(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
私「お疲れ様でした」
バックヤードに一言声をかけ、仕事場を後にする。途端、まだ冬の名残を感じさせる冷たい風が頬を撫でた。
私「うわ、寒っ」
思わず身震いする。吐く息はすぐ白く煙って、宙を漂っては消えていく。
凍えそうな体を無理やり動かす。此方に流れてくる人の波をかわして、私は駅へと向かった。
〇渋谷のスクランブル交差点
視界の隅では眩いばかりの色彩がちかちかと瞬いて、道行く人々を照らしている。
――誰にも等しく降り注ぐ極彩色。この街は、何もかも変わらない。
〇渋谷駅前
此処に来て、もう何年になるだろう。
渋谷。修学旅行で訪れた、あの時から、私の心はこの街に縛られていた。
偶然見かけた路上ライブ。道行く人々に問いかけるかのように謳う女性を見て、私は酷く感動してしまった。
ギターをかき鳴らしながら必死に謳う、輝くような彼女を。まるで自分のように見つめてしまった。
私「かっこいい・・・!」
私「私も、いつか・・・!」
この眩しい街で、賑やかで楽しいこの場所で、輝きたい。
そう思った。
――思ってしまった。
〇渋谷のスクランブル交差点
しかし、現実とは非常なものだ。
この渋谷で受けた刺激をそのままに、私は煌びやかな生活を夢見て上京。両親の説得を無視する形で、無理矢理都会から出て来た。
バイトで稼いだお金でギターを買った。文字通り血が滲むような練習を重ねて。
曲を書いた。スタジオを借りるお金が無くて、カラオケに楽器を持ち込んでひたすら練習をした。
歌を歌った。あの時の、学生時代に見た、路上ライブをしていた彼女と同じように。道行く人に、語りかけるように歌を歌った。
何年も、何年も何年も、何年も、それを続けて
――気が付けば、私はいい歳になっていた。夢を追いかけるには、少しばかり大人になり過ぎていた。
〇渋谷のスクランブル交差点
私「さむ・・・」
結局、私は夢を追うのをやめた。現実を見てしまって、追いかける足を止めた。
今は、煌びやかさなど欠片もない、派遣会社で働いている。
堅実に生きた方がいい。夢なんて、見ない方がいい。
忘れなくちゃ。夢なんて――。
〇渋谷のスクランブル交差点
少女「わっ!?」
私「えっ?!」
衝撃が走る。転ぶことは無かったが、少しよろめいた。
少女「アイタタ・・・ごめんなさい、大丈夫ですか?」
目の前の少女は、申し訳なさそうに私を見た。私も、慌てて頭を下げる。
私「ごめんなさい、私、ちょっとぼんやりしてて」
そう言うと、少女はどこか垢抜けない、幼さを残した顔で笑う。
少女「いいえ、私こそよそ見をしてて・・・ごめんなさい」
そう言って、少女は背中の荷物を背負い直す仕草を見せる。――黒い、大きな荷物だった。
〇渋谷のスクランブル交差点
私「ギター・・・?」
少女「えっ?」
思わず口をついて出た言葉に、少女は驚いた表情を浮かべた。
しまった。そう思ったが、少女は、驚いた顔をすぐさま笑顔に変えて、私との距離を詰めた。
少女「お姉さんも、ギターやってるんですか?」
キラキラとした笑顔が迫ってきて、私はそれに気圧されながら小さく頷く。少女は、また一層笑顔を深めた。
少女「バンドかなにかされてるんですか!?」
私「いや、昔ちょっと・・・」
少女「まだ歌っていたりとか・・・!」
少女の言葉に、思わず呼吸が止まる。
無邪気な視線が痛かった。
私「歌ってたよ・・・もうやめちゃったけど」
そう言うと、彼女は心底驚いた顔を浮かべる。
私「歌うことを夢見てたんだけどね。夢見るのに疲れちゃった」
自分でも、何を言っているのかわからなかった。初対面の見知らぬ少女に、どうして私は自分のことを話そうと思ったのか。
少女は暫く静かに私を見ていた。私も、今更になって吐きだしたことを後悔した。
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夢果たせず今を生きる。少なからず経験をした方もいるでしょう。でも、その夢が何かのきっかけでまた始まる。頑張ろうという気持ちが出るストーリーでした。
自分が若くて夢みてる時は夢中に走ってられるけれど、大人になるにつれて現実が見えてきて、周りと同じようなちゃんとした大人にならなきゃって思うと、いつのまにか忘れちゃったりしますよね。でも、大切にしたいものです。
夢、困難、憧れ、停滞、好き、挫折
”私”の中にうずまく感情が痛いほど伝わってきました。そこに強く共感したからこそ、”少女”の言葉が染み入ってきました。素敵な物語ですね。