九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第33回『割り切れないけど腹を満たす』(脚本)

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〇御殿の廊下
遊佐景綱「・・・もう気が済んだのか?」
  シリンの操作が終わって、6時間が経過した。
  自身の推察よりも早く雨が弱まったことに、遊佐景綱は僅かに安堵していた。
遊佐景綱(これで雷が落ちることは無いだろう)
  自分達に、遅効性の毒が存在する雷も、
  ロアに降り続ける大雨も時間をかければ止むはずだ。
  しかし、雨は弱まるだけで止む気配は微塵も無い。
遊佐景綱(否、落ち着いたわけでも、気が済んだわけでも無いか・・・)
遊佐景綱(ネイ本人に、何かあったな)
  ──第33回『割り切れないけど腹を満たす』
遊佐景綱「・・・体力が、尽きたか」

〇貴族の部屋
  ──遊佐景綱の予想通り
フリートウェイ「・・・腹が空いた」
  『空腹』と『飢餓感』、という名前の今まで知らなかった感覚に、ベッドに身体を沈めるフリートウェイは戸惑っていた。
  その戸惑いは確かにナタクへの嫉妬心を跡形もなく消してくれた。
  それが理由か、数時間前は部屋の天井を満たしていた水は、ギリギリベッドが水没しない水位まで下がっている。
シリン・スィ「そりゃそうよ」
  彼女はフリートウェイの右隣に座る。
  レクトロから渡された仕事を終えた彼女は、フリートウェイをからかいにきたようだ。
シリン・スィ「急に妬いたり落ち込んだりしてさ、色々と忙しいわね、あんた」
  彼は目線だけをシリンに向ける。
フリートウェイ「・・・ちょっと疲れているのは事実だ」
フリートウェイ「今は寝ることよりも、何でも良いから体内にモノを入れたい」
シリン・スィ「あら、そうなの? あんたにも、食欲『は』あるのね」
  『何か意外だわ』、と彼女は付け加えた。
フリートウェイ「今のオレは何なら食えるんだろう」
  シリンは不自然に瞬きを繰り返す。
シリン・スィ「・・・人間と同じものは食べられないの?」
フリートウェイ「心当たりは一応あるが、人間が食うものは食えなくなった。 身体が拒否していてな」
  心当たり、とは瘴透水(ショウトウスイ)である。
  それを飲んでしまったからか、人間が食べるものの殆どを身体が受け付けなくなっていた。
シリン・スィ「何してんのさ・・・ もしかして、改造でもした?」
フリートウェイ「出せる声が増えたくらいだが」
シリン・スィ「それこそ改造よ。 あんた、声帯を弄ったわね。 喉が軋んだりはしてないの?」
フリートウェイ「んー・・・ 今はしていないな。 ちゃんと意識していないと声は変えられないし・・・」
シリン・スィ「そう・・・」
  シリンは、フリートウェイの『チルクラシアに対する歪んだ愛情』について、どうにかするつもりはなかった。
  どうにかしようと行動しようとしたところで、意味など無いからだ。
  だが、『改造』までしてしまうとは流石に思わない。
  きっと、これも『チルクラシアのため』というある意味純粋なものだろうが、傍から見たら『狂気』とも言えるだろう。
シリン・スィ(私はあんたみたいに、『ただ一人のため』に狂えない)
シリン・スィ(どうしたら、あんなに振り切れるの?)
シリン・スィ(少しだけ、本当に少しだけ羨ましいわ)

〇貴族の部屋
  僅かとはいえ、フリートウェイに羨ましさを感じたシリンは、ここで爆弾を一つ落とすことにした。
シリン・スィ「きっとあんたはこの事実に驚くわよ」
  彼女が彼の両肩を掴む。
  振動で喉元に痛覚が走ったらしく、軋んだような不自然な音がした。
シリン・スィ「──あんたはチルクラシアから、気力を少しずつ取り込んでいるの。 だからお腹が空かないのよ」
フリートウェイ(・・・・・・???)
  処理落ちしかけている脳で、フリートウェイは考え込む。
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ(・・・・・・・・・)
  シリンの発言の意図を数秒かけて反芻し、理解した瞬間、フリートウェイの表情は『驚愕』そのものになっていた。
フリートウェイ「・・・それはどういう意味で言っている!?」
シリン・スィ「え、やだ・・・ あんた無自覚でやってたの?」
  爆弾を落とした後の反応を楽しむつもりなのに、自分が別の爆弾を落とされ食らったたような気分になる。
シリン・スィ(・・・チルクラシアから気力を貰わないと、あんたはまともに形を保てない)
シリン・スィ(それを言うと、この男はチルクラシアから更に離れなくなるだろうから、今までは誰も言わなかった)
シリン・スィ(でも、隠し通すのも何かが違う気がする)
  新たな爆弾を投下することも違うと思ったシリンは、次に何を言うべきか考え込む。

〇貴族の部屋
シリン・スィ(説明する前に、まずは自覚させる必要があるわね・・・)
  考え込んだ彼女は、久しぶりに『驚愕』の面を浮かべるフリートウェイに、1つの提案をすることにした。
シリン・スィ「あんたとチルクラシアが二人きりで過ごした記憶を、思い出してみて」
フリートウェイ「・・・思い出す、といわれても」
フリートウェイ「オレは『チルクラシアが満足さえすればいい』、と思っている」
フリートウェイ「・・・・・・・・・つもりだ」
  間を開けて『つもり』という、目的実現のために努力する意思を付け足していたが、
  ・・・・・・うん。
  衝撃はあったが、特に内面は変わっていないようだ。
シリン・スィ「・・・また高熱でも出てんの?」
  『あんたは熱に弱いんだからしっかりしなさいよ』、と言われる前に
フリートウェイ「今度は出てないし、この身体に妙な熱や冷たさは感じない」
フリートウェイ「・・・レクトロはどうした?」
  ツッコミを入れるように質問に答え、
  雑に話題を切り替えた。
シリン・スィ「あいつなら、王の元へ行っているんじゃない?」
シリン・スィ「用事があったみたいだし」
  レクトロは、人魚の影に瘴透水(ショウトウスイ)が入った注射を一度打ってからすぐに、部屋を出て行った。
  陰が消えたフリートウェイに、レクトロの存在が隣にいたことなど分からなかった。
フリートウェイ「・・・?」
フリートウェイ「──オレは、いつも通りに振る舞えばいいんだよな?」
シリン・スィ「好きなようにすればいいじゃない?」

〇屋敷の寝室
  ──遊佐邸
遊佐景綱「・・・いないな」
  遊佐景綱とナタク・ログゼは、チルクラシアがいるはずの部屋の前で立ち止まっていた。
  そして、彼女がいなくなった原因も既に分かっていた。
ナタク「・・・ネイのせいか?」
遊佐景綱「そうだろうな。あの男ならやりかねない」
遊佐景綱「転送でも使って、自分の元へ飛ばしたのだろう」
ナタク「・・・次は何をするつもりだ?」
遊佐景綱「何もしない。 いつも通り、ただ遠くで見るだけ」
  ナタクは、この発言を『何もできない』と解釈した。
ナタク「・・・ネイの雷が怖くなったのか?」
遊佐景綱「情報が足りないうちは、不用意な行動はしないことにしている」
遊佐景綱「──それだけだよ。 そこに情の一つすらない」
  まだ仕事が残っている遊佐景綱はさっさと自室に戻った。
ナタク(そうだな。 器の起動により、もうミスは出来ないし、 今回は大人しくしておこうか)
ナタク(ネイに賭けさせてもらおう)

〇貴族の部屋
  シリンが去り、一人になったフリートウェイはもう孤独に耐えられなくなってしまった。
チルクラシアドール「・・・?」
  目を覆う包帯が外されたチルクラシアは、首をかしげた。
  記憶データが正しければ、自分はナタクと共に遊佐邸を訪れ、数分後には夕食を食べることになっていたはずだ。
  装甲を脱いだフリートウェイが、ベッドで本を読んでいるのがぼんやりと見える。
チルクラシアドール(黒いのは着てないんだ・・・)
  チルクラシアが、フリートウェイが装甲を脱いだ姿を見たと『認識』したのは、まだ二度目だ。
  そして、フリートウェイがはっきりと『人間的な要素は一応ある』と言っていたことも思い出した。
チルクラシアドール「ねぇねぇ」
  とりあえず、フリートウェイに事情を聞くことにしたチルクラシアは彼の本を閉じる。
  読書を中断されたフリートウェイは、目線を僅かに上に向ける。
  視界には確かにチルクラシアが存在している。
  フリートウェイは、口角を上げ、目を僅かに細めた。
フリートウェイ「・・・急に呼び戻して、ごめんな」
フリートウェイ「君に用事があったんだ」
  数時間前は大乱心だったことが嘘のように穏やかになっているが、自分が雷雨を引き起こしたことを彼女に隠しているようだった。
フリートウェイ「・・・もうちょっと近くに来てくれるか?」
  彼女の頭の下にゆっくりと手を差し込んで前から優しく抱きしめる。
  今度は驚くことなく受け入れてくれたことに、酷く安心してしまい、目をゆっくり閉じる。
フリートウェイ(この状況に安心し過ぎて、もう手放すつもりすら無くなっている)
フリートウェイ(『オレが餓死するかもしれない』という理由だけで、チルクラシアが一歩踏み出すことを許せないらしい)
フリートウェイ(────最低だな、オレ)
  自責しながらも、快を感じてしまっている。
  シリンに言われて初めて気づいたからか、身体がチルクラシアと接触している部分から非常に心地の良い温もりを感じる。
  温もり自体は非常に暖かく、心を満たさせるような錯覚を与えているが、癖になりそうなものだった。
  だが、納得がまだ出来ていない。
  自分は、チルクラシアが望んだものを提供すれば十分なはずだったのに。
  声を変える技術も、異形倒しを嫌々引き受けったのも、全部チルクラシアのため・・・のはずなのに。
チルクラシアドール「・・・どうしたの?」
  いつも通りなら、こんな疑問にもすぐに答えられるはずなのに。
フリートウェイ「・・・・・・ただの『気分転換』だ」

〇貴族の部屋
???「おっと、すごく良いところですが、失礼しますよ」
  フリートウェイとチルクラシアの真横に、シャーヴは部屋の壁から姿を現す。
フリートウェイ「──誰だ?」
シャーヴ「シャーヴと申します。 ・・・久しぶりですね、ネイ・ログゼ」
フリートウェイ「・・・会った記憶が無いんだが」
シャーヴ(記憶がないのか・・・)
  フリートウェイの反応を見たシャーヴはすぐに、「彼に関する記憶が綺麗に抜けている」ことを察した。
シャーヴ「気が遠くなるほどの前のことなので、 覚えていないのも当然です」
  自分の情報を僅かに話したところで、本題に入ろうか。
シャーヴ「今は二人とも、ゆっくりお休みくださいね」
  鋭いかぎ爪で傷をつけないように気を付けながら、フリートウェイとチルクラシアを更に密着させる。
  温もりを感じる部分が増えたからか、フリートウェイの身体は一瞬ビクッと跳ねた。
  そして、シャーヴはチルクラシアが寝ていることに気づいたからか、フリートウェイに、テレパシーを使って話しかける。
シャーヴ「スィ家の乙女から、事情の一つは聞いているはずだ」
シャーヴ「貴方はもっと、チルクラシアに愛を求めた方がいいのでは?」
フリートウェイ「・・・・・・オレが、チルクラシアに、求める?」
シャーヴ「尽くす分、求めてしまえばいいんです」
シャーヴ「そうすれば、『生の感覚』を与えることも出来るかもしれませんね」
フリートウェイ「!」
  チルクラシアはかつて『生きている感覚がしない』と言っていたし、自分もどうしようか悩んでいる。
  シャーヴの言うことを聞けば、チルクラシアが求めるものを与えることが出来るかもしれない。
シャーヴ「・・・それは後日にお話ししましょう。 今はよく寝た方がいい」
  シャーヴはフリートウェイとチルクラシアの頭を撫でる。
  寝落ちたフリートウェイの身体からは力が失われ、チルクラシアに押し倒されたような姿勢になった。
シャーヴ「熱烈ですね・・・ 見ていて面白いですよ」
シャーヴ「さて、私にはもう一つお仕事があるので 行かなければなりませんが・・・」
シャーヴ「一枚だけ・・・ね?」

〇城の廊下
  レクトロは王に呼び出されていた。
  前は『城を離れる』と告げていたため、呼び出しを食らうことは嫌だった。
???「器が一対、レクトロ?」
  聞き覚えのある声に、レクトロは後ろを振り返る。
シャーヴ「少し、私に時間をくれませんか?」
シャーヴ「なあに、戦うつもりではないんです。 私は、ネイとチルクラシアを見に来たのです」
レクトロ「・・・・・・何でここにいるの」
シャーヴ「器を起動した者がこの場にいるのは当たり前では?」
  シャーヴはレクトロの腕のない手首を見ながら話し続ける。
シャーヴ「・・・スィ家の娘が、ネイに「チルクラシアがいなければ餓死する」と言ってしまいましたよ」
シャーヴ「『言ってしまえば、もう前に戻れない』。 貴方、これからどうするつもりで?」
レクトロ「・・・・・・」
  レクトロは左の赤い瞳をつい出してしまう。
レクトロ「──僕からはまだ何もしないよ」
  チルクラシアがこのままでいること。
  それが、レクトロにとっては最良な状況なのだ。
  フリートウェイがシリンに何かを吹き込まれたとしても、行動は変えないことにしている。
シャーヴ「そうですか。 これだけはどうしても聞きたかったもので」
シャーヴ「私のリクエストを聞いてくれて、ありがとうございます」
  シャーヴが飛び去ったことを確認したレクトロは、深く深くため息を吐く。
レクトロ「・・・・・・危なかったなぁ」
レクトロ「もう少しだけでも詮索されていたら、」
レクトロ「襲っていたかもなぁ・・・」

次のエピソード:第34回『現実に見える幻惑』

コメント

  • シャーヴはあんな声なんですねぇ。
    レクトロも何やら怪しい感じ。
    次回が楽しみです。

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