第30回『本腰を入れようか』(脚本)
〇城の廊下
フリートウェイは城の廊下を走っていた。
フリートウェイ「~♪」
とても機嫌がいいらしく、鼻歌を歌いながら、ただ前を見ながら走っている。
──第30回『本腰を入れようか』
シリン・スィ「あら、ご機嫌ね フリートウェイ」
シリンの声に足を止め、笑みを浮かべて振り返った。
フリートウェイ「おはよう、シリン。 今朝はチルクラシアからのリクエストがあったんだ」
フリートウェイの発言に驚いたシリンだが、すぐに笑顔になった。
シリン・スィ「あら、そうなの? 朝一番のリクエストって初めてじゃない?」
シリン・スィ「それは本当に素晴らしいことだわ! レクトロに伝えれば確実に大喜びよ!」
シリンは、チルクラシアのごく小さな『一歩』を自分のように大喜びしている。
『きっとレクトロもシリンと同じように大喜びするんだろうな』と思いつつ、
フリートウェイも自分が感じたことをシリンに伝えるために口を開く。
フリートウェイ「チルクラシアが少しでも前を向けるようになってくれて、オレは嬉しいよ」
フリートウェイ「それがどれだけ些細なことだろうが、オレは必ず褒めるし、決して否定しないさ」
フリートウェイ「・・・・・・でも、対応はあまり良くなかっただろうな。 今考えたら、間違った対応だったな」
少しだけ前を向けるようになれたチルクラシアへの対応に、フリートウェイは少しばかり後悔していた。
シリン・スィ「? 貴方、チルクラシアに何をしたの?」
フリートウェイ「ちょっと驚いて『しまった』んだ」
〇貴族の部屋
──午前8時40分。
フリートウェイ「おはよう、よく寝れたか?」
上体を上げたまま、何故か動かないチルクラシアに、フリートウェイは声を優しく小さめにかける。
チルクラシアドール「!」
チルクラシアドール「(’つωー`)」
両目を袖で雑に軽く擦り、
隣にいるフリートウェイの顔を見つめて、
チルクラシアドール「おはよう₍ᐢ⸝⸝ॱ꒳ॱ⸝⸝ᐢ₎☀」
朝の挨拶をして、ベッドから勢いよく飛び降りた。
フリートウェイ「・・・おっ? どうした?」
なかなかベッドから離れなかったチルクラシアは、今日はすぐに出て、立ち上がったと思えばストレッチをしているではないか。
フリートウェイは今まで見せたことの無いチルクラシアの『一面』に少しの戸惑いを覚えながらも受け入れる。
チルクラシアドール「・・・(゜¬゜)?」
チルクラシアドール「・・・・・・???」
ストレッチを終えたチルクラシアは、
自分の腹部を擦って首を傾げている。
チルクラシアドール「『お腹空いた』」
チルクラシアドール「フリートウェイの好きな物が食べてみたい」
〇貴族の部屋
フリートウェイ(そんなことを言ったのは初めてだな)
今までは『朝の散歩』のついでとして軽い食事を摂らせていたが、良い思い出が一つもない。
やけにカラフルな宝石らしきものが入っている怪しいおにぎりを無表情で頬張っているのを見たことがある。
フリートウェイ「オレの好きな食べ物はシャクシュカだ」
チルクラシアドール「?」
『シャクシュカ』はフライパン一つで出来る異国の卵料理だ。
簡単に作れて健康的で美味しいので、
食事の必要が無いフリートウェイの数少ない明確な好物になっていた。
フリートウェイ「オレと君の二人分、作ってくるから待っててくれ」
目線を合わせるために屈んで、チルクラシアの頭を撫でると、彼女は毛布の中に戻った。
チルクラシアドール「(>∪<´)ゞ」
チルクラシアドール「楽しみに待ってる!」
〇城の廊下
フリートウェイ「・・・というわけで、オレは厨房を探しているんだ」
フリートウェイ「どこにあるか知らないか?」
シリン・スィ「・・・知るわけないでしょ、おバカ」
城に住むことになっても、部屋からほとんど出なかったため、シリンは城の間取りを知らない。
食事は勝手に持ってくるため、風呂と洗面所とトイレの場所さえ分かればそれで良かったのだ。
シリン・スィ「・・・普通の人間は、この城に住むことなど永遠に無いの」
シリン・スィ「それに、チルクラシアに与える食事はレクトロが作っているのを知らないの?」
フリートウェイ「あんなものは食い物じゃねぇよ」
シリンの最後の発言を否定するフリートウェイだが、ふぅーっと長い息を吐いてイライラを消す。
フリートウェイ「・・・まぁ、」
フリートウェイ「『オレはチルクラシアの望むものを与える』まで、だ」
チルクラシアへ向ける気持ちがブレないフリートウェイはシリンの真横を走り去った。
シリン・スィ「あっ、こら!」
フリートウェイが走り去った西の方向を睨んでみる。
・・・・・・彼の気配すら無かった。
シリン・スィ「・・・・・・もう見えない。 あいつ足が速いわね・・・」
一人残されたシリンは、迷っていた。
チルクラシアの『意思の発展』を喜ぶべきか、
フリートウェイの『過剰な介入』をレクトロと共に咎めるべきか。
咎めたところで人の言うことを聞かない可能性があるのが、フリートウェイという男である。
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
シリン・スィ「あいつは一つも変わらないわね・・・」
〇広い厨房
フリートウェイ(誰もいないよな)
途中で迷子になりながらも、厨房の重い扉を開け、辺りを見渡す。
フリートウェイ(ラッキー、誰もいなくて助かった)
冷蔵庫を開け、玉ねぎ1個とピーマンとトマトを2個出す。
1欠片のにんにくが入ったジッパー付きの保存袋が冷凍庫にあったため、それも出した。
フリートウェイ「確か次の工程は・・・」
包丁で玉ねぎとピーマン、にんにくをみじん切りにして
トマトは1cm角にカットした。
フリートウェイ「・・・スキレットは無いのか?」
『スキレット』とは、鋳鉄製の厚手フライパンのことである。
フライパンの型に熱した鉄を流し込み固めて作られているが、
厚みがあってずっしり重く、シーズニングと呼ばれるお手入れが欠かせないものだ。
そのまま食卓に出してもおしゃれ見えするデザインのため、
保温しながら最後までおいしく食べられる上に洗い物も減らせる優れものだ。
フリートウェイ「あれを使えることが出来たら最高なんだがなぁ・・・」
フリートウェイ「あったあった」
スキレットがあったことに安心しながら、それに大さじ1のオリーブオイルと先ほどみじん切りにしたにんにくを入れて熱する。
フリートウェイ「・・・チルクラシアって、朝はあまり食べないよな」
作ってから気づいた。
朝は異様なほど弱いチルクラシアは、朝食を多々抜いている。
いきなり(チルクラシア基準で)大量に食べさせていいのだろうか。
フリートウェイ「・・・本人が言ったからいいよな・・・」
今更迷いながらも、スキレットの中に玉ねぎとピーマンを加え、中火で炒める。
フリートウェイ「いい音だな」
あえて少し焦がし、玉ねぎがしんなりしてきたことを確認したため、トマトも入れる。
フリートウェイ「・・・で、次は味付けか」
〇広い厨房
フリートウェイ「分量は間違ってないよな・・・」
野菜を中火で炒めながら、フリートウェイは材料のミスがないか確認していた。
フリートウェイ(塩 小さじ1、 パプリカパウダー 小さじ2、 クミンパウダー 小さじ1/2・・・)
ちらっと視界がスキレットから外れ、既に計量済みの調味料たちが見える。
フリートウェイ「合ってる合ってる」
調味料たちも投入して味をつけていく。
フリートウェイ(辛くない方がいいか・・・)
自分が食べる時は、少し辛めに味付けしているが、チルクラシアに香辛料が多い料理を食べさせたらどうなるかが恐ろしい。
レクトロの大目玉を食うことやシリンに嗤われることになるのは確定するだろう。
他人に怒られるより、チルクラシアからの信頼が無くなるのが、今の彼にとって一番の恐怖だ。
フリートウェイ「後は煮て、玉子を落として終わり!」
タイマーで8分間待っている間は数日前を思い出す時間である。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・チルクラシアって生卵なんか食べないよな」
フリートウェイ「目玉焼きにするか・・・」
〇城の廊下
フリートウェイが料理を作っている最中・・・
──厨房の扉の前は、大勢のコック達がいた。
???「ドアが開かないぞ!?」
???「何で開いてないんだよ! ロックなんかしてないだろ!?」
???「泥棒でも入ったのかしら?」
開かない扉の前でコック達は意味のない言い争いをしていたが、一人の男の登場であっさり終わることになる。
ラダ・ローア「・・・何事だ? 何が起きている?」
朝食がいつも通りに来ないことを心配した王が、自ら様子を見に来た。
『へ、陛下・・・』
『厨房の扉が何をしても開かないのです!」
ラダ・ローア「・・・・・・何をしても?」
コックの発言を違和感を抱いた王は、厨房の扉に手をかけた瞬間
満面の笑みで二人分のシャクシュカを持った金髪の少年は、厨房の扉を勢いよく開けると
フリートウェイ「─────────♬♪」
鼻歌を歌いながら走り去っていった。
ラダ・ローア「誰だ・・・!!?」
王は、厨房から出てきた金髪の少年を確かに、この両の目で見た。
『陛下!?一体何を見たのですか!?』
ラダ・ローア「金色の髪の少年だ」
『・・・何言っているんですか、そんな者はいませんよ』
ちゃんと姿は見たし鼻歌も聞いたのに、コック達は金髪の少年は認識すらしていないようだ。
ラダ・ローア(私以外の誰にも、あの男は見えていないのか・・・?)
ラダ・ローア(・・・・・・疲れが目に来たのか?)
かつてレクトロが言ったように「ちゃんと休んだ方がいい」のかもしれない。
だが、自分は『ロアの王』であるし、
息を抜くことは出来ない。
ラダ・ローア「・・・今日こそ、早めに寝よう」
ラダ・ローア「た、多分疲れているだけだろうが・・・ 念のために目の医者を呼ぼう・・・」
〇貴族の部屋
チルクラシアは、部屋の真ん中に机を出し、二人分のお茶を出して正座で待っていた。
チルクラシアドール「たのしみ」
チルクラシアドール「たまには、ちゃんとご飯を食べないと」
フリートウェイ「お待たせ」
フリートウェイ「チルクラシアのはこっちな」
フリートウェイはシャクシュカを二人分作った。
だが、彼女に渡した方のシャクシュカは、
玉子が『生』ではなく『目玉焼き』になっている。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
フリートウェイと自分のシャクシュカを不思議そうに交互に見る。
自分のために作られた食べ物の全てに火が入っていることに気づいたらしい。
笑顔を浮かべ、
スプーンを二人分持ってきて、フリートウェイに一本を渡す。
チルクラシアドール「あ、りがと・・・」
非常にたどたどしかったが、お礼の言葉を
テレパシーではなく「声」で伝えることが出来た。
フリートウェイ(・・・声を出してくれた)
フリートウェイ「どういたしまして」
フリートウェイはそれがとても嬉しかった。
だが、自分が『声に関する話題を出したから無理をしてまで発声している』可能性も察した。
・・・シリンのように、素直に喜べない自分がいることも自覚してしまった。
フリートウェイ「冷める前に食べようぜ!」
『そんな部分を、チルクラシアに見せるわけにはいかない』。
フリートウェイ(──あぁ、どうやって忘れさせて隠すんだっけ)
一種の空虚に近い感覚を抱きながら、食事を勧めた。
「いただきます!」
〇城門の下(ログスポットあり)
──フリートウェイとチルクラシアがシャクシュカに舌鼓を打ち、王が目の医者を呼びよせている頃
レクトロは城門を開け、立ち止まっていた。
レクトロ(そろそろ城から離れないと)
レクトロ「──ねぇ、シリンちゃん?」
レクトロは空を見つめながら口を開く。
レクトロ「近くにいるんでしょ?」
レクトロ「君に仕事があるんだ、こっちにおいで」
シリン・スィ「・・・・・・お待たせ致しました」
シリンは城壁を走り抜け、レクトロの隣に跪く。
服は城にいたときの赤いドレスではなく、
兵士とほぼ同じようなものを着ており、荷物は異様に大きいリュックだけだった。
シリン・スィ「服装はいいとして」
シリン・スィ「・・・私の要素まで弄る必要、ありますか?」
彼女は、レクトロに髪色をオレンジから紺に変えられたことが不服だった。
シリン・スィ「・・・・・・瞳の色は変えないの?」
髪色や服装は変えられたのに、瞳の色だけは変えられない。
彼女はそれが不思議に思っていた。
レクトロ「瞳の色は『変えられない』んだよ」
レクトロ「『変えようと思っても変わらない』」
レクトロ「『そのつもりでも変えられない』」
レクトロ「最早諦めってやつさ」
レクトロは何度か瞳の色を変えようと試みたことがあるらしい。
だがとっくの昔に諦めてしまったようだ。
シリン・スィ「・・・何かそれなりの理由があるの?」
シリン・スィ「過去のレクトロ様が何かやらかした、とか?」
レクトロ「・・・・・・答えないよ」
シリンが『瞳の色』について詮索しおうとした時、レクトロの声は極めて冷ややかなものになった。
シリンはそれを「レクトロが警戒している」とみなし、これ以上の追求はしないことにした。
レクトロ「君の仕事は転送装置を存在ごと消すことだよ」
レクトロ「・・・全く、誰がこんなものを置いた?」
シリン・スィ(あ、話題逸らされた・・・)
何とも雑に強引に話題を逸らしたレクトロはシリンの追求から逃げるようだった。
シリン・スィ「分かった、私に任せてよね!」
気を取り直した彼女は仕事に取り組むために一冊の図鑑をリュックから取り出した。
1ページに万年筆で何かを書いていくシリン。
シリン・スィ「”抹消”・・・っと」
書き終えたシリンは本を閉めて、それをリュックにしまう。
シリンが本に書いた内容が影響しているのか、転送装置はエラーを出しながら全体に亀裂が入り始めた。
レクトロ「上手に力を使えたじゃん。 後はこれを僕が壊すだけ」
レクトロ「粉々にしちゃうから、ちょっと離れて欲しいな」
シリンが自分から距離を置いたのを見届けたレクトロは、転送装置の間近に立つ。
転送装置にピッタリとレクトロフォンをくっつけ
指を引き金にかけると、躊躇うことなく──
〇城門の下
レクトロ「──よし、これで1つは消せた!」
転送装置の消滅をこの目で確認したレクトロは、ご機嫌になってガッツポーズをした。
レクトロ「シリンも手伝ってくれてありがとう! 君のお陰で、やりたかったことの1つが出来たんだから!」
シリン・スィ「それはどうも」
シリン・スィ(何故か急に疲れたわ・・・)
シリン・スィ「あ、あの、レクトロ様」
シリン・スィ「何かすごい疲れたので、残りの仕事は明日にしませんか・・?」
シリンは、転送装置を”消した”後、極度の疲労感と倦怠感を感じていた。
・・・正直言って立っているのが少ししんどくなっている。
レクトロ「それは、君の体内に能力を使った分だけのブロットが溜まっているからだよ」
シリンの華奢な身体が地にくっつく前に、レクトロが支える。
レクトロ「ここでもうやることは無いけど・・・ 君が回復するまで、城でゆったり休もうか」
シリン・スィ「はい」
レクトロ「あ、髪色も忘れないうちに戻しておくね」
シリン・スィ「おっ、戻った戻った」
シリン・スィ「やっぱりいつもの色が一番いいなぁ~」
髪色が元の色に戻されたシリンは、体の負担が少し減ったような気がしていた。
シリン・スィ「・・・何か元気が出てきたかも?」
レクトロ「それは多分一過性のものだよ! お昼寝しようね!」
顔文字が可愛かったです!
王様も久々に見たような気がする…
次回も楽しみです!