第31回『操作』(脚本)
〇城の廊下
シリンを処置室に向かわせたレクトロは、チルクラシアドールを連れて王の元へ向かっていた。
チルクラシアドール「・・・『王』、の元に行くことに、理由はあるの?」
レクトロの後ろを歩くチルクラシアは、彼に聞く。
レクトロ「『人間側』である王にとって、『僕に会うこと』は大きな意味があるんだよ」
レクトロ「僕は一応、『后神』としての『役割』もあるからね・・・」
『后神』とは、『ロア神話における破壊の神』のことであり、レクトロという存在を構成する1要素である。
『存在を構成する』要素になってしまtったが故に、レクトロは嫌でも『后神』として人間の前では振る舞うことになっていた。
チルクラシアドール「・・・王に何を話す?」
レクトロ「住む場所を変えようと思ってね。 二度目のお引越しだ」
レクトロ「ちょっとしかこの城にはいなかったけど、 これは流石に、伝えておく必要があるからさ」
果たしてそれは、色々な面で制限がかかるチルクラシアのためか、
造り物の神を演じ続ける事に疲れた自分のためか。
レクトロはここから先を言わないが、チルクラシアは何となく分かっていた。
──第31回『操作』
チルクラシアドール「住処を変えても、皇女には会える?」
レクトロ「居場所を変えても会えなくはないと思うけどさ。 どうだろうね」
レクトロははぐらかす。
最近のチルクラシアは、フリートウェイのお陰か少し落ち着いていた。
だが、精神が不安定になった場合に何をするかは不明だ。
レクトロ「君はいつも通りにしてね」
レクトロ「何かあったら、僕とフリートウェイが動くから」
チルクラシアドール「分かった」
王族との会議における『いつも通り』は、
レクトロの隣で寝ているか、
出されたお茶と菓子を爆食いしているかのどちらかだ。
チルクラシアドール(空腹では無い。 眠くもない。 ・・・けど)
チルクラシアドール(何かしたいわけでもない)
親族以外の他人に対して自分が何かしよう、とはとても思えなかった。
チルクラシアドール「ナタク兄ちゃんが近くにいる、かも?」
レクトロ「えっ?本当?」
チルクラシアが大人しく人の話を聞くことは稀である。
余計な情報を与えれば体調を崩すことになりかねないため、レクトロはチルクラシアの存在を人間達には隠すことにしている。
レクトロ「それなら、君はナタ君を探してみたらどうかな?」
チルクラシアドール「いいの?」
チルクラシアドール「行ってきまーす」
チルクラシアの姿が見えなくなったところで、レクトロは大きく安堵の息を吐く。
レクトロ(ナタ君なら、チルクラシアちゃんを任せられる! 会議が終わるまでは任せたよ)
〇時計台の中
──城の最下層
シャーヴ・ログゼと知らぬ間にレクトロに後を任されたナタクは、部屋の斜め左上を見つめていた。
シャーヴ「器の一つが正常に動きました。 もうここからは”やり直す”ことは出来ません」
ナタク「・・・・・・始まって”しまった”か」
シャーヴは『もう戻れないこと』に期待を浮かべていたが、ナタクは『希望が溢れる未来』を諦めてしまっていた。
──ロアにある器『ミットシュルディガー』
この器は『標的の人生の過程を可視化し、時計の針を進めることで寿命を縮める』能力を持つ。
シャーヴ「そういえば、この器には追加のギミックが仕掛けられていましたよ。 ターゲットは既に決まってました」
シャーヴ「・・・その人物こそ、『朱玉の王』でございます」
ナタクはシャーヴの口から『王』の言葉が出てきたことに違和感を抱く。
ナタク「・・・ロアにおける、現在の『王』だろう? 彼が何かやったのか?」
『王は日々の仕事に忙殺されており、休むことは滅多に無い』と遊佐景綱とレクトロに聞いていたからだ。
シャーヴ「何か大きな罪でも犯したのかもしれません。 例えば、こちら側の存在を『見た』とか」
情報を見て、存在を『何となく察する』だけならギリギリセーフである。
だが、そこから先はタブーである。
ナタク「・・・俺達の存在が、非常に特異なものなのは事実だ」
〇屋敷の一室
少なくとも300年以上前の話だが、
遊佐殿は俺にこんなことを言っていた。
遊佐景綱「我々と下界を生きる人間は、最早根本から異なるだろう」
遊佐景綱「我々は各々滅びをもたらす程に強大な能力を持ち、それらから逃げる術を失った」
遊佐景綱「・・・人間は『平凡な存在』になった。 こちらが当然のように持つものを失ったのだ」
遊佐景綱「これで良いんだ。 ここまで力を削げば、もうあんな悲惨なことにはならないはずだ・・・」
淡々と事実を言葉にしていたあの男の、死んで冷めた目つきと疲労した声色が未だに忘れられない。
冷めかけた俺の心の中に『僅かな恐怖』として残っているのだと思う。
あの声色にあった『情』は、
『未来への諦念』とも、『人間への失望や報復』とも、『自分への絶望』とも言えなかった。
・・・俺の立場と役目と仕事は変わることは今も無い。
遊佐殿に唯一認められた従者として振る舞い、チルクラシアドールの制御と調整を担う、この2つだけだ。
〇時計台の中
シャーヴ「・・・当主がここまではっきり言っていたとは、ちょっと想定外です」
シャーヴ「少しの未来を知った当主なら、レクトロのように、強引にはぐらかすことも出来るでしょうに」
シャーヴはナタクの話を聞いて珍しく僅かに驚いたようだが、同時に面白がっている・・・かもしれない。
ナタク「・・・・・・・・・」
ナタク「・・・いいや。 あの遊佐殿が一時的にでも抜け殻のようになったのは、それなりの理由がある」
ナタク「・・・ただ虚しく、辛かったのだろう」
自分も同じくらい辛かったのに、まるで他人事のように言うことで心の傷を増やさないようにした。
ナタク「・・・もうあの子は自由なんだ。 少しのミスは、遊佐殿も許してくれる」
シャーヴ「・・・・・・・・・」
シャーヴ「人間の価値観で、あの子は理解などされませんよ?」
シャーヴの問いに、ナタクは少し考え込む。
ナタク「・・・あれがチルクラシアドールを苦しめるなら、アップデートの内容に入れなければいい」
ナタク「寸分の狂いも許さず、完璧な展開にしたいならな」
〇時計台の中
話が出来て満足したらしいシャーヴは去った。
一人になったナタクはシリンに電話をかける。
──『あら、ナタク。急にどうしたの?』
ナタク「少し時間を俺にくれないか? 君の協力が必要なんだ」
『・・・?分かったわ。処置室にいるから、
来て』
電話の向こうのシリンは不思議そうな声色をしているが、了承はした。
ナタク(助かった・・・)
〇集中治療室
シリン・スィ(急にどうしたのかしら?)
ナタクが処置室に来る前に、シリンは俯きながら彼の発言の意図を考えてみることにした。
シリン・スィ「あの人ならきっと悪いことはしないよね。 大きな罪を犯すわけないか・・・」
ナタクは、崙華の主従の中では最も人間的な男である。
唯一、人間とほぼ同じ精神・価値観・倫理観を持ち、遊佐景綱にはっきり意見を述べたり忠告が出来るため
シリンはナタクに少し憧れていた。
ナタク「──こんな俺を信じているのか?」
シリンは頭を上げる。
シリン・スィ「貴方は『ログゼ』よ、ナタク」
シリン・スィ「『最上位の存在』である貴方を、私が信じないわけが無いわ」
シリン・スィ「・・・さて、あんたのリクエストは何かしら?」
シリンは、昔からナタクの言うことは高確率で聞く娘だった。
彼以外の者の言うことは、余程気乗りしている時や利害が一致しているかくらいである。
ナタク「君の似姿になる必要が出てくる前に、君の『構成要素』のコピーをしたいんだ」
ナタク「つまりはな、『君の姿になるためのデータ』が欲しいということだ」
シリン・スィ「・・・そんなものが欲しいの!!? 私の身体は人間のと大差無いわよ!?」
ナタクはシリンに変身する準備をしており、そのためだけに遊佐邸から出ていた。
ナタク「君の能力は”本に書いたことを何でも現実にする”ものだからな。 そこまで体力は必要ない」
シリン・スィ「あんたのリクエストは、 いわゆる『固有能力』っていうものの関連していたりする?」
ナタク「半分合ってるな。 今となってはただの『遊び用に使う魔法』さ」
シリン・スィ「・・・半分?」
シリン・スィ「・・・まあいいわ。 とりあえず、何をすればいいの?」
一つ引っかかる点があったが、気になるほどのことでは無いと判断したシリンは話を進める。
ナタク「10秒間見つめ合えばいい」
シリン・スィ「あら、こんな綺麗なおじさまを合法的にガン見しちゃっていいの?」
ナタク「・・・特別だぞ」
〇集中治療室
10秒シリンを見つめたナタクの姿は、彼女と同じになっていた。
シリン・スィ「何か不思議な気分よ。 ドッペルゲンガーを見ているみたいだわ」
シリン・スィ「外見は、オリジナルに限りなくそっくりにしなければならないんだ」
シリン・スィ「口調は努力なの? ・・・強烈な違和感がするわ」
外見と声は一緒なのに、口調だけがナタクのままだ。
シリン・スィ「残念ながら口調と瞳の色は変えられないから、努力するか想像で補うしか出来ない」
シリン・スィ「今はオリジナルであるシリンが目の前にいるから瞳の色も変わっているんだ。 離れてしまえば真っ黒になる」
オリジナルと距離が離れれば瞳の色は真っ黒に変色してまうため、カラーコンタクトを使って誤魔化すしか出来ない。
出来ることは一応増えるがデメリットも多いナタクの能力は、シリンにとても魅力的に見えた。
シリン・スィ「へぇ・・・ あんたの能力って制約はあるけど、すっごい応用出来そうね」
シリン・スィ「めっちゃ面白そうじゃん」
シリン・スィ「私でよければ、あんたの演技の練習に付き合ってあげるわ」
ナタク「──おっ、君の時間を更に奪うことになるが、いいのかい?」
シリン・スィ「いきなり姿が変わると驚くわ・・・」
元の姿に戻ったナタクに、シリンの雰囲気は無くなっていた。
ナタク「そういうものだ」
ナタク「協力してくれてありがとう。 助かったよ」
処置室の扉を開けたナタクは、シリンに背中を向ける。
シリン・スィ「気にしないで。 あんたの力になれて光栄よ」
シリン・スィ「何かあったら互いに助けに行く約束だよね!」
ナタク「・・・次の機会は俺が君の力になろう」
〇城の廊下
ナタク(・・・久しぶりに誰かに化けたな)
シリンから離れたナタクは体調不良を察していた。
ナタク「反動で高熱が出ているな・・・ さて、どうするか」
頬を上がりつつある熱で赤に染め、額に手を置きながら、休めそうな場所を探す。
ナタク(ここで倒れたら色々な意味で大変なことになる、が)
ナタク(能力を久々に使ったせいとその反動による脳の処理落ちが原因だろうな・・・)
チルクラシアドール「ナタク兄ちゃん発見!」
城の中をずっと走っていたのか、チルクラシアは過呼吸になり顔色もかなり悪かった。
ふらつく彼女の身体を支えたナタクは、
屈んで目線を合わせる。
ナタク「俺を探していたのかい? ・・・何の用事かな?」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「用事の一つは今出来た」
腕を広げたチルクラシアは手首から水色のリボンを出した。
リボンはナタクの頭と額に巻きついた。
ナタク「・・・そういうことか」
チルクラシアはナタクの額と頭に冷たいリボンを巻いて、とりあえず熱を冷まそうとしていた。
フリートウェイが熱を出した時もこれで冷めたのだから、ナタクにも通用すると思ったらしい。
ナタク「・・・ありがとう」
ナタク「実は熱を出して仕事が出来なくなったから遊佐邸に一度戻るつもりだ。 君もどうかな?」
ナタクはこれ以上動くことを止め、遊佐邸で療養することにした。
チルクラシアを遊佐邸に連れて行くのは『ついで』である。
チルクラシアドール「分かった。 行ってみる」
〇貴族の部屋
──チルクラシアがナタクと共に遊佐邸に転送された直後
フリートウェイ「・・・気配が無い」
フリートウェイ「チルクラシアはどこに行った!?」
シリン・スィ「知らないわよ・・・」
シリン・スィ(あーやっぱり・・・)
予想している読者様も多かっただろうが、
フリートウェイは心底不機嫌だ。
ナタクから見ればただの『ついで』だが、フリートウェイは『チルクラシアが離れること』が許せないのだ。
シリン・スィ(ナタクに妬いている・・・)
大激怒、というより嫉妬に近そうな感情を察知したシリンは今のフリートウェイに何も話さないことにした。
シリン・スィ(フリートウェイがマジでヤバそうだから早く帰ってきて!!!)
ボイス入りの部分が増えていて楽しかったです。
最後に何やら大変なことにw