生きた魔モノの開き方

8ツーらO太!

3品目:スプリンターマウスのロースト(脚本)

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〇地下室
イオルク・ネイファ(大丈夫、大丈夫。 今日は朝から水しか飲んでいないし、吐き気止めの薬草も噛んだ)
イオルク・ネイファ「皆さま、こんにちは。『30分クッキング』です」
イオルク・ネイファ「本日の調理人は、エルドリス・カンザラ先生です」
イオルク・ネイファ「食材はこちらです。D級魔物、スプリンターマウス」
  僕が調理台の方を指し示すと、金網のケージに入れられた小さな魔物たちにカメラが寄った。
  スプリンターマウス。
  大きさや見た目は普通のネズミとほぼ変わらない。
  だが、その脚力は強靭で、名前のとおり俊足を誇る。
  獲物に噛みつくと神経毒を流し込み、動きを封じる性質を持つ。
  本来なら捕獲することすら困難な魔物だが、今は10匹ほどケージに閉じ込められ、小さな体を震わせている。
イオルク・ネイファ「本日は、このスプリンターマウスをローストします。 では先生、お願いします」
  半月型に口を開けたオーブンにはあらかじめ火が灯されていた。
  赤々と燃え盛る炎が、小さな獲物たちを待ち構えている。
エルドリス・カンザラ「下処理を始める」
  エルドリスは無造作にケージを開けると、一匹のスプリンターマウスの首根っこを素早く掴んだ。
  魔物はキィッと鳴き、鋭い前歯を剥き出しにして暴れるが、彼女の手から逃れることはできない。
エルドリス・カンザラ「では、開いていく」
  ズ・・・・・・ズズ・・・・・・

〇地下室(血の跡あり)
  皮膚が裂かれ、内部の臓器が覗く。
「キィ・・・キィィ・・・・・・!」
  魔物の小さな体がピクピクと痙攣し、その爪が忙しなく宙を掻く。
エルドリス・カンザラ「小動物の魔物は内臓の臭みが強いため、速やかに取り除く」
  エルドリスは迷いなく指を突っ込み、内臓を掻き出す。
  小さな臓器たちがズルリと抜き取られ、トレーの上に放られる。
  腹の中は空洞になったが、臓器を抜きながらエルドリスが掛けた延命魔法のおかげで、マウスの四肢はまだ意志を持って動いている。
エルドリス・カンザラ「臭みを抑えるために、内部にフルーツを詰める」
  エルドリスは小さく切ったメルグナの実とトルフェの果肉を押し込み、腹の皮を元通りに合わせ、短い金串を刺して閉じた。
イオルク・ネイファ「先生、焼きの作業ですが・・・・・・」
エルドリス・カンザラ「なんだ助手君。何か問題が?」
  台本によると、スプリンターマウスを並べた鉄板を、僕が鉄板ごとオーブンの中に入れることになっていた。
  昨日、吐いて蹲《うずくま》ってばかりでほとんど役に立たなかったせいで、演出家が僕の見せ場を台本に追加したらしい。
  難易度は、きちんと新米アシスタント向けだ。
  オーブンに入れるだけなら、やれないことはないように思える。
  だが──
イオルク・ネイファ「あの、ひとつ質問していいですか。 台本に書いてある、オーブンに入れ"続ける"というのは・・・・・・」
エルドリス・カンザラ「助手君、頭を使え。 この『30分クッキング』は魔物を生きたまま調理するのが売りの番組だぞ」
イオルク・ネイファ「はあ」
エルドリス・カンザラ「当然、スプリンターマウスも生きたまま焼いていく」
イオルク・ネイファ「・・・・・・はい」
イオルク・ネイファ「でも、生きたまま焼くことと、オーブンに入れ"続ける"ことに、何の関係が?」
エルドリス・カンザラ「スプリンターマウスはな、命の危険を感じたときこそ最も俊足となる。 わかるか?」
エルドリス・カンザラ「これから始まるのは、もぐら叩きゲームだ」
エルドリス・カンザラ「お前には、熱さに耐えかねてオーブンから飛び出してくるネズミたちを、フライ返しでオーブンの中へと打ち返す使命が与えられた」
イオルク・ネイファ「なっ・・・・・・どうして、わざわざそんなことを」
イオルク・ネイファ「オーブンに蓋をすれば済む話では?」
エルドリス・カンザラ「それでは画《え》としてつまらない。 圧倒的な絶望とは、いつだって少しの希望のそばに落ちているものだよ」
イオルク・ネイファ「悪趣味です」
エルドリス・カンザラ「視聴者のほとんどが、そうだ」

〇地下室(血の跡あり)
エルドリス・カンザラ「お前のようなヒヨッコが、魔物の命を恐る恐る奪うところを見てみたい」
イオルク・ネイファ「・・・・・・」
イオルク・ネイファ(見てみたい、というのは視聴者の気持ちの代弁か、それとも彼女の本心か)
エルドリス・カンザラ「では、焼きの準備だ、助手君」
  エルドリスは鉄板を調理台に乗せる。
  そしてその上に、弱って動きの鈍くなったマウスを並べていき、塩ひとつまみを振りかける。
エルドリス・カンザラ「さあ、お前の見せ場だ」
  僕は抗えなかった。
  彼女の言葉にも、用意された台本にも。
  防熱のミトンを手につけ、鉄板を掴み、燃え盛るオーブンの中へと押し込む。
  スプリンターマウスの皮膚が熱を帯び、チリチリと焦げ始めた。
  そして次の瞬間、マウスの全身がボッと炎に包まれる。

〇炎
「キィィィッ!」
  悲鳴とともに、マウスが鉄板の上を駆け回り始める。
  燃える尾を振り乱し、オーブンの開いた出口へと突進してくる。
エルドリス・カンザラ「ほら。来るぞ、助手君」
  エルドリスの冷静な声を聞く暇もなく、僕は反射的にフライ返しを振っていた。
  オーブンの外へ飛び出しかけたマウスを、手首のスナップを効かせて打ち返す。
  マウスの燃える小さな体が鉄板の上に叩きつけられる。
  焼ける脂の匂いが皮肉なほど香ばしく鼻を突く。
  僕は次々と飛び出してくるマウスを、それこそもぐら叩きの要領でオーブンの中へと返していった。

〇炎
エルドリス・カンザラ「焼き上がりだな」

〇地下室(血の跡あり)
  エルドリスは鉄板ごとマウスを取り出す。
  鉄板から落ちた場所で炭になっているマウスも、長いトングで残さず拾っていく。
イオルク・ネイファ「・・・・・・」
エルドリス・カンザラ「黒焦げで不安か? 安心しろ。一番外側の皮は、もとより捨てるつもりの料理だ」
  彼女はマウスにナイフを入れて、肉を左右に割り開いた。

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