第29回『声』(脚本)
〇貴族の部屋
ナタクとフリートウェイは、寝ることなく話を続けていた。
ナタク「・・・声、だと?」
先ほどまでは、器の一つ『ミットシュルディガー』の話をしていたが
『声』について興味があったのか、ナタクはその話題に食いついていた。
フリートウェイ「チルクラシアが、『オレの声』に興味を抱いているらしい」
フリートウェイ「この機会だ、オレも他人の声が出せるようになりたいなって思ったんだ」
フリートウェイは、チルクラシアのためなら自分を改造してもいいと思っている。
ナタクはそれを、『狂気と優しさが混じったもの』として受け止めた。
──第29回『声』
ナタク「・・・勝手に妙な価値をつけられてもそれはそれで困る」
ナタク「レクトロのように二つの声を出すとなると、声帯の負担が大きすぎるぞ」
ナタク「レクトロの声には少しの鎮静効果があるから、気になるのは納得だが・・・・・・ 止めた方がいい」
ナタク(君にも制御装置は喉に埋め込まれているんだから、改造なんかしなくてもいいのに)
チルクラシアが突然声の話題を出したことに、心当たりがあったため、それだけは言うことにした。
ナタク「チルクラシアは聴覚過敏なんだ。 常人より可聴域が広く、高音を嫌う」
ナタク「急にお前の声が気になり出した理由は、それじゃないか?」
フリートウェイ「成程・・・」
フリートウェイ(一般人相手に、突然雷を落として真っ黒にしたのもそれが理由の一つなのか?)
フリートウェイだけは、チルクラシアが人を初めて明確な殺意を持って殺めたことを決して忘れていなかった。
〇荒廃した街
──純粋な殺意を目の当たりにして、
初めて命の危機を感じた。
チルクラシアを止めることが出来なかった。
ただその事実だけが、オレの中にある。
何か余計なことをしたらこっちも確実に大怪我をすると思えば、声は出せず、一歩も動けなくなった。
多分、それが
人間でいう『恐怖』なんだろうなと今となっては他人事のように思っている。
彼女の心は、真っ黒に染まっていた。
”それ”に光の一筋も無かった。
オレがあの時のチルクラシアから感じたのは、『人間は嫌い』だということだけだった。
〇貴族の部屋
帰ってすぐ、オレはチルクラシアに鎮静薬入りのハーブティーを飲ませた。
ちょっと強めの薬だからか、1日のほとんどを睡眠に当てているからか、彼女はすぐに寝てくれた。
そしてオレは────
彼女の”記憶”を抜き取った。
フリートウェイ「何も知らないままで、 何もかも忘れたままでいてくれ、頼む」
抜き取った記憶は、オレが取り込むことで、
彼女からも、世界からも、全ての事象からも完全に消したつもりだった。
〇貴族の部屋
フリートウェイ「──チルクラシアが自分の意思で動けるようになり始めたのは、きっといいことなんだと思う」
フリートウェイ「でも、オレはそれが嫌なんだ」
フリートウェイの言動の裏には、途方のない不安が隠されていた。
『チルクラシアを自分の隣から離れないようにしたい』
そのために何をするべきか、ずっと小難しく複雑に考えていたため脳が疲労していたのだ。
ナタク「・・・少し寝たらどうだ?」
フリートウェイの両肩に手を置いたナタクは、彼と目を合わせる。
ナタク「大丈夫だ、『チルクラシアが君を見捨てるはずがない』」
フリートウェイ「そうだよな、だってオレはチルクラシアのために」
悪夢の影響を未だにずるずる引きずっているのもあるのか、
『見返り』としてチルクラシアの『愛』や『時間』が欲しいのだろう。
ナタク(ある意味チルクラシアより不安定だな)
ナタク(強気なのは取り繕いが上手く行っている時だけか)
ナタクは今のフリートウェイにどんな言葉をかけるべきかしっかり考える。
『言葉は時として凶器になる』、というように、
発言次第では、不安定な彼の怒りに触れたり心を簡単に壊してしまうからだ。
ナタク「君がしたいことをすればいいと思う。 レクトロに一度会いに行ったらどうだ?」
ナタク「彼なら、君のために何かしてくれるかもな」
フリートウェイ「・・・・・・そうしてみる」
ナタクの忠告を聞きつつ、フリートウェイは、漸くベッドから立ち上がった。
フリートウェイ「ちょっと気分が楽になったような気がする。 ありがとな、ナタク」
ナタク「別に俺は大したことはしていないぞ」
〇集中治療室
──レクトロはまだ処置室にいた。
今日で何度目の『驚愕』の表情だろうか。
レクトロは疲れが吹っ飛ぶほどに目を真ん丸にしていた。
レクトロ「・・・『僕の声』が欲しい・・・?」
レクトロ「・・・何言ってるのさ、喉を破壊するつもりかい!?」
レクトロ「僕のこの声は『不慮の事故』によるものだよ!望んでこうなったわけじゃない!」
フリートウェイ「・・・事故? 何したんだ、お前」
レクトロ「誤って制御装置を丸飲みしてしまったんだ・・・」
レクトロはかつて、SDカードサイズの制御装置を紙と間違えて誤飲した過去があった。
そのせいで、2つの声を出せるようになってしまっている。
レクトロ本人は、それを『個性』とみなして声が変わる様を楽しんでいるが、
彼の過去を知らない者から見たら声が2種類あることは違和感でしかない。
どう考えても食べ物ではないものを口に入れたレクトロに軽く引くフリートウェイだった。
フリートウェイ「・・・よく死んでないな」
レクトロ「僕は死なないよ!」
レクトロは異様なほど頑丈だった。
多少の無茶は出来る身体なのだ。
レクトロ「僕が誤飲したのは超小型のものだったし、知らない間にそれは体内で溶けて無くなっちゃった」
レクトロ「喉に違和感がまだあった時の声は1つだったんだけど・・・」
声をコロコロ変えながら、レクトロは話し続ける。
レクトロ「『人間は2種類の声を同時には出せない』」
レクトロ「そう言われた時は驚いたなぁ・・・」
〇屋敷の一室
──気が遠くなるほどの前。
レクトロがこの姿になったばかりの話だ。
──そして、レクトロが『人間』は万能であると思い込んでいた頃である。
「・・・・・・・・・・・・」
遊佐景綱とレクトロは仕事を忘れて互いに呆然としていた。
床に散らばった大量の紙とレクトロの喉から奇妙な音がたまに出ているが、それは眼中に無かった。
遊佐景綱「まさかだと思うが・・・ 制御装置を飲んでしまったのか!?」
レクトロ「飲んじゃったかも・・・」
レクトロの声は誤飲のせいかノイズが混じっている。
遊佐景綱「・・・まだ喉に引っかかっているからそんな声が出ているんだ」
遊佐景綱「今すぐ、ナタクに飲み込んでしまったものを摘出してもらえ」
レクトロ「摘出って・・・! 食べ物じゃないのコレ!?」
遊佐景綱「・・・そもそも食べ物じゃないし、 そんな苦いものは食えんわ」
レクトロ「まぁ確かに美味しくは無かったけどさ!」
とにかく不味かった。
金属の味しかしなかった・・・のだが。
レクトロ「・・・何で景綱君は味に詳しいの?」
やけに味に詳しいことと落ち着いていることに、レクトロは違和感を抱いた。
・・・殿も何かヤバいものを誤飲したことがある、とか?
遊佐景綱「・・・そんなことを言っている場合か」
遊佐景綱「早く処置室に行くぞ」
強引にレクトロの右腕を引っ張ったその時。
喉元を抑えながら、レクトロはその場に崩れ落ちた。
遊佐景綱「──レクトロ?」
〇屋敷の一室
一瞬驚いた遊佐景綱だが、2分も経たずにいつも通りの無表情になっていた。
遊佐景綱「・・・飛ばすか」
レクトロを救うために、彼とナタクを先に処置室に強制的に転送することにした。
ここから処置室は少し遠く(800mの距離にある)、深夜であるため音を立てずに行動しなければならない。
移動中の振動で、レクトロの胃に制御装置が刺さったら死ぬ可能性が出てくるだろう。
指で転送魔方陣を描いて指パッチンをすると、
〇近未来の手術室
ナタク「!?」
二人とも、処置室に転送されていた。
ナタクは着物でなく白衣を着せられている。
ナタク「遊佐殿に飛ばされたのか・・・・・・」
自分がここにいる理由と飛ばした人物はすぐに分かった。
ナタク「・・・・・・何故レクトロ殿も?」
処置室のベッドで大の字になって寝ているレクトロを見て、ナタクは首を傾げた。
ナタク「・・・喉に何かが刺さっている・・・」
ナタク「何だこれ?」
遊佐景綱「いきなり飛ばして悪かったな、ナタク・ログゼ」
遅れて、自分達を飛ばした男もやってきた。
ナタク「・・・・・・レクトロ殿に何があったんだ?」
遊佐景綱「それはな・・・・・・」
〇近未来の手術室
全身麻酔を施されたレクトロの首・声帯にあたる部分には、制御装置の一部が貫通していた。
ナタク「・・・意味が分からない」
ナタク「何故レクトロ殿の体内に制御装置が・・・? どう考えても食えるものでは無いのに」
主君から事情を聞いたナタクも、理解は出来なかった。
遊佐景綱「・・・・・・理解に苦しむのは私も一緒だ」
遊佐景綱「レクトロに人間の要素はほとんど無いからな・・・ 食えると思ってしまったのだろう」
ナタク「何故食う発想に至ったんだか・・・」
経緯を理解することを放棄したナタクは、自分がレクトロに何をするべきか分かっていた。
ナタク「・・・声帯に刺さっている異物を抜けばいいんだろう?」
遊佐景綱「可能ならば、そうしておいてくれ」
レクトロの声帯に斜めに貫通しているSDカード型の制御装置を、ナタクはピンセットでつまんで摘出する。
ナタク「・・・溶けているんだが」
どうやら摘出が遅かったらしく、レクトロの声帯に刺さっていた制御装置は大半がドロドロに溶けてしまっていた。
部屋の空気は、レクトロの血の匂いで充満している。
そろそろ換気がしたいところだ。
「・・・・・・・・・」
遊佐景綱「レクトロの身体の構成式は解析できないからな」
現在では禁術とされている方法で、レクトロはこの身体を作っているため、そもそも臓器が全部あるのかすら分からなかった。
彼をほとんど知らない状態で、これ以上の『医療行為』は極めて悪手である。
遊佐景綱「・・・・・・麻酔が切れるまでに、声帯からの出血を止めるだけにしておこうか」
〇水族館・トンネル型水槽(魚なし)
──レクトロの部屋
遊佐景綱「そろそろ目を覚ますだろうか」
遊佐景綱「おい、レクトロ。大丈夫か」
少々ぶっきらぼうに、麻酔から覚めないレクトロに声をかける。
レクトロの声「あ、景綱君だ。 うん。もう大丈夫そうだよ」
レクトロの声「あ、あれ?何か声が2つも出ているんだけど・・・」
レクトロは、自室にいる時はいつもの人型の姿では無かった。
『大丈夫』、とは言ったものの、同時に2種類の声を出している。
異変を感じたレクトロは喉を隠すようにして手で覆った。
遊佐景綱「声帯に刺さった制御装置はナタクが取った」
遊佐景綱「だが、摘出は遅かったらしい。 お前の声帯の中で、制御装置の大部分が溶けてしまっていた」
レクトロの声「ええぇぇ・・・・・・」
レクトロの声「この不具合みたいなのって、もう治らないの?」
部屋の中をゆっくり泳ぐレクトロは不服そうにしている。
遊佐景綱「治そうと思えば、多分治せるだろう」
まだこの時は優しさがあった景綱は、レクトロのために深夜にも関わらず名医を呼びつけるつもりだった。
遊佐景綱「『人間は2種類の声を同時には出せない』」
遊佐景綱「お前は、『人間が出来ないことが出来るようになった』んだ」
レクトロの声「人間にも出来ないことはあるんだ・・・」
この時初めて、レクトロは『人間は万能でも全知全能でも無い』ことを知った。
遊佐景綱「すごく面白いから、元に戻さずこのままにしてもいいと思うぞ」
???「そうしようかな。 これもきっといつか役に立つよね!」
〇集中治療室
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・・・・」
レクトロから『過去』を知れたことは良かったと思っている。
だが、2つの声を手に入れた経緯があまりにも格好悪いものだったのだ。
レクトロ「ちょっとちょっと!! 引いた顔しないの!!!」
フリートウェイ「だって・・・」
フリートウェイ「事故・・・というか自爆だろこれ・・・」
レクトロ「あーもう!!! これ以上は言わないもんねー!!! もう知らなーーーい!!!!!!」
話題を強引に変えたいレクトロは大声を出すと同時に、話し相手がフリートウェイで良かったと僅かに思った。
こんな話、シリン・スィに聞かれたら、確実に大爆笑し話のネタにされるだろう。
レクトロ「・・・・・・さて、と」
レクトロ「君に声をいくつか搭載するよ! チルクラシアが求められているんだよね」
フリートウェイ「おっ、マジでオレのリクエストに答えてくれるのか?」
レクトロに期待し始めたフリートウェイは、ベッドに寝転がり、装甲を首部分だけ外した。
レクトロ「喉が壊れそうになったら、処置室に直行だよ、いいね!」
〇宮殿の部屋
フリートウェイの声「チルクラシアは起きているかい?」
扉が開けっ放しになっているため、廊下から聞こえる音ははっきりと聞こえている。
チルクラシアは、フリートウェイが来ることを察して目つきを柔くしていた。
チルクラシアの隣に座ったフリートウェイは咳払いをした。
フリートウェイ「レクトロが、オレのリクエストを聞いてくれたんだ」
チルクラシアドール「お、声が変わってる」
レクトロの協力によって、フリートウェイは低い音の声を手に入れた。
彼女が抱いた印象は『声が変わった』だけかと思ったら──
チルクラシアドール「低い音なら大丈夫かも!」
フリートウェイ(ナタクが言った通りだな。 高い音は受けつけないらしい)
フリートウェイ「それは良かったよ」
フリートウェイ(・・・喉が詰まる感覚がする)
チルクラシアのメンタルのために、声は定期的に変えようと思ったフリートウェイだが、早速喉元が軋むような感覚を覚えていた。
最後のシーンで盛大に吹いたっすw
次回も楽しみにしてます!