九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第27回『虚しく冷ます』(脚本)

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〇貴族の部屋
  チルクラシアの暴走が止まってかなりの時間が経った。
  突然の暴走の余波で脱力しているチルクラシアは、大人しくフリートウェイに抱きしめられていた。
  一定のリズムで背中を軽く叩かれるのが相当心地良いらしく、眠そうにうとうとしている。
フリートウェイ「落ち着いたかい?」
チルクラシアドール「・・・多分?」
フリートウェイ「そうか。 それは良かった」
  普通の人間ならば
  『遅すぎる』とでも言うのだろうが、慈悲深いフリートウェイは嫌味を言うことは無い。
  チルクラシアは無自覚だが、それに救われている。
  ──第27回『虚しく冷ます』
フリートウェイ「何か嫌なことがあったのか? 『悪い夢を見た』とか『身体が痛い』とかさ」
チルクラシアドール「『痛くは』無いし、 悪い夢『は』見てない。 どこにも『異常』はないはず」
チルクラシアドール「『今』は満足している。 落ち着いている」
  確かめ、しっかり認識するように、チルクラシアは珍しく、はっきりゆっくりと言った。
フリートウェイ「それなら、何か『感じた』ことがあったのか?」
  フリートウェイの問いに、チルクラシアは再度ぼんやりした頭を働かせる。
チルクラシアドール「ない」
フリートウェイ「──? 無い?」
  会話の一番大事な部分が欠落している。
  彼女は、何が自分に『無い』と思っているのだろうか。
  フリートウェイは答えを待ちながら自分でも考える。
チルクラシアドール「感覚がない」
チルクラシアドール「『生きてる』って感覚がしない」
  『何が無い』か、ゆっくりと思考を反芻することで分かったチルクラシアはハッと思いついたようだった。
チルクラシアドール「フリートウェイに、『それ』はある?」
フリートウェイ「あるさ」
フリートウェイ「だから、チルクラシアにも、オレの身体に影響が出ない程度に分けてあげる」
チルクラシアドール「本当?」
フリートウェイ「嘘は言わねぇさ。 約束する」
フリートウェイ(ただ寝過ぎなんだよなぁ・・・ 本当は起きて活動した方が良いんだが・・・)
  約束はしたが、
フリートウェイ(『生の感覚』って何だ・・・?)
  フリートウェイに、『生きている感覚』はよく分からなかった。
フリートウェイ(あの人間の『光』なら一時的な代替にはなるか?)
  こういうことが『得意』な人間がいたっけ。
フリートウェイ(少々、癪には触るが仕方がねぇか・・・)

〇屋敷の一室
遊佐景綱「制御が上手いな、あの男。 なかなかやるな」
ナタク「言葉『だけ』で止めるとは・・・・・・ 流石だな」
  ホログラム越しに、フリートウェイとチルクラシアの様子を見る遊佐景綱とナタク・ログゼ。
  皮肉が抜かれた称賛は久しぶりだ。
遊佐景綱「さて、私はロアの王妃に渡すべきものがある」
  遊佐景綱がクローゼットから出したのは鮮やかな緑のドレスだった。
  フリートウェイのことは本題では無いらしく、彼の話はあっさり中断された。
遊佐景綱「彼女は派手好きだとスィ家の乙女から聞いている。 きっと、喜んでくれるだろう」
  レクトロには内緒でシリン・スィから王妃の情報を聞き出していた彼は、忙しい合間を縫ってドレスを仕立てていたのだ。
遊佐景綱「三日後にレクトロに渡しておいてくれ」
  ドレスを受け取ったナタクは、染料と同時に死骸の僅かな匂いを感じた。
ナタク「・・・何を企んでいる?」
ナタク「ただの染料ではこんなヤバい匂いはしないはずだ」
  言葉では伝えられていない『殺意』と『悪意』を察したナタクは、つい敬語が外れてしまう。
遊佐景綱「悪巧みはしていない。 脚本通りにするだけ」
遊佐景綱「もう間違えるわけにはいかないんだよ。 賢いお前なら、分かっているだろう?」
遊佐景綱「最終目的のためならば、多少の犠牲は厭わんよ」
ナタク「・・・・・・そんなに人間が憎いか?」
遊佐景綱「いいや。 私よりも人間を恨み憎む者は近くにいるぞ」
  人間に対して、明確な敵意を向けているのは、今のところはチルクラシア・ドールくらいだろう。
  だが、彼女の場合は『一時的な感情の暴発』によるもので物事や事象に関する『恨み』や『憎悪』とは違うものだ。
  そう考えたナタクは、主人の怒りに触れることを覚悟で聞くことにした。
ナタク「・・・誰のことを言っている?」

〇水中
  ──レクトロだよ。
  あの男ほど、人間を嫌う者はいないだろうな。
  いつもの笑顔は上手くできすぎた『仮面』。
  求められているから成り立っているだけの、繊細な代物。
  フリートウェイのことも、実は苦手だったりするのではないか?
  言いたいことも、
  話したかったことも、全部全部抑え込んでいるせいで、相当苦しいはずだ。
  一度は異形化する前に私がブロットを無理やり回収したからな。
  今のレクトロは『心ここにあらず』な状態なのかもしれない。
  いつまであの笑顔のままかは知らないが、奥底で燻るモノに耐えられず、いつか必ず暴発するだろう。
  ・・・”絶望慣れ”ほど、恐ろしいものは無いぞ、ナタク

〇屋敷の一室
ナタク「・・・『心ここにあらず』なのは貴方も一緒だろう?」
  自分の発言が主人の怒りに繋がらなかったことに安堵はしたが、どこか他人事のように語った主人に半分呆れていたナタク。
  本当は何か言うべきがあったのに、
  何を言うべきかすら忘れてしまった。
遊佐景綱「そうだな。 私も人のことは言えないし、レクトロにとやかく言うつもりはないよ」
遊佐景綱「『裏側』の存在だから好き勝手やれるだけだ。 特に『人間』共のために何かしたわけでも無いぞ」
遊佐景綱「そして、あの子に『意思』が出てきた以上、ネイにも『大きすぎて受け入れられない』影響が及ぶのも事実だろう」
遊佐景綱「『満足』したら後は落ちるだけだ。 それがいつになるかは私にも分からないし、分かりたくもない」
  過去のトラウマで悟ったような性格になってしまっていた殿は、どこか遠い目をしていた。
ナタク「・・・・・・・・・」
ナタク「・・・もし俺が異形化したらどうする?」
  聞いてみたナタクだが、主君の回答は冷たいものだった。
遊佐景綱「簡単なことだ」
遊佐景綱「お前も、私の糧になってもらうだけ」
遊佐景綱「とはいえ、親族は異形化する前に私が異形化する前にトドメを刺すつもりだがな」
遊佐景綱「・・・呪いと悪意を誰彼構わず振りまくよりもマシだろ?」
  冷たいものではあったが、親族だけは例外のようだ。
遊佐景綱「こういう汚れ仕事こそ、私の役目だ」
  レクトロには荷が重い仕事を、彼が全部引き受けている。
  主君はそれを苦に思わないようだが、隣にいる従者は危険を承知で主君を止めるつもりでいた。
遊佐景綱「君は私の『従者』であると同時に 親族だ」
遊佐景綱「異形化する前に『ちゃんと』終わらせるよ」
  感謝すればいいのか、どうなのか分からない。
ナタク「・・・渡してくる」
遊佐景綱「行ってらっしゃい、ナタク」
  それでも、『従者』として、主人の命令は有無を言わずに従わなければならない。
  例え、その手を血で濡らしても・・・

〇城の廊下
フリートウェイ「やぁ、皇女様。少しいいかな?」
フラム・ローア「あら、フリートウェイさん。 何の用事でしょう?」
フリートウェイ「お母様が君を呼んでいたぞ」
  皇女をその場からどかすためだけに、フリートウェイは嘘を吐いた。
  彼は、王妃に会ったことなど無い。
  そして、その王妃が遊佐主従に何か小細工をされているなど、知るよしもない。
フラム・ローア「あら、そうなのですか?」
フラム・ローア「教えてくれてありがとうございます!」
  嘘を信じた純粋な皇女様は、走り去った。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「行ったか」

〇城の廊下
  フリートウェイが一人になった途端、室内に雨が降り始めた。
  止む気配の無さそうな雨を降らす張本人は、特に何をすることもなく直立不動だった。
???「あーらら、雨降らしちゃってさー・・・」
シリン・スィ「あんたも変な方向に拗らせちゃって」
  シリンは、レクトロの部屋に向かう途中だ。
フリートウェイ「別に、拗らせてはいない」
フリートウェイ「”オレからチルクラシアが離れるわけが無い”からな」
  だが、勘の良いシリンにはフリートウェイが何かに苦しんでいることを察していた。
  ・・・雨が室内で降っている地点で、『気づいていた』、という表現の方が近いだろう。
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
シリン・スィ「あんたってさ、『それ』を隠すのは下手だよね」
シリン・スィ「・・・何で泣いてるの?」
フリートウェイ「──え?」
  フリートウェイの左頬に涙が伝っていた。
フリートウェイ「あ・・・」
フリートウェイ「そ、それはな・・・」
  自覚したとたんに出てくる涙を雑に拭ったせいで、彼の目の下は少し赤くなってしまった。
フリートウェイ「た、ただ悪い夢を見てしまっただけだ」
フリートウェイ「別に『何かされた』わけじゃないし、 オレがただ気にし過ぎているだけだと思うから」
  ──『頼むから、放っておいてくれ』。
  逃げるように去り、まだ悪夢に苛まれている彼は、本当はそう言いたかったのだろう。
シリン・スィ「・・・・・・?」
  フリートウェイに近づいた時から、やけに体が痛い。
  一人廊下の真ん中に立つシリンは、何となく手を伸ばして雨に当ててみるが、
  濡れた感覚は無い。
シリン・スィ「・・・・・・これって針じゃん!!」
  雨と思っていたものは、目を細めてよく見れば『刺しても血が出ないほど小さな針』だった。
  血が出ない代わりに、痛みは鈍く重い。
シリン・スィ「え、何あの人・・・・・・」
シリン・スィ「常識外れだわ・・・・・・」
シリン・スィ「まぁ、面白そうだからいいか・・・・・・」

〇城の廊下
???「スィ家の乙女、シリン」
シリン・スィ「あら、ナタクじゃない。 何かあった?」
ナタク「遊佐殿から、『レクトロに渡せ』と頼まれたモノがあってね」
ナタク「だが、その前に俺が個人的に一つ聞きたいことがあるんだ」
シリン・スィ「個人的に?」
ナタク「・・・贈り物にヒ素が使われていると思うのだが。 シリンは、何か知らないか?」
シリン・スィ「ヒ素・・・? 何それ」
  シリンは、『ヒ素』の存在を知らなかった。
ナタク「猛毒だ。 無味無臭かつ、無色だから暗殺の道具として使われるんだ」
ナタク「何故、遊佐殿はこんなものを王妃に渡すのかが分からない。 レクトロから何か聞いてはいないか?」
シリン・スィ「何も聞いてないわ」
ナタク「そうか・・・」
  分かりやすく落ち込むナタクだったが、幸運なことに、シリンとレクトロに会う目的は一緒だった。
シリン・スィ「私、今からレクトロに会おうと思っているの」
シリン・スィ「せっかくだから、ナタクも会うかしら?」
ナタク「・・・いいのかい?」
シリン・スィ「『殿の悪巧み』のこと、さっさと伝えた方がいいんじゃないの?」
ナタク「それもそうだな」
ナタク「お言葉に甘えよう」

〇上官の部屋
レクトロ「はあぁぁぁ!!??!?」
レクトロ「そんなことは初耳だよ!!!」
  シリンとナタクから『遊佐景綱が王妃を亡き者にするつもりがある』と聞いたレクトロは驚愕で絶叫した。
レクトロ「何て無慈悲なの!? 怖すぎるんだけど!!! マジで何してくれてるの!!?」
ナタク「全くだ・・・」
ナタク「『仕事に情は入れない』男なのはよく分かってはいたが、他者の、しかも王妃の命を奪おうと画策しているとは思わなかった・・・」
レクトロ「おっかないなぁ・・・ それって決定事項なの?」
ナタク「・・・残念ながら、だ」
  その一言だけで、レクトロは察してしまった。
レクトロ「ええぇぇ・・・・」
レクトロ「今ここでやられたら大いに僕が困るんだけど・・・ 交渉してみようかなぁ」
  ナタクに聞かれたら確実に怒りそうなことを声をできるだけ小さくして呟く。
レクトロ「とりあえず、二人とも新たな情報をありがとう! 今日は下がってもいいよ」
  問題が増えてしまったが、情報が欲しかったレクトロはいつも通りの笑みを浮かべて
  二人を帰らせた。
レクトロ「・・・」
  遊佐景綱が直々に作り、ナタクに渡された、エメラルドグリーンの絹のドレス。
  美しくも悪意しかない、ハンガーにかけられているドレスを見つめ
レクトロ「・・・僕も仕事、しなきゃ」
  抑揚のない声で自分に言い聞かせる。
  ドレスを片手に、部屋を出た。

〇城の廊下
  レクトロは、ナタクから受け取った緑のドレスを片手に、王妃の部屋に向かっていた。
  レクトロはただ歩き続ける。
  いつもの笑顔が完全に消失した彼は、魂を失くしてしまったかのような『虚無』の表情を浮かべていた。

〇王妃謁見の間
???「やぁ、王妃ちゃん?」
王妃「・・・后神様?」
  深夜に何の断りもなしに部屋に入ってきた者に警戒する王妃だが、客がレクトロであると知ると微笑みを浮かべた。
レクトロ「君に、僕からプレゼントだよ。 ハンガーにかけておくから、着用してね」

次のエピソード:第28回『無自覚』

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