九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第26回『どう考えても過負荷だろ』(脚本)

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〇屋敷の一室
  遊佐景綱は電話の相手に驚いていた。
  人前では絶対に見せない表情を一瞬だけして
遊佐景綱「チルクラシアか」
遊佐景綱「ゆっくりでいいから、何があったか教えてくれないか?」
  シリン・スィとの電話よりも優しい声色で、
  チルクラシアとの会話を始めた。
  第26回『どう考えても過負荷だろ』
  『フリートウェイが熱を出してしまったの』
遊佐景綱「・・・熱? 大丈夫だ、あの男は元々少し平熱が高いんだ」
遊佐景綱「それに、熱で私たちがすぐに死ぬことはない」
  とりあえずチルクラシアを安心させたい景綱だが、彼女の慌てぶりが気になった。
  電話の向こうで、壁か何か重たいものを蹴っているような音がしている。
遊佐景綱「・・・何か心当たりでもあるのかい?」
  レクトロがね、フリートウェイに悪いことしてるみたいなの
  数日前は悪い夢を見せてたよ
遊佐景綱「・・・・・・・・・・・・」
  ちゃんと報告してくれるチルクラシアがフリートウェイに危害を加えていないことに安心しながら、大きなため息を吐くのを堪える。
遊佐景綱「・・・・・・レクトロか」
遊佐景綱「教えてくれてありがとう。 あの馬鹿・・・愚かなレクトロには、私から言うから、君はフリートウェイの看病をしてくれ」
  ・・・?
  レクトロに『何言う』の?
遊佐景綱「・・・・・・大人の話だ。 まだチルクラシアには早い」
  この事態の犯人・レクトロに少しキツめの詰問をするつもりだったが、それを適当に誤魔化した。
遊佐景綱「何かあったら私を頼ってくれ。 決して一人で考え込まぬように」
遊佐景綱「それでは、電話を切るぞ」
遊佐景綱(本当はもう少しゆっくり話したかったが・・・ 仕方がない)
  チルクラシアとの電話を切った景綱は、深呼吸の後──
遊佐景綱「・・・呼ぶか」
遊佐景綱「余計な仕事を増やしてくれたな・・・」

〇貴族の部屋
フリートウェイ「落ち着いてくれ、チルクラシア」
  人間なら致死的な高熱を出しているフリートウェイだが、ただ大人しくベッドの中にいた。
フリートウェイ「オレの頭にリボンを巻かなくてもいいだろ?」
  チルクラシアの右手首から出ているリボンが、フリートウェイの頭に巻かれていた。
フリートウェイ「今のオレに動く気力は残されていねえし、どこにも行くつもりは無いんだが・・・」
  高熱で体力はほとんど残されておらず、出来れば少し寝たいところだ。
フリートウェイ「リボンが冷たくて気持ちが良いな・・・ 内側に冷却のギミックがあるんだな」
  ひんやりするリボンに手を当てる。
フリートウェイ(・・・あれ? 冷却のギミックなんて、今まであったっけ?)
  そもそも、チルクラシアがリボンの内側に何かを仕込んだことってあったっけ?
  リボンのおかげで少し冷めた頭で、チルクラシアが今までしたことを振り返る。
フリートウェイ「・・・・・・無いよな」
  普段は夜になるまでは寝ているし、
  機嫌を損ねたら雷を落として人を殺めるほどの残酷さは持つし、
  皇女を助けている時は『言われたからやっただけ』だっただろう。
フリートウェイ「おいで、チルクラシア」
  フリートウェイの手招きに、チルクラシアは嬉しそうに駆け寄った。
  そして、彼の額に小さな手を置く。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「・・・」
  額に手を置いたままフリーズしているチルクラシアに、フリートウェイは彼女の頭を撫でた。
フリートウェイ「・・・君のお陰で、大分楽になったぜ」
フリートウェイ「ありがとう」
  面と向かって、ちゃんと『感謝の気持ち』を伝える。
チルクラシアドール「・・・?」
  いきなりお礼を言われたせいか、チルクラシアは少し困惑しているようだ。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「『どういたしまして』?」
  『フリートウェイが求めていること』を漠然と考え、自分の中で決めたことを行動に移しただけ。
  チルクラシアはお礼を言われるようなことなどしていないと思っているのだ。
チルクラシアドール(・・・特に何もしてない)
チルクラシアドール(言われたことをやっただけ)
チルクラシアドール(どうして『感謝』するの?)

〇畳敷きの大広間
  ──チルクラシアとフリートウェイが平和な会話をしている頃
レクトロ「あのさぁ・・・」
レクトロ「いきなり拘束することってある!!?」
  遊佐邸に強制召喚されたレクトロは景綱とナタクの拘束の影響で、姿勢を正座に固定されていた。
遊佐景綱「・・・お前が図星をつかれた時は必ず逃げるからな」
遊佐景綱「それに、私は怒っているんだ」
  明らかに機嫌の悪い景綱は、腕を組み殺気に近い雰囲気を醸し出していた。
遊佐景綱「ネイの一時的な高熱の原因はお前だろう?」
遊佐景綱「チルクラシアから『お前がわざとネイに悪夢を見せている』と聞いたが、それか?」
レクトロ「えっ!? そ、そんなこと無いよ~」
  やはりレクトロは逃げるためか、両足の拘束を無理やり解いた。
  それは遊佐主従の想定内である。
遊佐景綱「ナタク」
  レクトロが逃げないように、ナタクが再度両手首を鎖で拘束した。
  景綱は瞳の色を変えて固有能力を発動した。
遊佐景綱「『全てを見せろ、レクトロ・ログゼ』」
レクトロ「ぐぅ・・・!」
  『もう逃げられない』と察し、強い催眠をかけられたせいで、疲労したレクトロに抗う気力は残されていなかった。
レクトロ「分かったよ、全部伝えるさ!」
レクトロ「でも、攻撃はしないで!」
遊佐景綱「それはお前次第だな」

〇畳敷きの大広間
「・・・・・・・・・」
  抵抗の意思を見せ続けたレクトロに催眠をかけて20分後。
  ついに爆睡したレクトロの前には大量の紙の資料があった。
遊佐景綱「あまりにも口を割らないから 無理やり脳から情報を抜き出してみたが・・・」
遊佐景綱「・・・少し疲れてしまったよ」
  目の前の大量の紙には、景綱が能力でレクトロから抜き取った『記憶』と『知識』が掲載されていた。
ナタク「大量だな・・・ 解析に数週間かかりそうだ」
遊佐景綱「レクトロは私も知らぬところで色々と考え込んでいるかもしれんな」
  レクトロは世界の支配者・『崙崋(ロンカ)』の一人である。
  日々悩みの解決や異形倒し、器と固有能力の制御に奔走し、常に考えを巡らす必要のあったレクトロは、
  フリートウェイが目を醒ましたことで小難しい物事から僅かに解放されたせいか、少々利己的になっているようだ。
遊佐景綱「”ネイ”についての資料だけを抜き取ったつもりだが、ここまで量が多いとは思わなかった」
遊佐景綱「解析はゆっくりやるとして、今は”ネイ”の眼球について調べよう」
  ”眼球”とはっきり言った主君に、ナタクは不吉な予感を直観した。
ナタク「・・・・・・まさか、眼球を摘出する、とかではありませんよね?」
ナタク「摘出具を買うつもりも、生体から臓器をいきなり頂戴するつもりもございませんよ」
遊佐景綱「まさか。そんなことは”出来ない”よ」
  猟奇的な趣味や嗜好など無い、と言わんばかりに手をひらひらと横に手を振る。
遊佐景綱「この資料を解析し終えた時は、疲労のあまり動けないはずだ」
遊佐景綱「私にも、お前にも、その気力は残されていないと思うぞ」

〇御殿の廊下
  ──遊佐邸の一番隅の部屋には厳重に鍵をかけられている。
  手に入れた『情報』を誰にも見られないように秘匿するためだけに作られた、異空間のような性質を持つ部屋だ。
  ”ネイ”、ことフリートウェイの”目”についての情報を過労であまり回らない頭に叩き込み、
  残りの情報の解析は後回しにすることになったので、仕方なく部屋に『封印』することになった。
遊佐景綱「・・・分からないな」
  レクトロからフリートウェイの容態を『見た』遊佐景綱は立ち止まる。
遊佐景綱「・・・どうして、ネイの目は常に赤いのだ?」
遊佐景綱「私が一番知りたかったのに、その情報だけが無かった」
遊佐景綱「『瞳の色は自力で変えられない』はずだ。 もしかして、他の器と接続しているのか?」
  レクトロから抜き取った記憶という名前の『最新記録』を見て、遊佐景綱が気になっていたこと。
  ──それは、フリートウェイの瞳の色が『赤』であることだ。
  人間の域を大きく越えている存在の『崙崋(ロンカ)』でさえも、瞳の色を変えることは出来ない。
  瞳の色は『九つある崙崋(ロンカ)の器と接続され、能力を行使する時』のみ例外的に変色するようになっているのだが、
  そもそも『器』そのものを見た事すらないフリートウェイが何故赤い瞳を持っているのかが全くの謎だ。
ナタク「・・・それはまだ、把握も理解も出来ていません」
ナタク「ただの憶測ですが、ネイにしか無い要素を持っているのかもしれませんね」
  気が遠くなるほど永い間を生きているナタクと遊佐景綱にとって、
  詳細がほとんど分からないフリートウェイの『瞳』は摘出して片っ端から調べつくしたいほどの価値があると思っている。
遊佐景綱「『彼にしか無い要素』・・・・・・」
遊佐景綱「面白そうだ 見応えはたくさんありそうだな」
  ナタクは『赤い瞳』そのものを恐れているようだが、
遊佐景綱「我々も彼から学ばせてもらおうか。 それが一番手っ取り早い」
  主君は恐怖など微塵も感じていないようだ。
ナタク「し、しかし・・・!」
遊佐景綱「何を今更躊躇うか」
遊佐景綱「たとえ心臓が破けても、 何度首や胴を斬られようと、 両の目を抉られようが、ただ痛い思いをするだけだ」
  人間にはない、驚異的な再生能力を持っている景綱は自分をあまり大切にしない悪癖を持っていた。
遊佐景綱「これくらいの傷では、私たちは死ねないよ。 多少の無茶と誤魔化しは出来る」
ナタク「・・・・・・・・・」
  そんな主君を見て、ナタクは眉をひそめた。
  ・・・このヒトはいつからこうなった?
  何度指摘しても、この悪癖を直すことは今のところ無かった。
  いつか本気で怒ってやろうか、とも思えたがナタクにそれは出来なかった。
遊佐景綱「私はさっさと業務に戻る」
遊佐景綱「お前は早く寝るがいいわ」
  一人廊下に残されたナタクはしばらくその場にいたが
ナタク(あのお方に頼むしかない・・・)
  主君とは反対方向へ歩いて行った。

〇可愛らしい部屋
遊佐 偃「・・・・・・『主人の説得』をして欲しい?」
ナタク「どうにも遊佐殿は人の話を聞かん・・・」
ナタク「偃の言うことならば遊佐殿も大人しく聞いてくれるかと思ったんだが・・・ どうだろうか」
  ナタクは遊佐景綱の妻・遊佐偃(えん)に会っていた。
遊佐 偃「あの人は医者の言うことも聞くか分からぬ男だよ?」
遊佐 偃「私の言うことなんか聞かなそうだけどね・・・」
  主人の『悪癖』は、妻もお手上げ状態になるほど酷かった。
遊佐 偃「でも、一度は言ってみる」
ナタク「頼んだよ」
  ナタクは、偃の従兄弟であるため
  彼女とは普通に仲は良い。
  なので、遊佐景綱の件で困ったことがあったら彼に近い立場にいる互いを頼ることにしているのだ。
遊佐 偃「・・・ところで、不吉な予感がずっとするのは気のせいかしら?」
ナタク「残念ながら気のせいでは無さそうだな。 まだ何かあるのか?」
  フリートウェイの高熱の件があったため、チルクラシアにも何ら悪影響が及んでいるとは思っているが・・・
  ”彼女”の場合、種類を問わず大量の薬と『感情エネルギー』を必要とするため異形を一体倒すよりも大変なのだ。
遊佐 偃「すぐにチルクラシアのいるロアの居城に行きなさい、ナタク」
遊佐 偃「あの子の『要素』が欠け始めたわ。 そろそろ止めないとまずいことになる」
遊佐 偃「これは『遊佐一族』としての命令よ。 付き合いの一番長い貴方なら、もう分かってるよね」
ナタク「承知!!!」
  当主にして夫の景綱の代わりに、偃がナタクをチルクラシア達のいるロアの城へ転送した。
遊佐 偃「私は主人に伝えなきゃ」

〇貴族の部屋
  偃の言った通り、フリートウェイの一時的な高熱の影響はチルクラシアにも歪んだ形で表れていた。
  規則正しい寝息を立てているフリートウェイの隣で彼女は背中から太いリボンを2本出す。
  それは羽衣のように薄く、ひらひらしているが、人を簡単に貫けるほどの殺傷能力はある。
チルクラシアドール「──────・・・・・・・・・」
  そんな危険極まりない代物を、隣で寝るパートナーの首に突き刺そうと嗤ったその時──
フリートウェイ「!!!?」
  首に刺さるギリギリのところで目を覚まし、慌ててチルクラシアのリボンを刀身で受け止める。
  状況を理解できないまま刀身を作り上げたからか、それには小さな亀裂が所々に出来ている。
フリートウェイ(いきなり何だ!? 何が起こっている!!?)
  純粋な感情エネルギーだけで出来た、半透明の刀身とリボンは火花を出しながら亀裂を大きくしていく。
  力の入れ方を間違えれば最後、まともに動くことすら出来ずに大怪我を負ってしまうだろう。
フリートウェイ(話が通じる状況ではないか・・・)
  力を緩めることもチルクラシアに怪我をさせるわけにもいかないフリートウェイは、
  この状況を打開する術を探す。
チルクラシアドール「──・・・・・・」
フリートウェイ(・・・・・・あれの出番か?)
  得体の知れない危険な『水』、瘴透水(ショウトウスイ)の出番だろうか。
  レクトロとシリンにバレることなく製作し続け、こっそり飲んできたあの薬品。
  一度飲むだけで自分の『構成要素』を変えていく、恐るべき劇毒。
  だが、あれを使うのは気が引ける。
  この危機的状況で大きな賭けには出たくない。
フリートウェイ「・・・・・・・」
チルクラシアドール「・・・・・・」
  何かを察したらしいチルクラシアは背中から出ているリボンを消した。
フリートウェイ「・・・???」
フリートウェイ(飽きたのか?)
  いきなり命を奪おうとしてきたと思えば、いきなり落ち着きを取り戻す。
  チルクラシアが何を考えているか分からないため、下手に動けば火に油を注ぐ結果になるだろう。
フリートウェイ「オレが誰か分かるか? フリートウェイだ、君だけのパートナーだぜ」
フリートウェイ「君に傷一つ付けるつもりはない。 気持ちが落ち着いたら、軽くオレと話をしよう」
  刀身だけを失った刀を部屋の隅に投げ、会話を試みることにした。
  そんなフリートウェイの意思が、チルクラシアに伝わったのか
  あっさり元の顔に戻り、電源が切れてしまったように寝てしまった。
フリートウェイ「・・・」
フリートウェイ「流石に肝が冷えたぞ・・・!」
  自分が高熱を出していたことを忘れるほど、チルクラシアの強襲に驚いた。
  驚愕のあまり、寒気を感じ始めた。
  チルクラシアと対峙している時はそんなものは一切感じていなかったのに。
フリートウェイ「・・・『血の気が引くような感覚』とは こういうことか・・・」

次のエピソード:第27回『虚しく冷ます』

コメント

  • 久々に殿周辺が出てきましたね。
    終盤ヒヤリとしました。
    次回も楽しみです。

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