九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第22回『黒に沈むは赤い瞳』(脚本)

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〇時計台の中
  第22回『沈む思いは瞳の奥に』
シリン・スィ「あんたは誰よ」
シャーヴ「シャーヴと申します」
  シャーヴは胸に右手を当て、シリンに一礼した。
シャーヴ「九つもある器が一つ、『ミットシュルディガー』に近づく愚か者を始末していたんです」
  『始末』という物騒な言葉を使うが、
  血飛沫はない。
  真っ白く大きな本が3冊、地面に置かれているだけである。
シャーヴ「・・・というか、貴女は、私が動き出していたことを今まで知らなかったのですか?」
シリン・スィ「そ、それは・・・」
  ほぼ図星だったシリンは、シャーヴから目を逸らす。
  一応、自分の仕事はこなしているが、
  フリートウェイの存在により、若干手を抜いている時もあった。
シャーヴ「貴女はチルクラシアのことなど気にしていないみたいで・・・」
シャーヴ「自分ばっかり構ってますね。 何のためにここにいるんですか?」
  言葉によって、シャーヴはシリンを詰問する。
  こっそり隠し持っていた人間の腕と同じ長さの針で、シリンを攻撃しようと、タイミングを狙おうとしたら
  『シリン!何してるの!?
  帰ってくるのが遅すぎるよ!』
「!」
  レクトロの声が聞こえる。
  ホログラムも使い、直接この事態に介入するつもりのようだ。
シリン・スィ「レクトロ様!?」
  シリンは突然レクトロがホログラムを使ったことに驚いているが、
  シャーヴはとてもつまらなそうにしている。
シリン・スィ(レクトロ様さえいれば勝てる!)
  シリンは確かな希望を一つ抱いていた。
シャーヴ「・・・気が『変わって』しまいました」
シャーヴ「面白くないですね、レクトロ・・・」
  だが、色々と面倒になってきたシャーヴは、レクトロのホログラムを容赦なく針で何度も刺して破壊した。
  『ええぇぇ・・・!壊されちゃった!』
シリン・スィ(何してるのよ・・・)
シャーヴ(──よし、舞台は整った)
  シリンが呆れている間に、シャーヴは何かの準備を完了させたようだ。
シャーヴ「・・・この場で発動するのは、少し酷なのですが」
シリン・スィ「何をするのよ」
シャーヴ「ただの『遊び』ですよ。 そこに負の感情は不要でございます」
  4冊目となる、真っ白く大きな本を開く。
  シャーヴの両手に引き寄せられるようにして、ペンや紙が大量に集まっていく。
シャーヴ「『さぁ、始まった 夢の夜だ!』」

〇怪しげな部屋
  <1>
  『シリン』は目を開ける。
  壁や床に貼られた紙は、スィ家の情報に関するものだ。
  <2>
  位置と表情を完全に固定された彼女は、小さな橙色のファイルを持っていた。
シャーヴ「『シリン』」
シャーヴ「そのファイル、私に渡してくれますよね?」
  <3>
  シリンは無言でシャーヴに手元のファイルを渡す。
シャーヴ「助かりました! 情報が足りなかったものでして」
  シリンからファイルを回収したシャーヴは笑顔を見せた。
  このファイルの中身がとても欲しかったものらしい。
シャーヴ「次の『アクション』は何にしましょうかね」
シャーヴ「余計なことを言いそうなお口は縫い合わせなければならないので・・・」
シャーヴ「次のアクションはあれにしましょうか」
  <4>
  ────────────

〇時計台の中
  シャーヴの固有能力の中に取り込まれたシリン・スィ。
  ──目を開けたまま彼女は魂と記憶の一部をシャーヴに奪われたことで、仮死状態に陥っていた。
シャーヴ「っ、ははっ・・・」
  本を開け、ペンを走らせているシャーヴは疲れたのか、目の下にクマのような黒色のものが出ていた。
シャーヴ「使うと体力を酷く消耗するのはどうにかしなければなりませんね・・・」
シャーヴ「だが、欲しいものは手に入った。 これで手を打つといたしましょうか」
  本の中のシリンが渡したものと同じファイルを、シャーヴは口に入れ、咀嚼する。
シャーヴ「不味いですね・・・ 内容が薄っぺらいものだからでしょうか?」
  シャーヴがシリンから奪い、食べたファイルの中身は『ロア』の歴史と『予知』に関する事柄だった。
シャーヴ「こんなものを作っても、何かが大きく変わるわけではない。 スィ家の者はどうしてそれが理解できないのでしょうか」
  味は全くの無だが、残すつもりは無かったシャーヴは何とも言えない表情で食べ続けた。

〇上官の部屋
「・・・・・・」
  PC越しから、目を見開いて倒れるシリンを見つめるレクトロは唖然とした表情を浮かべている。
フリートウェイ「死んだのか?」
レクトロ「死にかけ・・・ まだ生きてるよ!」
  フリートウェイは腕を組みながらも冷静だ。
  シリンの心配はそこまでしていないらしい。
レクトロ「・・・だけど、このまま放置すると本当に死ぬ!」
  レクトロは自分の従者であるシリンを助けたいと思ったが、シャーヴにホログラムを破壊されたため、同じ場所には行けない。
レクトロ「それに、何か歴史に関するもの食べられちゃった・・・ これじゃ僕たちの思い通りにならない」
レクトロ「死亡者が増えちゃうのだけは避けたい・・・!」
フリートウェイ「・・・思い通り? 死亡者・・・?」
レクトロ「ここは強引に突破するよ! シリンにはまだまだ仕事があるんだから!」
  話はよく分からないまま進んでいく。
  レクトロフォンを取り出し、PCの画面にピタリと当てた。
フリートウェイ「・・・パニックで頭がイカれたか?」
レクトロ「強いショックを与えれば起こせるかなって!」
レクトロ「手段を選んでいる暇は無いよ! 多分、壊れても修理すれば何とかなるよ」
フリートウェイ「パワープレイだな・・・」
  レクトロはPCの画面に向かって衝撃波を放つ。
  少し遠くにいるシリンが起きるように、
  PCが破壊されないように、手加減しながら。

〇時計台の中
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
シリン・スィ「うぅ・・・」
  レクトロからの強いショックで
  ようやく瞳に光が戻ったシリンは、
  まばたきを数回繰り返す。
  『撤退して!絶対に勝てないよ!』
  『これは命令だ!
  スィ家の乙女・シリン!撤退せよ!!』
  レクトロの声を聞いたシャーヴはつまらなそうに4冊目となる本を閉じる。
シャーヴ「・・・・・・・・・」
  シャーヴは無表情になると同時に、シリンにこう忠告する。
シャーヴ「・・・大人しく退いた方が身のためでございましょう」
シャーヴ「人間相手、しかも女性に手を出すつもりはございません」
シャーヴ「ただし、能力者は例外です。 この意味、貴女ならばすぐに理解できるでしょう?」
シリン・スィ「・・・覚えておきなさいよ」
  悔しそうなシリンだが、シャーヴは意に介さない。
シャーヴ「あぁ、渡すべき物がありました」
シャーヴ「ネイではなく、チルクラシアにお渡しください」
  シャーヴはシリンに、電話機を投げ渡した。
シリン・スィ「──? どうしてこれをチルクラシアに?」
シリン・スィ「・・・というか、どうして チルクラシアとフリートウェイを知ってるの?」
  意外な質問だったのか、シャーヴは首をわざとらしく首を傾けた。
シャーヴ「おっと、私が知らないと思いましたか?」
シャーヴ「私は、ずっと『みて』いますよ」
シャーヴ「ゆめゆめお忘れなきよう・・・」
  シャーヴは視線を変えずに、勢いをつけて二階の柵に飛び乗る。
「ネイには感謝しなければなりませんね」
「彼のおかげでこちらは動けるようになったのですから」
シリン・スィ「・・・?」
  『シリン!とりあえず、一度戻ってきて』
シリン・スィ「はい・・・」
  去り際のシャーヴの発言や受話器を渡した意図が頭に引っ掛かりながらも、シリンはレクトロの指令に従う。
シリン・スィ「・・・15分後に部屋に到着いたします」

〇上官の部屋
レクトロ「あー、良かった!! 何とか丸く収まった!」
  シリンに撤退命令を出したレクトロは、勢いよく椅子に座った。
レクトロ「あのヒトとは戦いたくないんだよ!」
レクトロ「時間がかかるし! 大怪我しちゃうし! 傷は治りにくいし!」
レクトロ「自力で治すことは出来るけど、痛みが無いわけじゃないんだよ!」
  額に滲んだ汗を拭い、PCをシャットダウンさせたが落ち着いているわけではないようだ。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
  レクトロとは正反対に、フリートウェイはPCの画面を無表情・無言で見つめていた。
  『シャーヴ』と名乗る者が、自分たちのことを知っていたことも、シリンが死にかけたことも、そこまで気にしていないようだ。
フリートウェイ「レクトロ」
レクトロ「な、何だい? フリートウェイ」
  レクトロは身構えてしまう。
  フリートウェイの雰囲気がいつもと違っているからだ。
フリートウェイ「・・・今のシリンは、チルクラシアに対して何もしていないのか?」
レクトロ「え!? 何もしていないことはないと思うけど・・・!!」
  チルクラシアとシリンの関係性は、レクトロもそこまで詳しくないため、曖昧なことしか言えない。
フリートウェイ「・・・・・・」
  レクトロが声を変えたことに何か気づいたのか、フリートウェイは何も聞かず、何も言わずに去った。
  一人になり、漸く落ち着けると思ったが、
  別の問題で大慌てすることになった。
レクトロ「怒らせちゃったかもしれない・・・」
  抑揚のほとんど無い声色は、レクトロが遊佐景綱の次に恐れるものだからだ。
レクトロ「不吉な予感がするのは気のせいかなぁ!? 変なことしないといいんだけど・・・」

〇宮殿の部屋
フリートウェイ「・・・・・・?」
  レクトロと離れ、チルクラシアの部屋に直行したフリートウェイ。
フリートウェイ(数分前に起きたのか?)
  部屋の明かりが付いている。
フリートウェイ(・・・・・・・・・)
  そして、チルクラシア・ドール以外の者の生体反応を察し、機嫌が悪くなった。
フリートウェイ「・・・何者だ」
  若干怒気を孕んだ声を聞き、振り返ったのは、ナタクだった。
ナタク(遊佐殿の言っていた通りの男だな)
ナタク(持っている『感情エネルギー』がかなり強い。 怒らせれば城が木っ端微塵に破壊されるな)
  余計なことを言わないように、発言をしっかり決めなければならなそうだ。
  これは友好的になれるまで想像以上に根気がいりそうだな・・・・・・なんて思いつつも、とりあえず自己紹介をしようと決めた。
ナタク「ナタク・ログゼだ。 君のことは知っているよ。無論、チルクラシアのことも」
フリートウェイ「・・・何故、オレ達のことを知っている?」
  警戒を緩めないまま、フリートウェイはナタクに問う。
ナタク「何故って・・・・・・ そんなこと聞かれてもなぁ」
ナタク「俺はチルクラシアの叔父だ」
フリートウェイ(血縁者・・・)
  チルクラシア・ドールの親族であると知り、表情は更にイラついたようになってしまった。
ナタク「君はチルクラシアのことが随分好きみたいだな」
フリートウェイ「・・・うるさい。 わざわざ、事実を口にすることはないだろ?」
フリートウェイ「血縁者という理由で、オレからチルクラシアを引き離すな」
フリートウェイ(オレにはチルクラシアしかいねぇんだから)
ナタク「おぉ、怖い怖い」
  とは言うものの、ナタクは恐怖を全く感じていない。
  ただ、フリートウェイが目を閉じ無表情になってからは『イラつき』とは全く違う『感情エネルギー』を感じていた。
ナタク「・・・・・・何を考えている? 何をそんなに不安に思っているんだ?」

〇宮殿の部屋
  突然、転送に使うものとは違う色の魔方陣が部屋の真ん中に現れた。
  魔方陣はナタクだけをどこかへ転送させて、あっさり消えていった。
フリートウェイ「転送された・・・・・・ 何とも絶妙なタイミングだったな・・・」
  ナタクが突然転送されたことに驚くフリートウェイだが、誰がそんなことをしたかは分かっていた。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ「君か」
  開いた部屋の扉から、チルクラシアドールが半目開きでフリートウェイを見つめている。
フリートウェイ「怒りはしないが、理由は聞くぞ。 こっちにおいで」
  チルクラシアドールはフリートウェイの隣に座ると、彼の肩に自らの頭を置いた。
フリートウェイ「数分前には起きてたか?」
  フリートウェイはチルクラシアが自分に対して甘えてくることが嬉しいらしい。
  彼女の腰を引き寄せ、ナタクと対峙していた時とは比べ物にならない優しい声色になっていた。
チルクラシアドール「うん。 起きてた」
  チルクラシアはテレパシーを使った会話を始めた。
チルクラシアドール「それで、それでね、」
チルクラシアドール「ナタク兄ちゃんに、おにぎり貰ったの」
フリートウェイ「ナタクが来ていた理由はこれか・・・」
  チルクラシアのベッドの真横に位置しているテーブルには、大きいおにぎりが2個ある。
フリートウェイ「・・・ちゃんと夜食だな。 また腹痛になるぞ」
チルクラシアドール「お腹痛くはならないの!」
チルクラシアドール「大丈夫大丈夫!」
  夜食としてケーキを食べていたこと、
  それで腹痛になっていたことはちゃんと覚えていたフリートウェイは忠告する。
フリートウェイ「そうか。 だが、夜食は身体に悪いぞ」
フリートウェイ「──また『痛み』を感じるのは嫌だろう?」
チルクラシアドール「確かに・・・・・・」

〇宮殿の部屋
  しばらく夜食の話で盛り上がっていたため、本題にはなかなか触れなかった。
フリートウェイ「ナタクを転送ギミックまで使って追い出した理由を教えてくれないか?」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「フリートウェイが、怒っていたから」
  チルクラシアは初めて、他人のために能力を使うことが出来た。
  これは大きな一歩である。
  彼女は、フリートウェイが数分前までイライラしていたことを知っていた。
  フリートウェイ本人は気付いていないが、彼の瞳の『赤』が黒く濁っているからだ。
フリートウェイ「オレのために転送能力を使ったのか」
チルクラシアドール「うん。だって、 『自分』のために使ったらいけないって言ってなかった?」
  姫野晃大の妹を捕らえた時の会話の受け取りは、見事に歪曲していた。
  『意味はわからないが、とりあえず聞いておこう』という認識なのだろう。
フリートウェイ「『制御はちゃんとしよう』、とは言ったな」
  正しく物事を理解できないチルクラシアに、どうやって、新しい物事を教えるべきか分からない。
  簡単な言葉を使うか、図に頼ることは出来るが、これだけでは意思疏通が正しく出来るかは怪しい。
フリートウェイ「あの時のオレは怒りとは違う気持ちをナタクに向けていたんだ」
フリートウェイ「『警戒』、というものだが・・・ これはまた後で話そうか」
  チルクラシアが親族に対しても躊躇いなく能力を使えることが判明してしまった。
  『自分の好きな人のため』なら、他人を傷つけても良いと思っているのだろう。
フリートウェイ(ずっと見ていないといけないな・・・ 一人にはさせられない)
フリートウェイ(・・・勝手にオレがチルクラシアに情報を与えたら、怒られるかな?)
  フリートウェイは、『彼女から目を離しては決してならない』と再認識した。
  だが、今まで隠しきれていた独占欲のようなものが垣間見え始めていることは自覚していなかった。
  故に、近いうちに悪夢や感情の制御に苦しめられることになる。

次のエピソード:第23回『どうかどうか、早く醒めてしまえ』

コメント

  • シリンは危機一髪でしたね。命が助かっただけでも一安心。
    次の話が楽しみです。

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