第19回『うつる』(脚本)
〇屋敷の一室
レクトロ「わっ!!」
電話を繋いだ瞬間、レクトロは遊佐景綱の目の前に転送されていた。
レクトロ「通話じゃないんかい! まさか転送のギミックがあるとは思わなかったよ!」
驚くレクトロとは正反対に、景綱は無表情だ。
第19回『うつる』
遊佐景綱「・・・別に私は、お前を呼ぶつもりは無かったんだぞ」
レクトロが仕事に支障が出ることをしなければ、こうやって無理やり呼び出すことも無かったらしい。
遊佐景綱「異形を生かした挙げ句、慈悲をかけたな。 その理由を聞くためだけにお前を呼んだのだ」
景綱には、レクトロが異形に情けをかけて逃がしたことなどとっくに把握していた。
レクトロ「やっぱりバレてるぅ・・・! 勘づくの早くない?」
遊佐景綱「お前はまだ分かりやすい方なんだよ」
遊佐景綱「さて、理由を教えてもらおうか」
レクトロ「何て強引・・・・・・」
景綱の強引でたまに人の話を聞かない時がある所が、レクトロは苦手だ。
レクトロ「転送ギミックを仕込むのは 僕だからいいけど、他の人にはやらないでね!!びっくりしちゃうから!」
〇屋敷の一室
レクトロ「さて、理由を話さなければならないね!」
レクトロは間を少し開ける。
レクトロ「僕に「その気が無かった」、ただそれだけ」
レクトロ「別に勝てなかったわけじゃないし、 大怪我をしたわけでもない」
レクトロ「その気にもしもなっていたら、一撃で木っ端微塵にしていただろうね!」
レクトロ「でも、僕がその気になることはなかったんだ」
レクトロ「・・・どうしてだと思う?」
景綱の表情は、レクトロが自分の中を探っているような気がして一瞬驚いたり『嫌悪』に近しい感情を表に出すように変わる。
いつもの読めない笑顔がとても意地悪に見え、腹が立ちそうになったが一周回って冷めた脳内で、何か言おうと考える。
冷ややかに接してやろうか、折檻の一つでも必要だろうかと思ったが、『それだけはならない』と堪える。
遊佐景綱「・・・・・・・・・」
喉の真ん中をキュッと締めるものと
目の前の男に何を言えばいいか分からなくなった景綱はレクトロの発言以上の間を開ける。
遊佐景綱「残酷な問いかけをするものだな・・・」
遊佐景綱「私が思考の末に導き出した答えを、 お前に差し出したところでそれを正解にはしてくれないのだろう」
遊佐景綱「悪い奴だな、本当に」
『もう嫌だ』
『何も知りたくない』
と言わんばかりに景綱は去ってしまう。
レクトロは、そんな彼を止めることはしなかった。
レクトロ「僕がこんなことするのだって、君が一番分かっているはずなんだけどなぁ・・・」
レクトロ(君のほうが僕の何倍も何百倍も悪いって! ・・・極悪だよ!)
〇宮殿の部屋
レクトロが遊佐景綱の心を動揺させている頃──
人形ではなく人間の姿のチルクラシアは、特に何をすることもなく、ベッドに横たわっていた。
ロア全体を恐怖に陥れたあの雷を出してから、チルクラシアは自分で歩くことは出来なくなってしまった。
補助があれば歩くことは一応出来るのだが、彼女はそれを望んでいないようだ。
フリートウェイ(今日は人間の姿でいたいんだな)
チルクラシアの隣で分厚い事典を読むフリートウェイも、彼女に何かをすることはない。
時折彼女の雰囲気を感じ取ることくらいしか今はしていない。
チルクラシアドール「何の本、読んでいるの?」
気になったチルクラシアは起き上がった。
フリートウェイ「配色デザインの事典だ」
そう言ったフリートウェイは、事典のページを捲る。
和菓子をテーマにした配色は、あんこや桜餅、『優しさ』を連想するものだった。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
無表情かつ無言で、1ページだけをじっと見つめるチルクラシア。
集中している時は真顔になって一点を凝視する癖があるため、その時間だけは怖く感じる。
チルクラシアドール「世界が広がったような気がするよ!」
さっきまでの無表情とは大きくかけ離れた笑顔を見せた。
チルクラシアドール(空いた時間はこの本を見よう)
フリートウェイ「『世界が広がった』か・・・ そんなに衝撃的だったんだな」
フリートウェイ「まぁ、興味を持ったようで何よりだ」
チルクラシアドール「私、この色好き」
そう言って、ページの1部分を指差す。
チルクラシアが『好き』だと初めて明言した色は、少し濃いピンク色だ。
チルクラシアドール「何でかは分からないけど好きなの」
フリートウェイ「『好き』に理由はいらないぞ」
フリートウェイ「そうだな、この色のものを作ろうか」
指パッチンを合図にし、イメージを膨らませる。
チルクラシアの好きな色で、ポーチを作り出したフリートウェイ。
チルクラシアの役に立つため便利に思っているのか、戦うとき以外でも普通に使っている。
能力の応用による身体の負担はそれなりにあるが、フリートウェイはチルクラシアの笑顔を見れて満足している。
チルクラシアドール「・・・・・・」
無表情に戻ったチルクラシアが突然、フリートウェイに向かって、右手を伸ばす。
フリートウェイ「!?!?!」
彼女の右手から出る半透明のリボン。
異形と戦い、その命をひとつ潰えたあのリボン。
その色は事典に載っていた、優しいピンク。
フリートウェイの右肩と腰、右足を中心に後ろからリボンは複雑に絡んでいく。
後ろから拘束されたフリートウェイは、チルクラシアの真横に勢いよく倒れてしまう。
ふかふかの赤いベッドに身は沈んだことで、かすり傷は一つも無い。
だが──
フリートウェイ「おっと・・・」
右肩にぎゅっと結ばれたリボンは、血が通うものならばうっ血するほどきつく身体を締め付ける。
フリートウェイ「・・・」
左足と首、左手だけは動かせることは出来るが、そのほかはまともに動かせない。
上手く頭と体を使えば、複雑に絡まるリボンを解くことは出来るだろう。
だが、チルクラシアの機嫌が悪くなると
ろくなことが起きないことを知っているため、彼は無理にリボンを解くことはしない。
フリートウェイ「えーっと・・・」
フリートウェイ「・・・どういう意図でこれを? 何を考えてるんだ?」
身動きはしないまま、一つの疑問を投げかける。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「真似」
チルクラシアは特に何も考えていなかったようだ。
だが、『真似』という二文字に、フリートウェイは混乱したような表情を浮かべた。
フリートウェイ「・・・ん?」
フリートウェイ「真似? ・・・まね?」
チルクラシアが淡々と口にした『真似』という言葉を、フリートウェイは口にした後に頭の中で何度も反芻する。
チルクラシアドール「うん」
チルクラシアドール「フリートウェイの真似をしてみただけ」
フリートウェイ「『真似』。 ・・・ただのオレの真似か・・・」
認識があやふやになるまで。
脳の一部の機能が鈍ってエラーを起こすまで。
それは、いつも通りの鮮明な意識なら、『チルクラシアが自分の真似をしている』という事実は、すとんと胸に落ちるはず。
脳にもそれは記憶されるはずだし、数日間ははっきりと思い出すことだって出来るはずだ。
──なのに。
意識が若干ぼやけたか、今まで気づかなかったフィルターがかかっていたか、
身を縛るこのリボンのせいか。
目を閉じ、自分が今一番彼女に伝えなければならないことを再確認する。
そう。
それは一つだけで、数分前から言いたかったはずだ。
フリートウェイ「・・・リボンを解いてくれないか?」
〇宮殿の部屋
チルクラシアドール「解く・・・」
チルクラシアドール「分かった」
リボンは勢いよくフリートウェイから離れ、氷が砕かれるような音を出しながらチルクラシアの両腕の中に収まった。
フリートウェイ「オレの真似をして、何かいいことでもあったかい?」
チルクラシアドール「何となく」
チルクラシアドール「理由を考えていなかった」
フリートウェイ「何となくか」
『何となく』。
おそらく最もチルクラシアらしい答えだろうと思ったが言わないことにした。
それよりももっと言うべきことはあるだろう。
フリートウェイ「後ろからの拘束はやめような! びっくりしたぞ」
チルクラシアドール「びっくり・・・?」
フリートウェイ「あれは人が死ぬやつだ。 危ないんだよ、色々な意味で」
拘束されたのは自分だったから良かったものの、一般人なら血管の圧迫や破損により死に至るだろう。
だが、チルクラシアはそこまで気にしてはいなそうだ。
チルクラシアドール(死ぬ・・・)
フリートウェイ「使うな、とは言わないけど・・・ もし使うときは気を付けてくれよ」
内心、『チルクラシアは殺人兵器みたいだな』、と思いながらフリートウェイは続ける。
フリートウェイ「君にそれは似合わない」
フリートウェイ「こういうのはオレがやるから、いつも通り過ごして欲しいんだ」
フリートウェイ(そうしてもらわないとオレの立場がないからな)
話を眠そうな表情で聞いていたチルクラシアは、考え込むように目を閉じる。
チルクラシアドール「いつも通り・・・」
チルクラシアドール(『約束』しなきゃ)
チルクラシアドール「うん、『約束』する」
チルクラシアドール「これのコントロール、頑張ってみる」
フリートウェイ(違う、そうじゃない!!!)
もしかして、チルクラシアの認識は大いにズレているのではないか。
あまり的中してほしくないが、残念ながら大当たり・・・の予感がする。
能力の制御以前の問題を発見した・・・してしまったことで、フリートウェイは頭を悩ますことになった。
〇要塞の廊下
レクトロを探しに、城の最下階まで向かっていたシリン・スィ。
そんな彼女にも、チルクラシアが出しているであろうリボンが触手のように音もなく近づいていた。
シリン・スィ「あらら、寂しがり屋さんね」
振り返ったシリンの華奢な腰と腹を、リボンはフリートウェイと同じように後ろから拘束する。
だが、シリンがドレスを着ていて体のラインが分からないためか、リボンの拘束は緩かった。
シリン・スィ「ここまで求められるのは嬉しいし、予想外よ」
シリン・スィ「でも、私は仕事中。 寄り道しないで帰ってくるから、もう少し待っててくれる?」
リボンは彼女の体から離れ、地面を潜るようにして音もなく消えていった。
だが、リボンが潜った箇所だけは、クレーターのような大きな亀裂が出来ている。
シリン・スィ「あの男だけでは足りなかったかしら? 何の要素の補充が必要か・・・」
シリン・スィ「威力の調整はまだ出来ないみたいね・・・」
抉れた地面を見つめ、チルクラシアが自分を急に拘束しかけた理由を考える。
・・・というより、軽く察しがついていた。
シリン・スィ(私が器の近くにいるから?)
〇ファンタジーの学園
シリンから離れたリボンは、次の標的を狙っていた。
放課後を迎え、帰路につく少女の後を音もなく付いていき
両手首と両足のふくらはぎ、背中をぎゅっと縛る。
左半身を中心に複雑に絡んでしまい、力だけで何とかするのは難しいだろう。
姫野果世「何!? いきなり何なのさ!」
小柄な身体でリボンを解こうとするが、
もがくと食い込んで激痛が襲ってくる。
姫野果世「痛い痛い痛い!!!」
姫野果世「何もしないから! だからきつくしないで!」
抗議の声は全く届かず、リボンの拘束はそのままだ。
そして、地面に少女を沈めようと強い力でゆっくり引きずり込んでいく。
姫野果世「うわわ、沈む沈む!! 死んじゃうよ!」
姫野果世(あいつは・・・こういう時はいないんだから!)
誰かに悪態をつきながら、少女は地面に沈んでいった。