第15回『虚無の心』(脚本)
〇宮殿の部屋
フリートウェイ「チルクラシア、ちょっと散歩に行かないか?」
体調が元通りになったフリートウェイは、ナタクを捜索することを兼ねてチルクラシアに提案した。
フリートウェイ「こんなところに長居するのも身体に良くないだろうし、歩いた方がいいぜ」
チルクラシアドール「キュルルッ♪(『了解♪』)」
動けそうな時はお出掛けに行きたいチルクラシアは、フリートウェイの提案に乗った。
人形から『人間』としての姿になったチルクラシアは
欠伸をしながら身体を伸ばすと、ベッドから出る。
チルクラシアドール「どこ行くの?」
フリートウェイ「決まってないぞ。 行きたいところへ行けばいいんじゃないかな」
行き先だけは決めていないフリートウェイはふらつくチルクラシアの手を繋いで部屋を出た。
第15回『虚無の心』
〇レトロ喫茶
外に出てから最初にやることは、
朝食を摂ることだろう。
フリートウェイはチルクラシアを連れ出してすぐにカフェに入った。
メニューを見つめ、少し緊張したような面持ちをするチルクラシアに、フリートウェイは微笑みを浮かべる。
フリートウェイ「好きなものを好きなだけ食べなよ」
フリートウェイ「ヤバそうだったらオレが食べるから」
とは言われたものの。
チルクラシアは他人をそう簡単には信じない。
フリートウェイのことも半信半疑だ。
チルクラシアドール(これなら食べられそうだな・・・)
チルクラシアは、食事に関しては厳格な制限があった。
1日に食べるのはレクトロが主導の『食事療法』と僅かなおやつだけ。
故に、外食にはほとんど行かないし、良い感情を向けてはいない。
食事に関しての記憶やデータも少なく
『食後に腹痛が高確率で起きること』と『甲殻類は食べてはならない』ことだけが嫌に鮮明にチルクラシアの頭を支配している。
チルクラシアドール「フリートウェイは何を食べるつもりなの?」
チルクラシアは、数分悩んで、サンドイッチをタブレットで注文する。
が、何か考えないと気が済まないのか、
チルクラシアはフリートウェイに話しかける。
フリートウェイ「オレかい? あぁ、そうだな──」
フリートウェイは、瘴透水(ショウトウスイ)を飲んだ影響で、人間が食べるモノのほとんどが受け付けなくなっていた。
その代わり、自他の感情が炎の形で見える不思議な能力を手に入れた。
炎の色は人によってバラバラで、同じ色は無かった。
それだけでも、フリートウェイは面白くて堪らなかった。
その炎を『美味しそう』とは流石に思わないが、遠目で眺めているのは彼にとって、一安心出来るものだった。
だが、こんなことを人のいる場所で言うわけにもいかない。
チルクラシアにも言うつもりは今のところは無い。
フリートウェイ「オレはチルクラシアが食い終わるのを待つのがいいんだ」
チルクラシアドール「具合悪いの?大丈夫?」
具合が悪いのかと心配されている。
フリートウェイは自身の身体のことを誰にも悟られないように
フリートウェイ「大丈夫さ、問題はないさ。 ちょっと体質が変わってしまっただけだから」
『ちょっと』体質が変わった、と嘘をついた。
チルクラシアドール「体質って変わるものなの?」
フリートウェイ「変わるぜ。 ちゃんと身体に良いことをすれば、具合だってよくなるぞ」
今度は嘘ではなく本心。
チルクラシアドール「そっか」
チルクラシアドール「こんなことを繰り返したら、いつかは 『普通に動ける』ようになれるかなぁ?」
フリートウェイ「なれるさ」
『・・・多分』と言いたかったが、チルクラシアを怒らせるようなことをしたくないフリートウェイはこれ以上言わない。
何故なら──
フリートウェイ(また濁って・・・)
チルクラシアのブロットの量が炎の勢いと色で分かるようになっているからだ。
たまに彼女の苦痛を和らげようとしてブロットを取り込むことはあるが、ここまで鮮明に『みえた』のは初めてだ。
『お待たせしました~
タマゴサンドイッチです』
チルクラシアドール「はむっ」
運ばれてきたサンドイッチを少しずつ食べ始めたチルクラシア。
・・・だが
チルクラシアドール「辛い」
フリートウェイ「『辛い』・・・?」
チルクラシアドール「辛い、何か余計なの入ってるみたい」
フリートウェイ「余計なもの・・・?」
辛味の原因を知るべく、フリートウェイはサンドイッチを一口だけ食べた。
フリートウェイ「・・・・・・カラシだ」
パンにカラシペーストを塗っていたため、『辛味』を感じていたようだ。
フリートウェイ「びっくりしたな!」
フリートウェイ「よし、カラシの部分だけ変えてやろう」
チルクラシアが何も食べなくなると困るフリートウェイは、指パッチンをした。
チルクラシアドール「???」
フリートウェイ「もう辛くないはずだ。 食べてみなよ」
チルクラシアドール「・・・本当に?」
疑いつつも、フリートウェイを信じて食べかけのサンドイッチを再び口に入れる。
チルクラシアドール「『甘い』・・・ハチミツ?メープルシロップ?」
フリートウェイ「カラシの部分だけメープルシロップに『変えた』。 これは誰にも内緒だぜ?」
フリートウェイ「オレと君だけの秘密ってことで」
フリートウェイは、チルクラシアのために能力を行使した。
パンに塗られたカラシをメープルシロップに『変えた』のだ。
この『変更』は
フリートウェイの『チルクラシアが食べられるようにしたい』、という意思からによるものである。
フリートウェイ「もう少しだけ食べるかい?」
チルクラシアドール「うん」
フリートウェイ「注文はしておくから、ゆっくり食べな」
〇西洋の街並み
朝御飯をいつもより僅かに多く食べることが出来たチルクラシアは微笑を浮かべていた。
フリートウェイ「機嫌がいいな」
チルクラシアドール「うん。 お腹いっぱいになったらね、ちゃんと動けるようになったの」
チルクラシアドール「いつもならお腹痛いのに、今日は何故か平気! 良いことがあるかもしれないなぁって」
フリートウェイが腹痛を起こす分のブロットをこっそり取り込んだこと、それは人間には出来ない技術であること──
この2つを知らない、知る術はないチルクラシアは『今日は良いことがあるかもしれない』と思い込んでいる。
フリートウェイ「そりゃ良かったぜ。 腹痛も無いなら、一安心だ」
そんな平和な会話をしていると
────「あ、可愛い子見っけ!」
一人の女子高生が、チルクラシアとフリートウェイを見つけて駆け寄ってきた。
フリートウェイ「可愛いって・・・」
フリートウェイは『可愛い』と言われたことを不服に思っていた。
────「見慣れない顔ね! 別の国から来たのかしら?」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアは沈黙を貫いている。
警戒のあまり、何も言わなくなったのだ。
フリートウェイ「・・・お嬢さん、これ以上は・・・・・・」
────「何か言ってよ!」
フリートウェイの制止を振り切った女子高生は、チルクラシアの服を軽く掴む。
それが良くなかった。
チルクラシアドール「隗ヲ繧九↑!!!」
ついにキレたチルクラシアが出した一言は明らかに『異形』に近い不気味な声色だ。
────「わわっ!ご、ごめん!」
これには女子高生も驚いたのか、すぐにチルクラシアから離れた。
が。
チルクラシアは逃がさなかった。
怒ったチルクラシアが、一般人に攻撃をしようと雷を出し始めたのだ。
フリートウェイ「どうした!? そんなに嫌だったのか!!?」
──『流石に不味い』。
そう思ったフリートウェイは、チルクラシアを止めようとするが見てしまう。
フリートウェイ(目が・・・黒く濁っている・・・・・・)
チルクラシアの瞳の赤が、ブロットの黒で侵食され始めていた。
フリートウェイ(これは止められないな・・・)
『今ここで彼女を止めたら、自分だって怪我をしてしまうだろう』と思ってしまったがために、止めることは出来なかった。
──否、『止めなかった』が相応しいだろうか。
〇黒
〇貴族の応接間
突然の落雷とそれに伴う轟音はロアの全てを恐怖と驚愕で包んだ。
レクトロ「何だ今の音!!?」
ラダ・ローア「雷だ・・・ さっきまで晴れていたのに、どうして」
レクトロ「雷!?」
王と共に驚くレクトロだが、心当たりがあった。
レクトロ(チルクラシアちゃんかフリートウェイが何かやったな・・・!)
『人間がいきなり天候を変えることは出来ないはず』と思ったレクトロは、
レクトロ「ごめん、今日の会議はここまで! 帰るね!!」
レクトロ「用事出来ちゃったの!」
大慌てで走り去ってしまった。
あまりの慌てぶりに王は口を開けたままポカンとするが
ラダ・ローア(『后神』・・・心当たりでもあるのか? 不自然なことを平然と起こせるような力があることを知っているのか?)
レクトロの行動が怪しすぎたため、考え込んでいた。
ラダ・ローア(私より『上』だというのか『后神』? 私はこの国の『王』だぞ)
ラダ・ローア(后神が何を企んでいるのか知りたい。 次あったら、直接聞いてみよう)
愚かな王は、『レクトロに会ったら疑問と自分なりの考察をぶつけてみよう』と決めた。
──それが破滅を招くと知らずに。
〇荒廃した街
フリートウェイ「・・・嘘だろ」
チルクラシアの服を軽く掴んだだけ。
たったそれだけで、無を貫く彼女の逆鱗に触れたのだ。
数分前は晴天だった空模様は雨になり、
チルクラシアは人形の姿に逆戻りしていた。
フリートウェイ(チルクラシアが天気を変えた・・・? そんなわけ無いよな・・・)
フリートウェイ「もう大丈夫だ! 悪い奴はいなくなったから!」
機嫌が悪いチルクラシアを前から抱きしめるフリートウェイ。
色々と突っ込みたいところはあるが、彼女を宥めることが先だ。
フリートウェイ(あー、どうしようかなぁ・・・・・・ これは死んだな、酷い)
抱擁で宥めながらも、チルクラシアの雷が直撃した者を見つめる。
・・・真っ黒焦げになっていた。
雷が当たった時点で即死したのだろう。
フリートウェイ(うわぁ・・・・・・)
兵器かそれ以上の威力を突然出したことにドン引きである。
フリートウェイ「ま、まぁ・・・これはこいつが悪いよな」
フリートウェイ「チルクラシアに薄汚い手で触ろうとしたんだ、死んで当然か・・・」
雨で身体を濡らして風邪を引かないように、フリートウェイは自分とチルクラシアにバリアを張る。
フリートウェイ「帰るか! 色々聞きたいことがあるし」
チルクラシアドール「キュ・・・(『もう帰るの?』)」
目を開き、納得しなそうなチルクラシア。
人を殺めた自覚や殺意は無いようだ。
フリートウェイ「今日は帰るぜ、雨に当たりすぎると風邪を引くぞ」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール「・・・キュ・・・・・・(『分かった・・・・・・』)」
フリートウェイが『聞きたいこと』。
それは、チルクラシアの精神状態次第で天候を変えてしまう理由と原理だ。
今の彼女の機嫌があまり良くないのは分かっている。
だけど、フリートウェイはチルクラシアの全てを知りたいだけだった。
〇貴族の部屋
帰ってきたフリートウェイは、チルクラシアのためにミントティーを淡々と作っていた。
チルクラシアはお風呂に入っているため、部屋にいない。
フリートウェイ「・・・・・・」
フリートウェイ「あれはビックリしたな。 チルクラシアに人を殺せるほどの力があるとは思わなかった」
チルクラシアは、今までほとんど『無』を貫いていた。
ほとんど話さず、他人に接することもずっと眠ることで避けている。
動くのは食事とお風呂とトイレくらいだろう。
疲労か、すぐに帰ったことで不貞腐れたような表情のチルクラシアが来た。
フリートウェイ「おかえり」
フリートウェイ「色々あって疲れただろ?」
チルクラシアドール「うん・・・」
ベッドの上に座ったチルクラシアは、すぐに横に倒れる。
眠たいようで、瞼が半分閉じている。
フリートウェイ「そのまま寝なよ・・・と言いたいが、オレからちょっとしたプレゼントだ」
プレゼント、と言えば聞こえはいいが、実際は処置室にあった鎮静剤を混ぜたハーブティーである。
チルクラシアドール「・・・?」
チルクラシアドール「んなな・・・?(『飲み物?』)」
上体を起こしたチルクラシアはフリートウェイが作ったハーブティーを躊躇いなく一気に飲んだ。
少し強めの鎮静剤が入っていることなど知らずに。
薬のおかげか1日のほとんどを寝ているからか、チルクラシアはそのまま寝てしまう。
チルクラシアは、フリートウェイが思っているよりもあっさり寝た。
フリートウェイ「寝るのが早いな・・・」
〇貴族の部屋
チルクラシアを寝かせたフリートウェイだが、赤い瞳に光は無く、ベッドの前で突っ立っていた。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
何を思ったのか、寝ているチルクラシアの頭に手を翳す。
数分前の『記憶』──『チルクラシアが人を殺めた』という内容の記憶を、フリートウェイは彼女から抜き取った。
フリートウェイ「何も知らないままで、 何もかも忘れたままでいてくれ、頼む」
誰にも編集されないように閉じ込めた、チルクラシア以外には忌まわしく感じる記憶を、フリートウェイは自らの体内へ押し込む。
胸元から記憶が入った封筒が吸い込まれていく。
気持ち悪くなることは無かったが、何とも言えない空しさが襲ってくる。
目を閉じ、深々とため息をついた。
〇黒
『あの子がオレを置いていくなんてありえない』
『なあ。
お前は、俺の助けになってくれるんだろ?』
心を砕いたような嫌な音がしたのは一瞬だけ。
─外れてはいけない何かが、奥底で壊れかけるような感覚がした。
今回も衝撃的な出来事があってびっくりです。
フリートウェイは色々とできるみたいで謎が深まったような。
次回も楽しみにしています。