第16回『よく知ったことならば』(脚本)
〇貴族の部屋
どこか虚ろな目で寝ているチルクラシアを見つめるフリートウェイ。
故に、誰かが部屋にいることに気付かなかった。
何者かに後ろから手刀を入れられたフリートウェイは倒れた。
遊佐景綱「・・・・・・・・・・・・」
──第16回『よく知ったことならば』
〇畳敷きの大広間
遊佐景綱「・・・寝たか」
意識を突然奪われたフリートウェイは、遊佐景綱に捕まってしまい、異空間の中にいた。
だが、景綱の予想より早く、フリートウェイは意識を取り戻した。
遊佐景綱「お目覚めが早いな」
遊佐景綱「此処は私が作った場所──『異空間』と性質が近い空間だ」
フリートウェイ「何故オレを引き寄せた」
フリートウェイは意識がぼんやりとしている中、1つだけ聞く。
遊佐景綱「お前とサシで話がしたかった。 ただそれだけの理由だよ、あまり考えるな」
フリートウェイ「サシか・・・ でも、異空間にオレを連れてきた理由にはなっていないぞ」
遊佐景綱「あぁ、それか・・・・・・」
遊佐景綱「それは話の内容のせいだな」
遊佐景綱「今から伝えることは他言無用だ。 ・・・まぁ、人間には理解できんだろうが」
〇畳敷きの大広間
瞳に不気味な渦巻きを浮かべた景綱は、無言でフリートウェイの両手首をいきなり掴む。
フリートウェイ「うわっ!!?」
そして、かなり強い勢いをつけて身体を倒した。
フリートウェイ「いきなり何するんだ!!!」
フリートウェイの抗議の声は、景綱には届いていないようだ。
遊佐景綱「『黙って私の目を見ろ』」
フリートウェイ「・・・・・・!!」
フリートウェイ(クソがっ・・・!)
フリートウェイは景綱の両目を無理やり見るようになってしまう。
倒されたまま身体は動かせず、何も言えなくなっていた。
これは、景綱の固有能力によるものだ。
故に、逆らうことはほぼ不可能だ。
──フリートウェイにとって、自由と時間を奪われることは
とても屈辱的でとても腹立たしいものだった。
遊佐景綱「まずは・・・・・・そうだな。 お礼からにしようか」
遊佐景綱「チルクラシアに何かと世話を焼いてくれてありがとう」
いきなり攻撃でもされるのかと身構えていたフリートウェイ。
だが、景綱の反応は思っていたものよりも正反対だったために呆気にとられた表情をした。
フリートウェイ「どういたしまして・・・?」
遊佐景綱「で、次は『呪い』としようか」
フリートウェイの理解が追い付かないうちに、話は進む。
遊佐景綱「実はな、君はチルクラシア・ドールの────」
〇荒廃した教会
フリートウェイと少しの会話をした遊佐景綱は、ナタクを呼び出した。
遊佐景綱「ただいま」
遊佐景綱「フリートウェイは1つ真実を告げただけで呆然としている」
遊佐景綱「見ていて笑えるものだったぞ、アレは」
景綱はフリートウェイの反応に満足そうにしていたが、ナタクはどこか不服そうだ。
ナタク「わざわざ貴方が出なくてもいいでしょうに・・・・・・」
遊佐景綱「あぁ、そうだな。 本来はお前とレクトロ、シリンの仕事だからな」
遊佐景綱「仕事を奪うような形になってすまない」
景綱は普段は遊佐邸で仕事に忙殺されるために、チルクラシアの世話はナタクやレクトロ、シリンに任せていた。
だが、今回は訳があるようだ。
遊佐景綱「あの時の雷は普通のものでは無かった。 何者かの感情エネルギーの軽い暴発からなるものだった」
遊佐景綱「そして、雷を発生させたのは チルクラシアであることはすぐに分かった」
ナタク「・・・あの子が雷を・・・?」
ナタクは『人間が天候を変えることは出来ない』ことを知っているし、自分も天候を変えることは無かった。
遊佐景綱「チルクラシアに常識は通用しないし・・・ 隠し通すことは余程の事態でないとしない」
遊佐景綱「痕跡を消すこともしないだろう。 どんなことも報告してくれるのだ、何て健気で可愛らしい」
遊佐景綱「──それは、長い間を共有しているお前も理解しているつもりだろう?」
反論は言わせぬ圧を感じたナタクは、慎重に言葉を選ぶことになった。
怒りの沸点が分からない殿は何が理由で怒るかも全く分からない。
余計なことを言ってはならないことだけは確かだ。
ナタク「理解はしているさ。 現に、治療も上手く行っているだろう?」
遊佐景綱「確かに治療は上手く行っているな。 このまま安定しているならば、外でも動くことも近いうちに出来るはずだ」
遊佐景綱「ただ──」
一回間を置く。
ここからはチルクラシアの話題では無さそうだ。
遊佐景綱「フリートウェイに気をつけよ。 あの男の感情エネルギーは危険だ」
景綱はフリートウェイのことを警戒していた。
遊佐景綱「ナタクが今やることは、フリートウェイの監視とチルクラシアに感情エネルギーを与えることだ」
遊佐景綱「フリートウェイの方だが、 状況によっては気絶させ、一時的に無力化するんだ。決して殺してはならない」
ナタク「了解」
異論は無い。
気が済んだらしい景綱は、ナタクに背を向ける。
だが、瞳は渦を巻いたような不気味なものになっていた。
遊佐景綱「『あの子に余計なことを吹き込むなよ』」
固有能力を使いながら、警告に近い忠告をする。
ナタク「こちらが吹き込む必要はない。 あの子のペースに任せるよ」
遊佐景綱「それでいい・・・」
不穏な会話は、景綱が去ることで終わった。
〇集中治療室
雷を起こした張本人であるチルクラシアはというと
チルクラシアドール「立てない」
レクトロ「『立てない』!? そんなことある!!?」
まともに立つことが出来なくなったため、処置室にてレクトロによる集中治療を受けることになった。
レクトロ「身体に力は入るのかい?」
チルクラシアドール「ふにゃふにゃ」
嫌な予感がしつつ、レクトロはもうひとつ聞く。
レクトロ「か、感覚はまだある・・・?」
チルクラシアドール「んー・・・・・・ あまり分からないかも?」
レクトロは二つの質問の答えだけで察する。
チルクラシアの体調と病状が悪化したことを。
レクトロ「これはダメだぁ・・・・・・」
レクトロ「ついに両足の感覚も無くなっちゃったの? えー・・・・・・困ったなぁ・・・」
チルクラシアドール「困る?」
レクトロ「困っちゃうよー!」
レクトロ「『感覚』は消えては、絶対に消してはならないものなの!」
語尾を少し可愛らしくしながら、レクトロはチルクラシアにブーツを履かせた。
レクトロ「しばらくはこれを着けての生活だね・・・」
レクトロ「感覚と両足は薬でどうにか出来ることは無いなぁ」
レクトロ「だけど、感覚は時間をかけてゆっくり取り戻せばいいさ! ちょっと歩いてきなよ!」
チルクラシアドール「うん」
〇集中治療室
──チルクラシア・ドールが処置室から離れた直後。
「レクトロ」
レクトロ「げっ・・・」
レクトロは声にビクッと身体を震わせて反応する。
声の主は、遊佐景綱だった。
レクトロ「景綱君・・・何の用事かい? チルクラシアちゃんはさっきこの部屋を出ていったよ」
遊佐景綱「あぁ、私の用件はチルクラシアに関連しているものだな」
仕事を無理やり前日に終わらせてまで時間を作った景綱は、とあるものが欲しかった。
遊佐景綱「カルテが欲しい」
レクトロ「はい?」
遊佐景綱「チルクラシア・ドールの両足に関する情報がかかれたカルテのコピーが欲しいのだ」
いきなり『個人情報が欲しい』と言われたレクトロはフリーズしかける。
レクトロ「何に使うのさ・・・」
遊佐景綱「彼女の病気を治せるかもしれない医者が見つかった。 もしかしたら、完治出来るかもしれないんだぞ」
レクトロ(先天性の、しかも遺伝子の変異からなる疾患だから治らないって! チルクラシアちゃんのは突然変異だし)
レクトロはそうツッコミを入れたかった。
だが、景綱の目の中がおかしなことになっていることに気づき、言うことは出来なかった。
──これは遊佐景綱の固有能力、『催眠』の行使によるものだ。
この能力を自分に使っているからか、
何かに縋(スガ)るような、病気を治す方法をしらみつぶすような目付きになっている。
レクトロ「景綱君・・・」
レクトロはふぅーーっとため息をつく。
レクトロ「すぐに寝て!! 過労で頭がおかしくなってるよ!!!」
遊佐景綱「過労?いや、まだやらなければならないことがあるんだが・・・」
景綱の睡眠は、浅い。
身体は休めても頭は全く休まっていないのだ。
レクトロ「そんな言い分は聞かない!! 薬を使ってでも寝てもらうよ!!!」
遊佐景綱「そ、そんなに休まないといけないのか?」
レクトロ「倒れても知らないよ! もう、しっかりしてよね・・・」
寝るつもりは無かったらしい景綱を処置室のベッドに寝転がせたレクトロは、彼の目元に手を翳す。
レクトロ「無理するとフリートウェイが怒るよ? どっかの誰かさん見たいに、体調も何もかもが崩れちゃうよ?」
意識を(少し)無理やり落とされた景綱は、あっさり寝てしまう。
レクトロ「おやすみ、景綱君」
〇貴族の部屋
遊佐景綱から解放されたフリートウェイは、自室から出ることはなかった。
特にすることもしたいことも無かったため、ベッドに座って目を閉じていた。
フリートウェイ「──ん」
ドアが開いた音で、フリートウェイは目を開ける。
チルクラシアが部屋に入ってきた。
フリートウェイ「おいで」
悪夢を見た夜のように、フリートウェイは両手を上げてチルクラシアを受け入れる。
彼女を支え切れないほど体幹がないわけではないがそれを受け流すようにして、彼は
ぼふんと柔らかなシーツに身を沈める。
フリートウェイ「どうした」
チルクラシアドール「足、動かなくなっちゃった・・・」
チルクラシアドール(せっかくお散歩に誘ってくれるのに)
あまりにも言いづらそうなので、フリートウェイは無意識にチルクラシアの心を読んでいた。
フリートウェイ「君は優しいね、チルクラシア」
フリートウェイ「散歩は足が治ったらまた行こうぜ」
フリートウェイ「オレはちゃんと待つから。 治るまで、いつまでも待つさ」
頭に強烈に存在し蝕んでいる不安を拭うように、彼女の頭と華奢な腰を撫でる。
フリートウェイ「だから、自分を責めないでほしい。 チルクラシアは何も悪くないよ」
チルクラシアには優しいフリートウェイは、彼女のペースも何となく予想していた。
普通の人間よりも覚えることも治ることも遅いチルクラシアは、『早く元に治さないと』、と焦っているのだ。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
少し落ち着いたチルクラシアは、フリートウェイの胸のなかで目を閉じる。
フリートウェイ(このまま寝てしまった方が、多分楽だろうな)
フリートウェイ「寝ていいぜ」
チルクラシアの寝顔が見たいフリートウェイは、このまま寝ることを彼女に勧めた。
──が
フリートウェイ「え?流石に抱き枕はしない?」
フリートウェイ「この部屋からも出ていく?」
却下どころか部屋から出るつもりである。
フリートウェイ「まぁ、待ってくれよ! 迷惑だなんて思っていないからな!」
フリートウェイ「オレはチルクラシアの『一番』になりたいんだ」
さらっとものすごいことを言ったフリートウェイだが、誰もツッコミを入れることはない。
──この二人の空気をぶち壊せる猛者は、きっと誰もいないだろうから。
〇屋敷の大広間
──主人の命で遊佐邸に戻ってきたナタクだが、浮かない表情をしていた。
「浮かない顔をしているな、ナタク・ログゼ」
ナタク「遊佐殿が過労で催眠を行使し過ぎているせいで、こっちにも影響が出そうだ」
「それは私が食い止めるつもりから大丈夫だ。 心配するなよ、ナタク」
声の主は、景綱の話題が出たお陰で機嫌がかなり良さそうだった。
「何かあったら、私も出ようか。 今は私の出番ではないだけだから、出ないだけ」
ナタク「出番か・・・ ということは、既に俺の出番は──」
「そんなものはすでにある。 君が一番分かっていることだろう? 流れに逆らわなければ、好きなようにやってくれて構わないよ」
声の主は御簾を少し上げる。
どこかの誰かにそっくりの赤い両の瞳が、ナタクを見つめていた。
いよいよ殿が話に食い込んできましたねえ。
最後に出てきた台詞だけの人物も気になる…