第11回『執染』(脚本)
〇宇宙船の部屋
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ(知らない間に、事が進んでいるような気がしてならないな)
腕を組んで壁に背中を預け、ちょっと眠そうにしているフリートウェイ。
そんな彼とチルクラシアは、何故か『ロア』の王族が住まう城へ向かうに船に乗せられていた。
フリートウェイ(どうしてこんなことになったんだっけ?)
レクトロやその従者シリン・スィも近くにはいるのだろうが、会うことはしない。
何故なら──
フリートウェイ「・・・・・・」
フリートウェイ「・・・大丈夫か?チルクラシア」
フリートウェイは、チルクラシアに目線を向ける。
チルクラシアドール「・・・・・・」
チルクラシアは船に乗せられてすぐに部屋のベッドに横たわっては時々唸っているからだ。
純粋に心配しているからか、フリートウェイはチルクラシアから離れられなくなっていたのだ。
──第11回『執染』
チルクラシアドール「ギュ・・・」
腹痛で苦しむチルクラシアは、時々体勢を変えては起きて水を飲むことを繰り返していた。
チルクラシアドール「み、ず・・・」
フリートウェイ「ちょっと飲み過ぎじゃないか!? 吐くから止めといた方がいいと思うぞ」
チルクラシアは、3分に一度、コップ一杯の水を飲んでいた。
それにも関わらず、彼女は異様に喉が乾いているのか、空のコップを見つめ続けている。
フリートウェイ「痛み止めってあるか? あるならそれを飲んで様子を見よう」
チルクラシアはバッグから薬が入った透明のケースを取り出す。
仕切りでキレイに6つに分けられており、
6種類に分けられた錠剤は蓋が閉じる限界まで入っていた。
思わず顔をしかめてしまったフリートウェイは我に返ると、チルクラシアに早く薬を飲むように勧める。
フリートウェイ「早く飲みな」
チルクラシアドール「はーい・・・」
チルクラシアは強めの効果がある痛み止めの錠剤2錠をあっさり飲んでしまった。
フリートウェイ(手慣れているなぁ・・・・・・)
チルクラシアドール「にゃにゃにゃ(いつものこと、だもん)」
フリートウェイ「・・・慣れたってことだろ?」
チルクラシアドール「うん」
チルクラシアにとって、服薬は『いつものこと』であり日常生活と(ある意味)密接な存在・関係にあった。
1種類でも薬を飲み忘れてはならないほど危険で不安定な体調なので、内服薬はレクトロが管理している。
チルクラシアは頓服薬しか持てない。
持っている6種類あるうちの4種類は鎮痛剤、残りの2つは制吐剤だ。
フリートウェイ(消化器系の不調、か・・・?)
薬を見ただけで、フリートウェイはチルクラシアの消化器系の不調を察する。
ここで倒れられても吐かれても困るフリートウェイは彼女に『人間では実現出来ない』提案をする。
フリートウェイ「・・・先に城へ行こうか?」
自分とチルクラシアの『転送』だ。
本物そっくりの影だけを置いて先に行こう、ということだ。
チルクラシアドール「にゃにゃ!(『行けるの!?』)」
フリートウェイ「行こうと思えばな」
フリートウェイ「・・・後、チルクラシアに聞きたいことが1つだけあるんだが、それは後でもいいか」
フリートウェイはチルクラシアを両手で抱き抱える。
チルクラシアも、両腕を彼の首に巻き付ける。
フリートウェイ「こんな狭苦しい場所にいる必要もないだろう?」
フリートウェイ「先に行ってしまおうぜ」
〇宮殿の部屋
フリートウェイは、チルクラシアを両手で抱いて『ロア』の城の一室に転送していた。
極度のストレスとブロットの過剰蓄積により衰弱している彼女を、フリートウェイは城の一室の巨大な天蓋付きのベッドに寝かせる。
フリートウェイ「大丈夫・・・じゃなさそうだな」
冷静にチルクラシアの状態を確認するフリートウェイ。
目を少しだけ細め、朝方の彼女の状態を思い出す。
フリートウェイ(朝・・・は、特に異常は無かったな。 城に移動する途中から具合が悪くなったのか)
寝起きが絶望的に悪いチルクラシアだが、今日はちゃんと朝食を食べ、支度をして、いつでも外出できるようにはしていたはずだ。
フリートウェイ(心当たりはもう1つしか無いか・・・)
やはり、突然の移動がストレスの原因のようだ。
フリートウェイは、チルクラシアの隣に寝転がって、彼女の胸と腹を締める帯を少しだけ緩ませた。
フリートウェイ「宝石に触るぜ。 動くなよ」
チルクラシアの胸元にある黒く濁った宝石に指先を置く。
宝石からは心臓の音が聞こえたような気がした。
指先を宝石に置いて数分。
チルクラシアのブロットはフリートウェイの指先に入っていく。
フリートウェイ「う・・・・・・」
呻き声の出来損ないのような声が出る。
フリートウェイ(重い・・・)
チルクラシアのブロットを大量に取り込んだせいか、フリートウェイは倦怠感を感じていた。
チルクラシアドール「にゃなな・・・?(『大丈夫・・・?』)」
顔色が急に白くなり、小さな呻き声をあげたフリートウェイが心配になったのか、チルクラシアは声をかける。
フリートウェイ「身体がちょっと重いだけだから大丈夫・・・」
『大丈夫』、とは言ったものの、ただの強がりである。
フリートウェイ「チルクラシアこそ、大丈夫なのか?」
フリートウェイは、チルクラシアに自分の具合を察することがないように話題を変える。
チルクラシアドール「・・・・・・」
チルクラシアドール「うん」
フリートウェイ「何だ今の間は」
・・・確かに、明らかに変な間が空いた。
フリートウェイ「何か隠していないか?」
フリートウェイは、チルクラシアが何かを隠していることを疑う。
チルクラシアドール「いいや?」
フリートウェイ「嘘をつくのが下手だな。 顔に全部出ているぞ、分かりやすいな」
フリートウェイ「はぁ・・・・・・」
チルクラシアは嘘をつけない。
不自然すぎる笑顔を見たフリートウェイは大きくため息をついた。
フリートウェイ「オレ、そんなに頼りないか・・・?」
異形倒しという理由で、チルクラシアと離れたことは数回ある。
だが、それ以外で離れたことはほとんどないはずだ。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
答えが無いのがとても辛い。
せめて、何か言ってほしいものだ。
二人の間には何とも言えない空気が流れている。
フリートウェイは自分が思っているよりも、チルクラシアの感情が薄いことがショックだった。
・・・と同時に、チルクラシアには『言葉』でなく『態度』や『行動』でしか自分の感情を伝えられないことに気づく。
〇宮殿の部屋
フリートウェイ「・・・それはオレが嫌なんだよ」
ベッドに座るチルクラシアを、フリートウェイは彼女の頭の下に手を差し込んで前から優しく抱きしめる。
チルクラシアは驚きのあまり、フリートウェイを抱き返せないままだ。
フリートウェイ「・・・身体の具合があまり良くないことを隠していただろ」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
図星をつかれたのか、愛想笑いを浮かべている。
チルクラシアの顔を見たフリートウェイはため息をついた。
フリートウェイ「オレに隠し事はしないでくれ」
『一番近くにいる自分に頼られたい』のと『何かあっては遅い』というそれぞれ別の意味で重い理由。
どちらが重たいかをチルクラシアに悟られないように、フリートウェイは目線を少し下げる。
フリートウェイ「頼ることは恥でも悪いことでもないぞ」
フリートウェイ「何かあったら、必ず助けに行くから」
フリートウェイ「当然、危害は加えないさ。 安心してオレに身を委ねてくれ」
フリートウェイの誓いは紛れもない『本心』からによるものだった。
それを察したチルクラシアも、漸くフリートウェイを抱き締め返す。
チルクラシアドール「ありがとう」
抱き締めながらもお礼はしっかり言うチルクラシア。
部屋に帰ってきたからか、フリートウェイにブロットを大量に抜かれたせいか、彼女の精神状態と体調は安定しつつあった。
チルクラシアドール「・・・でも、お返ししてないなぁ」
フリートウェイ「お返し? オレは当然のことをしただけさ。 何もいらないぞ」
彼女の華奢すぎる腰を抱く腕の力を少し強めながら、フリートウェイは『見返りは不要だ』と言う。
だが──
チルクラシアドール「目を閉じててほしいの」
フリートウェイ「・・・?」
誰よりも何よりも近くにいるのに、『目を閉じろ』と言うチルクラシアを不思議に思いながらも、両目を閉じる。
フリートウェイ「・・・何するんだ?」
フリートウェイはチルクラシアの気がすむまで両目を閉じて待つことにした。
が、
視覚から入ってくる情報が無くなったせいか緊張してしまい、両手に余計な力が入る。
フリートウェイ(あぁ、ちょっと痛かったかもしれない)
・・・と思いつつも、力を抜くことは出来ない。
一方のチルクラシアは、両目を閉じたフリートウェイの頬を袖で撫でていた。
チルクラシアドール(顔がキレイだなぁ)
フリートウェイは、とっても美形だ。
だが、目付きがすごく鋭い。
特徴的な赤色の瞳を少し黒に濁らせ、その状態で様々な感情や表情を見せてくれる。
自分以外の相手にも優しいのかはチルクラシアに分かる術はないが、彼女に対してはとても優しい。
不調で精神が安定していない今も、フリートウェイに危害を加える可能性がいつもより少し高いのに自分から離れない。
チルクラシアは、そんなフリートウェイが好きだった。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
チルクラシアドール(これはどんな『感情』なんだろう)
フリートウェイの表情が一瞬歪んだことを、チルクラシアは見逃さない。
それは後で教えてもらうことにして、今自分がやりたいことを考える。
──あ、レクトロから教わった『人が喜ぶこと』をしてみよう。
そう思った──そう『思ってしまった』チルクラシアは、フリートウェイの右目を指先でなぞる。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・・・・」
一瞬何かを考えたチルクラシアは、フリートウェイの右目の目蓋にキスをする。
フリートウェイ「!!!」
目蓋にキスをされたことを察したフリートウェイは驚いたかすぐに両目を開ける。
咄嗟に目元を覆い天を仰いだフリートウェイとは裏腹に、何かまずいことをしたのかと首を傾げるチルクラシア。
天を仰ぐのをやめたフリートウェイは大きなため息をついた後、濁った赤い瞳をチルクラシアに向ける。
フリートウェイ「・・・・・・何故こんなことを」
チルクラシアにキスの意味は知らないはずだ。
何となくでやったとしても、どうして目蓋を選んだのだろう。
フリートウェイは、それが不思議でたまらなかった。
フリートウェイ「オレ以外にそんなことやるなよ?」
チルクラシアドール「なんで?」
フリートウェイ「・・・『何で』って言われてもなぁ・・・」
まさかの『説明を求められる』という状況にフリートウェイは困惑する。
正直、何て言えばいいか分からないフリートウェイだが、それっぽいことを言おうとした。
フリートウェイ「オレは多分、自分が思っているより嫉妬深いんだと思う」
チルクラシアドール「『嫉妬』? それは何?どんなの?」
フリートウェイは、チルクラシアの『嫉妬とは何か』という問いに、別の意味で困ってしまうのだった。
フリートウェイ「それはな・・・ あー・・・何て言えばいいか分からない・・・」
フリートウェイ「少なくとも、あまり味わいたくない気持ちだな」
チルクラシアドール「???」
フリートウェイの言っていることが理解できなかったチルクラシアは、とりあえず彼の胸に頭をくっつける。
フリートウェイ「おい・・・ 別にいいけどさ・・・・・・」
胸元を押し付けられたチルクラシアの頭をどうにかしたいと考え込みながら、チラッと開いたドアを見つめたが──
〇要塞の廊下
シリン・スィ「恋人みたいじゃない!」
レクトロ(チルクラシアがキスを・・・!?!?! え、マジで!?)
部屋のドアがよりによって半分以上空いていたせいで、レクトロとシリン・スィに(おそらく)途中から見られていたのだった。
〇宮殿の部屋
照れ隠しか、それとも。
フリートウェイは何の躊躇いなく、レクトロとシリン・スィに向けて攻撃を始めた。
『フリートウェイ!?急に攻撃しないでよ!!』
フリートウェイ「うるさい!見てただろ!!」
『あらあら、二人とも仲良しね♪』
事実を面白がって言うシリン・スィにはもう一撃。
『事実でしょ!?
何で攻撃的になるのよ!?』
フリートウェイ「さっさとどっか行け!!!」
チルクラシアは無を貫きながらフリートウェイに抱き締められていただけだが、その目付きは『呆れ』に近かった。
〇中東の街
フリートウェイ「さてと・・・ オレは仕事でもしますかね」
フリートウェイはレクトロとシリン・スィにチルクラシアを任せて、異形を倒すことになった。
異形についての情報や異空間の扉が出現する場所を教えてもらっていたため、寄り道せずにまっすぐ目的地へ向かうことが出来た。
フリートウェイ「本当はチルクラシアと一緒にいたいんだが」
フリートウェイ「『お前達』はそれを許してくれないんだろう?」
フリートウェイ「だったら、オレは『お前達』を潰す。 それしかない!」
開かれた異空間の扉を見下ろし、刀の『刀身』を作り上げるフリートウェイ。
『半透明の不安定な刀身』で異空間との壁を破壊する。素手で殴ることも出来たが出血するので止めた。
フリートウェイ「さぁ来いよ・・・ 叩き潰してやるからな!!」
異形のせいでチルクラシアと会えないと思っているフリートウェイはイライラしながら異空間に躊躇いなく侵入した。
〇中東の街
──そして、哀れなことが起きた。
姫野晃大「・・・ん?」
チルクラシアの友人兼ロア出身の学生である姫野晃大が、フリートウェイの後ろを着いてきていたのだ。
姫野晃大「何かおかしくない?」
違和感を感じ、前に進もうとしたその時──
突然、晃大に向かって、刃が半透明のナイフが一本投げられた。
避けようとも思ったが、他人に当たってしまうのは嫌だった晃大はあえて避けない。
ナイフは、晃大の右肩に命中した。
右手が利き手である晃大からしたら、日常生活が不便になる『大怪我』だ。
姫野晃大「痛たた・・・」
出血していないことを確認し、刺さったナイフを抜こうとしたら
姫野晃大「────え?」
身体が浮いているような感覚がし、地面を見つめる。
足元には、異空間の扉が開かれた状態で存在していた。
姫野晃大(──あ・・・)
姫野晃大「ぎゃああああぁぁぁ!!!!!」
〇仮想空間
投げナイフが身体に直撃した隙を突かれるような形で、姫野晃大は異空間へ一人転送されてしまったのだった。
姫野晃大(うわっ、うわわ・・・・・・ これはまずいぞ!)
流石に命の危険を感じたが、落下による怪我はない。
右肩に刺さったナイフによる失血も無い。
ただ鈍い痛みがあるだけである。
姫野晃大「どこだよ此処・・・」
一般人に異空間や異形の存在を知ることはない。
故に、何も知らない晃大は仕方なく前を歩くことしか出来ない。
姫野晃大「あれ、は」
歩みを止め、前を凝視する。
彼の視界の先には、何故か宝石だけが不自然に浮いていた。
姫野晃大(誰かがいたりして)
何者かの存在を何となく感じた晃大は、一歩だけ前に進む。
姫野晃大「!??!!?!?!?!!?!」
──見てしまった。
『見てしまったモノ』の姿に驚愕し、後ずさる晃大。
右肩の鈍い痛みはほぼ忘れ、視界だけは決して『それ』から外さない。
姫野晃大(ヤバイの見ちゃったかも・・・)
〇黒
怯えと驚きの感情を顔に浮かぶ晃大の目の前に、『見られたモノ』はため息をつく。
何かを諦めたように、額に張られた『赤色の濁った瞳が描かれた人間の目の紙』を、晃大の目の前に落とし、その顔を見せる。
──『オレが視認出来るのか?人間』
フリチル!フリチル!
そして最後に彼が、彼が!