九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第10回『流露不可能』(脚本)

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〇集中治療室
  ──レクトロがロアの『王』へ会い、シリン・スィが帰路へついた頃
  ──先に帰っていたフリートウェイは、処置室にいた。
フリートウェイ「ナイフは無いか?」
  90m²超の広い処置室の中、数分にわたって探し物をしている。
  フリートウェイは、瀉血専用の小型ナイフを探していた。
  初戦の後のレクトロがやけに焦っていたような気がしたフリートウェイは、自分の身体の『構造』を知ることにした。
  『異形倒し』とは別の目的を得たフリートウェイだがそれは本当にいいのか、それとも・・・
  第10回『流露不可能』
フリートウェイ「ここにしか無いはずだが・・・・・・」
  処置室にある棚の引き出しを片っ端から開け続けること数分。
フリートウェイ「見つけた」
  採血はレクトロにされたことがあったが、
  当時は消耗のあまりまともに受け答えすら出来なかった。
  そして、その後の記憶は曖昧だ。
  ただ『レクトロに何かされた』ことだけはハッキリと覚えている。
フリートウェイ(・・・・・・ちょっと、なぁ・・・)
  自ら腕を切って流血するのは流石に怖いようで、表情を歪める。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「仕方ないか・・・・・・」
  意を決したか、目を閉じたフリートウェイは、左腕を小型ナイフの刃で切りつける。
フリートウェイ「・・・っ」
フリートウェイ(ちゃんと『痛覚』はあるんだな・・・・・・)
  左腕の創傷から出てくる血液は、彼が『作り出した』試験管を半分満たす。
フリートウェイ「少し痛いな・・・ 自分でやったことなんだけど」
フリートウェイ「チルクラシアに『痛み慣れ』だけはしてほしくないな」
フリートウェイ「だから、オレが痛み慣れしなきゃ・・・ チルクラシアの負担を少しでも減らすんだ」
  色々言いながらも、彼が持つ『再生能力』で傷を癒す。
  が、痛みだけはあるようで動かすのが少し嫌になっていた。
フリートウェイ「あー・・・深く切ったかな・・・・・・ 治したはずなのに痛いや・・・・・・」
  鈍く痛むせいで気力が無くなる。
  だが、気力を無くしてはいけなかった。
フリートウェイ「何事も、時間が勝負だったな」
フリートウェイ「早くしないと、血が濁ってしまう」
  フリートウェイの血液は、少し時間が経過したためか赤色から紫になりかけていた。
  ──常人では起こり得ない現象である。
フリートウェイ「・・・次は隣の部屋に行けばいいか・・・」
  軽い貧血か少し重たくなった体で、処置室の分厚く頑丈なドアを開けるのは難しいようだ。
  フリートウェイは、試験管を片手に、ドアの前で突っ立ってしまった。
フリートウェイ「開けられる気がしないなぁ・・・」
フリートウェイ「壁からすり抜けたり出来ないか?」
  処置室の扉を破壊するようなことだけはしたくないフリートウェイは、壁をすり抜けて部屋から出ようと考える。
フリートウェイ「やってみるか」
  扉近くの壁に体をつけると、フリートウェイは目を閉じた。
フリートウェイ(・・・・・・・・・・・・)

〇研究装置
  処置室の壁を通り抜けることが出来たフリートウェイ。
  自らの血液で半分満たされた試験管を片手に、彼は処置室の隣の部屋の扉を開ける。
フリートウェイ「ここまでしたんだ、最後までやらせてもらおうか」
  フリートウェイは、レクトロとシリン・スィに内緒でPCの中のファイルをそのまま抜き取ったことがある。
  その中で得た一番の情報は『感情とブロットの分離で精神に作用する薬が出来る』ことだ。
  鵜呑みにしているわけではないが、自分とチルクラシアの『闇』な一面を把握するためにやってみることにした。
  ・・・こんなことがレクトロにバレてしまったら、間違いなく大目玉を食うことになるだろうが。
フリートウェイ「精神薬・・・」
フリートウェイ「シリンはともかく、レクトロにバレたら面倒だ! さっさと作ってしまおうか!」
フリートウェイ「えっと・・・最初は血液からブロットを分離させなければならないんだな」
フリートウェイ「分離作業なんて・・・久しぶりだ」
フリートウェイ(久しぶり・・・? オレ、今までこんなことしたかなぁ・・・ していないよなぁ・・・)
フリートウェイ(まぁいいか・・・)
  『知らないはず』の記憶のごく一部を思い出しかけたが気にしない。
  とにかく他人にバレたくない一心のフリートウェイは、異様に手際よく作業を進めていった。

〇研究装置
  ──30分後
フリートウェイ「完成!」
  PCのファイルの中にあった情報通り、『精神薬』が一瓶完成したのだった。
フリートウェイ「あのファイルの中身は真実だったんだな」
フリートウェイ「良いこと知ったぜ」
  『隠されていた情報の再現』と『目的』に一歩近づいたことに満足したフリートウェイだが、重要なことに気づく。
フリートウェイ「そういえば、こいつに名前ってあったか?」
  『精神薬』の名前である。
  ファイルにもおそらく書いてあったのだろうが、彼には読めない言語だ。
フリートウェイ「・・・勝手に名付けていいかな」
  名前が分からない以上、先のことを調べることは出来ない。
  仮名で良いから、この『精神薬』に名前をつけることにした。
フリートウェイ「・・・」
フリートウェイ「『瘴透水(しょうとうすい)』・・・なんてどうだろうか」
  『瘴透水』・・・
  『伝染病を催す毒気』という意味の『瘴』と『透き通る』という意味の『透』、
  液体の薬であることから『水』という意味をつけた名前だ。
フリートウェイ「何かあっさり決まってしまったような」
フリートウェイ「・・・再現は出来たのはいいが、その使い道が問題だな・・・・・・」
  次に悩んだのはその使い道である。
  『精神薬』は悪用されると取り返しのつかない大惨事を引き起こす可能性がある。
  『瘴透水』も例外ではない。
フリートウェイ「・・・いっそのこと、飲むか?」
  他人に悪用されることは避けたいフリートウェイは、最初は自分が飲むことにしようとしたが──
フリートウェイ「やめた。 チルクラシアに飲ませてみるか」
  チルクラシアに飲ませて様子を見ることにした。
フリートウェイ「そろそろチルクラシアが昼寝から目覚めるはず」
フリートウェイ「おやつを作ってから部屋に行こう」
  チルクラシアのために『差し入れ』を作ることにしたフリートウェイはキッチンへ向かうことにした。

〇システムキッチン
  ──家のキッチン
  処置室の隣の部屋で『瘴透水(ショウトウスイ)』を作ったフリートウェイは、キッチンにいた。
  あまり食事に興味の無さそうなチルクラシアに(何でもいいから)食べさせるためである。
  『甘いものならチルクラシアは食べるだろう』、と思ったフリートウェイは、クッキーを作っていた。
  現在は、焼き上がりを待っている。
フリートウェイ「クッキーならチルクラシアも食べられるだろ」
フリートウェイ「レクトロとシリンには一個もあげないけど」
フリートウェイ「これはチルクラシアとオレのクッキーだからな」
フリートウェイ「出来た出来た・・・」
  オーブンでしっかり焼かれたクッキーは、左端の1つを除いてダイヤモンドの形をしている。
フリートウェイ「・・・何故、1つだけ違う形になったんだろうか・・・」
フリートウェイ「しかもニンジンだし・・・ 何故野菜なんだ・・・?」
  唯一形が違う左端のクッキーは、何故か可愛らしいニンジンの形をしている。
フリートウェイ「チルクラシアの野菜中心の食生活のことは知っているが・・・・・・ ニンジンが特に好きなのか?」
  確かに、チルクラシアは野菜中心の食生活を送っているが、少しだけ肉や魚は食べているはずだ。
  それなのに、何故ニンジンなのだろうか・・・
フリートウェイ「その件はレクトロに聞こう・・・・・・」
  ダイヤモンドの型を使ったのに関わらず、1つだけ全く違う形になる、という変な現象のことは、レクトロに聞くことにした。
フリートウェイ「アイシングがしたいが・・・ それらしいものはあるか?」
  シンプルな出来立てのクッキーでもかまわなかったフリートウェイだが、チルクラシアが飽きて残さないように一工夫をする。
  焼きたてのクッキーにアイシングをしデコレーションすることで、チルクラシアの興味を興味を引かせることになった。
フリートウェイ「無いんだが」
  冷蔵庫に、アイシングペンは無かった。
フリートウェイ「・・・代わりは無いか?」
  代わりを探すも、それすら無かった。
フリートウェイ「これの出番かな・・・」
  焼かれたクッキーが乗る角皿の隣に置かれた瘴透水(ショウトウスイ)を見たフリートウェイは、これが使えるかもと希望を抱く。
フリートウェイ「やってみるか」
  試食のために1つのクッキーを皿に置き、瘴透水を数滴垂らす。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
  瘴透水がかかったクッキーの表側は、赤色──レッドダイヤモンドのようになっていた。
フリートウェイ「・・・・・・こんなことして大丈夫かぁ? 本当は良くないんじゃ・・・・・・」
  何を今さら。
フリートウェイ「食べてみるかな・・・」
  少しだけ躊躇うフリートウェイは、それを口に入れる。
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイ「普通のクッキーだな・・・ 味に影響は無さそうだ」
フリートウェイ(料理に混入しても誰にもバレることはない・・・って考えたら恐ろしいな)
  モグモグしながら、フリートウェイは
  悪用された時のことを考える。
フリートウェイ「・・・こんな危険物、オレかレクトロくらいしか作れないだろう」
フリートウェイ「クッキーの装飾はチルクラシアに任せようか」
  『人間にこんな危険物は作れない』と解釈したフリートウェイは、まだ残っている瘴透水をアイシングペンに変化させる。
  クッキーを大皿に乗せ、右手だけで持つと、彼はキッチンを出ていった。

〇可愛い部屋
  ──チルクラシアの部屋
  チルクラシアは五分前に目を覚まし、片目を擦っていた。
チルクラシアドール「そろそろ起きなきゃ・・・」
チルクラシアドール「本当は眠たいんだけどね・・・ ずっと寝れるくらいに」
  布団から出て、背筋を伸ばそうとしたその時──
チルクラシアドール「!」
  出来立てのアイシングクッキーが大量に乗せられた大きな皿を、軽々片手に持ったフリートウェイが顔を覗かせる。
フリートウェイ「起こしてしまったかい?」
チルクラシアドール「起きたばっかりだけど・・・ 起こされたわけじゃないよ」
チルクラシアドール「おやつ?何か持ってない?」
  クッキーに反応したチルクラシアは、自分の部屋の扉を開け、彼を中に招き入れるように両腕を上に広げている。
  チルクラシアが積極的に他人を部屋に入れることは、今まで一度も無かった。
  この状況をレクトロが見たら、物凄く驚くか、喜びのあまりチルクラシアに引かれるだろう。
フリートウェイ「気づくのが早いな」
フリートウェイ「クッキーを作ったんだ。 これならチルクラシアも食べられるだろう?」
  チルクラシアの笑顔を見たフリートウェイは、大皿をベッド近くのテーブルに置く。
チルクラシアドール「見せて見せて」
  ダイヤモンドの形のクッキーがたくさんあるが、唯一のニンジン形のクッキーは異様な存在感を放っていた。
  そして、チルクラシアはニンジン形のクッキーに手を伸ばしかける。
  氷水とアイシングペンが入ったコップの存在を確認したからだ。
チルクラシアドール「コップに何が入ってるの?」
チルクラシアドール「食べ物には見えないなぁ・・・ 調味料?」
フリートウェイ(調味料と認識するのか・・・ 単品で食べるものではないのは事実だが)
  チルクラシアはクッキーは知っていたが、アイシングについて知らないようだ。
フリートウェイ「これは『アイシングペン』というものでな・・・ おやつのデコレーションに使うものだ」
フリートウェイ「クッキーの表面に模様を書いたり 好きな色に塗ることが出来るぞ」
チルクラシアドール「塗り絵が出来るってこと?」
フリートウェイ「食べ物で遊ばない」
  『塗り絵』という予想と斜め上の言葉が来て困惑するフリートウェイだが、チルクラシアは目をキラキラさせている。
フリートウェイ「少しでも楽しんでもらおうと思って、自作したんだ」
フリートウェイ「シリンには話してもいいが、レクトロには言わないでくれよな、頼む」
フリートウェイ「バレたらちょっと面倒でな・・・」
フリートウェイ「これはオレとチルクラシアの『秘密』、ということにしておいてくれよ」
チルクラシアドール「『秘密』・・・」
チルクラシアドール「分かった」
  チルクラシアは誰かと物事を『秘密』にしたことは無かったため、どうすればいいかがあまりよく分からなかった。
  とりあえず、レクトロだけには言わないことにした彼女は赤色のアイシングペンを持つ。
チルクラシアドール「♪~」

〇可愛い部屋
  チルクラシアはアイシングにハマったのか、クッキーを食べるべきことを忘れて落書きしていた。
フリートウェイ「・・・早く食べた方がいいぞ」
チルクラシアドール「そう? でも、楽しいんだもん」
フリートウェイ「今はいいけど、本当は食べ物で遊んではいけないんだぞ・・・・・・」
  チルクラシアの落書きが施されたクッキーを、フリートウェイは淡々と食べていた。
フリートウェイ「このクッキーは全部チルクラシアのものなのに、オレが半分くらい食べてるような・・・・・・」
  フリートウェイの予感は的中している。
  彼は、チルクラシアのために作ったはずのクッキーを『食べさせられていた』のだ。
チルクラシアドール「!」
フリートウェイ「オレはもうお腹いっぱいだ」
フリートウェイ「残りは君が全て食べてほしいんだ」
フリートウェイ「ま、食いきれなかったらオレが食べちゃうけど」
  (チルクラシアには優しい)フリートウェイは、彼女に強制することなく、食べることを勧めた。
チルクラシアドール「やったー!」
  嬉しそうに笑顔を浮かべたチルクラシアは、クッキーを頬張る。
フリートウェイ「・・・喜んでもらえたようで何よりだ」
  目の下には隈があるが嬉しそうな表情を浮かべたチルクラシアを見たフリートウェイは安堵の息を吐く。

〇荒廃した街
  ──笑顔を浮かべていたチルクラシアだが、彼女は知らなかった。
  ──フリートウェイが特殊な1工程を挟んで、アイシングクッキーを作ったからなのか
  数分前は平和だったロアの都市部は、大変なことになっていた。
────「誰、か・・・・・・」
兵士「助け、て・・・・・・」
  都市部に住む者達が、気力と生命力を失い次々と倒れ、死んでいく。
  死に際の小さな呻き声すら、レクトロやフリートウェイ達に届くことはない。
  その光景はまさに『地獄絵図』と呼ぶにふさわしいだろう。
  都市部の人間たちは、何が起こっているか分からないまま死んでいった。

次のエピソード:第11回『執染』

コメント

  • フリートウェイが色々やってて面白い回でした。
    多芸だなあ。

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