2.映画館(脚本)
〇映画館の座席
行七夏々都「――で。なにが楽しくて、お前と映画・・・・・・しかもよくわかんない趣向のやつを」
つまらないこだわりを披露すれば、ぼくは、普段、映画は一人で観るタイプだ。
佳ノ宮まつり「しー、ナナトはちょっと、うるさいんだ」
佳ノ宮まつり「店にどーんと映画の割り引きフェアの垂れ幕があるのを見たら、行かないわけにはいかんのだよー」
行七夏々都「はあ。いいけどさ・・・・・・」
割り勘でいくらか食べ歩き、ある程度腹がふくれたと思ったら、
唐突にまつりにポップコーンが食べたいよ、なんて、言われて、いつの間にかシアターコーナーまで来てしまった。
しかも、ポップコーンは買わず、マニア向けっぽい映画のチケットを買うことに。
あ、これ見たかったんだよ今日は運がいい、とか誇らしげに言っているまつりに押された形だ。
わかることはほとんどないとはいえ、それでも長年、腐れ縁で近くに居て、感想として思ったことだが、
こいつは、食欲やらいろんな欲求を「興味」や「好奇心」が置き去りにしてしまうみたいなのだ。
きっともうポップコーンの存在はすっかり消え失せているだろう。
行七夏々都「――しかし、なんだろうこの・・・・・・食後で良かった感は」
踊り出すローストチキンとか、男の身体中に貼り付けられたハムとか、ううん・・・・・・? 宇宙人が・・・・・・
フォークとナイフに乗りうつって?
歌いながら激しく飛び散るチョコレートケーキに、パーティー会場がパニックに・・・・・・
ああ、食べ物が・・・・・・食べ物が粗末に・・・・・・
――――会場には、人が、ぽつぽつとまばらにしかいなかった。
おじさん率と、眼鏡率が高いのは、単なる偶然だろうけど。
〇映画館の座席
何か琴線に触れる内容だったんだろうか。
右隣で、まつりはきらきらとした目で、スクリーンに見入っていた。
たまに、ぼそっと呟いた独り言(「あ・・・・・・」とか、「おお?」程度だ)に、隣からうるさい、と注意されたりもして。
しかし数分で画面の光景にも慣れて、ぼくも気が付けばすっかり見入っていた。
ここが映画館ということも忘れるくらいに。
ちなみにセリフはほとんどない。
画面はセピア色だったり、どきどきカラーになったりする。
ほとんど持ち合わせない想像力を必死に使うので、少し頭がくらくらしてきた。
――――そのまま、話も、だいぶん中盤くらいになった頃だった。
〇映画館の座席
佳ノ宮まつり「ねぇ、ナナト・・・・・・」
珍しく、まつりから声をかけてきた。
ぼくはびっくりして、3秒ほど固まった後、まつりの方を見る。
行七夏々都「なんだよ、手洗いか」
佳ノ宮まつり「違う」
まつりは真顔だった。
ただまっすぐにこちらを見ていた。
考えが読めないのはいつものことだけど、今は、更に増して、わからない。
行七夏々都「何かあったのか」
佳ノ宮まつり「いや」
行七夏々都「じゃ、なんだ」
佳ノ宮まつり「いる」
いる。
それだけを、言われたので、どうしろというのかわからない。
なんだ、お化けか? 宇宙人や侵略者か。存在の有無だけを告げられても、困ってしまうが。
行七夏々都(まさか、ティッシュかハンカチが必要かどうかなんて場面には思えないし)
行七夏々都「何が?」
佳ノ宮まつり「・・・・・・ん。最前列、右隅の・・・・・・」
まつりの声は少しだけ震えているようだった。
言われた方を見る。
(ちなみに、ぼくらは出口に近い方に居たくて、後ろから三列目にいる)
前の方の席はがらあきなので、人影の判別はそれなりにしやすく、すぐに、見つけることができた。
行七夏々都「・・・・・・女の子?」
小さな女の子が、その辺りの位置に座っているのを見つけ、聞いてみる。
7~10歳くらいだろうか。小学校に入りたて、みたいな感じだった。肩まで伸ばした髪の後ろをちょっとだけ結んでいる。
佳ノ宮まつり「なんで、ここに」
まつりの言う意味が、やっぱりわからなかったので、聞いてみる。もちろん小声。
行七夏々都「あの子が、なんだよ。あっ、もしかしてこれ、R指定だったか?」
佳ノ宮まつり「いや、そうじゃない。ただ、知り合いに似てたから。しばらく会ってないけど、つい二年前に、いなくなったんだ」
行七夏々都「行方不明ってことか? 誘拐とか?」
佳ノ宮まつり「脱走した」
行七夏々都「脱走って・・・・・・」
佳ノ宮まつり「まつりは、あの場所から連れ出してもらったけど・・・・・・」
〇お化け屋敷
連れ出したのはぼくだった。
過去に、ある惨劇の現場になったまつりの家から、
ぼくが、まつりを連れ出して逃げてきたことが、かつてあった。
〇草原
いつまでも犯人がわからず、存在さえ朧気になっている、ある一家惨殺事件
あの家は、その現場だ。
佳ノ宮まつり「ほんとうは、わかってるんでしょ」
計画したのは、うちの父と、まつりのところの誰かだというのを、実は、当時のぼくは、勘づいていた。
行七夏々都「いや、何もわからないよ」
まつりは赤く染まった白いワンピースで、腕と首には赤が滲む包帯を巻いて、傷だらけで、ふうん、と言った。
ぼくはその日、外にいただけで、
まつりを偶然発見しただけなのでしただけなので
中で何人の誰が、どうしていたのかは、詳しく知らない。
複数人が、酷く暴れていたということしか。
〇映画館の座席
佳ノ宮まつり「あの、やってきたグループの中に、あんな子が、いたんだよ」
人払いされているみたいに、なぜか、そのとき、嫌なほどに辺りに目撃者は居なかったから、
それは、当事者しか、知らない情報だ。
行七夏々都「・・・・・・グループに。でも、どうして脱走したなんて、知って」
佳ノ宮まつり「ちょっとね」
行七夏々都「・・・・・・えっと、それと、どうして今、ここに、その――」
佳ノ宮まつり「・・・・・・・・・・」
反応が無いと思って、隣を見たら、まつりは既に映画を観る方に徹していた。
さすが、集中するのが早いというか、切り替えが突然というか。
ナイフとフォークが、ワルツを躍りながら七面鳥を切り分けている。
しばらく映像を見ていなかったせいで、特に前知識もないぼくは、何がどうなっているのか、もう付いていけない。
結局、しばらくして上映が終わったが、ぼくはほとんど内容が、頭に入っていない。
エンドロールでタイトルを見てから
行七夏々都(あれ? これ知ってる気がする)
と漠然と思ったけれど。