双つの顔のお狐様

北條桜子

第14話 『婚約破棄』(脚本)

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〇綺麗なリビング
遠山陽奈子「もしかして、嘘じゃないの?」
遠山陽奈子「烏丸くんが言ってた通り、あの神社は妖狐を鎮めるために建てられたものなの!?」
満弦「烏丸 ・・・? 数日前に陽奈子と共にいた、あの男か」
遠山陽奈子「ねえ、満弦! どうなの!?」
満弦「五月蠅い! そんなことより、何故また陽奈子の口からあの男の名が出てくる!?」
満弦「またあやつと密会しておったのか!?」
遠山陽奈子「烏丸くんとは同じ史学科だから、顔を合わせるだけで ・・・!」
遠山陽奈子「って、そうじゃなくて! 月ノ森神社のこと、どうして答えてくれないの!?」
満弦「話を逸らすな!」
遠山陽奈子「逸らしてるのは、満弦でしょ!!」
遠山陽奈子「何なの? 何か隠してるの? 烏丸くんが言ったことは本当なの!? 違うなら、ハッキリそう言ってよ!!」
満弦「・・・わしが信じられぬのか?」
遠山陽奈子「そうじゃない。そうじゃないけど」
  満弦の目が、冷たく沈む。
  まるで妖怪を前にした時のような、無情さを称えた目だ。
遠山陽奈子(なんで、そんな怖い顔するの?)
遠山陽奈子(そんなに聞いちゃいけないことだったの?)
遠山陽奈子(それって、伝承が本当だから? 満弦が妖怪だから?)
遠山陽奈子(だとしても、私 ・・・私は ・・・)
  私は、両手を固く握りしめて、真っ直ぐに満弦を見返した。
遠山陽奈子「私は満弦を信じてる。 だから本当のことが知りたいの」
満弦「お主が知る必要などない」
遠山陽奈子「何で、そんな言い方 ・・・」
  ついさっきまで私を包んでいた、溶けてしまいそうなほどの幸福感なんて、すっかりなくなって。
  満弦の冷ややかな声だけが耳にまとわりつく。
遠山陽奈子(でも、信じたい。私は満弦を信じたい)
遠山陽奈子「私、満弦の言うことならちゃんと受け入れる。だから──」
満弦「それで、お主の意に沿わぬ言葉が返ってきた時はどうするつもりじゃ?」
遠山陽奈子「え?」
満弦「お主は疑っておるのだろう?」
満弦「このわしが、神などではなくただのあやかしなのではないかと」
遠山陽奈子「ち、違う。私は ・・・!」
満弦「何が違う!?」
満弦「わしの言葉を信じず真実を暴こうとしておることを、どう説明する!?」
遠山陽奈子「それは ・・・好きだからだよ!」
遠山陽奈子「満弦が好きだから、もっと知りたいって思ったの! それの何がいけないの!?」
満弦「そうやって、好きだの信じるだのと口にしても、真実を知れば簡単に手の平を返す!」
満弦「それがお主ら人間というものであろう!!」
遠山陽奈子「何よそれ」
遠山陽奈子「満弦こそ、私を信じてないんじゃない! 人間なんてひとくくりに言わないでよ! 私はそんなことしない!」
満弦「お主とて、あやかしをひとくくりに嫌っておったろうに。よう言う」
  どこか自虐的な笑みをこぼず満弦を前に、私は自分がどれほど勝手なことを言っているかに気づいた。
  確かに、人間だとか妖怪だとか神様だとか。そういう“くくり”を気にしていたのは、私のほうだ。
遠山陽奈子「で、でも、それは ・・・今まで色んな妖怪にひどい目に合わされてきたからなわけで」
満弦「ならばわしが、人間に散々な目に合わされてきたから信用できぬのだと言えば、納得するのか?」
遠山陽奈子「それは ・・・っ」
遠山陽奈子「でも ・・・私が言いたのは、そういうことじゃなくて」
  唐突に、視界がぼやけてきた。
  訳の分からぬ悔しさがこみ上げて、涙が出る。
遠山陽奈子(そりゃ、私は妖怪なんてって言い続けてきたけど ・・・でも ・・・)
遠山陽奈子「もし! もしも満弦が神様じゃなくて妖怪だったとしても、私は満弦のことは嫌いにならない!」
遠山陽奈子「絶対に嫌いになんかなったりしない! だからっ ・・・だから、私のことは信じてよ!!」
  ボロボロとあふれ出る涙を止められず、気づけば私は、子供のようにしゃくりあげながら叫んでいた。
満弦「・・・・・・」
遠山陽奈子「なんで、何も言ってくれないの?」
満弦「すまぬ」
遠山陽奈子「なんで謝るの!?」
満弦「お主を、泣かせたかったわけではない」
遠山陽奈子「私が聞きたいのは、そんな言葉じゃない!」
満弦「すまぬ ・・・陽奈子」
  涙の止まらない私を、私以上に泣きそうな顔の満弦が、あやすみたいに抱きしめてきた。
  さっきと同じ優しい腕なのに、今はちっとも温かく感じない。
遠山陽奈子「やだ! 離して! 誤魔化さないで!!」
満弦「陽奈子 ・・・」
遠山陽奈子「言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってよ!」
遠山陽奈子「満弦が何でも、私は受け止めるから。 だから隠し事なんて、しないで ・・・」
  耐えきれずに嗚咽が漏れる。
  満弦は、それでも何も言ってはくれない。

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