丸いサイコロ

たくひあい

1.二度夢の午後(脚本)

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〇綺麗なダイニング
  ぱち、そんな音がするほど、目覚めだけは鮮やかだった。
  意識が少しずつでも戻ってくると、体はまだ動いてないっていうのに、
  もう既に完全に起動したところなんだと思い込んでしまったらしい。
  起きて歩こうとして、うまくいかず、寝ていたソファーから盛大に転げ落ち、
  ついでに、かけてあった布団も落ちてきた。
行七夏々都「うげっ」
  腹を打ちながら倒れて、布団からなんとか這い出て、ため息をつく。
  ・・・・・・最近、疲れているんだろうか。
  例えようの無い不安が襲ってきて、静寂が、気味悪く感じて、なんでもいいから喋ってみることにした。
行七夏々都「頭が、いたい」
行七夏々都「起きてすぐに、二度寝というか、居眠りは、あまりよろしくないよなあ・・・・・・」
  まったく、おかげで今朝は嫌な夢を見てしまった。
  きっとよく眠れていなかったのだ。
  起きてみると、内容もあまり思い出せないけれど。
行七夏々都(ん? ソファーから落ちた?)
  辺りを見ると、フローリング。淡いオレンジの壁。そしてオレンジのソファー。壁には謎の小さな絵画。
  ──一瞬、ここはどこなんだ? と焦りかけてから、ここが、ぼくの自宅の、しかもリビングだった、と思い出した。
  引っ越して何日も経ったのに、どうも慣れない。
  そういえば、昨日は夜更かしして、寝室に戻らなかったのだ。
行七夏々都(せめてこれからは夜更かしに気を付けよう)
  そこへ、何かに気付いたのか、気まぐれなのか、同居人の佳ノ宮まつりがやってきた。
佳ノ宮まつり「・・・・・・」
  ぼくを、不思議そうにちらっと見る。
  そして、手に持っていた袋を奪うように雑に持っていった。
  そして自分の髪どめ、にしてはちょっと幼い子向けという感じの(めったに髪なんか結んでないが)
  うさぎさんのゴムを無言でくくりつけると、
  袋を渡して、それでまた、奥へと消えていく。
行七夏々都「・・・・・・」
行七夏々都「・・・・・・あ」
  礼さえ言えなかったと気付いたのは、周りに誰もいなくなってからだった。

〇殺人現場
  ぼくはフック状のもの、それから、輪ゴムや球体なんかは、今になってもどうも苦手だ。
  昔よりはマシだが、弾力があったり柔らかいものは今でも好きじゃない。
  凶器でさえなかったら人は何の抵抗も無くそれを使い、何の罪悪感も抱かない。
  力一杯、誰かに向けても、平気な気がしてしまうのかもしれないから。
  この前、近くに居た高校生からコンクリートの上から輪ゴムをばら撒かれた事があるときにも
  彼らに『悪意』はなく、人を殺そうとすら考えていないのだと、それが一番恐ろしかった。
  生粋の殺人犯に、悪意など無いように。
  ただ救おうと、善意を向けて来る彼らのように。

〇綺麗なダイニング
  今日は暇だったので、さっき会ったばかりのその人物を探す。
  布団をかけてくれたのもあいつだろうか?
  詳しい年齢はよくわからないが、同年代くらいだと聞いている。
  部屋にいるかと思ったが見つからないので、どうしたのかと思っていると
  まつりは、一階の窓際で、自分の洗濯物を取り込んでいた。洗濯は別々だ。
行七夏々都「おーい」
  部屋の中から声をかける。開いた窓からの光で、フローリングはぽかぽかだった。
  室内をぼんやり見ていると、少しして、やっとまつりが振り向いた。
  物干し竿から衣類を外し終えて、かごにいれながらこちらをうかがう。
  少し伸びてきた髪を鬱陶しそうに耳にかけていた。
  そろそろ切るのだろうか?
佳ノ宮まつり「何?」
行七夏々都「あ、うん」
  まつりは、要件は何、と、じっと見つめてきた。
  そんなにシリアスな話じゃないよ、と伝えるべく、トーンをあげて誘う。
行七夏々都「あのー、暇かなってさ」
佳ノ宮まつり「んー、どうしたの」
行七夏々都「外に、食べに行かない? たまにはさ」
佳ノ宮まつり「うぅううぅううーん」
  すごく悩まれる。
  出掛けたくないのかもしれない。
  もし嫌なのだったら、と言おうとしていると、行くよ、と返ってきた。
行七夏々都「迷ってたんじゃ」
佳ノ宮まつり「いやー。この前あの店でチャーハン頼んだら、油ギトってたし・・・・・・あそこの店のオムライスなら・・・・・・」
行七夏々都「なんだ。もう既に何食べるかに迷ってたのかよ。で、決まった?」
佳ノ宮まつり「・・・・・・靴も、買いに行きたいし、駅のところの百貨店のフードコートで! ハンバーガーと、おにぎりと、ラーメンと・・」
行七夏々都「了解。内容はあとで・・・うわっ」
  たぶん、勢いが良すぎただけなんだろうが、飛び付かれた
  なんだか知らないが満面の笑みだ。びっくりする。
行七夏々都「・・・・・・ととっ、」
  よけたら転びそうだったので、なんとか腕を掴んで支えつつ、ハンガーを持つ右手を、さりげなく視界から遠ざける。
佳ノ宮まつり「・・・」
  まつりはほとんど一人で外出はしない。
  一人で行動するにはするが、近所に限られる。
  あまり一人で遠くまでは行きたくないらしい。だから、久しぶりの外出ということになる。
  なにかいいことがあったのか、るんるん、といった感じにまつりは
  、ちょっと重たそうなかごを持って、二階に上がっていった。
行七夏々都「・・・・・・」

〇綺麗なキッチン
  ぼくらの関係というのは、つまり――どういったことになるのだろうか。
  実際、ぼくもよくわからない。なんでもいいや、とも、思う。
  友達、と心から呼ぶ気は無いし、恋人なんてものには程遠いどころか、嫌悪が生まれかねないし、
  たぶん、似て非なる。そんな感じ。
佳ノ宮まつり「ナナトはどの服がいいと思うんだ?」
  クラッカーを台所の戸棚に戻しつつ、隣にある干し椎茸の袋を落としてしまったぼくに、戻ってきたまつりが駆け寄ってくる。
  赤いワンピースと、黄色いワンピースと、青いブラウスと、くまさんのキャラクターがついたパーカーを両腕で持っていた。
  一応言っておくと、まつりはまつりであって、男性でも女性でもないらしい。
  別にどっちでもいいかなあ、などと、ぼく自身は思う。
行七夏々都「・・・・・・くまさんのやつ」
佳ノ宮まつり「わかった、これで三択になった」
  くまさんは投げられた。
行七夏々都「じゃあ、青・・・・・・」
  同じく、ブラウスも放られた。
佳ノ宮まつり「よし、二択」
行七夏々都「・・・・・・どっちも」
佳ノ宮まつり「わかった。今着てるシャツに上着を羽織る」
行七夏々都「そう」
  《ぼくの選ぶ物は、その日一日縁起が悪く、選んではいけない!》ということのようだった。別に構わないが、ちょっとだけ切ない。
佳ノ宮まつり「じゃあ、着替えの時間がなくなったから、行こ」
  まつりは笑っていた。
  ただそれだけだった。
  なのに、何かが違う気がしてしばし見つめてしまう。
佳ノ宮まつり「・・・・・・何? まつりの顔が、二つに増えてる?」
行七夏々都「増えてない」

〇シンプルな玄関
  佳ノ宮まつりは、ぼくの返事に、興味も無さそうに、台所を通りすぎて玄関まで進み、
  ぼろけた緑のスニーカーを出す。悪気があるのではなく、もともとそういうやつだ。
  上着を忘れているぞ、と思っていたら、よく見ると腕に薄手のカーディガンを持っていた。
行七夏々都「行くか・・・・・・」
  一階にある部屋から財布と手袋とマフラーを持って来て、ぼくも玄関に向かう。
  冷たい空気がドアの隙間から入ってきて、春はまだかなあ、と思ってしまった。

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