第6回『至極な拠り所』(脚本)
〇シックなリビング
フリートウェイ「・・・・・・・・・・・・」
帰ってきたフリートウェイは、リビングの様子を見て、半ばフリーズしていた。
何故なら──
レクトロ「あ、お帰り~ ケーキを2ホール買ってきたんだ、食べようよ」
チルクラシアドール「キュルルッ!(「美味しいよ!」)」
レクトロとチルクラシアが、1つのホールケーキを少しずつ食べていたからだ。
もう1ホールのケーキは冷蔵庫にあるようだ。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・あのなぁ・・・」
フリートウェイ「今、何時か分かっているか? 午前1時30分だぞ」
フリートウェイ「早く寝た方が絶対に良いぞ・・・ 何て身体に悪いことをしてるんだ・・・」
呆れてしまい、何を言うべきか分からなくなったフリートウェイ。
だがケーキは食べたいので、リビングのテーブルに近寄る。
レクトロ「何だ、君も食べたいじゃん」
フリートウェイ「オレはただ、腹が減っているだけだ」
フリートウェイ「異形倒しの後だぜ? 腹が減るに決まってるだろ」
フリートウェイ「・・・本当はダメだけど」
第6回『至極な拠り所』
チルクラシアドール「ギュルル・・・(『どこ行ってたの?』)」
チルクラシアドール「キュゥゥ・・・(『寂しかったかも・・・』)」
フリートウェイ「寂しかったのか?ごめんな・・・」
フリートウェイ「仕事で外出していてな・・・・・・」
フリートウェイ「でも、ちゃんと帰ってくるのを待ってくれて嬉しいぜ」
チルクラシアが何を伝えたいのかが分かるフリートウェイは、彼女と普通に会話をしている。
だが、チルクラシアが『何を言っているのか』ほとんど分からないため、レクトロは察することと──
テレパシーを行使してやっと話が出来るのだ。
初対面の時から普通に会話が出来、チルクラシアの言葉(?)を理解できるフリートウェイを、レクトロは不思議に思っている。
レクトロ(本当に仲良いよね・・・ でも、何か違うような ただの『仲良し』じゃない気がする)
レクトロ(──それに)
レクトロ(フリートウェイの顔色が悪い。 どうしたんだろう・・・)
フリートウェイの顔色が、僅かに白くなっている。
チルクラシアよりは白くないが、明らかに具合は悪そうに見える。
レクトロ「フリートウェイ、ちょっといいかな?」
フリートウェイ「──何だ?」
レクトロ「お風呂終わりに、やらなければならないことがあるんだ」
レクトロ「着いてきてくれるよね?」
レクトロは、フリートウェイの様子が少しおかしいことを確信した。
チルクラシアに、不調の一面は見せていないフリートウェイだが、それは一種の強がりだ。
レクトロには、あっさりバレていた。
フリートウェイ「・・・いいぜ」
フリートウェイ「オレに何するんだ?」
レクトロ「大したことはしないさ~! 二人きりになった時のお楽しみってことで」
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「チルクラシアに変なの吹き込むなよ?」
レクトロ「だ、大丈夫だって! 健全な情報しかチルクラシアには教えていないし!」
フリートウェイ「・・・ならいいけど」
ちょっと不機嫌になったフリートウェイだが、チルクラシアの様子がおかしいことにすぐに気づいた。
フリートウェイ「どうした!?」
チルクラシアはカーペットの上に横たわると、両手でお腹を押さえてゴロゴロ動いている。
フリートウェイ「腹痛か・・・ そりゃそうだよなぁ・・・・・・」
フリートウェイ「深夜にホールケーキ半分だからな・・・ ある意味予想通りだけど・・・」
カーペットの上でゴロゴロ転がるチルクラシアに、フリートウェイは次どうするべきかを伝える。
フリートウェイ「痛み止めを飲んで、歯磨きして、さっさと寝な」
チルクラシアドール「『▩▷◇◢◑♗♩♯!!!』」
フリートウェイ「話すらまともに出来ないか」
フリートウェイ「それどころじゃなさそうだな・・・」
腹痛に悶え苦しんでいるチルクラシアに、フリートウェイの声は届いていないように思える。
仕方ないので、レクトロとフリートウェイは、チルクラシアが寝るまで側にいようと決めた。
〇集中治療室
風呂に入ったフリートウェイは、レクトロの言う通りに彼に着いて行った。
だが、レクトロに謎の機械に閉じ込められてしまったのだ。
フリートウェイ「・・・なぁ、レクトロ」
レクトロ「何?」
フリートウェイ「『何?』じゃねぇよ」
フリートウェイ「お前の言う通りに着いて来たら、よく分からない装置に閉じ込められたんだけど?」
フリートウェイ「何の為にそんな──」
レクトロに『何故自分を閉じ込めた』のか聞こうとしたが、頭がズキズキ痛んだ。
再び熱が上がり始めたフリートウェイは、
熱くなり始めたおでこに片手を当てる。
フリートウェイ「──っ」
フリートウェイ「熱ちっ・・・ また、熱が上がって・・・・・・」
レクトロ「ほーら、具合悪いじゃん」
フリートウェイ「・・・分かっていたのか?」
レクトロ「いいや? 君が隠すのヘタなだけさ」
熱と頭痛に悩まされるフリートウェイを見たレクトロは、自分が何故他人を閉じ込めるようなことをしたのか説明することにした。
レクトロ「初戦、まずはお疲れ様!」
レクトロ「戦いが終わったら、ここ『処置室』に直行してほしいな」
フリートウェイ「処置室・・・ 病院でもあるのかと思ったぜ」
フリートウェイ「この部屋ならば、検査も手術も容易なんだろうな」
フリートウェイ言葉は高熱と頭痛のせいか、勢いは無く、どこか弱かった。
フリートウェイ「・・・・・・ううっ・・・」
レクトロ「あんまり大声は出さないで! 身体に障るよ!」
レクトロ「すぐに治すから! えっと、機械の中に酸素マスクがあるから、それ着けて!」
フリートウェイは、急の高熱と徐々に悪化していく頭痛で衰弱し始めていた。
焦ったレクトロは、すぐにフリートウェイの『治療』を開始する。
フリートウェイのいる機械を起動させると、真っ白い霧が処置室全体を包んだ。
この霧は催眠性の強いもので、主に全身麻酔に使われるものだ。
フリートウェイ「・・・眠い・・・」
レクトロ「このまま寝ちゃってもいいよ!」
痛みは徐々に消えていくが、意識が徐々に遠退いていく。
これは、白い煙のせいか、高熱のせいか・・・・・・
フリートウェイは、強烈な眠気に、身を委ねた。
〇集中治療室
──数分後
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
レクトロ「よーし! これで、一つ終わった・・・!」
レクトロ「後はフリートウェイが目覚めるだけだ!」
大慌てでフリートウェイの高熱と頭痛に対する処置をしたレクトロ。
だが、彼のやったことは
フリートウェイのブロットを抜いたのと
額に冷たい湿布を貼ったことの二つである。
フリートウェイの身体から抜いたブロットは、研究のために必要だった。
それは冷凍庫に入れている。
フリートウェイ「・・・レクトロ?」
レクトロ「あ、起きた!! 良かったー!!!」
満面の笑みを見せたレクトロは、フリートウェイがいつも通りになっていることに安心していた。
レクトロ「全ての機能、心拍数、脳波に異常なし! 熱と痛みは治ったから、もう解散!」
フリートウェイ「ちょっと待ってくれ」
フリートウェイ「オレが寝ている間に何をした?」
フリートウェイ「何か、身体に力が入らないんだけど・・・」
レクトロ「ちょっとだけ、血を採らせてもらったくらいだよ。 注射器一本分の血液さ」
レクトロが機械のドアを開けたことによって、フリートウェイはいつでも処置室から出れるようになった。
熱は退き頭痛も消えたが、少し重ための倦怠感がある。
そのせいで、動く気にならなかった。
フリートウェイ「・・・採血?」
レクトロ「うん。 ちょっと知りたいことがあってさ」
レクトロ「怠いのも、数分で取れるから安心してよ!」
レクトロ「とにかく、戦いが終わったら処置室に直行! 分かったね?」
フリートウェイ「分かった」
フリートウェイ「だが、もう少しだけ此処にいてもいいか?」
レクトロ「うん。好きな時間に出ていけばいいと思うよ」
フリートウェイは、身体のだるさが取れるまで機械から出ることはなかった。
だが──
レクトロ「・・・・・・・・・・・・」
フリートウェイが寝ている間、レクトロは採血をしていた。
採血管の中の血液は赤くなく、ブロットの影響で黒く濁りかけていたのだ。
レクトロ(何て禍々しい)
レクトロはその採血管をしばらく見た後──
レクトロ「──『経過観察』・・・っと」
〇シックなリビング
シリンは、寝ているチルクラシアの耳に、完全に音を遮断するヘッドフォンをつけた。
フリートウェイ「・・・何してんだ?」
体力が回復して、処置室から出たフリートウェイは、チルクラシアを探していた。
シリン・スィ「これから、レクトロがすごいことやるから」
シリン・スィ「貴方も、驚くわよ。 取り敢えず、耳は塞いでおいて。 すっごいうるさいから」
フリートウェイ「・・・?」
〇屋敷の書斎
フリートウェイの治療を終えたレクトロは、異形の存在を察知したため、両目を閉じて無を貫いていた。
猫背で額に手を当て、何かを考え込む姿勢をしている。
これは、自分の中の雑念を出来る限り消すためと異形の存在を正しく検知するために必要なことだ。
レクトロ「──さて、仕事はやっちゃおうかな」
レクトロは大きな地図を机に広げ、真ん中に右手の指先を置くと、下に少しずつずらし始める。
決して、指先をずらしてはならない。
数mmずれただけで、巨大な断層が出来てしまうからだ。
そんなシビア過ぎることをしているうちに、異形の居場所を特定したようだ。
レクトロ「・・・見つけた」
レクトロ「また遠隔か・・・ たまには、生身で戦いたいな」
取り出した一本のピンで異形の居場所らしき箇所を地図に垂直に突き刺す。
レクトロ「ちゃんと刺さってるよね? 少しでも曲がっていたら、周辺に住んでいる人が吹っ飛んで、みんな死んじゃう・・・」
レクトロ「ズレをキレイに直すのは本当に疲れるんだから・・・・・・ ちゃんと確認しないと!」
レクトロは『針がちゃんと地図に垂直に刺さっているか』を数分かけて、確認する。
レクトロ「良かった、今回は大丈夫そう! 誤差も1mm以下だし問題ないか」
『問題ない』と判断したレクトロは、机に置いてあるメガホンを手に取る。
彼の持つ薄紫色のメガホンは、一見するとオニドコロによく似た葉とツタの絵が描かれているだけの、普通のものに見える。
だが、これはレクトロの能力を抑えるためだけの特殊なメガホンだ。
レクトロが迂闊に自分の能力を行使すると、取り返しのつかない──惑星レベルの崩壊につながってしまうのだ。
レクトロ「特定したし、さっさとやるかなー」
メガホンのトリガースイッチに右手の人差し指を軽く置き、マイクロホンに口を近づけた。
トリガースイッチを人差し指の腹で強く押し、自分の声を拾わせる。
レクトロ「『Upside-Upside-Upside-Down』」
レクトロ「『I'm the one who turned the world upside down!!』」
レクトロが言い終えた瞬間、
レクトロ「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
レクトロ「うわあああぁぁぁ!! 僕のお部屋が壊れちゃうぅ・・・!!」
強烈な振動が、地図に垂直に刺したピンから部屋全体にした。
あまりにも強すぎたそれは世界全体に響いた。
先程の、最早地震に近い振動で地球に大きな影響を与えてしまったことよりも──
レクトロ「お部屋がぁ・・・・・・ せっかく1週間前に模様替えしたのに」
自室の壁が木っ端微塵に破壊されたことがショックのようだ。
〇崩壊した噴水広場
異空間の存在していた場所だけ、レクトロによってそこだけ大きく抉れてしまっていた。
噴水広場、という人が常にいる場所での振動。
人間たちは地震かと思い恐怖しながら、慌てて去っていった。
〇シックなリビング
先程レクトロがやったことによって、フリートウェイ達がいるリビングの壁が破壊される。
あまりの轟音で驚いたため、フリートウェイは寝ているチルクラシアを後ろから抱き締めていた。
フリートウェイ「・・・・・・・・・!!」
シリン・スィ「・・・うわぁ~・・・」
シリン・スィ「今回も派手にやったわ・・・」
シリン・スィ「じきに、レクトロの悲鳴が聞こえてくるわよ・・・」
フリートウェイ「・・・・・・悲鳴?」
僕のお部屋が壊れちゃうぅ・・・!!
「・・・・・・・・・」
少し遠くから聞こえる、レクトロの悲鳴。
それを聞いたシリンとフリートウェイは、呆れてしまう。
フリートウェイ「やる前に予想は出来るだろうが・・・」
シリン・スィ「本当よね・・・ 何してんだか」
フリートウェイ「・・・もしかして、レクトロってアホなのか?」
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
シリン・スィ「そうかも・・・」
フリートウェイ「否定しろよ・・・・・・ お前の主人だろ?」
シリン・スィ「こんなことされたら、否定なんか出来ないわよ・・・」
シリン・スィ「・・・話題変えない?」
レクトロの大雑把ぶりに慣れてしまったシリンは、ため息をつきながらも、フリートウェイに話題を変えたいと告げる。
フリートウェイ「それなら、変えようか?」
フリートウェイ(何を話せばいいんだ・・・?)
フリートウェイは、シリンのために話題を変えることにした。
が、何を話せばいいか浮かばない。
強いて言うなら──
チルクラシアドール「ZZZ...」
フリートウェイ「あんな大きな音がしたのに、チルクラシアはよく寝ていられるよな・・・」
フリートウェイ「・・・というより、1日のほとんどが睡眠に使われていないか?」
家の壁が爆散するほどの轟音がしたのに関わらず、チルクラシアは爆睡しているのだ。
普通なら、何事かとすぐに起きるはずなのだが・・・
彼女は違うようだ。
シリン・スィ「あー、うん。 確かに、チルはほとんどの時間は寝ているよ」
シリン・スィ「お腹痛くなるより、遥かにマシよ」
フリートウェイ(根本的な解決は、まだ出来ていないようだな・・・)
フリートウェイ(外に連れ出してみるか?)
チルクラシアの不調を少しでも治したいフリートウェイは、彼女と共に外に出ることを考える。
フリートウェイ「なぁ、シリン」
シリン・スィ「何?」
フリートウェイ「散歩に連れ出してもいいか? チルクラシアには運動が必要だと思うんだ」
シリン・スィ「散歩くらいならいいわ」
シリンの許可を得たフリートウェイは、内心とても嬉しかった。
が、やはり言動と表情には出ない。
本当は、チルクラシアが起きたら二人で何処に行こうか決めるのが楽しみでたまらないのだ。
顔に一切それが出ないフリートウェイだが、シリンには何となく分かっていた。
シリン・スィ(チルクラシアが好きなのね)
その『好き』が普通の意味でもないことも、シリンは何となく分かっていた。
ものすごく重たい感情を持っているフリートウェイのことを面白く思ったシリンは、少し遠くから見つめてみることにした。
〇屋敷の書斎
皆が寝静まった頃・・・
レクトロは、とある人物に電話をかけていた。
レクトロ「今回は出てくれるといいな・・・・・・」
淡い期待のなか、レクトロは電話が繋がるのを待つ。
レクトロ「来たっ!」
着信音がなってすぐ、レクトロは自分の携帯を耳に当てる。
レクトロ「もしもーし!」
・・・何の用だ
レクトロの電話の相手は、どこか眠たげな低い声色をしている。
レクトロ「『ネイ・ログゼ』が目を醒ましたってことを伝えたくて! 君にとってもそれは大事でしょ?」
・・・まぁ、一応そうだな。
だが、それは『一番大切なこと』ではない
レクトロがフリートウェイのことについて話した瞬間、電話の相手の声色が少しだけ変わった。
レクトロ「そうだよね・・・ 君がいつも一番気にしているのはネイのことじゃない」
レクトロ「チルクラシアのことでしょう? あの子は不調とその回復の繰り返しさ。 いつも通り、何も変わらない」
そうか・・・・・・
何事も変わらぬか。
まぁ、いい
何かあったら言ってくれ。
お前の力になるし、行こうと思えばそちらへも行ける
電話の相手は、フリートウェイよりもチルクラシアのことが気になるようだ。
だが──
ネイ・ログゼ・・・
あの男は感情が少し強すぎる。
制御が外れる時が必ず来る
お前には、引き続きネイ・ログゼを監視し続けてもらうつもりでいるが・・・
気をつけろ。
ネイ・ログゼの心を支えるものを失うと何が起こるか分からないぞ
電話の相手は、レクトロに忠告した。
レクトロ「うん。忠告ありがとう」
レクトロ「僕も、ネイの感情コントロールは手伝うつもりだよ」
レクトロ「でも、もし制御が失敗して、どうしようも無くなったら、助けに来てくれる?」
何を言っているんだ。
当然だろ?
未来への不安にかられるレクトロを落ち着かせるように、電話の相手は穏やかな声色で言った。
それを聞いたレクトロは、少しだけ落ち着いたようで、『ふぅーーーっ』と安堵の息を吐いた。
レクトロ「ありがとう。 何か不安だったけど、落ち着いたよ」
レクトロ「頑張ってみる。 殿も、仕事頑張ってね」
こっちは気絶しない程度に頑張るよ。
またな
電話が切れたことを確認したレクトロは、携帯を置くと背筋を伸ばす。
レクトロ「やった! 殿に頼られちゃった!! 嬉しいなぁ・・・」
レクトロ「頑張らないと!!」
電話の相手に頼られたことが本気で嬉しかったレクトロの眠気は見事に飛んでしまっていた。
また眠気が襲ってくるまでの間、レクトロはずっとニコニコしていたのだった。