第12話 『陽奈子の覚悟』(脚本)
〇霧の中
遠山陽奈子「満弦、その傷・・・まさか結界を破ってきたの !?」
水虎「う、嘘じゃ。水神様の水の結界は、半端者には破れんじゃずじゃ」
満弦「黙れ!」
水虎「ぎゃっ!」
自分よりもはるかに大きな水虎の体を、力任せに地面に叩きつける満弦。
水虎の姿は、まるで潰れたカエルのようだった。
満弦「本物の水神の結界ならともかく、貴様のような眷属ごときが張った結界など破れぬわしではない!」
けれど、満弦の両腕には、生々しいほどの赤い線がいくつも走っている。
口で言うほど簡単なことではなかったはずだ。
しかし満弦は、そんな素振りをおくびにも見せず言葉を続けた。
満弦「そんなことよりも水虎よ・・・水神をどうした?」
水虎「そ、それは・・・!」
満弦の問いかけに水虎がガバリと顔を上げた。
その表情に明らかな動揺が見て取れる。
遠山陽奈子(さっき、若様がどうとか水神様はもういないとか言ってたけど。まさか)
満弦「大方、この結界も水神を滅した後に奪った神器で作り出したのだろう? いったい誰の差し金だ?」
遠山陽奈子「若様なの・・・!?」
思わず叫んだ私を、水虎がギョッとしたような顔で見る。それを目にした満弦がニヤリと口の端を上げた。
満弦「若様とやらのことを吐いてもらおうか」
水虎「娘っ子が! 余計なことを言うでねぇ!」
途端、水虎が立ちあがる。
すると辺りの霧が一層濃くなり、水虎の姿が見えなくなった。
遠山陽奈子「なにこれ、どうなってるの!?」
満弦「水神の神器を操っておるのだろう。 ちと面倒なことになったものだの」
遠山陽奈子「危険な状況ってこと?」
満弦「・・・わしのそばを離れるでないぞ」
満弦は私の質問には答えずに、身構えた。
遠山陽奈子(つまりすごくヤバいってことだよね? なのに、どうして元の姿に戻ろうとしないの!?)
その時だ。
霧の中から、突如水を切るような不気味な音が聞こえてきて、満弦の腕を斬り裂いた。
満弦「うぐっ!?」
遠山陽奈子「み、満弦!!」
水虎「痛かろう? 悔しかろう? おらを馬鹿にした狐はなます斬りにしてやる」
水虎「そうすりゃ邪魔するもんはいなくなる。 娘っ子を若様に届けるんも、簡単じゃ」
姿は見えず、ただ、霧の中を漂うように水虎の声がこだました。
満弦「ちっ・・・小賢しい真似をしおって」
水虎「無駄じゃ無駄じゃ。 お前にはおらの姿は見えんじゃろ?」
水虎「おらにはお前の姿がよう見えるがのう。 ひひひ」
遠山陽奈子「そんな! 狙い撃ちにされてるってことじゃない!」
満弦「騒ぐでない。姿なぞ見えずとも、水虎の気配くらい・・・ぐっ」
言いながら、満弦がガクリと片膝をつく。
何が起きたのか一瞬わからなかった。
けれど、足元に赤い雫が垂れていくのが見えて、どういうことかを理解した。
遠山陽奈子「満弦! 足を斬られてる!」
満弦「わ、わかっておるっ」
水虎「次はどこかのう? 腹か? 顔か? それとも手首を落としてやろうかのう?」
遠山陽奈子(ダメだ。このままじゃ満弦が死んじゃう!)
遠山陽奈子「満弦、キスしよう! すぐに霊力を補充して! そうすれば少しは・・・!」
満弦「できぬ」
遠山陽奈子「どうして!?」
予想だにしなかった満弦の拒絶に、私は金切り声を上げていた。
遠山陽奈子「このままじゃ満弦、死んじゃうかもしれないんだよ!?」
満弦「この程度で易々と死ぬものか」
その口ぶりとは裏腹に、満弦の顔からどんどん血の気が引いていく。
こうして問答を続けている間にも、水虎が満弦の体に小さな傷を増やし続けているのだ。
遠山陽奈子「お願い満弦。私の言うことをきいて! 霊力を奪ってよ!」
満弦「できぬと言っておろうが!」
遠山陽奈子「私が満弦と結婚しないって言ったから? 満弦を受け入れないから? 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
満弦「わしとてわからぬ! だがこれ以上、お主を傷つけたくはないのじゃ!!」
遠山陽奈子「え・・・?」
満弦「わしのせいで傷つき拒絶する陽奈子の唇を、無理に奪うことなど・・・!」
ズルリと、満弦がその場にしゃがみこんだ。
もはや立ってもいられないようだ。
水虎「そろそろ限界かのう?」
水虎「ひと思いに首を落としてやろうかのう。 ひひひひ」
遠山陽奈子(・・・このままじゃ、本当に満弦が殺される! そんなの嫌!!)
満弦「陽奈子、お主だけでも早く・・・逃げろ」
遠山陽奈子「絶対いや」
私は、しゃがみ込む満弦の小さな体を抱きしめた。
満弦「お主、何を──!?」
遠山陽奈子「好き」
満弦「・・・!!」
遠山陽奈子「もういい、認める。私は満弦が好き」
遠山陽奈子(たとえ満弦が私を好きにならなくても、私の気持ちはなくならない。だから・・・)
遠山陽奈子「満弦は死なせない!」
傷だらけの満弦が私を見上げた。
今にも泣きそうな幼い顔を目に焼き付けて、私は瞳を閉じた。
〇黒
今までで、一番柔らかい唇に触れたと思った直後、私の肩を大きな手が抱きかえしてきた。
〇霧の中
満弦「陽奈子、お主の覚悟受け取ったぞ」
遠山陽奈子「満弦!」
水虎「その姿・・・!? 娘っ子が何をした!!」
満弦「ふん。我が花嫁の力を借りたまで。 これで今までのようにはゆかぬぞ、水虎よ」
水虎「姿形が変わろうと、半端者は半端者じゃ! 今すぐ水神様の元へ送ってやるでの!!」
霧の中に怒号が飛び、水を切る音が迫ってくる。私は満弦に抱きすくめられたまま、身を固くしてその音を聞いていた。
そして。
満弦「そこか!」
ドンッ──!
何かが衝突するような音と衝撃が、背中を走る。
そっと体をひねると、満弦の爪に胴を貫かれた水虎が、霧の中でもがくのが見えた。
水虎「ぐふっ・・・水神様、すまね・・・」
そう呟くと、水虎は蒸発するように溶けていき・・・やがて周囲を覆っていた霧が晴れた。
〇川沿いの道
遠山陽奈子「終わった・・・の?」
満弦「まだ、離れるな」
遠山陽奈子「え?」
状況を確かめようと立ちあがりかけた私を、満弦が座り込んだまま引き戻す。
私はすっぽりと満弦の体に覆われるように、抱きしめられていた。
遠山陽奈子「あ、あのっ・・・満弦・・・っっ」
満弦「しばらく、このままで。 お主がこの腕にいることを、確かめたい」
そう言って、満弦が項垂れかかるように私の肩に顔をうずめてくる。
遠山陽奈子(な、なんか恥ずかしい・・・っ)
好きだと自覚したせいなのか、私の心臓はこれまでと比べ物にならないくらいの速さで拍動を繰り返していた。
満弦「陽奈子、先ほどの言葉・・・」
遠山陽奈子「へっ!?」
満弦「どこまで覚悟しておる?」
遠山陽奈子(そ、それって、その・・・つまり、そういう関係になる覚悟はあるかって意味・・・!?)
焦って顔を上げると、満弦はいつになく真面目な顔をしていた。目が、とても静かだった。
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