第5回『救難の意趣』(脚本)
〇湖のある公園
レクトロから貰った、危険な得物を片手に、フリートウェイは公園まで来た。
不思議な気配を感じているが、フリートウェイには、それが何か分からなかった。
ただ──
誰かがいるような気配はしていた。
第5回『救難の意趣』
フリートウェイ「気配を辿ってここまで来たが・・・ 今のところは誰もいないな」
フリートウェイ「まぁ、こんな夜中に誰もいるはず──」
フリートウェイの目の前に、少女が倒れているのが見えた。
フリートウェイ「!!!」
〇華やかな広場
ルクレツィア「・・・・・・・・・」
花が咲く夜の広場に、高校生ぐらいの女性が倒れていた。
フリートウェイ「おい、大丈夫か!? しっかりしろよ!」
女性の上体を起こして声をかける。
だが、何をしても無反応だ。
フリートウェイ「・・・気絶か?」
フリートウェイ「仕方ねぇな・・・・・・ こんな所で倒れやがって。襲われるぜ?」
自らの能力でテントを出現すると、そこに女性を入れる。
フリートウェイ「待ってろよ」
女性の隣に木箱を出現させると、上に水と手紙を置いた。
自分はテントから出て、何もないかを確認する。
パッと見ても、異変は無さそうだ。
だが──
フリートウェイ「・・・?」
フリートウェイ「動けねぇ・・・ 前に進めない」
フリートウェイ「透明の壁でもあるのか? 一歩も進めないぞ」
フリートウェイは、歩を進めないでいた。
フリートウェイ「ふん・・・・・・」
一歩前に手を伸ばすと、透明の壁が出来ていた。
フリートウェイ「・・・割るか」
右手で拳を作り、透明の壁を割ろうと考えた。
フリートウェイ「!」
透明の壁は割れたが、作った握りこぶしからは、血が流れてしまっていた。
フリートウェイ(だろうなぁ・・・予測は出来ていたけど)
フリートウェイ「・・・って、あれ?」
右手からの痛みが消え失せていた。
不思議に思って観てみると、最初から傷が無かったようにキレイになっていた。
負傷して、まだ1分も経っていない。
とくに、手当てもしていない。
つまり──
フリートウェイ「再生能力、ねぇ・・・・・・」
フリートウェイ「オレにも、そんな能力があるんだな」
自分が再生能力持ちなことを知ったフリートウェイは、キレイになった右手を見つめる。
だが、すぐに前を向いた。
フリートウェイ「──扉?」
割った透明の壁の代わりに、扉が出現していた。
フリートウェイ「入れるのか、これ・・・・・・」
──フリートウェイが一歩近寄った瞬間
フリートウェイ「!!!」
ドアが開いて、フリートウェイを引き込んでしまう。
フリートウェイ「うわっ!!」
フリートウェイ「急に何だ!?!?!!」
フリートウェイだけを引き寄せた、謎の扉は空気に溶け込むようにして消えていった。
〇ケーキ屋
フリートウェイ「ここは・・・・・・!?」
目の前に出現した扉に引き寄せられ、仕方なく中に入ってみたら、ケーキ屋の風景が視界に入った。
フリートウェイ「ケーキ屋・・・・・・ 異空間か?」
フリートウェイは驚いた。
だがそれは一瞬だった。
『先程出現した扉は異空間への入り口である』と落ち着いて仮定した。
フリートウェイ「・・・宝石?」
フリートウェイは、水色の1つの宝石を見つけた。
手を伸ばそうとするが、すぐに消えてしまう。
フリートウェイ「・・・消えちまった」
フリートウェイ「仕方ないな、後で捜すか・・・」
気を取り直しショーケースに入っているケーキを眺める。
今日はショートケーキが食べたいと思った。
取り敢えず先に進もうとすると、何者かが、フリートウェイの足首を引っ張る。
フリートウェイ「──あ?誰かいるのか?」
使い魔「────♪」
一匹の妖精が、フリートウェイに一つのケーキを差し出す。
だが、フリートウェイは警戒して食べようとはしない。
フリートウェイ「・・・・・・毒入りか? 渡されても、食わねぇぞ。オレは」
使い魔「──────!!!!!!」
フリートウェイの拒む発言を聞いた妖精・・・・・・使い魔は怒って、彼を襲う。
──だが
フリートウェイ「危ねぇな、全く・・・」
使い魔の攻撃を受け流したフリートウェイは、ため息をついた後、刀身の無い刀の鞘を抜いた。
数秒で、鞭のようなしなやかで長い刀身を作り上げると、自分を攻撃した使い魔を睨む。
フリートウェイ「余計なことしやがって」
使い魔「!!!?!!?!!」
フリートウェイの殺意が籠っていそうなほど無慈悲な一撃が、使い魔の身体と羽を裂いた。
フリートウェイ「嵌め殺すつもりだっただろ? オレはそんなのには引っ掛からないつもりだぜ」
使い魔「────・・・・・・」
フリートウェイの重い一撃を受けた使い魔は、両の羽を切り裂かれたせいで、息も絶え絶えになっていた。
フリートウェイ「トドメだ」
フリートウェイの容赦ない一撃を受けた使い魔は、苦しみながら消滅していった。
だが、使い魔が持ってきたケーキは残っている。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「持っていくか」
何故か、フリートウェイは使い魔が持ってきたケーキを持って帰ろうと考えていた。
フリートウェイ「チルクラシアはケーキ好きだと、シリンから聞いた」
フリートウェイ「きっと、喜んでくれるだろ?」
──これは、チルクラシアのことを考えての行動だった。
使い魔「──────」
フリートウェイ「あぁ?また来たのか?」
フリートウェイ「はぁ・・・・・・」
フリートウェイ「・・・時間を食わないでくれるか?」
次々やってくる使い魔を、斬り倒しながらも、先へ進んでいた。
〇カウンター席
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
使い魔と交戦した部屋の隅にあった扉を開けたら、一般的なカフェの風景が広がっていた。
だが、椅子や机はフリートウェイの3倍はあるくらいにものすごく大きく、地面との距離は数百mはあるだろう。
フリートウェイ「オレが小さいんじゃなくて、コイツらがデカイんだな・・・・・・へぇ・・・」
自分より遥かに大きい机や椅子に興味を引かれながらも、異空間にある椅子に飛び乗って移動していた。
フリートウェイ「面白そうじゃないか。 そのアイデアは無かったな・・・・・・」
『異空間が異形の根城であること』を知らないフリートウェイは、呑気に散策しようとしたその時──
フリートウェイ「ん・・・」
フリートウェイ「何か甘い匂いがしてきた・・・・・・」
フリートウェイは、突然してきた煙の匂いを嗅がないために、左手で顔の下半分を覆う。
そして、隣の椅子へ飛び乗った。
フリートウェイ(これ以上の散策は出来なさそうだな・・・・・・ 面白いから、もっと眺めていたかったんだがな)
身の危険を感じたフリートウェイは、刀を構えて辺りを見渡すが誰もいない。
フリートウェイ(あれ?)
探しているうちに、自分が乗っている椅子がガタガタ揺れているのを感じる。
フリートウェイ「!!!」
不吉な予感を直感したフリートウェイは、
反対側の椅子へ勢いをつけて飛び乗った。
その直後、フリートウェイのさっきいた椅子が見るも無残に破壊されていた。
フリートウェイ「・・・危ねぇなぁ。 ビックリしたぜ」
異形「──────・・・・・・・・・」
椅子の下から現れた水のような龍の姿の異形は、フリートウェイを睨んでいた。
フリートウェイ(水、か・・・)
敵の『形状』を見たフリートウェイは、
レクトロに言われた、自分の能力『実体化』を使ってみることにした。
フリートウェイ「さっきのはお前のせいか」
フリートウェイ「盛大だな。 ここまで壊したら、直すのも一苦労だろうに」
先程の轟音と壊れた椅子は、現れた龍のせいだと、フリートウェイは思っていた。
『大人しくしていてほしい』と思ったが、それはすぐに思考の中で消えた。
フリートウェイ「オレが侵入しているからなぁ・・・ 怒りもまぁ、納得だぜ」
フリートウェイ「だがな、チルクラシアを狙うモノに オレは慈悲をかけるつもりは無いぞ」
刀を抜くと、すぐに赤い半透明の刀身を実体化させる。
だが、異空間中に広がる、甘い匂いの空気に、フリートウェイは少しずつ体力を奪われていた。
フリートウェイ(さっさとここから出た方がいいな・・・ 眠たくなってきた)
あまりにも強い眠気が来たフリートウェイは、片眼を擦って欠伸をしていた。
異形「──────!!!!!!!!」
椅子の上で眠そうにしているフリートウェイを見た異形の龍は、攻撃をしかけた。
フリートウェイ「うぉっ!!」
対応に若干遅れてしまったものの、フリートウェイは龍の一撃をギリギリの所で防ぐことが出来た。
フリートウェイ「よし、やるか・・・・・・」
少し面倒くさそうに、刀を持つ手の力を強めると、隣の椅子に飛び移る。
フリートウェイ「オレはこっちだぜ!!」
異形「!!!!!!!!!!」
椅子の上にいるフリートウェイを喰おうとする異形が猛スピードで迫る。
だが、フリートウェイはその場から離れないままだ。
異形「──────!!!!!!!!!!」
フリートウェイ(今だっ!!)
龍の目の前で、フリートウェイは小型の発煙弾を投げた。
この発煙弾はフリートウェイの能力『実体化』で作り出したものだ。
ただの発煙弾ではなく、『煙を吸ったものは身体の内側から凍っていく』作用のある薬が含まれていた。
それを使うことで龍の両目を潰している内に、フリートウェイは反対側の椅子へ飛び乗る。
異形「──!!!?!!!?」
煙幕を至近距離で浴びた龍の身体は凍りついて、動けなくなってしまった。
フリートウェイは、自分を捜すことしか出来ない龍の後ろで刀を構え直すと、龍の体を粉々にしてしまうのだった。
身体を切り刻まれた龍の異形は声にならない悲鳴をあげ、苦しみながら、消滅していった。
異形「────!!!!!!!!!!!!!!」
〇カウンター席
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
異形に勝利したフリートウェイだが、異空間からすぐに出ることはなかった。
時々椅子に飛び移りながら、あるものを探していた。
フリートウェイ(宝石・・・・・・)
使い魔と戦う前に発見した、水色のあの宝石だ。
手を伸ばしてすぐ、自分の前から消えてしまったため、気になって取りに行こうとしたのだ。
フリートウェイ「・・・・・・ん、何だあれ?」
大きな電飾の一つにあの宝石が引っ掛かっているのが見える。
フリートウェイ「あれか・・・・・・」
電飾の中に引っ掛かっている宝石を取りたいフリートウェイは、勢いをつけて椅子を蹴って吹っ飛ぶと、電飾の紐にしがみついた。
フリートウェイ「よし、上手く行った・・・!」
上手く行ったと思っていたが、フリートウェイの重さで電飾の紐が切れてしまう。
フリートウェイ(しまった!!! 落ちる・・・!)
この高さ(数百メートル)では、再生能力を持つフリートウェイでもただではすまないだろう。
なお、常人ならば、死ねる高さだ。
フリートウェイ(下にマットか何かがあれば、オレは平気か・・・ 宝石だけは割らせないぞ・・・!)
そうフリートウェイが思った瞬間──
1つの電飾と共に落下していくフリートウェイの真下に、大きなふかふかのマットレスが出来ていた。
物凄い勢いとスピードで落下していくフリートウェイは、胸元に宝石を抱えたまま、マットレスに沈んだ。
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「危なかった・・・・・・」
少々過呼吸になりながらも、フリートウェイは起き上がる。
宝石は一つも欠けること無く死守できていた。
マットレスのおかげで、フリートウェイは全身の打撲だけで済んだ。
だが、本来なら頭の強打で瀕死になっていただろう。
フリートウェイ「・・・ふぅ」
ひと安心も束の間。
今度は電飾が落ちてきた。
落下してきた電飾は、自ら斬ることで事なきを得た。
フリートウェイ「──さて」
フリートウェイ「やることも終わったらしいし」
フリートウェイ「気になっているものは手に入ったし」
フリートウェイ「オレはさっさと帰るかな」
立ち上がったフリートウェイは、宝石とケーキを片手に、この場を後にした。
〇華やかな広場
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
正面から異空間を出ていったフリートウェイ。
だが、持っていたケーキは無くなってしまっていた。
フリートウェイ(せっかくチルクラシアにあげようと思ったのに)
フリートウェイ(異空間のモノは消えちまうんだな・・・)
落ち込むフリートウェイだが、倒れていた女性が心配なのかテントに向かうことにした。
フリートウェイ「そろそろ、起きただろ。 オレが見つけてから数分経っているし」
〇テントの中
ルクレツィア「・・・・・・・・・」
フリートウェイに介抱された女性は、テントで大人しくなっていた。
だが、瞳は黒く濁り、何も言わなかった。
フリートウェイ「・・・・・・」
フリートウェイ「おーい?大丈夫か?」
ルクレツィア「・・・・・・・・・」
女性が無反応を貫いていることに、少し驚きながらも、フリートウェイは原因を探る。
フリートウェイ「もしかして、これか?」
異空間から持ち出しても消えなかった宝石を、女性の前に置く。
すると、女性の瞳に光が入り、顔色も良くなった。
ルクレツィア「・・・・・・あれ?私、何で公園にいるんだろう?」
女性はキョロキョロしていたが、自分の左側にいるフリートウェイを見つけると、すごい勢いで握手してきた。
ルクレツィア「貴方が助けてくれたのね! ありがとう!!」
フリートウェイ「お、おう・・・・・・ どういたしまして・・・?」
女性の勢いに負けたフリートウェイ。
だが、その手を振り離すことは無かった。
ルクレツィア「私、ルクレツィアって言うの! 高校生よ!」
ルクレツィア「何かあったらよろしくね!」
ルクレツィア、と名乗った女性は屈託のない笑顔を見せる。
だが、フリートウェイは顔を一瞬歪ませてしまった。
ルクレツィア「お母さんが心配するから、帰らなきゃ! ありがとうね!」
フリートウェイ「・・・・・・待て」
フリートウェイ「こんな夜中で女一人は危険だ。 オレが送ってやる」
ルクレツィア「いいの!? でも、貴方が帰るの遅くなっちゃうよ・・・」
フリートウェイ「いいんだよ、オレは」
ルクレツィアの心配を否定しきれないフリートウェイは、彼女を家の前に転送することにした。
ルクレツィア「あら、次は何をするの?」
フリートウェイ「君を家のドアの前へ転送する。 住所を紙に書いてくれ」
フリートウェイはルクレツィアに一枚の紙を手渡す。
水色の魔方陣が書かれたそれは、相手を任意の場所へ飛ばすものだ。
フリートウェイ「身体は平気か? 無理すんなよ」
フリートウェイ「それと・・・お礼は結構。 ただ、お前は平穏に暮らしてくれればオレはそれでいい」
異性なら惚れてしまいそうな台詞をさらっと言うフリートウェイ。
隣でルクレツィアは顔を赤くした。
ルクレツィア「何よ、急にカッコいいこと言っちゃって!」
ルクレツィア「久しぶりに、照れちゃったわ」
ルクレツィア「はい、紙。 暗号だけど、分かるかしら?」
フリートウェイ「ん、ありがとう。 暗号の件は問題ないぜ」
人間の『照れ』の感情を知らないフリートウェイは、少し微笑み返すだけで、何も言わなかった。
フリートウェイ「ま、そんな調子なら大丈夫そうだな」
異形との戦いに疲労した挙げ句、異空間で変なガスのようなものを吸ったフリートウェイは、熱を出し始めていた。
ルクレツィアに、失態を見せないように、さっさと彼女を転送させようとした。
フリートウェイ「──『転送展開式』、具現」
フリートウェイはルクレツィアを、転送に使用する魔方陣を座らせる。
少し間を置いて、フリートウェイはルクレツィアに、言葉をかける。
フリートウェイ「・・・・・・これで漸く、お前は帰ることが出来るな」
フリートウェイ「またな」
ルクレツィア「うん、またね! いつか、必ず会おうね!!」
──転送魔方陣に溶けるように、ルクレツィアは転送されていく。
『いつかの再会』を願うルクレツィアに、フリートウェイは無言で微笑むことしかしなかった。
──否、出来なかった。
素直に自分の気持ちを伝えることも認識することも出来なかったのだ。
フリートウェイ「『いつか』・・・か。 それは意外とすぐかもしれねぇぞ? ルクレツィア」
テントから外を覗きながら、フリートウェイは持ってきたラムネを飲む。
熱に若干浮かされた頭が少し冷めたように思えた。
〇建物の裏手
フリートウェイ「・・・ちょっと疲れたな」
やることを終えたフリートウェイは、帰路についていた。
今は腕を組んで休憩中だ。
ルクレツィアの笑顔を感謝の言葉を思い出したフリートウェイは、笑顔を浮かべていた。
フリートウェイ(まぁ・・・チルクラシアのためにしか力を振るうつもりはないし、異形倒しもついでに過ぎねぇんだがな・・・・・・)
フリートウェイ(そんなこと二度も言ったら、レクトロにしばかれるんじゃねぇのか?)
空になったラムネの瓶と、刀身の無い奇っ怪な得物を片手に、フリートウェイは建物の裏を出る。
フリートウェイ「チルクラシアが待っている。 早く帰らねぇと」
夏のじめじめした暑い夜、フリートウェイは爽快に走ってレクトロとチルクラシアの元へ帰っていった。