第3回『溺れる静思』(脚本)
〇可愛らしい部屋
フリートウェイは、シリン・スィの部屋で『殿』に関する資料を集めていた。
・・・といっても、資料は少ない。
シリン・スィがレクトロから貰った2つの資料と──
フリートウェイがチルクラシアに見せて貰ったものだけだ。
その全てが、読めないものだが。
第3回『溺れる静思』
フリートウェイ「なぁ、シリン・・・・・・」
フリートウェイ「あのさぁ・・・・・・このままじゃ読めねぇけど、何か打開策でもあるんだろうな?」
シリン・スィ「私はレクトロの従者よ! それくらい、対処できているわよ」
フリートウェイ「あー、うん・・・・・・ お前はレクトロの従者なのか・・・・・・ 初耳だぜ」
フリートウェイは、シリンのことを『チルクラシアドールの世話係』だと思っていた。
だが、その認識を大きく改めることになる。
フリートウェイ(レクトロの従者・・・まぁ、ただの人間じゃねぇよな・・・・・・)
気持ちを切り替えたかったフリートウェイは、深呼吸をする。
フリートウェイ「まぁ、それはさておき・・・・・・」
フリートウェイ「資料、持ってきてくれてありがとな。 さっさと解析しようぜ」
シリン・スィ「お?乗り気じゃん。 何かあったの?」
フリートウェイが出会った時よりもノリノリなのを間近で見たシリンは彼に聞いてみる。
だが、シリンが思っているよりも単純だがダークな答えが返ってくることになる。
フリートウェイ「気になる人の事を知ることって、『ただの良いこと』なのか?オレは当然なことだと思うなぁ」
フリートウェイ「『フリートウェイはチルクラシアが好き』。その事実さえあればいいだろ」
フリートウェイ「そこに他人が入り込むような隙はどこにもねぇよ。 お前も例外ではないぜ」
一瞬、フリートウェイ髪の色が暗い紺色に変わったのを、シリンは見逃さなかった。
フリートウェイ「さて・・・時間が惜しい。さっさとやろうぜ、シリン」
シリン・スィ「あ、うん・・・」
シリン・スィ「・・・・・・」
フリートウェイの髪色が変わった時、殺気と狂気のようなものを感じ取ったシリンは、思わず顔を曇らせた。
フリートウェイ「・・・どうした? 何かあったか?」
シリン・スィ「だ、大丈夫よ・・・ 問題、ないわ・・・・・・・・・」
フリートウェイ「・・・顔色が悪い。 やっぱり、オレが何かしちまったか?」
シリン・スィ「いや、本当に大丈夫よ・・・ でも、外の空気を吸いに行きたいわ」
フリートウェイは、シリンのことは放っておくことにした。
フリートウェイ「それじゃ、先にやってるぜ?」
シリン・スィ「あ、うん・・・・・・ 頼んだよ」
シリンは、フリートウェイに集めた資料の解析を頼むと、部屋を出た。
〇屋敷の書斎
──レクトロの部屋
レクトロ「午後の休憩の時間だね!」
レクトロ「カニのお煎餅でも食べようかな・・・」
レクトロが、自分のテーブルの引き出しを開けたその時──
レクトロ「!!!?」
レクトロ「何何々!?襲撃かい!!?」
音に怯んだレクトロは、片手に黒色のメガホンを持ち、臨戦状態になる。
遠くから走ってくる音をたて、レクトロの部屋の扉を勢いよく開けたのは、シリン・スィだった。
レクトロは、動揺のあまり、彼女の目の前に衝撃波をぶつけてしまう。
そして即座にぐばっ、とシリンの飛びのいた足元が大きく抉れた。
今のが直撃でもしようものなら、頭も体も吹っ飛んで確実にあの世行きだろう。
シリン・スィ「うわわっ、危ない危ない!!」
シリン・スィ「マジで何してるんですか! 私ですよ!シリン・スィ、ですよ!!」
レクトロ「え、シリン‥?」
レクトロ「良かった~・・・・・・敵襲かと思ったよ! マジでビックリした!!」
シリン・スィ「こっちが驚きましたよ!! いきなり攻撃してきて!!」
コントのような噛み合わない会話を数分した後──
落ち着いたレクトロとシリンは、何事も無かったように取り繕った。
先程の衝撃波で抉れた床を元通りに直す。
レクトロ「・・・・・・で、用件は何かな?」
シリン・スィ「フリートウェイのことなんですけど・・・・・・」
レクトロ「フリートウェイ? 彼が何かしたの?」
レクトロ「感情のコントロールのことかい? それとも、君の仕事が盗られそうだから訴えに来たのかい?」
レクトロは、シリンがフリートウェイのことを話題に出すことを意外に感じていた。
シリン・スィ「フリートウェイがヤバいんです! チルクラシアのことになると、頭がおかしくなるの!」
レクトロ「頭がおかしくなる・・・?」
シリン・スィ「頭のネジが数本飛ぶみたいなんです!!」
レクトロ「落ち着いて、落ち着いて・・・・・・」
レクトロ「あの人はああいう人なの! 根本があれだから、治すことも変えることも不可能だよ!」
シリン・スィ「でも、あれは病的ですって! 最早狂気ですよ!」
レクトロ「わかった、よく分かったから、落ち着いて・・・」
レクトロは再びパニックになっているシリンに、ポトフを渡して再度落ち着かせることに成功した。
レクトロ「怖がらせてごめんね、シリン」
シリン・スィ「・・・・・・・・・」
レクトロ「一度、僕がフリートウェイに話をしてみるよ」
レクトロ「根本は変わらないだろうけど、考えは変わるかもしれない」
レクトロ「今日はもう、ゆっくり休んで。 残りはフリートウェイにやらせればいいよ」
シリン・スィ「す、すいません・・・ 取り乱してしまって」
シリン・スィ「それでは、私は戻ります・・・」
レクトロ「うん。ご苦労さん!」
一礼したシリンが出ていくのを確認したレクトロは、深々とため息をつく。
レクトロ「ふぅ・・・・・・終わった。 これで安心出来るよ」
レクトロ「このままじゃ、危ないよね・・・・・・ 問題が発生する前に、対処しなきゃ」
レクトロ「呼ぶか・・・」
『フリートウェイは、チルクラシアのことになると頭がおかしくなる』ことを知ってしまったレクトロは考える。
『果たして、自分は何が出来るのか』をしっかり考えて次の行動を決めなければならない。
一度、話をするために呼び出して、忠告することは確定として、その後のことは考えてはいないが。
〇屋敷の書斎
シリン・スィの話を聞いたレクトロは、フリートウェイを呼び出した。
シリンの話を聞いたレクトロは、フリートウェイの行動を警戒したため、
説教ではなく、忠告をしようと思っていた。
フリートウェイ「何だ、レクトロ?」
レクトロ「忠告するために君を呼び出したの。 シリンから話を聞いてね・・・・・・」
フリートウェイは、レクトロがシリンから、自分の言動を聞いたことよりもシリンがレクトロに勝手に言ったことに苛立つ。
フリートウェイ「あのクソガキ・・・・・・! 勝手に言いやがって」
レクトロ「君は案外、口が悪いね。 話を聞く限り、シリン・スィは今回は間違っていないと思うよ」
レクトロ「君は、チルクラシアに相当お熱のようだから・・・・・・手遅れになる前に、言わなければいけないことがあるの」
フリートウェイ「・・・・・・手遅れ? それは何のことだ?」
レクトロは、感情的になりやすいフリートウェイに、世界に関することを1つだけ教えることにした。
レクトロ「『異形化』、についてだよ。 文字通り、異形の化け物になってしまうんだ」
レクトロ「ブロットが限界以上に溜まると、身体から魂が抜ける。そして、身体を失った魂が変質して化け物になるんだ」
レクトロ「魂を失い脱け殻となった身体は、少しずつ腐敗していく。 けれど、異形化する時は綺麗に身体だけ残るからね・・・・・・」
レクトロ「『死体』・・・・・・としてだけど」
不機嫌そうな表情のフリートウェイだが、表情を無に変えた。
フリートウェイ「・・・・・・死体か。 つまり、一度は死ぬってことか?」
レクトロ「うん。半分はあってるよ」
レクトロ「一応、心臓は動いていることが多いからね・・・ 身体は生き、魂は死んでいる・・・というべきかな」
レクトロ「・・・仮死状態に、近いかもしれない。 でもまぁ、ほとんど死んでいるようなものだもん、『死体』と認識していいよ」
レクトロは、フリートウェイの感情を利用して、他者を傷つける異形を倒してもらおうと考えていた。
チルクラシアに向ける、『異常なほどの愛情』を、少しは落ち着かせてほしいと本心で思っているのだ。
レクトロ「異形化は、不可逆的な現象だ。 元にはそう簡単には戻れないよ。 どれだけ戻ろうとしても、決して戻れない」
レクトロ「本来なら、異形化する前に助けるべきなんだよ。でも、それが出来なかった結果、こうなったんだよ・・・・・・」
心優しいレクトロは、異形化してしまった存在を倒すことを嫌っていた。
──だが、フリートウェイは違うようだ。
彼は、一切の躊躇いがなかった。
フリートウェイ「不可逆・・・それなら、オレが倒しちまってもいいんだろ?」
『倒す』・・・その一声を聞いたレクトロは、本気で驚いてしまう。
フリートウェイの考えは、おそらく余程のことが無い限り変わらないだろうが、本気でやるつもりなのだろう。
レクトロ「え!?倒しちゃうの!!?」
レクトロ「別にいいけど・・・でも・・・」
フリートウェイ「何を躊躇っているんだ?」
フリートウェイ「チルクラシアはオレが守るんだ」
フリートウェイ「彼女を害するものを倒して何が悪い」
レクトロ(圧がすごいね、相変わらず・・・・・・)
髪色の変わったフリートウェイは、圧が強烈だった。
レクトロはあっさり、フリートウェイに異形を倒す許可を与えた。
レクトロ「そ、そんなに倒したいなら、どうぞ行ってきてよ! チルクラシアのためにも、皆のためにもなるからね」
レクトロ「怪我をしたら、すぐに戻ってくるんだよ。 いいね?」
フリートウェイ「ん、分かったぜ」
レクトロ「あ、そうだ・・・ 1つだけ、言っておくことがある」
フリートウェイ「何だ?」
フリートウェイが聞いた瞬間、レクトロの纏う雰囲気が冷たいものに変わる。
レクトロ「今の君なら無いと思うけどさ・・・」
レクトロ「もし君が異形になり、他人を傷つけることがあるなら──」
レクトロ「僕達『崙崋(ロンカ)』が、君を滅するよ。 それだけは、どうか忘れないで!」
レクトロは、フリートウェイの目を見て言う。
『異形化』してしまった後に待ち構えているのは『死』だけだと、言いたいのだ。
レクトロ「異形は『救いが欲しかった者の末路』、だよ。だから、倒すならなるべく一撃で終わらせてあげてほしいな」
レクトロの『優しい願い』を聞いたフリートウェイは、少し思考してしまう。
フリートウェイ「化け物の姿のままで、死にたくはないな」
フリートウェイ「だが、チルクラシアを守るためなら、化け物になっても構わないかもしれねぇ」
フリートウェイ「新たな選択肢を与えてくれてありがとうな」
レクトロ「選択肢を与えたつもりはないけど・・・ まぁ、いいか」
レクトロ「行くなら、最後に僕に会いに来てね。 渡すべきものがあるから」
フリートウェイ「最早、オレを止めないんだな」
レクトロ(止められないんだけどね。 今の彼を止められるのは殿くらいだろう)
レクトロは、最早諦めの境地にいた。
だが、フリートウェイの様子は最期まで見届けることにしている。
レクトロ「もう話はおしまい。 さ、帰っていいよ」
フリートウェイ「ん、いいのか?」
フリートウェイ「それじゃ、帰らせてもらうぜ」
フリートウェイは、レクトロの部屋から走り去っていった。
駆け足で走る彼の背中を見るレクトロは、自室のドアを閉める。
レクトロ「・・・・・・終わったぁ・・・」
レクトロ「疲れちゃったなぁ・・・」
テーブルの引き出しを開け、カニせんべいを一枚取り出して封を開ける。
パリッ!と薄いものを砕く音を鳴らし、カニせんべいを噛みながらレクトロは、これからのことを考える。
レクトロ「僕や殿の思う通りに、フリートウェイが動いてくれれば良いんだけどなぁ・・・・・・」
──意味ありげな一言は、誰かが拾うことはなく、あっさり消えた。
〇簡素な一人部屋
レクトロの忠告を聞いたフリートウェイは、自室に戻ってすぐ、ベッドに横たわった。
深々とため息をつき、顔を枕に押し付ける。
相当疲労してしまったのか、顔色が白かった。
フリートウェイ「あー・・・・・・クソッ・・・」
フリートウェイ「言われなくても分かってるんだよ、そんなこと・・・・・・」
イラついた声色と表情だが、左腕で目元を隠し、誰にも悟られないようにする。
『レクトロの言ったことは全て事実』だ。
頭では分かっているのに、イライラしてしまう。
レクトロは、自分のために、ありがたく『忠告』までしてくれた。
それは、素直に受け入れるべきだろう。
だが──
フリートウェイ「他人の忠告は、大人しく受け入れたいんだけどなぁ‥どうも上手くいかねぇ」
フリートウェイは、イライラしながら顔を冷やすために洗面所に行こうと考える。
『このイラつきは、何時になったら落ち着くのだろうか』と思いつつ、
少し疲れた表情で、自室のドアを乱雑に閉めた。
〇西洋風のバスルーム
目が覚めるほどの冷水で顔を洗うフリートウェイ。
濡れた顔をタオルで拭う時には既に、イライラはいなくなっていた。
今ならば、レクトロの忠告も素直に受け入れられるような気がする。
フリートウェイ「ふぅ・・・・・ 頭の中がリセットされたような気分だ」
フリートウェイ「落ち着いたし・・・さっさと寝るかな」
洗面所を出ようとしたが、鏡に映ったものに違和感を覚え、それをじっと見つめる。
フリートウェイ「・・・ん?」
フリートウェイ「鏡に映ったオレが少し変だな・・・・・・」
凝視すること数分間。
違和感は、突然現れた。
フリートウェイ「!?!!!!?!!」
フリートウェイ(鏡に映っていたのはオレじゃない!! 誰だ!?)
フリートウェイによく似た人物は、鏡の向こう側のフリートウェイに話しかける。
???「・・・・・・・・・」
???「何を驚いているんだ? オレは『お前』だ」
???「初めまして、オリジナル。 会えるのを楽しみにしていたぜ。お前はどうだ?」
フリートウェイ「・・・・・・・・・」
フリートウェイ「どうって言われてもなぁ・・・ お前はいつから、オレの中にいたんだ?」
フリートウェイ「お前のことは今さっき、初めて認識した。 だから、答えることは出来ねぇな」
???「・・・そうか。 ならば、いつか再び合間見えることにしよう」
鏡の中のフリートウェイは、あっさり引き下がった。
オリジナルのフリートウェイに会うことだけが目的のようだ。
???「お前は『お前の中の闇』から逃げられない」
???「お前はいつか、現実を受け入れることが出来なくなる。 その時は、オレが力を貸してやる」
鏡の中のフリートウェイはそれだけ言い残すと鏡の奥へ帰っていった。
・・・が。
下半身が、魚のものに変わったこと、
両の足が魚のヒレになっていたことを、フリートウェイは見逃さなかった。
それはまさしく────
フリートウェイ「人魚・・・・・・」
フリートウェイ「何かすごいの見ちまったなぁ・・・ 夢に出てきそうだ・・・・・・」
フリートウェイ「もう眠いから寝るけどさ・・・・・・」
鏡から背を向けて、洗面所を出るフリートウェイ。
だが、鏡の奥へ行ってしまった、自分そっくりの人魚のことは暫く忘れそうにもなかった。