世界は工作員で溢れている!?

たくひあい

首吊り師と文芸部。(脚本)

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たくひあい

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〇生徒会室
納二科寧音「おはようございまーす」
梅ヶ丘 ゆりこ「あ、寧々ちゃん、おはよ」
  部室のドアを開けると、同じ文学部である梅ヶ丘ゆりこが先に着いていた。
納二科寧音「おはよう」
納二科寧音「あれ、それって赤本?」
  ゆりこの手には分厚い赤本が握られている。大学の過去問題が掲載されていて進路指導室に大抵置いてある本だ。
梅ヶ丘 ゆりこ「そうなの。卒業したら大学行きたいから」
納二科寧音「ふーん、大学かぁ」
梅ヶ丘 ゆりこ「寧々ちゃんは行きたい大学とかは?」
納二科寧音「あたし・・・・・・は」
  困る問いかけだった。
納二科寧音「あたしは、フリーターでもしようかな。ほら片親で、大学よりお金が大変だし・・・・・・」
梅ヶ丘 ゆりこ「ふーん、そうなんだー。 寧々ちゃんとこ、大変って言ってたもんね」
  前向きなゆりこは眩しい。
  正直、進路調査の紙も、先生に聞かれる将来も適当に言っているあたしとは違う。
  この先、なんてきっともう無い
  だってあたしは
  皆とは、違う――――――
後輩ちゃん「ちょっと待ったぁ!」
  勢いよくドアが開いた。
納二科寧音「あ、おはよ」
梅ヶ丘 ゆりこ「おはよう」
後輩ちゃん「おはようございます・・・・・・先輩」
  彼女は後輩ちゃん。様々な部活を掛け持ちしている。
  ちょっと元気が良過ぎるが、文学好きらしい。
後輩ちゃん「じゃなくて!」
後輩ちゃん「聞こえましたが、お金なくても、大学にはいけるんすよ!? そんなのは言い訳です。勉強から逃げていませんか?あのですね・・・・・・」
納二科寧音「文学部の集まり?ってなんだろうね。ゆりこはどう思う?」
梅ヶ丘 ゆりこ「えっとー・・・・・・首吊り士?が、文学に関係する、んじゃないかな」
後輩ちゃん「聞いて下さいよ!」
納二科寧音「えー、お説教はいいよ」
  最近、進路希望調査がある為か、やたらとみんなが進路の話をしている。頼もしいけど、なんとなく距離を感じる・・・・・・
後輩ちゃん「寧々先輩、研究とか向いてるのに・・・お姉ちゃんだったらそう言うって・・・・・・」
納二科寧音「あはは、買いかぶり過ぎ」
  あたしは、携帯だってちゃんと長く使えない。謎の理由で端末がすぐなくなる。
  文学部に入る前に文学賞に出したこともあるけど、そこは潰れた。
  
  あたしが何か目立ったり、功績を出すといつも潰れる。
  ずっと昔から社会全体が、あたしを隠して動いてる気がして・・・・・・なんて、言えるわけがない。
  大学に入ると、その大学名で
  『◯◯大生、殺人事件』みたいな
  あたしが霞むくらい大きな事件が起きるんじゃないか・・・・・
  そしたら今度こそ、あたしはもう、何処にも行けなくなるような――――
  ピロン、とメッセージの通知音がした。
納二科寧音「お?」
納二科寧音「部長からだ、なんだろ?」
  このときは、まだ知らなかった。
  あたしの日常は、あたしが思うよりずっと早く、終わりを告げる。
  大学に行くとか、将来何をするのかとか、選ぶ余地すらあたしにはそもそもなかったのだ。

〇教室
  そのメッセージというのも、「集まる場所を変えたい」というもので、当初提示されていた「部室」ではなく・・・・・・
  最上階である4階の空き教室の一つだった。
納二科寧音「しつれーしまーす、部長~」
部長「おぉ、来たか」
  部長は夕暮南高校文芸部の設立者。
  出来て数年の部活だが、彼女の功績によってみるみるうちに活気づき、
  高校の知名度や、人気を爆発的に上げたと言われている。
  まるで最初から此処に決めていたかのように部長は中に立っていた。
部長「おはよう」
納二科寧音「ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・」
  あたしは4階まで駆け上がってきたせいで、息切れしている。
納二科寧音「・・・・・・はよ、ございます。 約束、通り、まずはあたしだけで来ましたよ」
部長「うむ」
  酷く冷静に、淡々と頷く部長。
  いつものような笑みも無く、それがむしろ怖い。
納二科寧音「あ、あの・・・・・・」
部長「今朝のニュースによって、どうしても、急遽寧々に話しておかなくてはならなくなってな」
  部長は物々しい前置きをしながら、あたしの目を見つめる。
  な、なに・・・・・・?
  あのニュースが、部長になにを決意させた?
  聞くのが怖い、と思う隙すら与えないまま、部長は告げた。
部長「我が文芸部は、本日をもって、全日本作家協会と全面的に戦う事となった」
納二科寧音「・・・・・・はい?」
  今日集まって貰ったのは他ではない、『首吊り師』についてのはず。
  それが何がどうして、全ての作家の統合的な立ち位置の協会と、個人的な文芸部が戦う事に!?
部長「まぁ、聞いてくれ。寧々も見た筈だ。 『彼ら』の全国規模での殺意を」
納二科寧音「え、いや、あの・・・・・・殺意って」
  ど、どういう事なのか、頭が追い付かない。あんなのただの質の悪いいたずらで・・・・・・
部長「あれは、我が文芸部への挑戦状だ」
  しれっと、とんでもないことを言われてますます混乱する。
  挑戦状だからあんな全国規模で流す必要があったって?
納二科寧音「ま、待ってください。どうしてあ、あんな、首吊り師が!? どうして全日本の作家が敵対することに? 文芸部は何の関係が」
部長「順を追って手短に説明すると、だ」
部長「お前はずっと、自分が何かに見られている、この先の進路はたぶんもう存在し無いと感じて居るんじゃないか」
納二科寧音「どうしてそれを・・・・・・」
  頭が混乱したままのあたしに、部長は淡々と話し続ける。
部長「わかるさ。なんとなく、私と同じ空気を感じる・・・・・・人生をどう終えるかだけしか考えていない、そういう末期の人間の目だ」
  普段明るい部長もそうなのか。
  意外な事実に初耳だったのだが、自分もそう思われていた事にも驚く。
部長「出来るのに、もう年数が無いからやらない。出来そうだけど、もう先が無いからやらない」
部長「此処最近、お前から感じるのはそう言う諦めだった」
  それは、確かに、そうなのかもしれない。
  やれば出来るとかそういう事ではなく、やったところで報われない事が確定している。
  あたしは小さい頃からずっと、そうだった。何かで一位をとろうにもそこが丸ごと潰れてしまう。
  何かの大会に出れば、その大会事存在しなくなる。
  でも、せめて部活なら・・・・・・
  あたしは確かそう思って、記録が残せるんじゃないかとまだ人が少なかった文芸部の門をたたいたんだった。
部長「まぁ、それも無理は無いだろうな」
  部長は、「あきらめるな!」とか熱血的な説教をすることも無く、なんだかやけに悲しそうなので、こっちも調子が狂いそうだ。
納二科寧音「今日の部長、なんか、変ですよ」
部長「そうか? 私は本気だ。ふざけてなどいないよ」
納二科寧音「・・・・・・・・・・・・」
  今まで、こんな話を信じてくれる人は居なかった。
  「何処で何をしてもその場所ごと潰されてしまう」から、あたしは夢を見なくなった。
  何処かがあたしごと潰されて消えるのが、もし何かの意味を持つのなら――――
部長「話は全日本作家協会が、ある新興宗教を隠れ蓑に、✕国に乗っ取られたところからだ」
部長「そう、我が父・・・・・・全日本作家協会の元会長、か」
部長「あれも、その周囲の幹部に殺害されている」
納二科寧音「そう、なんですね・・・・・・」
  一年前、「部長の父が死んだから」、と急に部員総出で葬式に行った事がある。
  まさかあのときにそんな事情を抱えていたなんて。
部長「私が夕暮南高校に文芸部を立ち上げたのは、彼らから取り戻したいものがあるから」
部長「だから、いつだって戦えるように文芸部も鍛えておかなくてはと思っている」
納二科寧音「・・・・・・よく、わからないけど、部長が真剣なのはわかります」
  だから文芸部の癖にやけに走り込みがあったり過酷なタイピングがあったり、
  一日泊まり込み耐久レースがあったり、両手どちらでもタイピング出来るように筋トレがあったり、カルタ大会があったりするのだ。
  やってみるとなかなか地獄の日々なのだけど・・・・・・
納二科寧音「それで、何故あたしたちがその全日本作家協会と戦うんです?」
部長「端的に言えば、我々の個人情報が裏取引されている事を掴んだ。 その流入先がそういった場所らしい」
納二科寧音「・・・・・・・・」
部長「高校としても我が文芸誌をこっそりフリマに出したり、図書館に置いたりしていたのだが」
部長「其処にとある大作家の作品の模倣ではないか、と指摘が入ったのが発覚のきっかけだな」
部長「私がチェックを怠ったとでも? そう思いあちこち調べた結果、裏取引の情報を掴んだ」
部長「見たまえ」
  そう言って、部長は後ろ手に持って居た新聞を広げる。
部長「経済新聞などにこの商品名、株の銘柄・・・・・・変動グラフが乗っている。その中で、今注目株が『ナニカねね』」
納二科寧音「あたし?」
  よくみると、梅が丘とか、馬野、とか知っている名前もある。
  全部、お酒とかベビー用品とかの名前ってなってるけど・・・・・・
部長「大人はこういった形で取引を通じて、今現存する子どもたちの情報を売買している。これが今の社会の実情だ」
納二科寧音「・・・・・・・・・・・・」
部長「何故そうなるのか、という顔だな」
  部長を疑いたいわけではない。現に部長のお父さんも亡くなっている。一番混乱しているのも憤っているのも部長のはずだ。
部長「これは、我が父が生前残した『青木ファイル』の黒塗り部分に書かれていた事だ」
部長「自由貿易の裏で、情報取引の暗号として市民の生体情報の利用が承認された。 これを告発しようとしていたところを殺害されている」
納二科寧音「・・・・・・作家協会に?」
部長「まぁ、ある意味な」
部長「父のファイルは、『彼ら』が「作家協会に個人情報売買取引を持ち掛けた」その告発だったんだ」
  えーと、つまり
納二科寧音「・・・・・・それって、マジなやつじゃ」
部長「私はずっと本気で言っているが」
納二科寧音「・・・・・・・・・・・・」
部長「娘にまで告発を恐れた協会からの刺客。それがあの『メール』なのだと」
納二科寧音「いや、名前あたしだったのでは」
部長「あぁ。間違って居ない。 納二科寧々の人気は、あの本の中でも中々高くてな。疑惑をかけてきた」
  そう言って、部長が教えてくれた作家名は西峰維織・・・・・・(にしみねいおる)
  あたしはあまり本を読まないので、よくわからないが、有名人らしい。
納二科寧音「ま、マジですか」
  ・・・・・・なんだか情報が多くて混乱してきたので、纏めてみよう。
  要は部長が作家協会に目の敵にされていて、
  夕暮南高校の文芸部が活動で目立ってしまったので
  「個人情報の裏取引」が告発でバレると思った作家協会や、
  そこの作家達からの危機感を募らせ、作家直々に盗作に及んでいる、的な・・・・・・
部長「そうだ。我が部の存続の危機」
納二科寧音「で、結局首吊り師は・・・・・・」
部長「そうだったな」
納二科寧音「忘れないでくださいよ」
部長「いや、忘れてはないのたが」
  部長は言いにくそうに言葉を濁す。それから
部長「新聞、よく見たか?」
  とだけ言った。
  あたしは、もう一度新聞を広げる。
納二科寧音「・・・新軍艦 導入検討始まる」
部長「の、隣だ」
納二科寧音「・・・・・・馬田!?」
  あたしは首吊師の記事をみつけた。
  
  被害者の中に、馬田レナの名前がある
  そういえば今朝、馬田に会って無いけど、それはあたしたちが朝早く部室に来たからで、まだHRまで時間があるからだと、
  てっきりそう思っているのだが。
納二科寧音「ん?なんか、引っ掛かるんですけど・・・・・・ とりあえず同姓同名って事は」
部長「どうだろうな・・・・・・」
部長「実は、うちの文芸誌が話題に上がっているときにクレームを言いに来た一人がこの馬田なんだ」
部長「同級生の文芸部の活動よりも、著名な作家の擁護を取ったというわけだが・・・・・・ これがどういう事かわかるか?」
納二科寧音「え。どういう・・・・・・」
部長「寧々に分かり易く言うと、用意が良すぎる」
部長「『寿さん』と同じで、」
納二科寧音「寿さん?って・・・・・・」
部長「ご近所さんだな。うちの」
部長「父の法事のときに顔を出し「作家は続けているのか?」 と、言っても居ないのに言い出した」
納二科寧音「えっ!? ちなみにお父さんが亡くなってることは」
部長「伝える前から知ってた人が、多いんだ」
  ・・・・・・一体どういうことなのだ。
  『用意が良すぎる』
  その意味。
  たった一つだけわかるとすれば、
  誰かが裏で動いている。

〇教室
  「えーー本日の授業ですが、緊急職員会議のため、生徒の皆さんは自習しててください」
梅ヶ丘 ゆりこ「職員会議?」
  教室は馬田が殺されたことで持ち切りだった。
納二科寧音(マジだった・・・・・・)
  実は、寧々を思わせる名前が多く目に付いたとはいえそれも全員ではない。数人、それ以外の名前が混じっていた。
  その一人、『馬顔の事でいじめられて自殺したい』と書き込んでいたのが馬田レナ。
  あの早退後、馬田の首を吊った写真がネットにアップされる。
  ――――此処まで書いておいてなんだが、
  馬田レナの死に方はおかしい。
  まず寧々の名前に近い人達はみんな女性、『首吊り師』がなぜか首を狩っていたのも女性。
  それが、馬田は首吊り写真をアップされている。
  あたしは、今朝の話は伏せたまま、
  とりあえず隣の席の百合子に話しかける。
納二科寧音「っていうか、首吊り師は逮捕されたじゃなかった?」
梅ヶ丘 ゆりこ「そう、だよねぇ・・・・・・」
梅ヶ丘 ゆりこ「模倣犯、かなぁ」
納二科寧音「模倣してねーし」
  百合子は真面目に朝読書していたらしく、ちょっとビクッとなりながらあたしに頷いた。
納二科寧音「何読んでんの?」
梅ヶ丘 ゆりこ「あ。これ? ・・・・・・少年Bの 「自殺指南小町」 昔、クラスメイトの首を切断して捕まってた人の本」
納二科寧音「た、タイムリーだね」
梅ヶ丘 ゆりこ「この本、なんかねぇ、なんて言ってい良いのかわからないな・・・・・・人を殺そうなんて、考えた事が無かったから」
梅ヶ丘 ゆりこ「でも、きっと私が幸せに生きて来られたからなんだって、それはわかる」
納二科寧音「・・・・・・そう、だね」
  百合子は、将来弁護士になりたいらしい。事件の事とか犯人の考える事とか、いろいろ彼女なりに研究しているんだろうな。
梅ヶ丘 ゆりこ「あっ」
  携帯が鳴る。
  あたしの携帯も震える。
  慌てて画面を見ると、部長の連絡が来ていた。
  『部室に来い』
梅ヶ丘 ゆりこ「だって・・・・・・」
納二科寧音「だね」

〇雑踏
  ・『寿さん』は、突然法事に顔をだし、まだ作家をしているのか?と聞いてきた。
  
  ・父が死んだ事を先に知っていた人が多い。
  ・関西で○○会社の課長をしていた親戚が急に体調を崩す。「会社が危ないかもしれない」という噂になった。
  ・関西にはあの出版社もある。
  取引関係があったものと見られる。

〇生徒会室
梅ヶ丘 ゆりこ「部長ー」
納二科寧音「来ましたよー」
  あたしたちが部室に訪れたとき、目の前には誰もいなくて、代わりに一冊本が置いてあった。
納二科寧音「西峰維織・・・・・・(にしみねいおる)」
納二科寧音(あの中に、取引されたあたしの、個人情報が・・・・・・?)
梅ヶ丘 ゆりこ「うわー、懐かしい、西峰維織(にしみねいおる)だ!小学生の頃読んだなぁ」
  百合子がはしゃいでいる。
  だから、あたしは言えなかった。
  その本の作者、違法な取引に応じた人らしい、なんて
  あたしの口から、此処で言える訳が無い。
納二科寧音「そうだね、誰かの忘れ物かな?」
部長「おお、二人とも来ていたか」
  部長が入って来て、あたしたちは二人ともそっちを向く。
梅ヶ丘 ゆりこ「いきなり連絡来てびっくりです」
部長「うむ・・・・・・緊急事態だからな」
  部長は少し悲しそうにそう言った後、いつものように明るく言った。
部長「で、いきなりで済まないが、質問して構わないか」
納二科寧音「え、なんでしょうか・・・・・・」
梅ヶ丘 ゆりこ「え?あ。何ですか」
部長「作家になりたいと思った事はあるか?」
  部長が、何を思って聞いたのか。
  ・・・あたしはなんとなく、わかっていた。
  部長がこれからする事は、たぶん此処の文芸部と作家側との違いを解からせる事。
  戦いそのものを意味するのだろう。
梅ヶ丘 ゆりこ「あー・・・・・・なりたいっていうか、趣味で、読んだりはしますけど」
  才能の世界だから、と百合子が消極的に言う。部長の視線があたしに向けられた。
納二科寧音「あたしは・・・・・・」
  何故だろう、否定すればいいのに、上手く言葉が出てこなかった。
  たぶん、なるだけならそう難しくない。
  だけど・・・・・・
納二科寧音「あたしは、その、好みが偏ってるんですよね・・・・・・」
納二科寧音「細く長く続けるには、「薄く広く、だけど中身は濃く」みたいなのが理想。 でも小説だけだと全部濃く要求されるのかな、みたいな」
  文芸部に居るくらいだから、別に文章を書くのが嫌いなわけじゃない。
  だけど多分、あたしは一歩引いて何かするくらいがちょうどいい気がするというか・・・・・
  西峰維織(にしみねいおる)にマウントを仕掛けられる事が想定できるという理由もある。
  そのときにより幅広く対応するには、
  文章だけでは足りないだろう。
部長「成程。大丈夫そうだな」
納二科寧音「話きいてました?」
後輩ちゃん「おはようございまーす」
後輩ちゃん「速報、速報っす!」
部長「言ってみろ」
後輩ちゃん「西峰食品で、不当な値上げ交渉の噂っす」
部長「ほう・・・・・・西峰食品か」
  部長の口元が嬉しそうに、歪んだ。
  西峰食品は世界でも有数、加工食品のトップシェアを誇る大企業。奇しくも西峰維織と同じ名前である。
後輩ちゃん「なんでも、小売店やスーパーに必ずこの値段でって圧をかけたらしいっす。自社ブランドを、守る為らしいっすね」
  確かに、最近西峰食品の商品はやたらと値上がりしていた。
  そのせいで手が出せない消費者は、ジェネリック西峰食品になだれ込む
  むしろ他者にブランドが、流れざるを得ない状況になっていた。
後輩ちゃん「これはデイトレーダーの血が騒ぎますね!」
納二科寧音(株やってたんだ・・・)
部長「食品に関しては余程の事が無ければ一時的に落ちるくらいでそう価値は変動しないだろうがな」
後輩ちゃん「やっぱそうっすかね。つまんないなぁー」
  ぐちぐちと小さな声で何か言っている後輩ちゃん。
部長「ふむ。そろそろ、いいか・・・・・・」
  と小声で言う部長。そして。
部長「静粛に」
  ――――と、
  部長が突如声を張り上げたので、みんな大人しくなった。
部長「ひとまず、今居るメンバーだけで、本題に入る」
  部長は新聞を取り出すと、朝あたしに言ったような事をもう一度説明した。
梅ヶ丘 ゆりこ「部長の・・・・・・・お父さんが?」
部長「あぁ、恐らく、暗殺されている」
後輩ちゃん「西峰食品が急に変なCMやりだしたり、芸人とコラボしたり、値上げしまくってたのも全部そうなんですか!?」
部長「あぁ、西峰食品の価格値上げは、恐らくその取引価値の変動を示す為に行われた工作だろう」
梅ヶ丘 ゆりこ「に、西峰・・・・・・って」
  百合子が本を手に取る。
  西峰維織(にしみねいおる)の本。
  部長の私物だろうか?
梅ヶ丘 ゆりこ「・・・・・・私も全作見てはいないけど、でも そんな、信じられません。 寧々ちゃんが、盗作なんてする訳ないのに」
梅ヶ丘 ゆりこ「だって、私ずっと部活で見て来たし・・・・・・」
部長「うむ、やはりこういった戸惑いが一般的な感情だな」
納二科寧音「・・・・・・」
  暗に馬田のことを指しているのだと、すぐにわかった。
納二科寧音「いい奴だったのに・・・・・・」
  あたしはちょっとショックだが、馬田には馬田の正義が在ったって事だろう。
梅ヶ丘 ゆりこ「馬田君、首吊り師に殺された、んですかね?」
部長「それなんだが・・・・・・」
  部長がスマホを見せて来る。
  其処には「茶色い服運動」とあった。
梅ヶ丘 ゆりこ「これは・・・」
部長「ニュース記事を漁ったところ、彼は生前、「工作員に張り付かれている」と連呼していたらしい」
部長「中でも、茶色い服の人が立っている、と」
納二科寧音「ほんとだ」
  あたしもスマホで記事を確認する。
  「茶色い服運動」
  「黄色い服運動」
  「赤い服運動」
  「青い服運動」
  「黒い服運動」
  『特定の色の服を着て、マップで指定されたポイントに立つ』というのも行われていたらしく、見掛けたのはその中の一人らしい。
  SNSで、馬田らしき人物に生前会ったとか呟いているものがバズって居たのが検索に出てきた。
梅ヶ丘 ゆりこ「これ、モンスターgoとか、キッズ向けの生態調査とかのあれですよね?」
部長「そういったイベントと合わせて開催すれば、見知らぬ人があちこちに立っていても違和感は無いだろうな」
梅ヶ丘 ゆりこ「つまり、工作員じゃなくて、普通の人なんじゃ・・・」
部長「うーむ、それは・・・・・・なんとも。彼は他殺のような死に方だったらしい。妄想を拗らせただけとは思えん」
部長「生前も監視に怯えている。そのタイミングでイベントと重なっている」
納二科寧音「誰かが仕組むことが出来るって、思っているんですか」
部長「我が父は、殺された」
  きっぱりと、部長が言う。
  誰にも反論できない、重みのある言葉だ。
部長「親戚だって、なんだかカオスな事になっているし」
部長「口封じや、何らかの理由の圧力がこれから広がって行く事だってないとは言い切れない」
  それが本当にそうなのかは、まだあたしにはわからなかった。
  会長――お父さんの死を受け入れられなくて、何か正当性のある事がしたいのかも。
  それでも、部長のまっすぐな目を見ていると、
  あたしも何かしたいように思えた。
納二科寧音「百合子、ちょっといい?」
  あたしは百合子の手から、西峰維織の本を手に取る。
納二科寧音「!」
  それを見て、あたしは、
  やっぱり
部長「どうかしたか?」
納二科寧音「いえ・・・・・・」
  文芸部は好きだけど、
  小説家は嫌いだ、と思った。

〇アパートの台所
  本当のところ、小説家は嫌いだ。
  興味もないのに絡んで来て、
  しつこくあたしの人生を滅茶苦茶にした。
  別に商品にどうこういう訳ではないし、
  妬みとかそう言うものも全くない。
  ただ――――
  『小説家』という存在が嫌いだ。
  仲良くしろと言われたら、お断りだと言うだろう。
寧々母「お願いだから、小説家にだけはならないでね?」
  それが、幼いころから母の口癖だった。
  毎日、毎日、毎日毎日。
  あたしの携帯電話を覗き込んで来たこともある。
  なぜ、そうだったのかは分からない。
  母が別れる前の恋人がそう言った関係だったのだろうか?
  あるいは、母が作家に何かあったのだろうか。
寧々母「書いてないでしょうね!!絶対に小説家だけは駄目だからね!?」
  そうやって、プライバシーを侵害してまでヒステリックになった母。
  幼いあたしがどうしてか尋ねると母は決まって
寧々母「だって、不安定だし・・・・・・」
  と言ったのだが、言葉を濁しており、まるで別の理由を隠しているかのような、奇妙な不気味さを覚えていたものだった。
  母のその目はあまりにも真剣で、いや、深刻に常軌を逸していたから、
  ――破ると、どうなるのだろう?
  何年も怖くて、聞けなかった。
  母は、私が何かするのは許したけれど、本格的に芸術を職業にすることだけは許さなかった。
  別に母の許可はなくても良かった。
  母は私より先に死ぬだろうし、興味があれば勝手に隠れてやることだって出来る。
  ただ――――
  部活はその中間にある。
  私が『作家にならない』から趣味で、と部活を許されたそれが。
  今、簡単に破られている。
  市場に作家として公開されているなど脳が拒否したいくらいの最低最悪な事実ではある。
  こういうの、なんて言えば良いのだろう?
  自分の物が、他人のものになって、
  自分は許可されていなくて、それを承諾していたら
  他人は許可したことになって、
  上手く言えないけれど、
  確かにあたしが、西峰を許せるわけがない。
  彼はそれだけのことをしたんだから。
  それに、道を決められているみたいで、

〇生徒会室
  部長が言った事は単純で、
  
  「もう一度文芸誌を出す」
  という事。
部長「恐らく、仕掛ける間も無く、あちらからやって来るだろう」
納二科寧音「え、応募とかじゃなくていいんですか」
部長「あぁ、高校の文芸誌にすら苦情を入れるという事は、連絡係が何処かに潜んでいる可能性がある」
  そして――――彼らがどうしても盗めない内容を作り上げる事。
部長「作家が一番苦手なのは、情報のアップデートだ」
部長「そして、自分のポリシーに反するものは使わない」
納二科寧音「はぁ・・・・・・」
部長「西峰のこともある程度調べてある」
部長「引き籠り歴が長く、友情ネタ等には乏しいようだ」
梅ヶ丘 ゆりこ「ええっ。そうなんですか」
梅ヶ丘 ゆりこ「・・・・・・って、言えたらいいんですけど、 引き籠り歴の長さは語っていたのを見た事があります」
納二科寧音「・・・・・・・なるほど」
  確かに、引き籠り歴が長いと描けないような描写が出来れば隙が生れるのかも・・・・・・?
後輩ちゃん「で、でも、そんなうまくいくんですか?」
部長「彼らは公に賭け事にするくらいには担保を安全に確保している」
部長「逆に言えば商品から目を離すことは極めて困難。他の商品を探す時間も無いだろう」
後輩ちゃん「むー。西峰食品=西峰維織の暗喩説が本当だとすれば」
後輩ちゃん「西峰食品を大きく移動させるくらいの規模ってなる。急な名義変更も怪しまれますし」
後輩ちゃん「一度新聞にしてる以上は他を探すのも時間が掛かるのは確実でしょうね」
部長「そう。その隙に世間の視線をゴーストライター側に誘導出来れば完全な隠蔽は不可能になる」
梅ヶ丘 ゆりこ「ほ、ほんとにそんな事・・・・・・」
部長「あぁ、勿論。私は本気だ」
後輩ちゃん「さっすが先輩!文芸部始まって以来の才女!」
部長「それは私が始めたからな」
納二科寧音「・・・・・・」

〇学校脇の道
  職員会議は終わらなかった。
  何故かこの日来て居ない教師、あるいは生徒も居て、このまままともな授業なんか出来る訳が無く――――
  今日の授業は午前中で解散となった。
納二科寧音「はぁ・・・・・・」
  結局何も言えないまま、出て来てしまった。
  ――――あたしは、本当は作家となんか関わりたくない。
  小説家は、この前ニュースに出ていたゴーストライターの作曲家と変わらないセカイだ。
  誰かが土下座して隠蔽しているだけの、脆くて醜い場所。
  だから、あたしは彼らが嫌いだ。
  だけど、百合子みたいな誰かの夢をあたしが壊してしまうんだろうか・・・
村田紗香「あれ? どうしたの」
納二科寧音「あ、村田さん」
納二科寧音「実はちょっと、携帯が壊れたりしてね」
村田紗香「携帯が・・・・・・? もしかして、また?」
納二科寧音「そーそー、原因不明ー」
村田紗香「うわぁ。私も前に・・・・・・ロコモショップに持って行ったんだけど、戻って来なかったんだ」
納二科寧音「そっかぁ」
  携帯壊れた仲間である村田紗香(むらたあやか)さん。身体が弱い自分を変える為にわざわざ運動部に入っている。
  彼女と出会ったのは、少し前の早朝だった。
  といっても大したエピソードは無く、彼女の朝練中にあたしが通りかかって
  そこでやってきた宗教勧誘を二人で断ったという話である。
納二科寧音「・・・・・・あれから、だっけ? 携帯電話がおかしくなったの」
村田紗香「うん・・・・・・ジャマ―でもあるのかなってくらい、急に動かなくなるんだ」
納二科寧音「そんな三文小説じゃあるまいし・・・・・・って言いたいけど、マジで動かない場所あるよね」
村田紗香「ねー」
村田紗香「あっ、でも、うちの学校にも 先生が「学生運動のときに作った秘密兵器」があるって噂だよ!」
村田紗香「もしかしたら、そのときに妨害電波装置?とかあるのかなぁ」
  うーん、その頃って電話は高級品で、背中に担いでたんじゃなかったか。
  と思ったけれど、たしか学生運動って当時はかなり悲惨で警察が介入したり死人が出たり、授業どころじゃなかったって聞く。
  先生が昔授業で語っていた事があるけど、風紀が終わりきっていてまともに授業する場合じゃなかったらしい。
  ラジオや無線の盗聴くらいはあったのかも。
村田紗香「・・・・・・うん、あれから、変わりはないと思う」
村田紗香「たまに、松本さんがこっちをやけに見て来る、くらいかな」
納二科寧音「モテるねぇ」
村田紗香「いや、そういうのではなく」
村田紗香「ほら、松本さんもあの宗教の集会に出てるって言うか・・・・・・」
  語弊が無いように言うと、
  宗教が悪いとか、そういう話では無いのだが、
  この辺の地域では宗教勧誘ストーカー、略して『しゅトーカー』なんかが静かに存在した。
  呼んでないのに学校に来るし、
  いつの間にかその辺に居るのである。
  ・・・・・・そのうちヨガ教室とかカレー大会とか始まるんだろうか?
納二科寧音(例のテロ事件で解散したんじゃないの・・・? なんでまだ居るの?)
村田紗香「寧々ちゃんは、何も、起こってない?」
納二科寧音「あー・・・・・・うーん、別に」
村田紗香「そう?」
納二科寧音「馬田が、なんか大変らしいけど」
  あたしもあれから、馬田のニュースを確認した。
  だけど、まるで他人事みたいだった。
  馬田の着ていたシャツ。そして、ロープ。
  拡散された写真も見る事が出来たけど、
納二科寧音「・・・・・・どんな感情になればいいかわからない」

〇学校脇の道
フォノ「ふむ・・・・・・ふむふむ。なるほど」
フォノ「新たな個人情報、『携帯を修理に出す』」
フォノ「この実績を私たちはまだ所持していない・・・・・・」
「どう、されますか?」
フォノ「つまるところ・・・・・・」
フォノ「充電端子が最大の問題なので、野良修理に出すことにしました」
フォノ「野良修理に出して動く状態を保っておいて、次の無印が出たら、エンタテイメント向けはそっちに乗り換えかな・・・・・・」
フォノ「Proである必要はないので」
フォノ「外装傷みだけだから、普通にTradeIn可能でしょうし。まだ我々が支配下に置く工作を続けることが出来る」

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