読切(脚本)
〇雑踏
渋谷は人が多すぎる。ここに来るたびにそう思う。
人が多すぎるから、人に対して無関心で、だから余計に自分は一人だと痛感させられる。
コロナ禍だから人に会わないとか、そういう次元じゃない。
コロナ禍じゃなかったら友達ができるのに。新歓があったり、サークルに入ったりできるのに。
そんなのは嘘だ。
進級したら、就活が始まったら、そんな脆い繋がりはあっという間に切れて、連絡なんて取らなくなる。
コロナ禍は人間関係を頑張らなくていい言い訳で、誰もが「だったらしょうがないね」と同情してくれる魔法の言葉だ。
主人公「だから俺が一人なのもしょうがないんだ」
一人っきりの部屋でそう呟く自分がみっともなくて、情けなくて、何かを変えたくて渋谷に出る。
ここは人が多いから、誰も俺が一人なのを気にしない。
だからこそ自分を見つめる自分の視線が痛い。お前はどうせ一人だと、言われている気になるから。
恋人や友達と一緒に歩いているのが羨ましい。
きっと彼ら彼女らは言い訳をしなかった人間だ。一人でいることが寂しいのだと認められる人間だ。だから一緒に歩いて行ける。
俺はいったい誰に向かって言い訳してるんだろう。誰に「しょうがないね」と言ってほしいんだろう。
道行く人々を見て、俺は人間未満なのだと思った。
だから人間になりたいと思った。自分に対して胸を張れる、人間になりたい。
〇ハチ公前
主人公「っていう感じで、今に至るんだよね」
相棒「へぇ、それで今や二人で音楽やってんのか。人生何があるかわかんねぇな」
ハチ公前で、相棒と準備しながら話す。
俺が何を頑張ったかというと、自分の孤独や辛さを曲という形にすることだ。何かの答えが得られるかもしれない、と思ったから。
相棒はネットに投稿された俺の曲を『歌ってみた』してくれた人で、その縁があり今はこうして二人で活動している。
相棒「でも、だからか。お前の曲からそういう想いを感じたのは」
主人公「想い?」
相棒「お前の曲って辛い苦しいって気持ちを歌ってるけどさ、それだけじゃないっていうか・・・・・・」
相棒「こんな状況から抜け出してやるっていう熱い想いが伝わるんだよ」
相棒はマイクを立てた。
相棒「励まされた人は多いと思うよ。俺みたいに。自分と一緒で苦しんでる人がいるんだってさ」
ハチ公前は人が多い。
みんな誰かと待ち合わせている。みんな誰かと歩くことを選んだ人たちだ。
未だに羨ましい。俺はようやく、その道を歩き始めたばかりだから。
主人公「あのさ」
相棒「うん?」
俺はギターを構える。相棒は怪訝な顔でこちらを振り返った。
主人公「ありがとな。俺と一緒にいてくれて」
相棒はしばらくぽかんとして、それから俺を軽く殴った
相棒「な、何しゃらくせぇこと言ってんだよ。調子狂うな・・・・・・」
主人公「はは・・・・・・」
相棒は耳を赤くしながら、小さい声で言った。
相棒「俺の方こそだよ、バカ野郎。あの曲と出会えて、良かった。お前とこうしてるのは・・・・・・充実してる」
俺は返答の代わりにギターをつま弾いた。
主人公「音楽で、繋がれるんだ」
俺が孤独を歌えば、きっとこんな雑踏の中で、一人でも、孤独を抱える人が居るならば。俺たちはきっと寄り添える。
ともに歩くことができる
相棒と俺のように。知らない人でも。
渋谷は人が多い。だからこそ孤独が浮き彫りになる。でもその孤独でさえも、繋がり合う理由になれる。
俺は、道行く人を見つめながら、初めて、自分に対して胸を張れると思った。
「人間になりたい」というタイトルがしっくりとくる、短いながらに濃密な内容でした😌
案外そう思う彼だからこそ、何より人間らしいのかも知れません🥲
主人公は人間でありながら人間になりたいと思う心はどこか寂しさを感じます。人は一人では生きていけません。主人公だって相棒という仲間を得る事ができて良かったです。
主人公の気持ちに凄く共感してしまいました。誰から許しを得たいのか、誰から認められたいのか何も分からないまま嫌悪を陥る気持ち分かります。でも主人公は行動力がある人で励まされました!