エピソード1(脚本)
〇住宅街
──それは、偶然やった。
相原藤司「あっかん!! 完全に遅刻・・・いや、確かこの路地抜ければまだ間に合うはず!!」
──そう言って、いつもの通学路とは違う、細い路地に入った時やった。
〇海岸線の道路
相原藤司「よ、よし! これなら行ける! あー、朝からしんどー!!」
──そうぼやいて、ブレザーのネクタイを緩めながら、ふと天を仰いだ瞬間やった・・・
棗絢音「──あら、学生さん? おはよう!! 勉強頑張ってね!!」
相原藤司「・・・・あ、は・・・はい・・・・・・」
──覚えてないみたいやから、多分、いや、きっとお前も、偶然やったんやろ?
絢音────
あの日、あの時、お前が2階で、布団干ししてなかったら、家の中におったら、ワシは・・・
相原藤司「き、綺麗や・・・・・・・・・」
──ワシはきっと、こんなに苦しい思いも、胸を焦がすような切なさも、味わうこともなく、平凡に生きてたやろな。
せやから、責任・・・取ってや。
頭の良い相原くんやったワシを、初めての恋にトチ狂う男・・・藤司にした、責任。
──ワシ、立派になるから。
お前の隣に相応しい男になるから。
せやから、約束・・・
ゆびきりげんまん。
忘れんでや。
〇教室の教壇
桶本沙織「・・・くん! 相原君!!!」
相原藤司「う、うおっ!? び、びっくりしたー!! な、なんね委員長藪から棒に〜!!」
桶本沙織「なによ! そっちがボーっとしてるからでしょ!! それよりこれ!早く出してよ! 怒られるの私なのよ!」
相原藤司「分かった分かった! 分かったからがなるなや〜 なに?進路調査票?」
桶本沙織「そう! もう出してないの相原君だけよ! だから早く!!」
相原藤司「・・・・・・・・・・・・」
桶本沙織「な、何よ・・・・・・」
相原藤司「進路・・・なぁ〜」
桶本沙織「え、まさか、まだ決めてないとか、言わないわよね!? もう高二の冬よ」
相原藤司「別にぃ。こんなつまらん成績なんて、社会出ても何も役立たんわ。せやったら、もっと楽しことして、短い10代、謳歌したいわ」
桶本沙織「ちょっ!? 相原君、まだ授業・・・」
相原藤司「腹痛いから早退。進路調査は、明日まで待っとって。ほな」
桶本沙織「・・・・・・・・・」
また相原早退?最近多いよね。午後のこの時間。
余裕だよなぁ。あれで生徒会長の楢山と並ぶ学年首位クラスだぜ?羨ましいったらありゃしない。
先生達も相原には甘いし、やっぱ頭良い奴は特別扱いかよ。面白くねーの。
委員長、たまにはビシッと言ってやってくれよー。
桶本沙織「あ・・・・・・う、うん・・・・・・」
クラスメイト達の言葉に頷きながら、桶本は手にしていた進路調査票を、キュッと握り締める。
桶本沙織「・・・何で何にも、言ってくれないのよ。 バカ・・・」
〇バスの中
相原藤司「つまらん日常や・・・せやけど・・・この時間だけは、特別や」
バスを降り、駅前の商店街に真っ直ぐ向かうと、直ぐそこの八百屋の前で彼女の姿を見つけたので、相原は頬を上気させ駆け寄る。
〇商店街
相原藤司「絢音さん!!」
棗絢音「あら、藤司(とうじ)君じゃない。 こんにちは。 もう学校終わる時間?」
相原藤司「うん!試験期間やから、早いねん。 今日もすごい荷物やね。 持つわ!!」
棗絢音「い、良いわよ!軽いものじゃないんだから・・・」
相原藤司「遠慮しなや!ワシらの仲やろ?ほら、貸して!!」
棗絢音「あ・・・」
── 言って、相原・・・藤司は絢音から荷物を引ったくり、両手に抱える。
あの日から毎日、彼女・・・絢音を初めてみた長屋辺りをウロウロして掴んだ情報。
3日に1回の割合で、15時頃になると、彼女が商店街に買い物に行く事を知った藤司は、偶然を装い彼女に接触。
以来、様々な理由をつけてはこの時間に商店街へ行き、憧れの・・・初めて好きと思えた彼女に、会いに行っていた。
〇海岸線の道路
相原藤司「絢音さんて、ホンマに料理好きなんやな。得意料理とか、あらへんの?」
商店街からの帰り道。
荷物の中身が殆ど食材だったので聞いてみると、絢音は首を傾げ思案した後応える。
棗絢音「そうね・・・強いて言うなら、唐揚げかしら。 よく作るし・・・」
相原藤司「へぇ。唐揚げ。ええなぁ〜。ワシのウチ父子家庭やさかい、飯いつもコンビニやから、手作りとか、めっちゃ憧れる」
棗絢音「まあそうなの?お母様は?」
相原藤司「4年前にひき逃げに合うて、死んでしまいました」
棗絢音「まあ・・・それは、ごめんなさい・・・」
相原藤司「ええて。担当してくれた刑事さんや・・・誰やったかな。その上の人が、裁判でしっかり働いてくれて、相応の償いしてもろたから」
棗絢音「そうなの?でも、ホントごめんなさいね。辛いこと聞いちゃって・・・」
相原藤司「ええんや。裁判でもな、偉い人にしっかり罪認めて反省せいて、キツう追求してもらったから、ホンマに、すっきりしたんや」
そう言って、藤司は頬を赤らめ、密かに憧れ抱いていた気持ちを口にする。
相原藤司「ケンサツカン?やったかな?その裁判で世話なった人。ワシもあーゆー仕事したい思てんけど、なり方とか、よう分からんし・・・」
棗絢音「あら・・・それって検察官?それなら丁度、ウチに良いものあるわよ?」
相原藤司「へっ?!」
瞬く藤司に、絢音はニコリと笑ってみせる。
棗絢音「荷物持ってくれたお礼、ウチいらっしゃい。見せてあげる」
〇狭い畳部屋
相原藤司「わあ・・・」
押し入れの本棚にびっしり詰められた、法律関係や刑法、民法、洋書の論文書など、様々な専門書の数に、藤司は感嘆の声を上げる。
棗絢音「えーと、確かこの辺の棚に・・・・・・・・・あ、あった!!」
相原藤司「?」
不思議そうに小首をひねる藤司に、絢音は古ぼけて付箋まみれの一冊の本を、彼の前に示す。
相原藤司「検察官のなり方?」
棗絢音「うん。もう20年以上前のものだから、参考になるかは分からないけど・・・ここでゆっくり、読んでみて良いわよ?」」
相原藤司「う、うん!」
棗絢音「本棚の本も、元の位置に返してくれれば、自由に読んでいいからね。今、お茶淹れるから・・・」
相原藤司「・・・・・・・・・・・・・・・」
棗絢音「・・・・・・・・・しっかり勉強してね。小さい『トウジ』さん」
既に本の世界に入っている藤司のその顔に、絢音は愛しいもう1人のトウジを重ねて、小さく笑って、台所に向かった。
〇狭い畳部屋
相原藤司「・・・・・・・・・色々調べてみたけど、大学行って司法試験?これ受けるんが一番近道か・・・」
──絢音に渡された本以外の専門書を読み漁った後、藤司は理解したように呟き顎に手を当て思案する。
相原藤司「確か生徒会長の楢山も、そないな名前の試験大学行ったら受ける言うてたし、聞いてみようかな。試験内容とか、気になるし・・・」
言って、藤司は鞄の中のクシャクシャな進路調査票を取り出し、適当に書いていた志望大学の名前を消す。
相原藤司「大学も、アイツ確かK大推薦言うてたな。ワシの成績でも狙えるはずやし、明日これ持って先生にも聞いてみるか・・・」
呟き、壁掛け時計を見ると、既に18時を回っており、部屋中に香ばしい匂いが立ち込めていて、藤司の腹が僅かに鳴る。
棗絢音「あら。終わった?随分熱心だったわね。どう?なれそう?」
新しいお茶どうぞと湯呑みを渡されたので、それを啜りながら、藤司は口を開く。
相原藤司「うん。いけそう。隣のクラスに多分やけど、同じ試験受けよう言う娘がおるみたいやから聞いてみる!」
棗絢音「そう。良かった。頑張ってね。応援する」
相原藤司「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
棗絢音「な、なあに?」
にっこり花のように笑う絢音に、藤司はドキドキと胸を高鳴らせ、ずっと聞きたかったある事を口にする。
相原藤司「い、いやその・・・ 絢音さんて、彼氏とか、おるん?」
棗絢音「えっ?!! あのっ・・・」
瞬く絢音に、藤司はグッと迫る。
相原藤司「ワシ・・・司法試験受けて検察官なる!せやから、それ叶ったら、結婚・・・」
「ただーいまー」
「!!」
「絢音? 帰ったでー! おらんのかー?」
棗絢音「あ、わ、私・・・」
不意に玄関から聞こえた男性の声に、2人はハッとなったが、すぐさま絢音は立ち上がり、玄関へと向かう。
相原藤司「ワシ・・・今、何言って・・・」
赤い顔して俯いていると、絢音と、先程の声の主が揃って居間にやってくる。
相原藤司「あ・・・」
棗藤次「・・・・・・?」
その顔を見た瞬間、藤司は目を見開く。
目の前に居た男は、母親のひき逃げ事件で加害者を徹底的に追求していた、自分が検察官になろうと先程決意した正にその人だった。
棗藤次「・・・・・・なんや、可愛いお客て、男かい・・・」
相原藤司「え、あの・・・」
ジロリと上から下まで品定めするように見下ろしてから、藤次は後ろからやって来た絢音を抱き寄せ囁く。
棗絢音「な、なに?」
棗藤次「お前・・・ワシの留守にこんな若い男家に連れ込んで、ナニする気ぃやってん。なぁ?」
棗絢音「え、あの・・・私は別に・・・」
棗藤次「ほんまかの〜。 最近ご無沙汰やったから、なーんかやらしい事しようと、企んでたんちゃうかぁ?」
棗絢音「だ、だから何も・・・・・・ひゃあ!!」
相原藤司「なっ!! こんのスケベオヤジ!! さっさとワシの絢音さんから離れ!!」
棗藤次「ああ?! 誰が、誰のやとぅ? 大体・・・」
言って、藤次は絢音を離して、急に噛み付いてきた藤司の胸ぐらを掴む。
棗藤次「ここはワシの家や!お前が出て行けこのクソガキ!!」
相原藤司「ウソつくなやアホ!!ここは絢音さんちや!!ワシ、もう家帰らん!ここで絢音さんと暮らすんや!!せやから、出てけ!!」
叫んで、藤次から絢音を引き離すと、戸惑う彼女の手を握りしめ、藤司は声を上げる。
棗絢音「と、藤司君?!」
相原藤司「絢音さん!!好きや!!ワシ・・・いや、僕と、結婚して下さい!!僕、絶対検察官なります!!せやから・・・」
棗藤次「アホか!!日本は重婚は犯罪や!!法律家目指しとんなら、そんくらい知っとけ!!こんのドシロウト!!」
相原藤司「えっ・・・」
──重婚。
その単語に、藤司は今まで気にも留めてなかった彼女の指を見ると、左手の薬指には・・・結婚指輪が嵌められていた・・・
ふと、自分を渋い顔で見ている藤次の、組まれた腕の左手薬指を見ると、同じデザインの指輪があり、藤司は顔を歪める。
相原藤司「あ、ぼ、僕・・・」
ポロポロと涙が溢れて来た藤司を、絢音は困ったように笑いながらも、優しく抱き締める。
相原藤司「あ、絢音さん・・・僕、ぼく・・・」
棗絢音「ありがとう。小さい藤司さん。気持ち、とっても嬉しかった。でも私、こっちにいる大きい藤次さんが、好きなの。分かってくれる?」
相原藤司「せ、せやけど僕、ホンマに・・・好きなんや・・・ホンマにやで?」
棗絢音「うん。分かってる。分かってるわ。だから、そのお願い聞いてあげれない代わりに、もう一つの夢、応援させて?」
相原藤司「・・・へっ?」
瞬く藤司の涙を拭ってやりながら、絢音は隣でギリギリと歯軋りしながら、必死に怒りを堪えている藤次を見やる。
棗絢音「藤次さん。これからしばらく定時なんでしょ?なら、この子に検察官のなり方・・・勉強教えてあげて?」
相原藤司「えっ?!」
棗藤次「はあっ?!!」
唐突な申し出に瞬く2人のトウジに、絢音はニコリと微笑み、胸の前で手を合わせる。
棗絢音「同じ名前で、こうして出会ったのも、きっと何かの縁よ。藤司君が大学入る一年と少しの間で良いわ。受験と法律の勉強見てあげて?」
棗藤次「せ、せやけど・・・」
棗絢音「ねぇ、だめ? 私、2人のためにご飯腕振うから。 それに藤司君だって、現役の検察官の話・・・聞きたいでしょ?」
棗藤次「せやけど・・・」
相原藤司「お願いします!!」
棗藤次「!?」
勢いよく頭を下げる藤司に、藤次は瞬く。
相原藤司「忘れてしもてるかもしれませんが、僕、4年前にあなたに助けられた者です!あなたみたいになりたい!せやから、お願いします!」
深く深く頭を下げて懇願する藤司に、藤次は複雑そうに頭をガリガリと掻いた後、大きく息を吐き、口を開く。
棗藤次「最新の全国模試の順位、なんぼ?あと、志望大は?」
相原藤司「え?確か、全国3位で関西圏でも2位。隣のクラスの・・・司法試験受けよういう子がK大学言うてたから、そこ目指そうかなて・・」
棗藤次「高二で11月か。まあ、受験なんてコツやし、3年までその成績キープできたら、ワシが入ったも一つ上のD大もありやな」
相原藤司「でぃ、D大の法学部なんて、西日本屈指の難関大やないですか!!む、無理」
棗藤次「やろうな。しかも並行して司法試験の対策や。いくら何でも博打が過ぎるから、余裕持してK大に絞ろう。ええな?」
相原藤司「は、はい・・・」
棗藤次「後は司法試験の対策か。まあ尤も、ワシが試験受けたんもう20年以上前やから、少し勉強せなあかんけど、まあ・・・ええか・・・」
相原藤司「ほ、ほんなら・・・」
笑顔になる藤司に、藤次は真剣な眼差しで見つめる。
相原藤司「あ、その・・・」
棗藤次「生半可な決意で就ける職やないで?」
相原藤司「えっ・・・」
棗藤次「他人の一生左右するんや。残業も山とある。足棒にして歩いて証拠集めたり、裁いた被告人に逆恨みされることかてある」
相原藤司「あ、その・・・」
棗藤次「司法試験通って、司法修習生なっても、適性ない言われたら就けん。況してや公務員は狭き門や」
相原藤司「──ります」
棗藤次「なれたらなれたで、初年度は転勤が付き纏い、私生活なんてないに等しい・・・それでもお前、目指すんか?」
相原藤司「はい!もう、腹括りました!! 絶対、なって見せます!!」
その言葉に、藤次はまたも大きく息を吐き、押し入れの本棚から、何冊か本を取り出し彼に渡す。
棗藤次「取り敢えずの適性見たるから、これ全部読んで、自分なりの考察と見解纏めたレポート書いてき。枚数は何枚でもかまへん」
相原藤司「は、はいっ!!!」
棗藤次「ん。 あと、お前の家行ってご両親に夜遅くなることに対して、説明と挨拶するさかい、都合良い日教えて」
相原藤司「はい!はい!!」
棗藤次「・・・っちゅーわけや。 お前にも今まで以上に色々頼むけど、応援する言うたんや。 付き合うてくれるな? 絢音・・・」
棗絢音「勿論よ。 ありがとう。 藤次さん・・・」
相原藤司「ありがとうございます!!ワシ、絶対検察官、なってみせます!!」
〇花模様3
──こうしてワシは、漠然と憧れだけやった検察官への道を、歩き始めた。
最初は、まさか恋敵の男に勉強教わるなんてて思うたけど、おっさん──藤次さんの授業は、ホンマに分かりやすうて、タメになって
高三の夏には、第1志望のK大法学部でA判定をもらえるようになったし、校内テストも万年2位から1位も取れるようになった──
なにもかも、順調過ぎるくらい順調やった・・・
胸に募る、絢音への恋心のやり場以外は・・・な。
棗絢音「(ありがとう。小さい藤司さん。気持ちとっても嬉しかった。でも私こっちにいる大きい藤次さんが、好きなの。分かってくれる?)」
──完膚なきまでにフラれたのに、お前への思いは、募るばかりで・・・
毎晩毎晩、おっさんと幸せそうに笑って飯食ってるとこ見せつけられてんのに・・・
ワシ・・・僕は、君を忘れられなくて・・・
どうしたらええかと、恥を掻き捨て恋敵のおっさんに、人生の先輩として、男として、忘れる方法聞いてみたら──
棗藤次「(さよか・・・ほんなら、滅茶苦茶嫌やけど、こんなん、どないや?)」
──そうしておっさんが提案してきた内容は、とっても意外なもので・・・
多少の戸惑いはあったけど、ワシは忘れる言うのを条件に、その提案を・・・呑んだ。
──絢音。
僕の愛しい愛しい、初恋の女(ひと)──
君を忘れるなんて、ホンマは滅茶苦茶つらいけど、
ホンマにホンマに、辛いけど──
君の事を困らすことも、況してや、傷つけることなんて、僕にはできんから・・・
──せやから、最期に思い出、作らせてな。
春には、出会えてよかったて、笑ってこの長屋を巣立つから、
せやから、
せやから絢音──
僕の『初めて』
貰ってくれるか?
この恋も、
この初めても、
ワシ・・・お前がええねん。
せやから、困らせてしまうかもやけど、優しゅう、してや。
おっさんのくれた、
3日間の、
仮初の結婚生活で・・・
必ず、貰ってな。
絢音──
初恋〜First Love〜
次巻に続く──