スイートスイートレディ

市丸あや

エピソード1 -チロルチョコ-(脚本)

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〇街中の交番
寺沢竹史「(えっ?!は?!・・・・・・じ、じぶ、自分・・・に?!)」
棗絢音「(はい。いつも町を守って下さり、ありがとうございます。巡査さん。)」
  ── そうして、弾けんばかりの笑顔で渡された、手のひらに収まる程の、小さなチロルチョコ。
  口に入れた瞬間、今まで食べたどんな甘味より甘くて、甘くて・・・胸が高鳴ってきて・・・
  いけないと分かっていても、僕は彼女に、一目惚れした──

〇街中の交番
棗絢音「こんにちは!巡査さん!」
寺沢竹史「あっ、は、はい。ここっ、こんに、ちわ。な、棗さん」
  ── 商店街から程近い所にある、古びた交番に配属されて2年目の寺沢竹史は、笑顔で挨拶をする買い物帰りの絢音に敬礼をする。
棗絢音「毎日大変ですね。暑いのに街の見回りや雑務。尊敬します」
寺沢竹史「い、いいえ!!そ、そそっ、それが、じ、じ、自分の任務なので!!と、当然で、あ、あります!!」
棗絢音「そんな事ないですよ。立派です。だから、ハイ。ご褒美です」
寺沢竹史「はっ!?えっ!?」
  狼狽する竹史の手に、絢音はウィンクして、ピンクのラッピングされた包みを渡す。
  なんだろうとリボンを解いて中身を見ると、格子柄やチョコチップの入った、色とりどりの手作りと思しきクッキー。
棗絢音「料理教室で作ったんです。でも、作りすぎちゃって。巡査さん、甘いものお好きでしたよね?良ければ受け取って下さい」
寺沢竹史「あ、その・・・」
棗絢音「じゃあ・・・」
寺沢竹史「あ・・・」
  ありがとうと言いたいのに、生来の口下手も相待って言えなくて、結局、無言で頷き、そのまま愛しい絢音を見送る竹史。すると─
先輩警官「なんだぁ〜? まあた言えなかったのかお前 あの美人妻に 俺絶対、あの美人お前に気があると思うぞー なあ、告ってみろよ」
寺沢竹史「ば、ばばっ!バカ言わないでください先輩!! じ、自分は警官です!! ほ、法を犯すなん、てっ!!」
  机で雑務をしていた、一部始終を見ていた先輩警官にそう煽られるが、竹史は首を激しく横に振る。
  けど・・・
寺沢竹史「棗さん・・・」
  手のひらにすっぽり収まるクッキーの一つを摘み口に入れ、大好きな甘い味と、絢音の姿に胸をときめかせる男の自分。
  そして、警察官として、人妻との不貞をはたらくと言う法を犯す事への罪悪感が複雑に混ざり合い、竹史は重いため息をついた。
寺沢竹史「何やってんだろ。 俺・・・」

〇広い玄関
寺沢竹史「ただいま・・・」
  誰もいない家に帰宅を告げ、竹史は交番から程近い、花藤町の路地にある長屋街の奥から2番目に入る。
  お風呂を沸かしていると、呼び鈴が鳴り、竹史はビクッとする。
寺沢竹史「は、はいっ!!」
  瞬き玄関を開けると、絢音がタッパーを持って和かに立っていた。

〇ボロい家の玄関
棗絢音「おかえりなさい。 巡査さん。 はい、これ、鯛の昆布締め。 おかずにどうぞ」
寺沢竹史「た、鯛?!そ、そんなこ、高級なもの・・・」
棗絢音「いいんです。 サクをたくさん買いすぎて余らせただけですから。 お仕事大変だったんだから、しっかり食べて下さい」
寺沢竹史「あ、ありっ、ありがとう・・・ございます。あ!でも、た、タッパー・・・」
棗絢音「いいです。またまとめて取りに伺いますから。 じゃ」
寺沢竹史「あ・・・」
  そうして、隣の3番目の長屋に入って行く絢音を見て、竹史はまた重く息を吐く。
寺沢竹史「ダメだって、分かってるだろ・・・」
  ── あの交番に赴任が決まった時に借りたこの長屋の隣に絢音がいたのを知ったのはつい最近。
  以来何かと世話を焼いてくれる絢音に気持ちは募るばかりだが、夜になると、その思いは踏み躙られる。

〇一人部屋
「あ・・・・・・や・・・・・・とうじ、さん・・・」
寺沢竹史「(今夜も・・・か。)」
  薄い壁の向こうから聞こえる、切なげに悶える絢音の喘ぎ声。
「とうじさん・・・とうじさん・・・もっ・・・あぁ・・・」
  ──とうじ。
  それが、顔も知らない彼女の夫。
  この薄い壁の向こうで、彼女の本当の姿を見れる、唯一の男。
  この男がいる限り、絢音と結ばれることはない。
  憎くて、憎くて、仕方ないはずなのに・・・
寺沢竹史「(絢音さん・・・本当に旦那さんのこと、好きなんだな・・・)」
  壁の向こうから聞こえてくる絢音の声は、本当に幸せそうで、幸せそうで・・・
  やるせない思いを飲み下すように、竹史は手にしていた缶ビールを盛大に呷った。

〇街中の交番
寺沢竹史「はぁ・・・」
  ── 翌日の夕方。
  昨夜の絢音の艶めかしい声が忘れられなくて、悶々とした頭を抱えながらも、交番の前に立ち、眼前に広がる黄昏の京の街を見つめる
寺沢竹史「平和・・・だなぁ〜」
  今日も何事もなく終わっていく。
  海の向こうではあれやこれやと対立しては戦火が上っているのに、この国は本当に平和で、時々自分の存在意義を自問自答してしまう
  刑事の父に憧れ警察官を志したが、配属されたのは地域課・・・いわゆる「街のお巡りさん」
  職務に優劣などないと思いつつも、この日常に、竹史は僅かに退屈を覚えていた。
  けど、絢音に恋をしてからは、この街を、彼女の住む京を守りたいと思うようになり、少しだが職務に向き合う姿勢も変わり始めた。
  そう言った意味でも、絢音は自分にとって大切な存在で・・・
棗絢音「巡査さん?」
寺沢竹史「えっ?!あ!わっ!!」
  急に呼ばれて我にかえると、絢音が至近距離で不思議そうに自分を見上げていたので、竹史は思わず仰反る。
棗絢音「どうしたんですか?ボーッとして」
寺沢竹史「あ、いや、別に・・・」
  ふと絢音を見下ろすと、服の隙間から胸の谷間が見えて、昨夜の艶めかしい声が頭に蘇り、バクバクと心臓を鳴らしていると・・・
棗絢音「きゃあっ!!」
  いきなり絢音が悲鳴をあげたので背後を見やると、黒ずくめの男が彼女のバックを引ったくっていた。
寺沢竹史「ま、待て!!!」
  警察官の前でよくも堂々と・・・
  しかも、大切な絢音に・・・
  怒りに肩を震わせながら犯人を追いかけていると、通りの真ん中に仁王立ちした、スーツ姿の男が視界に入る。

〇狭い裏通り
ひったくり犯「どけぇぇ!!」
  ひったくり犯が男にがなった瞬間だった。
棗藤次「何がどけぇや!! 加減分からんよし、歯ぁ食いしばりやっ!!!」
ひったくり犯「へっ?!!」
棗藤次「おー・・・ 昔取った杵柄様々やな。 学生時代の合気道、無駄やなかったな。 ホイ! 窃盗の現行犯。 後頼むえ?」
寺沢竹史「あ・・・えっと・・・」
棗藤次「ん? 兄ちゃん警官やろ? 早よ、取り押さえてぇや」
寺沢竹史「あ、はい・・・」
  あまりの手際の良さに戸惑いながらも、ひったくり犯の腕を取り手錠を掛け、竹史は鞄を拾う男を見ていると・・・
棗絢音「藤次さん?!!」
寺沢竹史「えっ?!」
  ──とうじ。
  この男が、絢音の・・・
棗絢音「どうしたの?こんなとこで・・・」
棗藤次「どうしてて、この近くで聞き込みしとったらお前の悲鳴聞こえたよし、行ってみたら見慣れたバック持って走ってくる男来よったから」
棗絢音「だからって、違ってたらどうするのよ!?藤次さんが傷害罪になっちゃうじゃない!」
棗藤次「そやし、どけぇ言うたやろ?ちゅうことは逃げたい。後ろめたい事ある。そんで手には不似合いな女物の鞄。ひったくり確定やん」
「た、確かに・・・」
棗藤次「な、なんね2人してその・・・意外そうな顔」
棗絢音「う、ううん・・・ホント藤次さんて、検事さんなんだなぁ〜って、感心しただけ」
棗藤次「なんやそれ。褒めとんかい貶しとんかい。それとも・・・惚れ直したか?」
棗絢音「バ、バカッ!!」
寺沢竹史「・・・・・・・・・」
  そう言って仲睦まじく話す2人を竹史は呆然と見ていると、視線に気がつき、藤次が屈託なく笑う。
棗藤次「おおきにな。 ウチの愛しい嫁さん、守ろうとしてくれて」
寺沢竹史「あ、いや、じ、自分は、し、職務ですから・・・」
棗藤次「んーー・・・まあ、言われてみればそっか。野暮言うたな。堪忍。絢音・・・嫁さんはワシが送っていくさかい、犯人頼むえ?」
寺沢竹史「あ、はい・・・」
棗藤次「ん。ほんなら絢音、行こう?」
棗絢音「う、うん!じゃあ、巡査さん!また明日!!本当に、ありがとうございます!!」
  そうして肩を抱いて抱かれて通りを歩いていく仲の良い2人を見つめる内に、竹史の頬に涙が伝う。
寺沢竹史「なんで・・・あんなの・・・敵うわけないじゃないか・・・」
ひったくり犯「くそっ!! 離せ!!」
先輩警官「な、なんだなんだ?! 応援に来てみれば、何て顔してんだお前!! ここ良いから、さっさと交番戻って顔洗え!!」
寺沢竹史「す、すみません・・・」

〇飛行機のトイレ
寺沢竹史「──最低だ。 いくら平和ボケしてたからって、好きな人1人、護れないなんて・・・」
  絢音を、守れなかったこと。

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コメント

  • 新シリーズですね‼
    外側から、あのカップルを見たらどう思うのでしょう?
    面白い試みと思いました😃
    しかも主人公の警官には親近感が湧きます。自分も叶わないなと思う人が多いので、とても感情移入しやすいですね!

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