エピソード2 -7本の赤い薔薇-(脚本)
〇お花屋さん
寺沢竹史「あ、あのっ!!!」
大橋拓実「はい?ああ、巡査さん。いつもご苦労様です!」
── 2月14日。
おそらく花屋で一番、赤い薔薇の花が売れるであろう聖バレンタインデー。
忙しそうに花の世話をする拓実に、仕事帰りの寺沢竹史は、思い切って声をかける。
柔らかく応対する拓実に、竹史はゴクンと息を呑んで、言葉を紡ぐ。
寺沢竹史「あ、あああああのっ!!は、ははっ、花っを、くれます、か?!」
大橋拓実「ええ。勿論ですよ。どんなお花にしますか?」
── その問いに、しどろもどろだった竹史の顔が、凛々しく一変する。
寺沢竹史「バラを、下さい。 真っ赤な綺麗なものを。数は、7本・・・」
〇ボロい家の玄関
棗絢音「あ!巡査さん!お帰りなさい!!」
長屋の小径に入ると、絢音が積もった雪で愛らしい猫だるまを作っていて、竹史はその姿に胸をときめかせながら、ゆっくりと近づく
寺沢竹史「寒いでしょ。お家、入ったらどうです?」
棗絢音「ふふっ。雪遊びは、暇つぶし。本当は、待ってたの。巡査さんを・・・」
寺沢竹史「じ、自分を・・・?」
棗絢音「ええ」
ドキドキと、竹史の心音は速くなる。
そんな自分の心の動揺を知ってか知らずか、絢音はゆっくり立ち上がり、金のリボンの掛けられた小さな箱を竹史に差し出す。
棗絢音「はい。ハッピーバレンタイン。巡査さん」
寺沢竹史「あ・・・・・・」
棗絢音「けど、藤次さんには内緒ね♡ バレたら色々面倒だから」
寺沢竹史「絢音さん・・・・・・」
── そう。
愛した人には、夫がいる。
その愛の絆に負けないくらい、自分も思って来た。
愛してきた。
けど・・・
〇警察署の食堂
寺沢竹史「(えっ、あっ、お、お見合い?!)」
先輩警官「(・・・お前ももう良い歳だろ?上目指すなら、身を固めろよ。)」
寺沢竹史「(あ、あのっ、先輩の、気持ちは嬉しいんですが・・・じ、自分やっぱり、相手は・・・自分で)」
先輩警官「(まあそう固く考えるな。取り敢えず会うだけ会ってみろ!嫁さんの料理教室の友達でさ、料理も美味いし、良い子だぞー?)」
寺沢竹史「(料理・・・)」
〇広い玄関
棗絢音「(はい!今日は肉じゃがですよ!藤次さんが鶏肉しか食べないから、ちょっと違和感あるかもですが、良ければ♪)」
〇広い玄関
棗絢音「(今日は筑前煮です!藤次さん、人参嫌いでいつも残すんですよ〜。だから、綺麗に食べてくれる巡査さん、作り甲斐あります!)」
〇広い玄関
棗絢音「(今日は唐揚げです!藤次さんも昔からこのレシピ大好きだからら、巡査さんにも美味しいって言ってもらって嬉しいです!)」
〇警察署の食堂
寺沢竹史「(──結局、俺は1番じゃないんだよな。 あの人にとって・・・)」
先輩警官「(ん? なんか言ったか?)」
寺沢竹史「(あ、や、そのっ)」
先輩警官「(なんだよ、変な奴だなぁ〜 まあ、何にせよ、いつまでもあの美人妻に上せてないで、一人前になれよ!なっ!)」
寺沢竹史「(の、上せるなんて!じ、自分は・・・)」
先輩警官「(お、おいおい!まさか何か?!本気になったのかお前?)」
寺沢竹史「(あ、や、その・・・)」
先輩警官「(だよなー!煽っておいてナンだけど、お前真面目だから思い詰めてあの美人妻と駆け落ちなんて馬鹿な真似しやしないかと・・・)」
寺沢竹史「(そ、そんな真似しませんて!!じ、自分はただ・・・あの人が幸せなら、それで・・・)」
先輩警官「(・・・・・・・・・)」
寺沢竹史「(・・・せ、先輩?)」
先輩警官「(いや、何でもねぇよ!とにかく、出世したいならフラフラしてねぇで家庭を持て!!なりたいんだろ?刑事に!)」
寺沢竹史「(あ、はい・・・。なりたいんです自分、強く・・・)」
先輩警官「(・・・そっか。ならこの話、進めていいな?)」
寺沢竹史「(・・・よろしくお願いします。ただ、2/14まで、正式な席は待って貰えますか?ケジメ、つけたいので・・・)」
先輩警官「(ああ・・・待つよ。だからしっかりケジメ、つけてこいっ!)」
寺沢竹史「(はいっ!)」
〇ボロい家の玄関
──そうして背中を押されて今日を迎え、悩みに悩んだ末に選んだ薔薇の花をギュッと握りしめて、竹史は口を開く。
寺沢竹史「自分・・・見合いします」
棗絢音「あらー・・・ 素敵じゃない。 じゃあ、手にしてるその綺麗なお花は、お相手の方から?」
じゃあチョコレートは貰ったらダメかしらと笑う絢音。
出来ることなら、叶うなら、この笑顔の隣に、ずっといたかった。
愛していたかった。
──けど、それでは意味がないのだ。
〇広い玄関
棗絢音「(はい、巡査さん。今日もご苦労様です!)」
〇ボロい家の玄関
──いつまでも、こんな子宮のような居心地の良い世界に居ては、守られていては、自分は何もできない。
出なきゃ、進まなきゃ、
絢音を・・・焦がれるまでに愛したこの女(ひと)を、何者からも、護る為に──
だから──
寺沢竹史「──でした」
棗絢音「ん?」
上手く聞き取れなっかったか、小首を傾げる絢音に構わず、竹史は彼女を抱きすくめる。
棗絢音「じ、巡査さん?!」
狼狽する絢音とそっと距離を取り、竹史は涙を堪えて微笑み、秘めていた気持ちを口にする。
寺沢竹史「ずっと言えなかったけど、貴女が好きでした・・・これが自分の、最初で最後の、贈り物です」
棗絢音「じ、巡査・・・」
言葉を紡ぐ前に、彼女を再び抱き締め、その小さな頭を包む髪を撫でながら、精一杯の願いを囁く・・・
寺沢竹史「竹史と、呼んでくれないか? 一度で、良いから・・・」
棗絢音「で、でも、私は・・・」
寺沢竹史「分かってる。 あの人と君を引き裂くつもりなんて、端から思ってない。 ただ思い出を、くれないか? 君を愛した、思い出を──」
棗絢音「あ・・・・・・」
寺沢竹史「ごめん・・・」
──刹那。
冷たく凍った2人の唇が重なり、手にしていたチョコレートと花束が落ち、真っ赤な花びらが白い雪に舞い散る。
──淡い、触れるだけの口付けを名残惜しそうに離した瞬間、絢音の口が静かに動く。
棗絢音「・・・これ以上は、許して。 竹史、さん・・・」
寺沢竹史「・・・・ッ!! ごめん!!!」
〇広い玄関
寺沢竹史「・・・馬鹿野郎。 気持ち伝えて、名前で呼んでもらうだけで、満足しようって決めてたのに・・・何で・・・」
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昔の日本文学のように、切ない話でした😭
赤い花と白い雪のコントラストが美しかったです!
彼女の真意がどこにあったのかは分かりませんが、人にはそれぞれ忘れられない恋の思い出があり、それを乗り越えて強くなっていくのでしょう。美しい話でした。
タップノベル盛り上げましょう、私のも覗きに来てください(*゚▽゚)ノ