おかえり、ハチ公(脚本)
〇ハチ公前
──1934年4月
東京・渋谷
案内役「ご歓談中のみなさま! どうぞご覧ください!」
「コチラが本日完成した ハチ公のブロンズ像です!」
「あっ!押さないでくださいね! どうぞ順番に・・・」
見物に来た男性「ひゃ〜〜!すごい人だかりだ!」
見物に来た男性「300人くらい集まったんじゃねぇか?」
一緒に来た男性「あっ!おい見ろよ ハチ公記念スタンプだとさ」
一緒に来た男性「あっちのはハチ公センベエときた! 儲けようとする奴がわんさかいるぞ」
見物に来た男性「まー随分と活気づいて・・ まさにお犬サマサマだな!」
見物に来た男性「中でもハチ公像は流石の人気だ 子供たちが群がってるぜ」
一緒に来た男性「イイ年した記者さんも群がってるぞ やっぱ大人気だなハチ公は!」
見物に来た男性「添えられた碑文もイイねぇ」
見物に来た男性「『渋谷駅頭 飼主を待ちて 彷徨する老狗あり、ハチ公といふ』」
見物に来た男性「かーっ!泣かせるじゃねぇか!」
見物に来た男性「──つってもまぁ」
見物に来た男性「ハチの奴、死んでねぇけどな まだ元気でピンピンしてっけどな」
一緒に来た男性「見ろよ!目を白黒させてねぇか?」
見物に来た男性「いつもより人が多いもんで 驚いてんだよ、たぶん」
見物に来た男性「あーあー子供たちに もみくちゃにされてやがる」
一緒に来た男性「にしたってよ・・・ 銅像作るの早すぎだろう?」
一緒に来た男性「まだ生きてんのに作るってのは あまり聞かない話だが・・・」
見物に来た男性「そう言ってやるな お上にも事情があるんだよ」
見物に来た男性「──コレはあくまで噂だけどよ」
見物に来た男性「どうやら別でもハチ公像を 建てようとする動きがあったらしい」
見物に来た男性「確か木製だったかな? そんで先を越されまいと 慌てて作ったんだと」
一緒に来た男性「何だそれ!? そんな理由かよ!!」
一緒に来た男性「そりゃハチも驚くわな 考えてもみろ」
一緒に来た男性「いつも通ってる場所に ある日突然、自分そっくりの 銅像が建つんだ・・・」
一緒に来た男性「俺だったら不気味に思うね・・」
見物に来た男性「それは違いねぇ!!」
「ははははは!」
〇古い畳部屋
──1年後
1935年3月
若い女性「ねぇ、聞いた?」
若い男性「うん、さっきボクも聞いた」
若い女性「亡くなったって、ハチ」
若い男性「うん・・」
若い女性「・・・」
若い女性「・・場所が、さ」
若い男性「?」
若い女性「ハチ公、渋谷の路上で死んだみたい」
若い女性「なんか、さ」
若い女性「ハチ、最後まであの街が 好きだったんだなって」
若い女性「そう思うと・・さ」
若い男性「・・・」
若い男性「あ゛〜〜〜っ!」
若い男性「もう渋谷に降りてもあの秋田犬は いないのかぁ〜・・」
若い女性「寂しくなるね・・」
若い男性「そうだな・・」
〇実家の居間
──1ヶ月後
1935年4月
「父ちゃん父ちゃん父ちゃん父ちゃん!!」
父ちゃん「どうした!? なんかあったか!?」
男の子「見てよコレ!」
父ちゃん「なんだ慌てて・・んん?」
父ちゃん「尋常小学校の教科書じゃねぇか・・ これがどうしたってんだ?」
男の子「ココ!ココ! このページ読んでみてよっ!」
父ちゃん「騒ぐなようるさいな・・・ えーっと・・?」
父ちゃん「「恩ヲ忘レルナ」? ちぃっと仰々しい題名・・・」
父ちゃん「・・・」
父ちゃん「おいこりゃあ・・・ ハチの図版じゃねぇか!」
男の子「そうだよ!ハチだよ!」
父ちゃん「おいおい!なんてこった! あの犬、教科書に載っちまったよ!」
父ちゃん「こりゃ国定・・・の教科書だよな? 全国デビュウじゃねぇか!」
父ちゃん「ヨォシ!ならちょいと出かけるか!」
男の子「うん! 行こうよ父ちゃん!」
母ちゃん「ちょいとお前さんら!? どこ行こうってんだい!?」
「決まってらぁ!」
「渋谷のハチ公像に 教科書見せてくる!」
母ちゃん「はぁ・・・? ハチ公像に教科書を見せるって?」
母ちゃん「な〜に馬鹿なことやってんだい!」
母ちゃん「アタシも行くよっ!!」
〇田舎駅の改札
──3年後、1938年
国家総動員法制定に伴い・・
不要不急の金属回収を開始
おばあさん「聞きました?」
おじいさん「ええ、ええ、聞きました いよいよ開戦ですか」
おばあさん「あ、いえ それもですが・・・」
おばあさん「聞いた話じゃ、お隣の町内会で マンホールの蓋が回収されたそうですよ」
おじいさん「はぁ?なぜ?」
おばあさん「なんでも資源になるんですって」
おばあさん「・・ウチもお国のために何か 出した方がいいですかねぇ」
おばあさん「なにかありましたっけ・・」
おじいさん「ふむ・・渋谷の線路とか如何でしょう?」
おばあさん「それじゃ電車が止まりますよ」
〇温泉街
──3年後、1941年
金属回収令・交付
翌年5月
強制譲渡命令・発動
回収人「コレとコレ・・・」
回収人「あとコレもだな」
おばあさん「本当に何から何まで 持っていくんですねぇ」
回収人「自分から出しておいて 何か文句があるのか?」
おばあさん「いえいえ、とんでもない ウチのクズ鉄で良かったら どうぞ使って下さいな」
おばあさん「まさか子供のベーゴマすら 取り上げるとは思いませんでしたが・・ お国のためなら本望でしょう」
おばあさん「は〜お国のため、お国のため〜っと」
回収人「キサマ・・」
おばあさん「まぁ、私は明日の晩飯のため 日々なんとか頑張りますよ」
おばあさん「それで全部です どうぞ持ってってください」
回収人「ふん!あまり無駄口を叩かんことだな!」
「次はあの家だ!行くぞ!」
おばあさん「・・・」
若い男性「ちょっと母さん! ヒヤヒヤさせないでくれ!」
おばあさん「拒否さえしなければ 何も起こりませんよ」
おばあさん「ウチにあった金物で出せるものは ぜーんぶお渡ししました」
おばあさん「しかし隣組も窮屈になりましたね」
おばあさん「何でもかんでも回収回収! な〜にが「街の鉱脈」ですか!」
若い男性「母さん!あまり大声で文句言うなよ・・!」
若い男性「さっきの人に聞かれたら・・」
おばあさん「老婆の戯言として これくらいは言わせてくださいな」
若い男性「仕方がないよ、勝つためだもの」
若い男性「この国は資源がないし・・」
若い男性「噂じゃ、鉄道の線路を持ってった 地域もあるって話だし・・」
おばあさん「まあっ!! 本当に線路まで回収したんですか!」
おばあさん「呆れた、そのうち何もかも 無くなっちゃいそう!」
おばあさん「あーイヤだイヤだ」
〇寂れた雑居ビル
──1943年
銅像等ノ非常回収実施要綱
を内閣が提出
「金属回収工作隊」を
東京にて編成した
見物に来た男性「はぁ!? ハチ公の銅像を持っていくぅ!?」
一緒に来た男性「声が大きい!」
一緒に来た男性「・・そういう噂があるんだよ なにせお寺の鐘や銅像も回収対象だ」
一緒に来た男性「ハチ公像だけ例外・・って ワケにはいかないだろ」
見物に来た男性「いやいや!待てって! もう散々回収しただろう!?」
見物に来た男性「俺の家にはタンスの取手すら ないんだぞ・・?」
見物に来た男性「なのに・・・渋谷の象徴まで 持っていくのか!?」
一緒に来た男性「だから声がでかいって! まだ決まった訳じゃ・・・」
見物に来た男性「知るかっ!断固反対だ!」
見物に来た男性「きっと俺だけじゃねぇ! 同じ志を持つ仲間は多いはず・・」
見物に来た男性「署名を集めればいいのか? どうすれば・・・」
一緒に来た男性「やめろ、しょっ引かれるぞ!」
一緒に来た男性「それにいくら反対したって 無駄なんだよ!」
見物に来た男性「無駄なもんか! ハチが渋谷にいた証じゃねぇか!」
見物に来た男性「持ってってどうする? 溶かして銃弾にでもすんのか?」
見物に来た男性「犬を模した銅像一つ! 大した量でもねぇのに」
見物に来た男性「何にもならねぇのに!」
一緒に来た男性「何にもならない・・って訳でも ないんだよ、コレが」
見物に来た男性「え?」
一緒に来た男性「きっと盛り上げるだろうさ 新聞屋も呼んで盛大に、な」
一緒に来た男性「そうすりゃ金属回収も楽になる」
見物に来た男性「・・どう言う意味だよ」
一緒に来た男性「あくまで俺の予想だがな」
一緒に来た男性「考えてもみろ あのハチ公像が出征するんだぞ?」
一緒に来た男性「今まで出し渋ってた家も 変わるかもしれねぇ」
一緒に来た男性「「忠犬ハチ公すら戦地に行くんだ」ってな ・・・とんだ美談だよ」
一緒に来た男性「そうすりゃ金属回収だけじゃない」
一緒に来た男性「徴兵だってよりやりやすく・・・」
見物に来た男性「もういい・・ それ以上は聞きたくない」
見物に来た男性「よく、わかった」
見物に来た男性「・・・」
見物に来た男性「・・・くそっ」
〇ハチ公前
──1944年10月
ハチ公像出陣式、当日
人々に見守られながら
・・・惜しまれながら
ハチ公像は渋谷から
姿を消した
当時の新聞記事には
「ハチ公 誉れの出陣」
という見出しが
紙面を飾り
その様子は勇ましい
文体で描かれた
〇古い倉庫の中
回収後、当のハチ公像は
しばらく倉庫で保管されたあと
1945年8月14日
鋳潰されて、溶かされて
機関車の部品になったらしい
──終戦前日の、出来事である
〇荒廃した街
──1948年
東京・渋谷
見物に来た男性「なんというか・・ 寂しくなったなぁ」
見物に来た男性「東京大空襲からようやく 街の様子も戻ってきたが・・」
見物に来た男性「足りないな、やはり」
一緒に来た男性「・・・」
見物に来た男性「それで? 今日は何の用で呼び出したんだ?」
一緒に来た男性「・・あぁ、そうそう」
一緒に来た男性「ちょっとばかしカネを工面できねぇか?」
見物に来た男性「は?なんだよ急に」
見物に来た男性「俺も困窮してんだ、余分な銭はねぇよ」
一緒に来た男性「いーや、あるね お前さんはきっと出す」
一緒に来た男性「最近さ、妙な委員会が結成されてな 募金を集めてるんだってよ」
一緒に来た男性「俺たちも一口のらねぇか?」
見物に来た男性「そんな余裕ないってんだ!」
一緒に来た男性「まあまあ、そう言わずに」
一緒に来た男性「ちなみにビラもあるんだ まずは読んでみろよ」
見物に来た男性「だから、いくら言おうと 何処の馬の骨とも分からん組織に」
見物に来た男性「募金できるほどの余裕は・・」
見物に来た男性「・・・」
見物に来た男性「・・・なるほど こりゃ募金するしかねぇな」
一緒に来た男性「だろう?」
見物に来た男性「それにきっと、俺だけじゃねぇ」
見物に来た男性「渋谷に昔っから住んでる人間・・・ だけでもないな」
見物に来た男性「ハチが好きな連中なら それこそ海外の奴らだって」
見物に来た男性「きっと・・・」
〇空
──その男が見たビラは
お世辞にも出来の良い
ものではなかったが・・
書かれた委員会の名前は
人々の目を奪った
委員会の名前は──
『ハチ公銅像再建委員会』
二代目ハチ公像設立の
1948年8月より
少しだけ前の・・
──出来事だった
ハチ公の像にこんな
歴史があるとは知りませんでした
時代に翻弄されるとはこのことですね
合掌
史実を下敷きにしたお話が、ほどよい距離感ですんなり染み込んできて、読み終わった後に「ああ、このお話を伝えなければ」と自然と思う引力のある作品ですね。
起きたこと自体は少なからずの人が知っている「記録」が「記憶」になるような作用があってとても良いなぁと思いました。
他の作品も後程拝読しに参ります!
ハチ公が一回なくなったというのは知っていましたが、このような背景とは知りませんでした。街の象徴を動かすというのは、それだけ人を動かすのですね。新聞紙の紙面が生々しいです。ああ、早く渋谷に行きたい。そう思わせる作品でした。ありがとうございます!