第11章 彼方の出来事(脚本)
〇学校の部室
──翌朝。
ゆづき「ゆき・・・!」
ゆき「ごめん・・・ただいま」
さくら「も~、どこに行ってたのさ!」
ゆづき「ずっと待ってたのよ」
二人が抱き着いてくるのを、ゆきは手で制止した。
ゆき「ごめん、本当にごめん 今回のことは、謝っても謝り切れないと思う」
ゆき「何も言わずにみんなの前からいなくなったことも・・・」
ゆき「みんなのことを心から信じて、ステージに送りださなかったことも・・・」
ゆき「私がみんなのステージを台無しにしてしまったも同然だって、ずっと抱え込んでた・・・」
ゆきは二人から離れて、ひと呼吸置いた。
ゆき「──だから今回の責任をとって、コーチをやめることにしたの」
さくら「えっ、それじゃあ・・・」
二人が驚いているのを見て、ゆきは少しばつの悪い顔をした。
ゆき「それで──」
ゆき「──今度は、正式なチームのメンバーとして頑張りたいの」
ゆき「だめ・・・かな」
ゆきがいつになく真剣に言うのを聞いて、二人は思わず吹き出した。
ゆづき「あはは、断るわけがないでしょう?」
さくら「そうだよ、三人より四人の方が、ずっと楽しいに決まってる!」
ゆき「ありがとう・・・」
二人に受け入れてもらえたことにほっとしたのか、ゆきはぽつりぽつりと語り始めた。
ゆき「──あのね、私・・・ アイドルはずっと、実力主義だけの世界だって思ってたの」
〇体育館の舞台
ゆき「アイドルスクールに通っていたころ、私は本気でアイドルのトップに立つつもりだった」
ゆき「ダンスも歌も成績は常にトップ・・・ 親からも先生からも期待されていたわ」
ゆき「みんなが頑張っても足下にも及ばない・・・ ゆきはアイドルに選ばれた存在だって、そう言われていたわ」
ゆき「楽しかった・・・ 私が笑って歌を歌えば、みんなが「すごいね」って褒めてくれた」
ゆき「だから自分が必ずアイドルのトップになるんだって、日本中に認められる存在になるんだって、そう思ってた」
〇ホールの舞台袖
ゆき「でも、キッズアイドルの大きな大会に出場した直後・・・」
幼いゆき「いたっ・・・いたたたっ・・・」
スクールの先生「ゆきちゃん・・・? ゆきちゃん!? 誰か、担架を・・・!」
〇病院の診察室
病院の先生「腰椎分離症・・・ 背骨の疲労骨折です」
病院の先生「かなり発見が遅れてしまったようですので、半年間は治療が必要になります」
病院の先生「そのあとのリハビリも必要になりますし、再骨折の可能性もありますので・・・」
病院の先生「今後しばらくは、ダンスを控えるようにしてください」
〇体育館の舞台
ゆき「あの大会で骨折した後、みんなの態度は一変した・・・」
スクールの先生「ゆきちゃん、また来たの?」
スクールの先生「もう諦めなさい、大会も成績を残せなかったんだし・・・」
ゆき「結局あの大会は、優勝確実と言われていたのに入賞すらできていなかった」
スクールの先生「あなたには才能がないんだから」
ゆき「誰からも期待されなくなって、骨折のせいで挽回のチャンスもなく、私はスクールを辞めることにしたの」
〇黒背景
ゆき「たった一度の失敗で、みんなからの羨望の眼差しは突然なくなってしまった・・・」
ゆき「そして私は気付いたの」
ゆき「大会で負けたのは骨折のせいだったかもしれない、それでも結果を出せなければ意味がない──」
ゆき「それがアイドルの世界なんだって、実力がなければ何の意味もないんだって──」
〇学校の部室
ゆき「そんな出来事があってから、私はずっとアイドルは実力主義だって思い込んでたの」
〇綺麗なコンサートホール
ゆき「・・・ステージは「楽しい」だけじゃない」
〇劇場の楽屋
ゆき「ここはそういう世界だ、と何度も言っているでしょう?」
〇学校の部室
ゆき「でもみんなのコーチとしてそばにいるようになってから、少しずつ「そうじゃないのかも」って思えるようになってきてた」
〇中庭
はるか「うん、緊張するけど・・・ でもちょっと楽しみなんだ」
〇駅前広場
ライブを見てくれた女の子「お姉ちゃんたちすごい、たのしかったよ」
〇綺麗なリビング
ゆき「これ、昼間の路上ライブ動画についたコメント・・・」
〇SNSの画面
ゆき「『今はアイドルって大会ばかりで面白くないと思ってた』・・・」
ゆき「『gladiolusとかの気取った点稼ぎチームとは違ってこっちの方がいい』・・・」
〇綺麗なリビング
ゆき「──『アイドルって本来はこういう楽しい!って気持ちが大切なんだよな』」
ゆき「「楽しい」か・・・」
〇学校の部室
ゆき「昨日はるかに言われて目が覚めたの」
ゆき「私もアイドルのステージを見て「楽しい」って思ったから、アイドルを目指そうと思ったんじゃなかったの?って」
ゆき「「楽しい」って思っていたから、アイドルをやっていたんじゃなかったの?って」
〇空
ゆき「本当は「楽しい」って思っているから、ハピパレのみんなと一緒にいるんじゃないの?って──」
〇学校の部室
ゆき「私はアイドルのトップに立ちたい その思いは消えてない」
ゆき「でも「楽しい」っていう気持ちが伝播して、みんなに「夢」を与えられるようなアイドル・・・」
ゆき「それこそが本当の「トップアイドル」なんじゃないかなって、そう思ったの」
そこまで言い切って、ゆきは少し頬を赤らめた。
ゆき「それにハピパレのみんなとなら、そんなアイドルになれるような気がするんだ」
はるか「ゆき~~~~~~!」
ゆき「もちろん、実力も必要よ」
ゆきは得意のぴしゃりとした口調ではるかを制した。
ゆき「私は本気でトップになりに行く」
ゆき「だからもう一度、一緒に頑張りたいの!」
はるか「もちろんだよ!」
〇空
「心機一転、がんばろう!」
ゆきとはるかの声が重なった。
ゆづき「いつの間にか、息もぴったりね」
「あはははっ!」
こんなに思いっきり笑ったのは久しぶりだった。
四人で一緒に笑えるのが、どうしようもなく嬉しかった。
〇空
──その日の夜、某ダンススタジオ
〇稽古場
かの「りょうちゃん、しかめ面してどうしたの?」
眉間にしわを寄せて携帯を見つめるりょうを見て、かのがおずおずと話しかけた
りょう「うーん、友達のチームがこの間の大会に出ていたんだけど・・・」
りょう「メンバーの子がステージ中に頭を打って、病院に運ばれてたみたいなんだよね・・・ 全然知らなかった・・・」
あやか「それって、あのおちゃらけチームのことかしら?」
リーダーの凄みのある声が聞こえたので、二人は身体をびくりとさせた。
りょう「う、うん・・・ そうだけど・・・」
あやか「実にお粗末なステージだったわね?」
かの「え、知ってたの・・・?」
あやか「もちろんよ」
〇劇場の舞台
あやか「あまりにもお粗末で、笑っちゃったわ」
〇稽古場
あやか「あんなチームのことを考えてる暇があるなら、ステップの一つでも完ぺきにしたらどう? ねえ、まみこ」
まみこ「う・・・うん・・・」
まみこが同調すると、あやかはにやりと笑った。
あやか「あんまりイライラさせないでちょうだい」
あやか「私はやることがあるから、帰るわ」
苛立った口調でそう言うと、あやかはスタジオを出ていってしまった。
まみこ「・・・ごめん、最近のあやか、ずっと気が立っているみたいなんだ」
かの「まみこが謝ることじゃないよ・・・」
〇空
りょう「いつからこうなっちゃったんだろう・・・」
3人はため息をついた。
スピーカーから流れ続ける音楽も、どことなく空虚に聞こえた。