File.10 行田のレストラン(脚本)
〇川に架かる橋
埼玉県行田市
某所
本郷ノリカズ「キミか。今ちょっと出先でね。 知り合いの店に行くところなんだ。 暇つぶしに、雑談に付き合いたまえ」
本郷ノリカズ「旅行雑誌で欠かせない要素の一つに、 地元のグルメ紹介がある」
本郷ノリカズ「どんな旅行雑誌にも、美味そうな料理を出す店の紹介があるだろう?」
本郷ノリカズ「ちなみに『グルメ』とはフランス語で、食通の事だ。日本で最も知られているフランスの単語かもしれんな」
本郷ノリカズ「うんちくはいいから奇妙な話を聞かせろ、だと?キミはいつもせっかちだな・・・。 まあいい」
本郷ノリカズ「これは、目新しい観光スポットを発見すべくルポ旅行に行った時の話なのだが・・・」
〇桜の見える丘
埼玉県行田市
さきたま古墳公園
丸墓山古墳頂上
埼玉県の名前の由来となった、という
巨大古墳群『さきたま古墳群』
大きな古墳だけで9基あり、日本の歴史公園100選にも選ばれている。
特に、丸墓山古墳は、日本最大の円墳として有名だ
本郷ノリカズ「桜の時期に、ここから眺めるパノラマは絶景だと思わんかね?」
西邨アヤネ「確かに素晴らしいけど・・・どの旅行雑誌でも紹介されてる定番スポットよ? 来年の記事に新しい場所を紹介しないと」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 この本郷ノリカズが! 手垢がつくほど紹介されているスポットをそのまま扱うとでも思っているのかッ!?」
西邨アヤネ「勝手に発掘とかする気じゃないでしょうね?」
本郷ノリカズ「私を山賊かなにかと勘違いしてるんじゃあないか??」
西邨アヤネ「だって・・・先輩、普段から俺様というか、何でもありな感じなんだもの」
本郷ノリカズ「何の事やらさっぱり分からんなッ!」
本郷ノリカズ「それよりサイトン。 ここから見渡して、なにか気が付いた事があるんじゃあないか?」
西邨アヤネ「ん・・・? あれ? 新しい建物ができてる」
本郷ノリカズ「少し前に完成した、観光物産館だ! 地元グルメを多数取り扱っているらしい」
西邨アヤネ「なるほど・・・オープンしたばかりなら 確かにルポの題材としてはいいわね」
本郷ノリカズ「どんな美味いものが並んでいるか・・・。 想像するだに楽しみだわッ!」
西邨アヤネ「先輩・・・間違ってはいないけど、 口調が山賊のそれよ」
〇ホテルの駐車場
観光物産館さきたまテラス
丸墓山古墳の正面に、大きくはないが
完成したばかりの真新しい建物があった
本郷ノリカズ「うむ、なかなか良いじゃあないか!」
本郷ノリカズ「施設の入り口が車道に背を向けていて、 車を運転していると何の施設なのか全く分からんところなど、実に趣があるッ!」
西邨アヤネ「変なところに感銘受けないでよ・・・」
西邨アヤネ「あ、でもメニュー美味しそう! 行田の餃子バーガーとか、 丸墓山餃子カレーとか、 チーズ餃子カレーとか!」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 やたらと餃子をごり押ししてくるな!」
本郷ノリカズ「行田だけに、餃子だけ・・・ という事かっ!?」
本郷ノリカズ「ダジャレかッ!?」
西邨アヤネ「そのテンションを、記事にぶつけないでよ?」
〇川に架かる橋
取材を終えた私達は、夕暮れの中、帰路についていた
本郷ノリカズ「やれやれ・・・すっかり日が暮れてきたじゃあないか」
西邨アヤネ「先輩の取材、しつこいんだもの・・・。 餃子についてやたら聞き込むし」
本郷ノリカズ「良い記事を書くには、綿密な取材が必要だ。まだそんな事も分からんのかね?」
西邨アヤネ「餃子と行田の関係性に、あんなに根掘り葉掘り聞いても記事にならないと思うけど・・・」
本郷ノリカズ「理由が『語感が似てたから作った』だと分かったのは大きな収穫だっただろう?」
西邨アヤネ「読者の興味はそこに無いと思うけど・・・。 ところで、まだ駅につかないの?」
本郷ノリカズ「着くはずがない! なぜなら無関係な道を歩いているからなッ!」
西邨アヤネ「・・・意味不明なのは毎度の事なので慣れっこだけど、一応聞くね?」
西邨アヤネ「なんで関係ない道をほっつき歩いてるの! バカなのッ!?」
本郷ノリカズ「面白い発見があるかもしれないだろう?」
西邨アヤネ「・・・そういうのは、私がいない時にやってほしいわ」
本郷ノリカズ「む?この道は・・・。 この路地は、まだ通った事がないな」
歩いていたのがそもそも横道ではあったが、視界の横に、さらに細い路地があった
街灯の灯りも弱々しく、まるで墓場にでも至るかのような静かさのある脇道・・・
その道に、複数の男女が、なにか呟きながら入っていった
領家ホズミ「行きましょう・・・anima feliceへ」
岡村ヒロト「行こう・・・アニマ・フェリーチェへ」
本郷ノリカズ「見ろ、サイトン! 人がどんどん向かってるじゃあないか。 穴場スポットの予感だ!」
西邨アヤネ「・・・先輩、なにもいないよ?」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・ 幽霊だとでも言うのか?」
私は、横にいた女性に声をかけた
本郷ノリカズ「アニマ・フェリーチェというのはどういう施設なのかな?」
水野ヨウコ「え・・・あなたには私、見えてます??」
本郷ノリカズ「話を聞いてたら興味が湧いてね。教えてくれると嬉しいのだが・・・」
水野ヨウコ「えーと・・・死んだ時に、死神みたいな人に教えてもらったレストランです。ぜひ食べにきてくれって」
西邨アヤネ「・・・ん?先輩が話してる先に、だんだんとぼんやり、女性の影が見えるように・・・」
西邨アヤネ「って、これ! 幽霊じゃないですか! なんで私にも見えてるんです?? 霊感とかない筈なのに」
本郷ノリカズ「なにを非科学的な事を言っている。 この世にはお化けとか存在しないぞ?」
水野ヨウコ「・・・いや、私、幽霊・・・」
本郷ノリカズ「の、格好をした行田市民だ!」
西邨アヤネ「いやいやいや、完全に幽霊でしょ! 今まで見えてませんでしたもん!」
本郷ノリカズ「・・・行田には、忍城があるのを知っているな?」
本郷ノリカズ「忍びの術を市民が会得していても不思議ではあるまいッ!」
西邨アヤネ「忍城は、忍者のお城じゃないわよッ!?」
水野ヨウコ「忍者って、実体ありますしね・・・。 姿を消すとか、無理ありますよね」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 幽霊だとか忍者だとか、今はどうでもいいだろうッ! そのレストラン、我々もぜひ行くぞッ!」
水野ヨウコ「あの・・・忍者ではありませんから」
西邨アヤネ「分かってる。どう見ても幽霊よね。 ごめんね、うちの先輩がアホで」
こうして我々は、薄暗い路地の奥へと足を進めた
〇山中のレストラン
レストラン
アニマ・フェリーチェ
脇道を進むと、ふいに視界が開け
洒落た外観の建物が現れた
メニューボードには
『本日のメニュー:お客様の性格の一つ』
と書かれている
本郷ノリカズ「料理の内容が全く想像できんな・・・」
本郷ノリカズ「珍名食パン店かッ!?」
西邨アヤネ「いや、怪しさ全開なだけですよ先輩・・・」
水野ヨウコ「岸本◯也プロデュースですかね?」
本郷ノリカズ「それだッ!」
西邨アヤネ「幽霊のあなたも、アホに同調しないでよ・・・」
水野ヨウコ「いや・・・生前、珍名食パン店を利用した事がなかったので、つい嬉しくなっちゃって」
本郷ノリカズ「それもお客様の性格の一つッ!」
西邨アヤネ「食パンから離れてほしいんだけど」
水野ヨウコ「真面目キャラですね! それもお客様の性格の一つ!」
西邨アヤネ「なんで漫才みたいになってるのよ・・・」
本郷ノリカズ「それも我々のッ!」
水野ヨウコ「性格の一つ!」
西邨アヤネ「なに?私が知らないだけで、そのフレーズ流行ってるの?違うよね、ノリで言ってるだけよね」
騒ぎを聞きつけたのか、入り口の扉が開き、店内からブロンドの髪の男が出てきた
梅沢トニオ「ずいぶん賑やかでスネ。 お客様デスか? 違うなら、とても迷惑デスので」
梅沢トニオ「とっとと帰ってクソして寝ろデス」
水野ヨウコ「あ・・・私が死んだ時に、このお店に来るよう勧めて下さった方ですよね?」
梅沢トニオ「オー!水野サン! お待ちしていまシた!」
梅沢トニオ「ようこそ、レストラン アニマ・フェリーチェへ!」
水野ヨウコ「・・・あの、お金、持ってないんですけど」
梅沢トニオ「じゃあ帰れよデス」
梅沢トニオ「というのはもちろん冗談デス! 死んだ人がお金持ってないのは当たり前。 あの世まで金は持ってけない、と言うデショ」
本郷ノリカズ「地獄の沙汰も金次第、なんて言葉もあるがな」
梅沢トニオ「おや?これは珍しい! 命がある方もご来店とは。 よく場所が分かりまシたね!」
本郷ノリカズ「そこの行田市民についてきた。 なかなか面白いコンセプトのレストランじゃあないか!」
梅沢トニオ「お誘いシていないのに来た方は、あなた達が初めてデス」
本郷ノリカズ「これでもルポライターなものでね! 私の好奇心・・・満たさせてもらおうッ!」
梅沢トニオ「なるほど・・・それも」
水野ヨウコ「あなたの・・・」
本郷ノリカズ「性格の一つッ!」
西邨アヤネ「ねえ、それノリなの? ノリだとしたら、そんなに合わせられるものなのっ!?」
西邨アヤネ「・・・と悩むのも性格の一つ! なんちゃって」
梅沢トニオ「・・・」
本郷ノリカズ「・・・」
梅沢トニオ「店内にご案内シましょう」
西邨アヤネ「全員で急に冷めるなぁっ!」
〇ホテルのレストラン
煌々と明かりの灯された店内は、大勢の幽霊コスプレ客で賑わっていた
岡村ヒロト「ここのフランス料理は世界一美味いから、毎晩でも来たくなるな」
領家ホズミ「私も!今日はどんなお料理が出るのかしら」
梅沢トニオ「お待たせデス! 本日のあなた達の料理をお持ちしまシた」
梅沢トニオ「そちらのマダムには、『ヒステリック』なプレゼとなります」
梅沢トニオ「ジューシーな豚バラ肉と、極厚ベーコン、キャベツ、ポテトなどをじっくりと煮込んだフランスの郷土料理です」
領家ホズミ「はむっ・・・」
領家ホズミ「・・・なんて・・・ なんて濃厚なお肉の風味。甘い脂と野菜の旨みが複雑に絡み合って、飲み込むのがもったいないほど・・・!」
領家ホズミ「そして、パチパチと弾けるこれは何? 噛むたびに心地よい刺激となって、まるで脳が溶けるような快感が・・・! 美味しいっ!!」
梅沢トニオ「そして、こちらはムッシュの為にご用意した、『浮気性』のムースとなります」
梅沢トニオ「卵、砂糖、生クリーム、メレンゲに、フルーツのピュレを混ぜて極限までふわふわにした、フランスを代表するデザートです」
岡村ヒロト「おお・・・っ! ピンク色の泡がふわふわと宙に浮いている! 見た目は楽しいが、お味は・・・」
岡村ヒロト「はむっ・・・」
岡村ヒロト「これは・・・! 泡の一粒ごとに甘みが違う! どの甘さも新鮮な感激があり、全ての泡を味わい尽くすまでスプーンが止まらない!」
岡村ヒロト「口の中が幸せでいっぱいになるっ! うまああぁいっ!」
梅沢トニオ「お気に召していただけて光栄デス」
本郷ノリカズ「ずいぶんと美味そうに食べているじゃあないか・・・これは期待できそうだな!」
梅沢トニオ「お待たせデス。 ご注文を取りにきまシた」
水野ヨウコ「あの、メニューは・・・」
梅沢トニオ「そんなモノはないデス。 ここでご提供シているのは、お客様の性格の一つデスから」
梅沢トニオ「あなたの性格から作るならば・・・」
シェフは、まるで注射を打つ医者のような手際の良さで、女の額に指を当てた
梅沢トニオ「これ、デスかね」
指先から淡い光が、シェフのほうに流れ込んでいったかのように見えた
梅沢トニオ「抽出完了、デス。 調理シて参ります」
水野ヨウコ「え?今、なにを・・・」
梅沢トニオ「なに、代金の代わりのようなものデス」
梅沢トニオ「生きているあなた達も、何か食べますか? 2000円で一品、作ってきますよ」
西邨アヤネ「・・・けっこうお値段するわね」
本郷ノリカズ「ここまで来て食わんという選択肢はない。 2名分もらおうではないか」
本郷ノリカズ「領収書は『大学館』でお願いするッ!」
梅沢トニオ「了解しました。 ・・・では、失礼して・・・」
シェフが、私とサイトンの額に指を当てる。
次の瞬間、頭の中から何かが吸い取られるような感覚が走った
梅沢トニオ「あなた達の『性格』、確かにお預かりしました・・・ふふふ・・・」
シェフが厨房の中に消えた後も、頭の中の違和感は続いていた
本郷ノリカズ「急に、色んな事に対して興味が薄れてしまったのだが・・・まあ、それもどうでもいい」
水野ヨウコ「気軽に話しかけないでくれません?私、1人がいいんですけど」
西邨アヤネ「それもあなたたちの性格の一つ〜! あははははは! これ最高あはははは!」
20分後・・・。
我々の料理が運ばれてきた
梅沢トニオ「お待たせしました。 『コミュニケーション』のパンケーキとなります」
梅沢トニオ「メレンゲと生クリームをたっぷり使ったふわふわのパンケーキに、マヌカハニーと発酵バターをふんだんに混ぜ込んだクリーム」
梅沢トニオ「口の中に入れると全てが濃厚な味わいの余韻を残して消え去る、究極のパンケーキをご賞味ください」
水野ヨウコ「はむっ・・・」
水野ヨウコ「濃厚なバターの香りが、溶け去ってゆくパン生地を力強く引き立て・・・奥に潜んでいるメレンゲの豊かな味わいを引き立てている」
水野ヨウコ「そして・・・ともすれば個々の個性が主張しそうな味なのに、まるでコミュニケーションが取れているかのように引き立てあっていく」
水野ヨウコ「・・・こんな幸福なお料理・・・生まれて初めて食べました」
梅沢トニオ「そう言って頂けて光栄デス」
梅沢トニオ「あなた達の分も、きちんと用意してありますのでご心配なく・・・」
梅沢トニオ「マダムには、『規律』のパンケーキ。 クリームとメレンゲの量を調整し、サクッとした食感に焼き上げています」
梅沢トニオ「ムッシュには、『好奇心』シチュー。素材の旨みを閉じ込めたまま調理しています。どうぞご賞味ください」
西邨アヤネ「あははは、いただきまーす! はむっ・・・」
西邨アヤネ「・・・外側がパリパリ、中はスポンジのようにふわふわしていて、噛むほどに濃厚な味わいが広がってく・・・」
西邨アヤネ「載せられたミントのアイスが、凛とした冷たさで、甘くなりすぎるのを防ぐように規律を持たせてる・・・!」
本郷ノリカズ「こっちのシチューは、それぞれの素材の味がバラバラに個性を主張しつつ、クリーミーなソースが全体をまとめている・・・」
本郷ノリカズ「色々な宝石を探しているような感覚で食べられる、実に好奇心を刺激される料理だッ!」
梅沢トニオ「お気に召して頂けて良かったデス。 また何かありまシたら、お呼びください」
にこやかに微笑むと、シェフは再び、厨房へと戻っていった
水野ヨウコ「これ、本当に美味しいですね。 生きてるうちに来てみたかったです」
西邨アヤネ「食べてるうちに、頭の中から抜けていた感情みたいなものが戻った気がする。不思議なお料理だわ」
本郷ノリカズ「なるほどな・・・食べてみて分かった。 この料理が今までどの雑誌にも紹介されていないのが信じられん」
本郷ノリカズ「今から取材に応じるか、オーナーに掛け合ってくる。キミ達は食事を続けていてくれ」
西邨アヤネ「ちょっと!先輩・・・幽霊のお客さんだらけの場所に1人にしないでっ!」
水野ヨウコ「雑誌の取材!?面白そう! 私も行きたいですー!」
〇広い厨房
厨房
岡村ヒロト「今夜も素晴らしい料理をありがとう・・・。 非常に満足だ」
領家ホズミ「私も・・・心から満たされました」
梅沢トニオ「そうデスか・・・。 ふふふ・・・そろそろデスね」
岡村ヒロト「ぐ・・・おおっ・・・!?」
領家ホズミ「とける・・・溶けるぅっ!?」
岡村ヒロト「ああああっ!?」
梅沢トニオ「・・・ふふ。 今夜もたくさんお逝きになられたデス」
本郷ノリカズ「料理に大変感動させてもらった! つきましては、この店の全てを 全国の読者に晒したいのだがどうだッ!?」
本郷ノリカズ「・・・」
本郷ノリカズ「厨房のあちこちに血飛沫、 笑顔で浮いている謎の球体が2つ! というところまで取材させてもらうが覚悟は良いかッ!?」
梅沢トニオ「・・・取材はノン、デス。 そして衛生面は問題ありません」
梅沢トニオ「血飛沫ではなく、エクトプラズムですので 自然消滅します! そして球体は、抜け出した魂デス!」
本郷ノリカズ「問題ないのかッ! ならば安心だなッ!」
西邨アヤネ「この異常事態下で掛け合い漫才しないでよ・・・。 それに先輩、幽霊否定派でしょ?」
本郷ノリカズ「幽霊は信じていないが、魂は万物に宿っているぞ?神職をあまり舐めるな」
西邨アヤネ「先輩の場合、常識から逸脱し過ぎてて、いちいち聞かないと、こっちが理解不能なのよ」
西邨アヤネ「まあ、こういう時だけは頼りになるけど。 シェフ、これはどういう状況なの?返答によっては警察を呼ぶわよ」
梅沢トニオ「私は、皆さまに美味しい食事を提供したいだけデスよ・・・。文字通り、昇天してしまうようなね」
梅沢トニオ「ご覧なさい・・・満足しきって天へと召されてゆく、笑顔に満ちた魂たちを。あの美しい姿を見る為なら、私は努力を惜しみません」
梅沢トニオ「レストランの名は、アニマ・フェリーチェ。 日本語で言うなら、幸せな魂デス。 そして、魂達は私をこう呼びます・・・」
デス「死神、と!」
デス「その人ごとに備わった性格というのは、最高の調味料になるのデス。食べれば昇天しそうになる程のね」
デス「ご自身から抽出されたスパイス・・・さぞや美味だったデショう?私には味わえないので、羨ましい限りデス」
水野ヨウコ「あわわ・・・どうしよう。 私達、全員出された料理食べちゃいました」
本郷ノリカズ「・・・問題は全く無いなッ! なぜなら、死神に魂を取られる前に! 私が倒すからだッ!」
デス「え・・・!? 倒す?? ちょっと待つデスよ」
本郷ノリカズ「問答無用だッ!」
デス「痛いデスッ!!」
デス「シェフに手を上げるとは言語道断デスッ! あなたがその気なら、私も本気で行くデス!」
デス「神舞・・・『黄泉比良坂』! 神罰デスッ! 冥府に落ちてクソして寝ろデスッ!」
突如、厨房の空間に底の見えない穴が開き、そこに私の身体を吸い込むかのように空気が蠢動した
本郷ノリカズ「うおおッ! これは・・・ これはァッ!!」
本郷ノリカズ「・・・」
本郷ノリカズ「・・・なんなんだ?」
デス「え・・・神の御技が効かないデスか?」
本郷ノリカズ「神舞とやらを受けたのはこれで2回目だが! 派手なだけで全く効かん!」
本郷ノリカズ「そんなに魂が見たければッ! ルポライター魂を見せてやろうッ!」
本郷ノリカズ「オラオラオラオラァッ! これがルポライターの裁きだっ!」
デス「ホッ・・・ホホホ・・・ホネェッ!!」
〇広い厨房
西邨アヤネ「死神を叩いて倒しちゃった・・・?? 先輩、めちゃくちゃですよ」
本郷ノリカズ「これでも神主の息子だからな! 神主とは、文字通り『神の主』」
本郷ノリカズ「要するに、神より偉いッ!」
デス「あわわ・・・技が効かないのも納得デスっ!」
西邨アヤネ(ツッコミどころしかない・・・! 死神も素直に納得しちゃってるし)
本郷ノリカズ「人々から奪った魂、返してもらうぞッ!」
デス「私、魂を奪うなんて、してないデス・・・。 美味しい料理を作る為に、その人の性格を一時的に抽出はシますが・・・」
デス「食べれば、その人にきちんと戻るデス。 あなた達も、料理食べたら元の性格、戻ったデショ?」
水野ヨウコ「じゃあ、食べた幽霊たちから魂が抜けていたのは、なぜなんです?変な料理を食べさせて、奪ったんでしょう?」
デス「そこが、そもそも誤解なんデス・・・」
〇山間の集落
私は太古の昔から、この地を守護する神
『幸御魂(さきみたま)』といいます
私の名前が由来になるほど、この埼玉の地では、信仰を集めていまシた
神としての勤めは、人々に幸せを与え、死後にその魂を天国へと導く事デス
しかし、魂の導きをする神デスので、飢饉や天災などが起きると仕事が急増シてしまい・・・
村人「・・・また死神のせいで飢饉が起きおった」
村人「若い者の魂まで持っていきおった・・・」
村人「なんと禍々しい・・・」
次第に、人々の誤解を受けるようになっていったのデス
〇オフィスビル前の道
近代になると、飢饉は起きなくなりまシたが、その代わり、人々は山菜や川魚といった恵みでは幸せを感じなくなりまシた
行田市民「マックの限定バーガー食いてぇ!」
行田市民「今度ディズニー行くんだー!」
行田市民「MIW先生の新刊楽しみでござるよ・・・。 でゅふふふ!」
時代が進むと共に信仰は薄れ、私の神通力も失われたのデス・・・
〇広い厨房
デス「・・・死んだ人達を満足させ、未練なく天国へ送る勤めを果たすべく、私はこの店を始めまシた」
デス「性格の一つを取り出してスパイスとした料理は、現代の人達の舌も満足させられるようになりまシたが・・・」
デス「料理を作るたびに神通力を使うのに、信仰が薄れて力の補給はできず・・・」
デス「化身しても、ホネにしかなれず、あげくの果てにボコられる始末・・・」
西邨アヤネ「なんというか・・・うちの先輩が余計な事しちゃたみたいで、本当にごめんなさい」
水野ヨウコ「シェフのお料理、美味しかったです。天国に行く前にあんな体験をさせてもらえるなんて、とても幸せだと思いました」
デス「ありがとうデス。 以前は一回食べてもらえば魂を天へと導けたのデスが」
デス「今では複数回食べてもらわないと導けなくなり・・・力の衰えを痛感シています」
デス「そろそろやめ時だったのかもシれないデスね」
本郷ノリカズ「なるほど・・・要するに、採算を考えずに始めたビジネスで資金が尽きた経営者という感じだな!」
西邨アヤネ「・・・言い方。 この神様のおかげで助かってる魂もたくさんある、って事よ?」
本郷ノリカズ「分かっている。 それに、この本郷ノリカズ! さっきの料理には大いに感動させてもらったしな!」
本郷ノリカズ「なので、経営者に例えたのだ。 まあ、神様相手に、悪いようにはせんよ。 交換条件はあるがな!」
デス「交換条件、デス?」
〇祈祷場
都内某所
神社『逢魔神宮』
拝殿
本郷セイメイ「・・・息子よ。 一つ言わせてもらう」
本郷セイメイ「なんでも連れてくるのはやめろッ!」
本郷ノリカズ「親父よ・・・。 この際、ハッキリ言わせてもらう」
本郷ノリカズ「こいつは死神だッ!」
本郷セイメイ「もう若くない父の前に、よりによって 死神連れてくるなッ!」
本郷ノリカズ「しかし本人は、埼玉の神だと言っている」
本郷セイメイ「なにぃ!? だとすれば消滅寸前まで衰えている・・・。 すぐに祝詞を捧げるぞ!」
静まり返った拝殿内に、親父の祝詞が反響する
本郷セイメイ「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神たち」
本郷セイメイ「諸々の 禍事 罪穢れ あらむをば 祓へ給ひ 清め給へと 白すことを 聞こし召せと」
本郷セイメイ「恐み恐みも白す!!」
サチガミサマ「こんなに力が湧く祝詞を捧げてもらえたのは、初めてデス・・・!」
サチガミサマ「本来の姿を取り戻せまシた。 お二人に感謝するデス!」
本郷セイメイ(これはッ・・・! 最高位の魂の導き手、 『幸御魂勾津王』 (サキミタママガツキミ)・・・!)
本郷セイメイ(単なる死神ではないぞ・・・? 日本の神道を統べる4御魂のうちの一柱だ)
ヤマガミサマ「今の波動は、何事さー!?」
サチガミサマ「これは和御魂の姉さん。 お久しぶりデス!」
ヤマガミサマ「幸御魂・・・? どうしてこんなところに!?」
本郷セイメイ「・・・あの、お二人はお知り合いで?」
サチガミサマ「御魂は、全員が知り合いデス。 4人で、日本の守護を司っています」
本郷セイメイ「・・・息子よ。 我が国の最高神4柱のうち、2柱が揃っている光景はヤバすぎると父は考えるのだが」
本郷ノリカズ「ヤバすぎるか・・・」
〇コミケの展示スペース
和見タマ「プリティー水着キュアキュアのブースさー!」
〇山中のレストラン
梅沢トニオ「とっとと帰ってクソして寝ろデス」
〇祈祷場
本郷ノリカズ「・・・」
本郷ノリカズ「・・・親父よ。 確かにヤバいな」
本郷セイメイ「妙な間が気になるが、 同意が得られて嬉しいぞ」
サチガミサマ「それにしても私は、神としてやっていく自信が無くなったデスよ・・・」
サチガミサマ「信仰が薄れている今、ここを離れたら またすぐに力が枯渇するのは目に見えていますし・・・」
サチガミサマ「かと言って、もともとの土地を捨てて、ここに住まうなど、御魂にあるまじき行為デスしね」
本郷セイメイ(そういう神も、あなたの隣にいらっしゃるが)
ヤマガミサマ(・・・余計な事を言うなよ、神主)
本郷セイメイ(視線ですごい訴えていらっしゃるな)
本郷ノリカズ「案ずるな、死神。 この本郷ノリカズに考えがある。 例の、交換条件だ」
サチガミサマ「そういえば内容聞いてませんデシた・・・!」
〇山中のレストラン
2週間後・・・
レストラン
アニマ・フェリーチェ
アニマ・フェリーチェの前には、観光客の行列ができていた。
彼らが読んでいる雑誌の記事は、
『ITTE COOL』最新刊
本郷ノリカズ独占取材!
若き天才シェフが作る究極のフランス料理
の記事である
梅沢トニオ「お待たせしたデス! 5名様、お入り下さい」
本郷ノリカズ「調子はどうだ、梅沢シェフ!」
梅沢トニオ「本郷さん! 雑誌で特集を組んでいただけたお陰で 連日、大賑わいデス!」
梅沢トニオ「信仰が無くなっても、人々が喜ぶ事で力が補充されるというのは新しい発見デシた! これならパワー切れの心配も無さそうデス!」
本郷ノリカズ「目の前のものに夢中になるのは、信仰のようなものだからな。熱心なマニアの事を『信者』と呼ぶくらいだ」
梅沢トニオ「交換条件というのは、本郷さんの雑誌以外のインタビューに応じない、というだけで本当に良いのデスか?」
本郷ノリカズ「妥当な線だ。 インタビューお断りのお店を独占できる、というのは、ライターにとっては貴重だしな」
梅沢トニオ「そういうものデスか。 せっかくデスので、ぜひ料理も食べていって下さい! いらっしゃるというので、予約席を取ってあります」
本郷ノリカズ「そうこなくてはな! では、いただくとするかッ!」
本郷ノリカズ「・・・という話なわけだ。 珍しく、キミからの連絡が良い暇つぶしになったな」
本郷ノリカズ「私はこれから食事なので、この辺りで失礼させてもらうぞ。また気が向いたら付き合ってやろう」
〇刑務所の面会室
都内某所
拘置所内面会室
シルエット「久しぶりですね、ミコンジキ」
黒フードの男「あんたは・・・!」
黒フードの男「僕を助けにきてくれたんだね? 能力が弱まってて逃げられずにいたんだ!」
シルエット「あなたには失望しています・・・。 与えた能力は非常に強力だったのに、 渋谷で数人を自殺させただけで終わってしまった」
黒フードの男「あれは僕のせいじゃない! 和御魂が出てきたし、よく分からないけど 規格外な男もいたんだ!」
シルエット「ですが、失敗した事実に変わりありません。 我々がいくら日本に怪異をばら撒き、霊力を弱めても、それを活かせないとは・・・」
黒フードの男「力を回復させてくれよ!今度は和御魂くらい倒してやるし、他の御魂の復活なんてさせないから!」
シルエット「・・・先日、幸御魂も本来の力を取り戻しました。4柱のうち半分が守護に戻ったのです」
黒フードの男「だから!僕のせいじゃないっ! 解放しろよっ!」
シルエット「はい。あなたのせいではない。 しかし、使えない方に力をお貸しするのは非効率的ですよね?」
シルエット「本日は、あなたに与えた力の源・・・ 『禍玉(マガタマ)』の回収に来ました。 もっと使える方に渡すか、怪異にして放ちます」
黒フードの男「や、やめろッ! あれを取られたら僕は・・・!」
黒フードの男「ひぎゃああッ!」
黒フードの男「・・・」
黒フードの男「・・・ああ・・・う・・・あぅ〜? えひひ・・・」
シルエット「お憑かれ様でした・・・」
File.10 行田のレストラン
完
ノリカズが、真面目に取材しているのを初めて見た気がするのは私だけだろうかっ!?
そして、とりあえず餃子が食べたくなったぞ!
今回も良かったです!
登場人物にだんだん愛着が湧いてきました。
いつも更新楽しみにしています!