File.6 高原のペンション(脚本)
〇オフィスのフロア
都内某所
旅行雑誌『ITTE COOL』
編集部
本郷ノリカズ「画竜点睛、という言葉がある。 竜の絵に瞳を書き入れる事で、 「最後の仕上げをする」という意味合いなのだが・・・」
本郷ノリカズ「もともとは、『点睛即飛去』・・・。 竜の絵の出来栄えが素晴らしすぎて、瞳まで描いたら竜が絵から飛び去っていった・・・」
本郷ノリカズ「という、やり過ぎ注意とも取れる、中国の古事からきている」
本郷ノリカズ「天才すぎるのも考えものだなッ!」
本郷ノリカズ「誰の事だって? キミも、ずいぶん言うようになってきたじゃあないか」
本郷ノリカズ「・・・さて、奇妙な話だろう? キミからの要件はもう、 いちいち聞かなくても分かるさ」
本郷ノリカズ「これは、とあるペンションに取材した時の話なのだが・・・」
〇病院の診察室
都内某所
出版社『大学館』
企業医務室
南壽セイカ「本郷、東雲・・・おまえら、明日から 高原のペンションに行け。 取材という事で構わん」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・ナース! 呼び出したかと思えば、 いきなり何を言い出すんだッ!?」
南壽セイカ「南壽(なんじゅ)、だ。 いいかげん正確に言え」
本郷ノリカズ「私は自分の好きなように呼ぶ・・・。 そしてッ! 理由を言えッ!」
南壽セイカ「社内の至る所から、お前らの勤務態度が 情熱的すぎてヤバいと報告が入っていてな・・・心当たり、ヤバいくらいあるだろう?」
〇開けた景色の屋上
東雲アキホ「じゃあ借りてもいい? あの、すげえ高価そうなカメラ」
〇木の上
本郷ノリカズ「キミにはプロ根性がないのか? 近寄るなと言われて、 はいそうですかと納得できるかッ!」
〇病院の診察室
本郷ノリカズ「・・・ヤバいだとッ? 全く思い当たらんなッ!」
東雲アキホ「情熱的ですか・・・! あたかもドラマの主人公のごとく!?」
南壽セイカ「・・・」
南壽セイカ「貴様らがそうだからッ! メンタル医である私のメンタルが! やられそうになっているのだぁ・・・!」
南壽セイカ「貴様らのメンタルを! この機会に私がヘルスしてやるっ! 死ぬ気で付き合えっ!」
本郷ノリカズ「ッ! なんだとッ・・・! メンタルをヘルスしようという気配が 微塵も感じられんッ!」
東雲アキホ「メンタルという言葉がゲシュタルト崩壊しかかっている私がいます・・・!」
南壽セイカ「まあ、要は気が張りすぎているのが原因だと私は見た。そこで、貴様らを高原のペンションに連れてゆく」
南壽セイカ「だが、休養だといっても 貴様ら納得せんだろう? なので、仕事だ!」
南壽セイカ「派手に遊び! とことん羽根を伸ばし! ついでにペンションの記事を書けっ!」
南壽セイカ「企業医務室担当医からの 命令だっ!」
本郷ノリカズ「取材だなッ? 私の好奇心・・・せいぜい 満足させてもらうとするかッ!」
東雲アキホ「高原・・・! 高級和牛でBBQですねっ? 予算とか気にせずに!」
南壽セイカ「・・・」
南壽セイカ「・・・まあ・・・うん。 3人で癒されよう、大自然の中で」
こうして、私とトウウンくんは
訳のわからんうちに、ナースが企画した旅に参加されられる事になったのだ
〇地下室(血の跡あり)
須藤マスミ「おねがい・・・妹だけは助けて・・・」
須藤チエミ「おねぇちゃん・・・」
シルエット「・・・。 大丈夫、死にませんよ。 それどころか、永遠の命を得られます」
シルエット「『屍魂教典』・・・。 この女の魂を捧げます」
須藤チエミ「いやあああっ! おねえちゃあんっ!!」
須藤マスミ「チエミ・・・!」
須藤マスミ「私たち、何も悪い事してないのに・・・ なんでこんな・・・」
シルエット「この世は常に、理不尽なのですよ。 私も、例外ではありません」
シルエット「でも、あなた達姉妹は本当に幸運です。 今後は、心やすらかに過ごせるのですから・・・羨ましいくらいです」
シルエット「では・・・いってらっしゃいませ」
須藤マスミ「この狂人! いやっ! やめてぇっ!」
シルエット「もう少しだよ、メアリー。 もうすぐ・・・お前に会える・・・」
シルエット「・・・」
〇森の中の小屋
軽井沢某所
コテージペンション『あおひげ』
東雲アキホ「シーズン中なのに、 すげえ閑散としてますねっ!」
南壽セイカ「まあ、軽井沢の中でも奥まってるからな。 代わりに利用料も格安だ」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 かなり旅費をケチったんじゃあないか?」
本郷ノリカズ「ケアする気があるならッ! ロケーションにこだわれッ!」
南壽セイカ「なんら問題はない。 気に食わんなら、貴様らの記事で ここを人気スポットにしろ」
ペンションオーナー「ITTE COOLの取材の方達ですね? お待ちしていました!」
ペンションオーナー「オーナーの、バーナード・ホワイトです! うちのペンションを記事にしてもらえるとは・・・ありがとうございます!」
南壽セイカ「こちらこそ、取材にご協力して頂き感謝いたします。 私は引率の、企業担当医 南壽と申します」
東雲アキホ「南壽さん、敬語使えるんですね」
南壽セイカ「貴様ら以外の、まともな人間には敬語だ」
南壽セイカ「・・・まあいい。 おとなしく待ってろ。 私は行ってくる」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・ッ! ケアしてくれるんじゃあなかったのか?」
南壽セイカ「チェックインと、オーナーさんとの打ち合わせだ。というか貴様ら、普段そういう事を無視して動いてるのか?」
本郷ノリカズ「なるほど・・・! さすがナースだなッ!」
東雲アキホ「仕事が丁寧ですね! さすが白衣の天使!」
南壽セイカ「・・・バーベキューの準備しとけ」
30分後・・・
本郷ノリカズ「ナース、ご苦労だったな!」
南壽セイカ「・・・何してる貴様ら。 どうして勝手に、肉食ってる?」
東雲アキホ「美味しいお肉でした!」
本郷ノリカズ「準備しておけと言っただろう?」
南壽セイカ「・・・貴様らぁ・・・」
南壽セイカ「これは準備とは言わんっ! 喫食というのだっ!」
南壽セイカ「まあいい! 肉はどこだっ! 奮発して買った神戸牛!」
本郷ノリカズ「・・・。 量が少なかったからな・・・。 経費をケチってるんじゃあないか?」
東雲アキホ「・・・お野菜、美容にいいですよ?」
南壽セイカ「神戸牛ーーーっ!」
〇大樹の下
コテージペンション『あおひげ』
ガーデン
南壽セイカ「・・・結局、私がその時に悟ったのは、 ピュアな恋は実りがたい、という事だ。 いかん、思い出したら涙が・・・」
南壽セイカ「次は東雲、貴様の初恋の話をしてみせろ」
東雲アキホ「私が一番好きなのは自分です!」
南壽セイカ「恋バナをしようと言い出したのは貴様だろうが・・・自分の話のストックがないのに、提案するな」
南壽セイカ(本郷には・・・聞くだけ無駄だろうな。 恋愛という感情があるのかすら怪しいものだ)
南壽セイカ「・・・もう夜か。 貴様ら、散々食って、遊んだわけだが、 少しは心の洗濯になったか?」
東雲アキホ「仕事、全然してませんけどね・・・」
南壽セイカ「メンタルケアが第一目的だからな。 ここで楽しんだ事を記事にしろ。 貴様らなら良い記事が書けるだろう」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 勝手に締めのモードに入っているんじゃあないか?」
本郷ノリカズ「こういう場所で夜といえばッ! キャンプファイアーだろうがッ!」
南壽セイカ「いや・・・中学生か貴様?」
東雲アキホ「いいですねっ! 5メートルくらいのをやりましょう!」
南壽セイカ「中学生がもう1人いたか・・・。 5メートルって貴様、 それはキャンプファイアーとは言わん。 火柱だ」
南壽セイカ「だいたい、どうやってそんな 派手な火勢つけるんだ! ガソリンでもぶちまけるのか?」
ペンションオーナー「うち、キャンプファイアーはやっていないんですよ・・・申し訳ない」
南壽セイカ「いえ、お気になさらず」
ペンションオーナー「母国では、夜に友人が集まると、よく詩を作っていました。テーマを決めて、みんなで一節づつ作り・・・」
ペンションオーナー「ひとつの歌を完成させる、という遊びですね」
ペンションオーナー「妻は特に、詩を作るのがうまかった・・・」
南壽セイカ「奥様も軽井沢にいらっしゃるのですか?」
ペンションオーナー「・・・この地で眠っています。 でも魂は、常に私のそばにいると 信じています」
南壽セイカ「・・・大変失礼しました。 しかし、俗に言う、リレーポエムがお好きだったのですね。素晴らしいご教養です」
ペンションオーナー「せっかくですから、遊んでみますか? ちょうど4人いる事ですし」
南壽セイカ「確かにあれは、協調性が必要な思考遊び。 メンタルヘルスでも使われるレクリエーションですが・・・」
南壽セイカ「本郷、東雲・・・。 いけるか?」
本郷ノリカズ「・・・おいおいおい・・・。 誰に向かって言っているんだッ!? 余裕すぎてッ! あくびが出るわッ!」
東雲アキホ「私たち、これでも 文章で飯を食べている人間ですしね!」
南壽セイカ「そうか・・・分かった。 一番慣れているオーナーが最初。2番目が東雲。3番目が本郷、締めは私にさせてもらう」
ペンションオーナー「お題は・・・そうですね。 『SUN(太陽)』と、 『RUN(走る)』の 2つをテーマに盛り込みましょう」
南壽セイカ「韻を踏んでいるわけですね。 では、各自のパートを書いて発表しましょう」
リレーポエム
お題:
『SUN』『RUN』
ふと目覚めた朝、キミのぬくもりが恋しい
そんな時僕は、部屋を飛び出し走るんだ
海底で、タコがすげえ数の卵を産んでた。
びっしり付いててなんかキモい
素晴らしい展望を独り占めできる絶景スポット。身も心もリフレッシュできます。旬の果物をふんだんに使った絶品タルトも人気です
記憶の中、僕は探すんだ。
無くしたものの大きさ噛みしめながら。
Forever Love You
〇黄色(ライト)
『あの太陽に向かって』
作詞:
バーナード・ホワイト
東雲アキホ
本郷ノリカズ
南壽セイカ
♬
ふと目覚めた朝、キミのぬくもりが恋しい
そんな時僕は、部屋を飛び出し走るんだ
海底で、タコがすげえ数の卵を産んでた。
びっしり付いててなんかキモい
素晴らしい展望を独り占めできる絶景スポット。身も心もリフレッシュできます。旬の果物をふんだんに使った絶品タルトも人気です
記憶の中、僕は探すんだ。
無くしたものの大きさ噛みしめながら。
Forever Love You
〇大樹の下
南壽セイカ「ホワイトさんの導入部分は、 文句の付けどころがない。 続けやすいし、詩情がある」
南壽セイカ「・・・で、なんでいきなり タコが産卵した?」
東雲アキホ「サン、とラン、がテーマだからですっ!」
南壽セイカ「産卵をテーマに据えるなッ!」
南壽セイカ「そして本郷! 観光地ルポにするなっ!」
本郷ノリカズ「海辺の光景が目に浮かんだのでねッ!」
南壽セイカ「ホワイトさん路線に戻そうとしても、 もはや修復不可能じゃないか・・・」
南壽セイカ「深読みすると、探してた彼女が 海に身投げしてた可能性まであるっ! 意味怖話かっ!!」
ペンションオーナー「さすが記者の方達! 100点の仕上がりです!」
南壽セイカ「・・・満点は一億とかですか?」
南壽セイカ「まあいいっ! 貴様ら、そろそろお開きだ! 充分な睡眠もケアのうち!」
ペンションオーナー「では、お部屋にご案内しますね!」
〇地下室(血の跡あり)
コテージペンション『あおひげ』
地下室
本郷ノリカズ「・・・」
本郷ノリカズ「・・・はッ! なんだ、ここはッ!?」
本郷ノリカズ「しかも、なんだとッ!? 手が縛られているッ!!」
南壽セイカ「目が覚めたか、貴様ら。 いったい何が起こった・・・」
東雲アキホ「寝る前に出されたお水飲んだら意識が飛んで、気がついたらここで、何者かに縛られてました・・・」
ペンションオーナー「お目覚めですね・・・。 ようこそ、私たちの聖域へ・・・」
南壽セイカ「ホワイトさん! これは一体・・・」
ペンションオーナー「・・・ご覧いただきたい。 妻のメアリーです」
本郷ノリカズ「これは・・・人形だとッ!?」
ペンションオーナー「他界した妻そっくりに作らせました。 私は彼女を愛していた・・・ 心の底から!」
ペンションオーナー「また笑顔を向けてほしい・・・。 語らいたい・・・。 だから私は、彼女を呼び戻す事にしました」
ペンションオーナー「『屍魂教典』。 人間の魂を扱う秘法が載った書物です。 妻を呼び戻す為、私は今まで10人の魂を、この人形に移しました」
ペンションオーナー「それだけ移せば充分な筈なのだっ! しかし彼女は、まだ動いてくれない・・・」
ペンションオーナー「なので、私は決めたのです。 動くまで、魂を集め続ける・・・と!」
南壽セイカ「メンタルケアが必要な範囲を、とっくに超えている・・・狂人の域だ」
ペンションオーナー「さあ・・・『屍魂教典』よ。 今宵は、この3人を・・・」
オーナー夫人「ア・・・ア・・・」
ペンションオーナー「メアリー!? おまえ・・・ようやく動いて・・・!」
オーナー夫人「キィ・・・キ・・・キュイ・・・」
本郷ノリカズ「なんだとッ!? たくさんの黒煙が、人形の中から噴き出してきているッ!」
オーナー夫人「・・・キィ・・・キィ・・・ッ!」
南壽セイカ「我々を縛っていた縄を・・・絶ってくれた!?」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 この本郷ノリカズの前でッ! こんな茶番を演じるとは! ずいぶん舐めてくれるじゃあないかッ!」
本郷ノリカズ「この煙と、耳障りな声。 そして人形の動き・・・」
本郷ノリカズ「人形に、壊れかけたペッ◯ーくんを入れ! 動作不良で煙が出ているなッ!?」
東雲アキホ「今はそういうのいいですから! とにかく逃げますよっ!」
オーナー夫人「ア・・・アナタ・・・」
ペンションオーナー「メアリー! 動けるようになったのだね! この日をどれほど待ち望んでいたか・・・」
オーナー夫人「ウラメシイ・・・ カナシイ・・・」
オーナー夫人「クルシイ・・・ タスケテ・・・ スクイヲ・・・」
ペンションオーナー「あいつらを逃したのは、 私と2人だけの生活を望んだんだね? そうだろうメアリー!」
オーナー夫人「エエ、アナタダケデイイ。 キィ・・・キィ・・・」
ペンションオーナー「その本・・・それに触るなっ! 返せメアリーー!」
オーナー夫人「一緒ニ暮ラシマショ。 コノ人形ノナカデ・・・」
ペンションオーナー「おまえ・・・メアリーじゃないなっ!?」
オーナー夫人「『屍魂教典』・・・。 この男の魂を捧げます」
ペンションオーナー「ぎゃっ! いやだっ! それだけは許してくれええっ!!」
ホワイト氏を飲み込んだ人形には、ほどなく無数の深いヒビが入り、砂が崩れるように自壊した・・・
〇オフィスのフロア
都内某所
旅行雑誌『ITTE COOL』
編集部
本郷ノリカズ「・・・とまあ、こういう話だ」
本郷ノリカズ「どこが奇妙かは、言うまでもない」
本郷ノリカズ「なぜっ!ペンションのオーナーは観客参加型の大脱走ビックリイベントをする際、ペッパー◯んの整備を怠っていた!?」
本郷ノリカズ「そしてなぜッ!未だにこいつがつきまとっているのだッ!」
南壽セイカ「本郷・・・貴様、メンタルケアした後も変わらず、突撃取材を繰り返しているそうじゃないか」
南壽セイカ「貴様と東雲のおかげで! 企業医務室は、うつ病一歩手前の者達で連日の大賑わいだぞっ!」
本郷ノリカズ「患者を治すのが、医師の勤めだ。 もし!私の治療がうまく行っておらず、困った事になっているなら、それはキミの手腕不足だ」
本郷ノリカズ「・・・ペンションのその後かね? オーナーは行方不明。 地下室には壊れた人形が置かれていたが」
本郷ノリカズ「それ以外には何もなかったので、捜査に発展とかはしていないようだ」
本郷ノリカズ「キミも、疲れが溜まっている時には、ナースに相談してみるといい」
本郷ノリカズ「宿はケチくさいが、昼食に神戸牛にありつけるだろう。 量は少ないがね」
本郷ノリカズ「では、私はこれで失礼する」
File.6
高原のペンション
完
ナースさん、ゴリラ2頭に翻弄されながらも、
意外と実力は買ってるゴリね。ウホウホ!