File.5 植物園(脚本)
〇オフィスのフロア
都内某所
旅行雑誌『ITTE COOL』
編集部
本郷ノリカズ「花言葉ってあるだろう? やれ純真だの愛だの、人が勝手につけたのが見え見えのやつだ」
本郷ノリカズ「常々思うのだが、あれは誰が決めている?」
本郷ノリカズ「まさか新種の花を見つけた者に決める権利がある、という訳でもあるまい」
本郷ノリカズ「・・・そんな事はいいから奇妙な話を聞きたい、という顔をしているな。 まあ、いいだろう」
本郷ノリカズ「これは、ある植物園に 取材に行った時の話なのだが・・・」
〇開けた景色の屋上
都内某所
出版社『大学館』
屋上
北埜カズフサ「あの・・・先輩たち。 どうされました?」
本郷ノリカズ「なぜ、そんなに警戒している? キタボン」
北埜カズフサ「北埜(きたの)です・・・。 その変なあだ名、やめて下さいよ」
東雲アキホ「今日はちょっと、お仕事頼みたいんだー」
東雲アキホ「写真撮影に同行してもらいたいの!」
東雲アキホ「きたっち、いいカメラ持ってるから!」
東雲アキホ「よく分からんけど高価そうなやつ!」
北埜カズフサ「イヤですよ・・・! 僕、デスクワークが溜まってて、 締め切り遅れそうなんです」
東雲アキホ「じゃあ借りてもいい? あの、すげえ高価そうなカメラ」
北埜カズフサ「先輩に貸したら、僕の愛機が むごたらしい姿になって返ってきそうで 絶対にイヤですっ!」
東雲アキホ「じゃあ来てよぉ。 可愛い先輩を助けると思って、ね?」
北埜カズフサ(くそっ・・・いつもながら可愛い・・・! さすがプリティーゴリラ)
東雲アキホ:
編集部の中でも屈指の美形にして
常識のなさが際立つ。
社内では密かに
『プリティーゴリラ』と呼ばれている
北埜カズフサ「ま、まあ・・・分かりましたよ。 僕も行きます・・・」
東雲アキホ「じゃあ、本郷先輩と2人で行ってきてね!」
本郷ノリカズ「トウウンくんとキタボンの2人が 行くという話じゃあないのかッ!?」
北埜カズフサ「ぎゃうっ!? 本郷先輩と2人旅ですかっ!?」
北埜カズフサ(パーフェクトゴリラと2人きり?? い・・・いやだああっ!)
本郷ノリカズ:
自他共に認める人気ライターにして
常識のなさが際立つ。
社内では密かに
『パーフェクトゴリラ』と呼ばれる
東雲アキホ「私はフルーツパーラーの取材が 入ってるから無理」
東雲アキホ「季節のフルーツが私を呼んでるのっ!」
本郷ノリカズ「・・・こうなるともう、この女の説得は 人類には不可能だ。 仕方ない、行くとするかキタボン」
北埜カズフサ「うへぇ・・・また地獄の残業だ・・・」
〇植物園のドーム
熱帯植物園『グリーンランド』
北埜カズフサ「植物園、ですか」
本郷ノリカズ「うむ。 なんでも、非常に貴重な植物が 今年、実を結んだらしい」
本郷ノリカズ「そんなものを取材しろとはッ! まったくミーハーな編集部だッ!」
北埜カズフサ「そうですか? いい記事になると思いますよ」
植物園 園長「ITTE COOLの 取材の方達ですね? お待ちしておりました」
植物園 園長「このたびは、当園展示の 『非時香菓(トキジクノカク)』 を紹介して頂けるとか・・・」
本郷ノリカズ「それが我々の目当てだ。 聞くところによると、かなり 珍しい植物らしいじゃあないか?」
北埜カズフサ「先輩・・・ 間違ってはいませんが! 口調が山賊のそれですっ!」
植物園 園長「実際、大変貴重な植物です。 私が、人生をかけて発見した 自慢の逸品となります」
植物園 園長「非時香菓は、推古天皇の時代の文献に 記載がございまして・・・」
〇御殿の廊下
とあるお姫様が重い病にかかり、
死を待つしかない状況になりました
そんな時、食せば万病が治るという
非時香菓の噂を耳にしたのです
黄金色に輝く貴重な果実。
臣下の者は、藁をもすがる思いで
その果実を探しました
〇山の中
やがて、大変な苦労の末に
秘境と言えるような森の奥で
臣下の1人が、その果実を見つけました
しかし、持ち帰った時には既に
お姫様の命は尽きており
持ち帰った臣下の者は泣き崩れました
〇御殿の廊下
お姫様への弔いに、臣下の者は
非時香菓を植え、大切に育てました。
やがて、立派な木へと成長しました
その頃から、勤めている人間が
少しづつ行方不明になっていきました
非時香菓は、お姫様の無念がこもっていると不吉視されるようになり、程なく伐採。
僅かな量の種だけが残されました
〇植物園のドーム
植物園 園長「・・・という伝承が残っている植物です。 私が長年探し求め、ようやく種を発見し、育て上げました」
伊藤アンナ「いつ聞いても不思議な話ですよねー、それ」
植物園 園長「そうかね?」
伊藤アンナ「だって、そのお姫様、 臣下の人達に大切にされてたのに、理不尽に呪ってるというか・・・」
伊藤アンナ「あ、取材の人達はじめまして! ここでお仕事させてもらってる、 伊藤っていいます」
伊藤アンナ「ITTE COOL、 いつも読ませてもらってます! マスコットキャラの『たびねこ』、 可愛くて好き!」
北埜カズフサ「それ、付録についてた、『たびねこキーホルダー』だね!」
北埜カズフサ「僕たち、そのキャラ考えた人の企画で ここに取材に来たんだよ」
伊藤アンナ「そうなんですか? その人は来てないの?」
北埜カズフサ「あ・・・うん、その人は・・・」
〇開けた景色の屋上
東雲アキホ「季節のフルーツが私を呼んでるのっ!」
〇植物園のドーム
北埜カズフサ「・・・」
北埜カズフサ「・・・忙しいみたいでね」
伊藤アンナ「そっかー、残念・・・」
伊藤アンナ「グリーンランド植物園、 載ったら絶対読むねー!」
彼女は元気に手を振りながら、
仕事に戻っていった
北埜カズフサ「快活な女性でしたね」
植物園 園長「うちでは、身寄りのない子達を 積極的に雇っているのです」
植物園 園長「繊細な仕事ですので、辞めてしまう子も多いのですが・・・」
植物園 園長「彼女はよくやってくれていますよ」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・。 孤児を集めて慈善事業というやつか」
本郷ノリカズ「ハ◯ス名作劇場のようだなッ!」
北埜カズフサ「あの・・・この人の言う事は 類人猿がなんか騒いでると思って 気にしないでください」
植物園 園長「・・・ま、まあ、展示のほうに ご案内させていただきますね」
〇木の上
熱帯植物園『グリーンランド』
特別展示コーナー
厳重に柵で囲まれた先に、
その木は展示されていた
植物園 園長「こちらが『非時香菓』です」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・ 柵で囲まれていて 近づけないじゃあないか」
植物園 園長「貴重な植物ですので・・・。 離れた位置からご鑑賞をお願いしています」
北埜カズフサ「大丈夫ですよ先輩。 僕のカメラ、高性能の光学ズームですから」
北埜カズフサ「でも、ちょっと光量足りないかな・・・」
植物園 園長「日が暮れてきましたからね・・・。 もし宜しければ、本日は 宿舎にお泊まりください」
植物園 園長「明日には、素晴らしい 黄金色の果実を撮影していただけますよ」
北埜カズフサ「泊まりですか? 僕ちょっとスケジュールが・・・」
本郷ノリカズ「お言葉に甘えようじゃあないかキタボン! 良い写真を撮る為だろう? プロ根性を見せろッ!」
北埜カズフサ「到着遅れたのは、先輩が あちこち寄り道したからじゃないですか・・・理不尽だ・・・」
〇植物園の中
熱帯植物園『グリーンランド』
巨大温室
植物園 園長「伊藤くん、ちょっとお願いできるかな? 明日の写真撮影に向けて、『非時香菓』に肥料をやりたいんだが・・・」
伊藤アンナ「珍しいー! あの木、普段はお手入れさせてくれないじゃないですか」
伊藤アンナ「私も一人前になったって事ですかね」
植物園 園長「そういう事。 きみは本当に、よくやってくれてるからね」
伊藤アンナ「園長には本当、感謝しかないですもん! 身寄りのない私を雇ってくれて、 父親みたいに接してくれて」
伊藤アンナ「一生懸命に働いて恩返ししなくちゃです!」
植物園 園長「恩返しなら、今からしてもらうよ」
伊藤アンナ「えっ・・・!?」
伊藤アンナ「うっ・・・! ・・・え、園長・・・!?」
植物園 園長「・・・ 『非時香菓』が、今度は伊藤くんが欲しいと言っているんだ」
植物園 園長「頭の中にね、語りかけてくるんだ」
植物園 園長「私が思うに、あれは肉を栄養とする植物なんだ。とても狡猾に、黄金色の果実で獲物を誘き寄せてね」
植物園 園長「世話していると脳内に語りかけてくるんだよ。新鮮な肉をよこせってね」
植物園 園長「大丈夫、今までと同じく、うまく処理するから。君たちが行方不明になっても、誰も探さないしね」
伊藤アンナ「家族みたいに・・・ 思ってたのに・・・」
植物園 園長「もちろん大切に接していたよ。 上質な肉に育てたいからね・・・!」
伊藤アンナ(植物園の紹介・・・。 読みたかった・・・な・・・)
〇木の上
熱帯植物園『グリーンランド』
特別展示コーナー
北埜カズフサ「先輩・・・ダメですって。 こんな夜に、勝手に・・・」
本郷ノリカズ「キミにはプロ根性がないのか? 近寄るなと言われて、 はいそうですかと納得できるかッ!」
北埜カズフサ(ダメだ・・・。 思考回路が盗賊のそれだ・・・!)
北埜カズフサ「ああっ! そんなズカズカと・・・」
チャリッ・・・
北埜カズフサ「なにか踏んだ・・・? これは・・・」
北埜カズフサ「えっ・・・『たびねこ』キーホルダー? それに、これは・・・血?」
植物園 園長「ふふ・・・たくさん食べろよ・・・」
植物園 園長「むっ? 誰だっ!」
植物園 園長「・・・これは記者の皆様。 撮影は明日とお伝えしていた筈ですが・・・」
北埜カズフサ「園長さん・・・これはいったい・・・」
本郷ノリカズ「なんだッ・・・? この植物・・・肉を喰っているのかッ!?」
植物園 園長「見てはいけないものを、 見てしまいましたね・・・!」
植物園 園長「仕方ない・・・! あなた達も養分になってくださいっ!」
北埜カズフサ「僕のカメラ・・・っ!」
植物園 園長「・・・避けましたか。 しかし無駄です! あなた達は、ここで死ぬっ!」
本郷ノリカズ「おいおいおい・・・! 黙って見ていればッ! 少しばかりやり過ぎじゃあないかッ!?」
「勝手に入ったのは確かに感心できんが・・・」
本郷ノリカズ「禁止されたのだから仕方ないッ!」
本郷ノリカズ「さらにッ! 動く植物でカメラを壊すとは・・・」
本郷ノリカズ「ずいぶんとクオリティの高い SFXだなッ!!」
植物園 園長「と・・・特殊撮影とかではないですっ」
本郷ノリカズ「チッチッチッ・・・! この本郷ノリカズの目を欺くには・・・」
本郷ノリカズ「50年早いぞッッ!!」
本郷ノリカズ「カメラを壊しッ! 取材を妨害するとはッ! 万死に値するッ!!」
本郷ノリカズ「うおおおおーッ!!」
本郷ノリカズ「これがッ! ルポライターの魂だッ!!」
『非時香菓』:
キャ・・・キャミァアアッ!
植物園 園長「わ・・・私が生涯かけて探した・・・ 『非時香菓』が・・・っ!」
植物園 園長「黄金の果実が・・・ 燃えて・・・いる・・・! ひひ・・・ひひひ・・・! なんて美しいんだっ!」
本郷ノリカズ「炎が拡がっているッ! 逃げるぞキタボンっ!!」
北埜カズフサ「は、はいっ! 園長さんも早くっ!」
植物園 園長「ひひひ・・・ ひゃあはははははッ! 燃えるもえるもえるうぅッ!」
本郷ノリカズ「我々だけでも逃げるぞッ!!」
植物園 園長:
ひひひひひッ!
ひゃあははははははッ!
〇オフィスのフロア
都内某所
旅行雑誌『ITTE COOL』
編集部
本郷ノリカズ「・・・とまあ、そういう話なわけだ」
本郷ノリカズ「どこが奇妙かは言うまでもない」
本郷ノリカズ「なぜ! 禁止された場所に入っただけで 園長はあんなにも逆上したッ!?」
本郷ノリカズ「そして果実が燃えたのはなぜだっ! 果汁がガソリンというわけでもあるまいッ!」
本郷ノリカズ「・・・というわけで、私のなかで実にッ! 理不尽な体験だったのだ」
本郷ノリカズ「植物園のその後? 園長と、雇われていた娘が行方不明。 温室は全焼したようだが・・・ 知った事ではない」
本郷ノリカズ「旅行雑誌ではなく! 写真週刊誌の領分だからなッ!」
本郷ノリカズ「しかし、すっかり遅くなってしまったな」
北埜カズフサ「先輩・・・無駄話してないで、 きちんと仕事して下さいよ」
本郷ノリカズ「私をそこら辺の無能と一緒にするな。 自分のぶんはもう、とっくに終わっている」
北埜カズフサ「じゃあ僕のを少し手伝ってくださいよ・・・」
本郷ノリカズ「人に頼ってばかりでは、立派な記者にはなれないぞ?キタボン」
北埜カズフサ(誰のせいで困ってると思ってるんだ・・・ パーフェクトゴリラ・・・)
本郷ノリカズ「画面の向こうのキミも、 そろそろ回線切りたまえ。 時間管理ができるのは、デキる大人の常識だぞ?」
本郷ノリカズ「では、私はこれで失礼させてもらおう」
File.5
植物園
完
ゴリラ二頭にっ!
ついに常識人がっ!