イオが届ける物語

ikaru_sakae

『竜の泉(後編)』(脚本)

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〇美しい草原
  こんにちは!
  イオです。
  静けさの庭にようこそ。
  みなさん、今日は、どんな時間をお過ごしでしたか?
  なにか良いことは、あったでしょうか?
  素敵な何かに、出会えたでしょうか?
  すばらしい1日を過ごした人も、
  あんまり、そうではなかった人も、
  このバーチャルの奥底の、静かな庭では、
  ひととき、全部を忘れて、
  ゆっくり、しずかに、
  心ゆくまで、休んでいってくださいね。
  それでは、『竜の泉』、
  後編のお話をスタートしましょう。
  まだ前編を知らないみなさんは、
  少し戻って、
  ぜひ、『竜の泉』の前編のお話から、聴いてみてくださいね。
  では、はじめましょう。
  『竜の泉』の、後編です!

〇霧の中
  やがて、少し話し疲れた竜は、
  コマドリのために、星の歌の一節を口ずさむ。
  それは静かな調べだ。
  夜の森の静寂にしずかに身をひたして、
  どこまでも遠くに耳を澄ませて、
  ようやくかすかに、耳の奥ふかくに響いてくるその調べ。
  けれどその調べは、
  どこまでも遠く、どこまでも深く、
  歌声は夜の風にのり、
  眠る森をこえ、
  遠い遠い山向こうまで、深くしずかに広がってゆく。
  コマドリには、歌がもつ意味はわからない。
  けれど、美しい歌だと思う。
  その歌をじっと聴いていると、
  頭の中の霧が晴れ、
  どこか遠く気高い、
  異国の空まで、ずっと羽ばたいてゆける気がする。
  自分も竜と同じ、はるかな空の高みまで、
  永遠に、どこまでも、羽ばたいてゆける──
  そんな気持ちが、どこか深くから湧いてくる。
  でもやがて、歌は終わる。
  コマドリは、小さないつものコマドリに戻る。
  もう高くは飛べない。
  竜の気高さの前では、小さくうつむいているしかない、
  取るに足らない、小さな存在だ。
  だけど、いいえ、
  だからこそ、
  わたしのために、歌をうたっていてほしい。
  言葉をわたしに聴かせてほしい。
  たとえわたしが、わからなくとも。
  たとえわたしが、歌えなくても。
  聴かせてほしい。あなたの歌を。
  だからコマドリは、聴き続けた。
  他の誰もが、聴かなくなっても。
  他の誰もが、竜の言葉を忘れても。
  自分はいつも、いつまでも、
  あなたの歌を、聴いていたいの──
  だが、しかし。
  それも長くは、続かなかった。
  コマドリは、竜ほど、長くは生きられない。
  ・・・その冬は、とりわけ厳しい冬だった。
  幾日も幾日も、
  乾いた雪風が、森の梢を吹きわたり、
  もともとそれほど、体が強くなかったコマドリには、
  もうその冬を、無事に越すことは無理だった。
  もしも森にも心があるなら、
  森はいつまでも忘れない。
  その朝のことを。
  冬も終わりに近づいた、朝日に満ちたその朝のことを。
  夜通し吹いた雪風も、今はもう止んでいる。
  大きな輝く霜柱が、
  くまなく森の地面をおおいつくした。
  その、あふれる白の輝きの中で、
  やせほそった小さな1羽のコマドリが、
  しずかに霜の上に横たわる。
  その小さなくちばしは、
  もう二度と、歌をさえずることはない。
  その小さな翼は、
  もう二度と、風をとらえることはない。
  竜はひと目で、そのことを知った。
  ぽたり。
  ぽたり。
  大粒のしずくが、そこにこぼれた。
  竜は泣いた。
  声をあげて泣いた。
  生まれてはじめて泣いた。
  森の地面につっぷして、おいおい声を上げて泣いた。
  涙があふれて、止まらない。
  朝が去り、光に満ちた昼が来て、
  その昼もまもなく、さえわたる光の夕刻に場所をゆずった。
  それから森に夜が来た。
  それは星のない夜だった。
  とても静かな夜だった。
  やがてその夜が尽きて、ふたたび新たな朝が来たとき、
  そこにはもう、竜の姿は、どこにもなかった。
  そこにあるのは、小さな泉。
  竜が涙をこぼしたところ、
  そこにかすかな水音をたてて、
  澄んだ泉が湧き出している。
  竜はどこに、消えたのだろう?
  それは誰にもわからない。
  輝く冬枯れの木々の間にも、
  森上にひろがる、はるかな冬晴れの空にも、
  そしてそれ以降、
  その森で竜を見た者は、
  ただひとりもいなかった。
  森に夜のしずけさが落ちると、
  樹々の梢を通して、星明かりが降りこむ。
  そのひそやかな星明かりは、
  小さな泉の水面にも、音なき光を投げかける。
  星のひときわ明るい夜には、
  泉のそばで、誰かの歌を聴いたという者もいる。
  泉のそばにうずくまる、大きな影を見たという者もいる。
  しかし、じっさいに確かめてみた者はいない。
  ほんとうのことは、今では誰にもわからない。
  そして今夜も、その森で、
  もう誰も来ない森の奥で、
  泉は、しずかな星明りを映し、ひっそりと輝いている。
  ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・

〇美しい草原
  ・・・はい。いかがでしたか?
  なんだかしっとりとした、静かな終わりでしたね。
  竜は今でも、そこにいるのかな。
  それとも遠い、どこか別の空へ、
  ひとりで旅立ってしまったのかな。
  みなさんの心には、
  どんな景色が、見えたのでしょうか。
  何かちょっとでも、
  小さな光る何かが、みなさんの心に、
  ほんの少しでも残ればさいわいです。
  はい、では、
  2回にわたって続けてきた、竜の泉のお話は、
  今回、これでおしまいです。
  また、次には別の物語や唄とともに、
  またここで、みなさんと時を過ごせる時がくるまで、
  わたしはしばらく、休むことにします。
  ご清聴、ほんとにありがとう。
  みなさんと一緒に過ごせる静かな時間が、
  わたしにとっては宝物です!
  それでは次回、出会える時まで。
  みなさんも、ぜひ、
  元気でお過ごしくださいね。
  ではでは、それまでさようなら。
  今日は来てくれて、ありがとう。
  ばいばい!

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