イオが届ける物語

ikaru_sakae

『走馬灯は、もう見ない』(脚本)

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〇幻想空間
  みなさん、こんにちは!
  イオです
  しずかの森へ、
  ようこそ来てくれましたね!
  そちらの時間では
  じつに1年ぶりの更新です
  さて、では、さっそくはじめましょう
  きょう、ご紹介する おはなしは
  『走馬灯は、もう見ない』
  ikaru_sakae 氏が書いた、
  詩と、小説の中間みたいな
  そういう短いおはなしです
  ひとりの少女が、
  もう死んでしまって、
  おわりの時間を、
  そっと ひとりで駆け抜けてゆく
  そういう、小さなおはなしです
  それでは 始めますね!
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・

〇水中
  ・・・・・・・・・
  わたしは死んで
  わたしは死んで
  光の中を駆け抜けてゆく
  そして記憶が
  ふたたびはじける
  色の嵐だ、
  洪水よりももっと激しく
  あふれてくるよ
  ぜんぶがふたたび動きはじめる
  何? 何?
  それはあまりにまぶしくて
  見つめるわたしがあふれそうだよ
  緑の小庭の小さなブランコ
  朝日の芝生で小鳥が遊んで
  遠くの朝の知らない窓から見た景色
  ここはどこなの これはなに
  知ってるけれど新しい
  わたしの知ってる どこかの庭だ
  そうか
  これが走馬灯というやつだ
  記憶のカケラが形をとって
  色と命をもっていく
  けれどこれらは過ぎた時間だ
  もうそこにわたしは
  戻っていけはしないんだ
  わたしのわたしの
  大好きだったお姉ちゃん
  そのあと生まれてくる弟と
  3人きょうだい、あるいはしまい、
  そしておとうさんとおかあさん、
  そしてそうだ、おじいちゃんも、
  いたんだったよ。忘れていたよ
  祭りの夜には、
  いろんなおもちゃを買ってくれたね
  癌で入院したときは
  よくわからないけど悲しかったよ
  チューブがいっぱい苦しそう
  それからそれから
  これはそうだ、お葬式
  誰かが焼かれて
  空気と灰になって
  消えていくのをはじめてみたよ
  その日の空が、
  ほんとにきれいで泣きそうだった
  そしてこれは──
  桜の花咲く、入学式だ
  この日わたしはハンカチ無くして
  校舎の外で大泣きしたのね
  そんなわたしの涙を見ながら
  花びらの風が ただ駆けてゆく
  ああ、でも、わかる。
  わたしはこれを ふたたび見ている
  だけど
  ぜんぶの記憶が、
  ここで終わってきえていくんだ
  このさきわたしは これを次の世界まで
  もってくことはできないんだよ
  通り過ぎていく
  ぜんぶが通り過ぎていく
  大雨の午後の下校の時間
  美術の時間に必死で描いた船の絵も
  小さかった弟が、
  少し大きくなって わたしにはじめて
  渡してくれた お誕生日のプレゼント
  小さな小さなぬいぐるみ、
  大事に包んで渡してくれたね
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・
  ああ、でも、つらい。
  みたくない
  わたしはわたしは
  これらをぜんぶ無くしていくんだ
  ここでぜんぶを落としていくんだ
  この先これを、
  わたしはひとつも持っていけない
  ぜんぶ終わって、ぜんぶ流れて
  それでもわたしは
  前に前へと 続いていくんだ
  ああ、ねえ、
  どうして世界は残酷なの
  こんなに見せて、
  こんなに全部があたたたかで
  だけど、ぜんぶが、こぼれていくんだ
  わたしはこれを持っていけない
  すべてのカケラにさよならを
  大好きだったよ 大好きだった
  みんながわたしは大好きだった
  自転車で
  夏風をきって走った午後も
  初めての恋
  泣きながら帰った雨の道
  ぜんぶがぜんぶが、
  わたしのほんとの時間のつぶだ
  きれいに光る結晶だった
  ああ、でも ああ、でも
  わたしは気付くの、おそすぎた
  ぜんぶがぜんぶ、おわってしまって
  わたしはそれでも 行かなきゃならない
  記憶をこえたその先へ
  わたしは光と走っていくんだ
  さようなら、みんな
  さようなら、世界
  わたしは、だから、
  つらくてつらくて
  ポロポロ泣いてしまうから。
  息がほんとにできなくなるから。
  走馬灯は、この先わたしは
  見ないでゆくよ
  見なくてもいい、
  もう見ないから。
  わたしは、わたしは、
  ふたたび輝く時間のカケラを
  傍観者として外で見ながら
  息ができずに涙を流して
  あの時間に戻りたいとか、
  そうゆうことは、もういいの!
  わたしはそこを出てきたの
  わたしは立派に、
  わたしなりの小さな世界を、
  そこを私は生きてきたのよ
  それでいいのよ。
  もうそれでいい。
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・
  だから、おかあさん、
  おとうさん、
  ごめん、
  わたしは少し、
  みんなよりも先に走っていくけれど
  だけど
  だけど
  わたしはみんなに、
  さいごに、
  『ありがとう』の5文字だけ
  ここから全部、叫ばせて。
  ありがとう、おかあさん
  ありがとう、おとうさん
  ありがとうおねえちゃん、
  ありがとう大好きなおとうとよ
  そしてわが家のネコのミルクも、
  みんなみんな、だいすきだった
  ありがとう
  ありがとう
  わたしはそれしかもう言えない
  そして行くんだ、この先へ
  百億六千何百万の
  ありがとうをかみしめて
  花びらの風にぜんぶを流して
  そしてわたしは生きていく
  次の世界を生きていくんだ
  さよなら、輝く記憶たち
  そしていつか、どこか、
  次の世界か
  次の次のその次の世界で
  会おう、みんな、もういちど。
  わたしはきっと
  前のわたしと違っているけど
  だけど中身はきっとわたしだ
  だからわたしは大好きなみんなと、
  だからわたしは大好きなみんなと、
  大好きな大好きな
  あなたたちみんなと、
  あるときは親子で、
  あるときは家族で
  あるときは恋人で
  あるときは先生と生徒として
  会おう。会おう。
  きっと。もういちど。
  そして、そうよ、何度でも。
  さようなら。
  ありがとう。
  輝く世界が、
  わたしをそこで待っている。
  光に向かってわたしは走るよ。
  『さようなら』と『ありがとう』は、
  表と裏の、ひとつの言葉ね。
  だから、わたしは。
  だから、わたしは。
  いま行く。いま行く。
  この、わたし全部を包み込む、
  まぶしい光と一緒になって。
  わたしはそして続いていくんだ。
  世界みんなと続いていくんだ。
  さよなら。わたしのいた世界
  そして、ありがとう。
  わたしがそこで生きていた場所。
  わたしはどれだけ忘れて
  どれだけ全部こぼれおちても。
  わたしがそこでみんなと過ごした
  みんなと過ごした時間の光は。
  きっと、消えない。
  消えずに、世界と、
  続いていくんだ──
  続いていくんだ──
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・

〇幻想空間
  ・・・・・・・・・
  ・・・おわりです
  いかがでしたか?
  悲しいけれど、
  でも少しあたたかな、
  ふわっとした光に、
  なんだか
  つつまれていくような
  すこしせつない、おはなしでした
  みなさんの心には、
  どんな光が残りましたか?
  いっしょにここで
  お話しを旅した この時間、
  みなさんにとって、
  すこしでもあたたかな、
  なにかが残れば幸いです
  今日はとおいとおい、
  しずかの森まで来てくれて
  とてもほんとに、
  わたしはうれしかったです
  今日、このあと
  みなさんの時間が、
  ゆったりとした、
  すばらしい時間になりますように
  わたくしイオが、
  ここからお祈りしてますよ
  それではまた、
  つぎのお話しで、
  またみなさんと、会えますように。
  それではこれで、おわります
  ありがとうございました
  ばいばい!
  ・・・・・・・・・
  ・・・・・・・・・

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